第8話 自白日記
床にうずくまるようにして泣き崩れるもみじを見下ろし、私の胸にはどす黒い怒りが渦巻いていた。脅されたからやった。死ぬとは思わなかった。そんな虫のいい言い訳が、私に通用するはずがない。
「よくそんなふざけた言い訳ができるな!澪はお前が盛った薬で死んだんだぞ!」
「信じて……!私だって、澪さんが亡くなったと知って、ずっと苦しかったの……!」
私はポケットからスマートフォンを取り出し、冷酷な声で言い放った。
「ならば、その苦しみを警察で洗いざらい吐き出せばいい。今すぐお前を警察に突き出してやる」
「待って!お願い、それだけは……!」
警察という言葉を聞いて、もみじは顔を上げ、すがるように私の足元に手を伸ばしてきた。私はその手を冷たく振り払い、さらに彼女を問い詰めた。
「警察を呼ぶ前に、一つだけ教えてもらおう。妹のペンダントはどうした!せめてそれだけでも返してくれ!」
それは、父が澪に贈った大切な形見であり、私が澪の形見として求めているものだった。澪の遺体からこのオパールの指輪だけでなく、ペンダントも持ち去られていたのだ。実行犯である彼女が持っているに違いない。
しかし、もみじは涙で濡れた顔を激しく左右に振り、怯えたような声で答えた。
「ペンダント……?そんなものは知らないわ!」
「嘘をつくな!澪の指輪を隠し持っていたお前が、知らないはずがないだろう!」
「本当よ!指輪は……気が動転して現場から持ち去ってしまったけれど、ペンダントなんて見ていないわ!」
「なら、警察でそう言えばいい!」
私は激昂して怒鳴りつけた。この期に及んでまだしらばくれるつもりか。
私は鋭い視線をリビングに走らせた。先ほど、出張から帰ってきた彼女がソファの脇に置いた大きめのハンドバッグが目に入る。出張を言い訳に、どこか別の場所に隠していたペンダントをあのカバンに移し替えたのではないか。
「そこにあるカバンの中身を改めさせてもらうぞ」
「え……?やめて!」
私がハンドバッグに手を伸ばした瞬間、もみじが弾かれたように立ち上がり、私より先にカバンにしがみついた。
「やめて!中には何もないわ!」
「何もないなら見せられるはずだ!放せ!」
「お願い、やめて!」
彼女は必死の形相でカバンを抱え込み、私から引き剥がされまいと激しく抵抗した。その異様なまでの執着が、かえって私の疑念を確信へと変えた。絶対にこの中にペンダントがある。
私は容赦なく彼女の細い腕を掴み、力任せにカバンを引き奪った。
「ああっ!」
バランスを崩したもみじがソファに倒れ込むのを尻目に、私はカバンの口を大きく開き、中身をローテーブルの上にひっくり返した。
化粧ポーチ、財布、手帳、出張用の資料、いくつかの筆記用具が音を立てて散らばる。グラスが倒れて澄んだ音を立てたが、私は血眼になってペンダントを探した。しかし、探している金属の輝きはどこにも見当たらなかった。
「ペンダントはどこだ!どこに隠した!」
「だから、知らないと言っているじゃない……!」
泣きじゃくるもみじを無視して、私は散らばった荷物を乱暴に払い除けた。その時、ふと一冊のノートが目に留まった。
仕事用の手帳とは別に、カバンの内ポケットに隠されるように入っていたプライベートな日記帳だった。
私は無言でそれを手に取った。もみじが短く息を呑み、「返して……」と懇願するように震える手を伸ばしてきたが、私はその手を冷たい視線で制し、日記のページをパラパラと捲った。
数々の予定や思いが書き連ねられる中、私は澪が殺された「五ヶ月前」のページを探し当てた。
そして、ある一日のページで手がピタリと止まった。
そこには、他のページとは明らかに違う、ひどく震えた筆跡で、たった二行だけが書き殴られていた。
『私は騙された。人命を奪うという取り返しがつかないことを、やってしまった』
それは、澪が命を落とした、まさにその日のページだった。
私はその生々しい告白の文面をじっと見つめた。震える文字は、殺人を犯してしまった直後の動揺や激しい恐怖を如実に表しているように見える。先ほどの彼女の「死ぬとは思わなかった」という涙の自供とも合致する内容だ。
これが警察の手に渡れば、彼女が実行犯であることは疑いようのない事実として認められるだろう。
「もみじ……これがお前の本心か。この日記が、澪を殺したすべての証拠だな」
私は日記帳を彼女の目の前に突きつけ、冷ややかに言い放った。
もみじは顔を真っ青にして首を振り、両手で顔を覆って言葉にならない嗚咽を漏らすばかりだった。完全に追い詰められ、観念した人間の姿だ。
しかし――。
私は再び日記のページに視線を落とし、微かに眉をひそめた。
(……おかしい)
たしかにこれは決定的な自白の証拠だ。彼女の筆跡にも間違いない。
だが、何かが引っ掛かる。
このページから立ち上る、奇妙な『違和感』に、私は思わず息を潜めた。
私は日記帳から顔を上げ、ソファーで泣き崩れているもみじを静かに観察した。
彼女は本当に、上層部の命令に逆らえずに殺人を犯してしまった弱い女なのだろうか。
この自白日記は、本当に『あの日』に書かれたものなのだろうか。
「……」
私は湧き上がる疑問を胸の奥に押し込め、無言のまま日記帳のページをじっと睨み続けた。
手元には澪の指輪と、もみじの自供、そしてこの日記がある。すべての証拠は揃っている。なのに、パズルのピースがどこか歪んでいるような感覚が、私の手のひらに冷たく張り付いていた。




