プロローグ:境界線の向こうへ
「……以上だ。これが、人類初となる長距離ワープ航法試験の全容である」
冷徹な響きを持つその声に、会議室の空気がわずかに張り詰める。
指揮官であるレンは、ホログラムで投影された銀河系地図の中、わずか6光年先にある「バーナード星」を指し示した。
「試験航行の目的地はバーナード星系。我々の隣人であり、人類の新天地候補だ。これを成功させれば、銀河進出の第一歩となる。……だが、同時にこれが最後の『実験』になる可能性もある」
レンの視線の先にいるのは、選び抜かれた3人のクルーだ。
「共存の可能性を模索する科学官、アルト。君の『平和的な対話』の手腕を期待している」
「了解だ、レン。バーナード星で何が見つかるか、ワクワクするな」 アルトが柔和な笑みを浮かべる。
その肩には、デバイスの中で光の粒となって微笑むAI、エコーが浮かんでいる。
「ふふ、アルト。そんなに意気込むとまた熱が出ますよ? 司令官、今回も座席のクッションを少し柔らかめにしておきましたから、作戦中の居眠りには注意してくださいね」
「エコー、……余計なことはいい。次はエンジニアのミサキ」
会議室の隅で、腕を組んでモニターを睨んでいたミサキが、短く頷く。
「船体の調整は完璧よ。ワープエンジンの出力比率、私が手動で3%引き上げておいたわ。……文句があるなら、今のうちに言って」
「そして、パイロットのカレン」 レンの視線が、不敵な笑みを浮かべる最後の一人に向けられる。
「了解! 6光年先だろうが、銀河の果てだろうが、私の操縦なら絶対に退屈させないわよ。ねえ、エコー。ワープアウトの瞬間、派手な花火を打ち上げる余裕はある?」 「お任せください、カレン。盛大に空気を震わせてあげましょう」
レンは小さく溜息をついた。有能だが、個性の強い面々だ。
「……作戦の全行程は、エコーが管理する。我々の目的はバーナード星の調査のみ。余計なトラブルは避ける。いいな?」
「了解!」
4人の声が重なる。
彼らはまだ知らない。
その先に待っているのが、バーナード星の静かな星空ではなく、銀河を隔てた死にゆく文明の「最後の叫び」であることを。
運命のワープ航法試験は、静かに、そして抗いがたい破滅の入り口へと向かって始動した。




