第42話 暴かれた三人の真実と罪の断罪
「茶番はやめて。全員、両手を挙げて跪きなさい」
澪の言葉に、真っ先に動いたのは成樹だった。元警察官としての直感が、周囲を取り囲む武装した刑事たちの数と配置から、この状況が完全に「詰み」であることを理解させたのだ。彼は忌々しげに舌打ちを一つ落とし、ゆっくりと両手を挙げて冷たいコンクリートの床に膝をついた。
「どういうことだ、澪……。お前、本当に生きていたのか……?」
「黙りなさい」
澪は拳銃の銃口をぴたりと成樹の眉間に合わせたまま、一切の感情を排した声で遮った。
その冷徹な眼差しに射すくめられ、成樹は息を呑む。かつて覆面パトカーの中でくだらない冗談を言い合い、隣で笑い合っていたバディの面影は、そこには微塵もなかった。
遅れて、匠ともみじも震える膝を折り、両手を挙げた。
何十人もの刑事たちに完全に包囲され、強烈なサーチライトの光を浴びながら、彼らは逃げ場のない絶望の中心にいた。
澪はゆっくりと歩み寄り、跪く三人を冷たく見下ろした。
(さて、ここからが本番よ。あなたたちが隠し続けてきた醜い罪を、一つ残らず白日の下に晒してあげる)
「まずは、磯嶋成樹。あなたからよ」
澪の涼しげな声が、凍てつくような倉庫内に響き渡った。
「私を組織に売り渡して殺そうとしたのは、あなたね」
その言葉に、成樹の顔がわずかに引きつった。
「な、何を言ってるんだ!俺は澪を殺した真犯人を追って、裏社会に潜り込んで……!」
「まだそんな見え透いた嘘をつくの?警察のシステムから私のスケジュールを抜き出し、組織に流した端末は、他でもないあなたのものだったわ」
澪は懐から一枚のデータシートを取り出し、成樹の足元に無造作に投げ捨てた。
そこには、成樹の端末から組織の窓口へと送られた暗号通信のログが、言い逃れのできない証拠として鮮明に印字されていた。
「あなたが警察を辞めたのも、相棒を失った絶望や、正義への絶望からじゃない。私という手土産を組織に差し出し、幹部ポスト欲しさに寝返っただけ。……違って?」
澪の追及に、成樹の額からじわりと脂汗が滲み出た。
(くそっ……!バレていたのか。俺が組織を利用してのし上がるはずが、この女、最初からすべてを知って俺を泳がせていやがった……!)
「かつては信頼できる最高の相棒だと思っていたけれど、あなたはただの野心と保身の塊だった。……なんて、わがままで浅はかで薄情な元相棒」
澪は氷のような視線で、かつてのバディを冷酷に切り捨てた。掌の上で踊らされていた屈辱に、成樹は言葉を失い、ギリッと奥歯を噛み締めることしかできなかった。
澪の視線が、次に隣でガタガタと震え続ける羽元もみじへと移る。
「そして、羽元もみじ。あなたも同じよ」
もみじはビクッと肩を跳ねさせ、青ざめた顔で澪を見上げた。
「弟の罪を被る悲劇のヒロインを演じていたみたいだけれど、実態は成樹の裏カジノの資金洗浄役。そして何より……あの日バーで、私に毒を盛ったのはあなたよ」
「ち、違うわ!私は……私はただそこの弟に脅されて、仕方なく……!」
もみじは必死に首を振り、再び涙を浮かべて「哀れな女」の演技にすがろうとした。幼い頃から裏社会で泥水をすすって生きてきた彼女の、最大の武器であり処世術だ。
しかし、澪は冷ややかに鼻で笑った。
「脅されて?ダークウェブの匿名サイトで即効性の毒を自ら進んで購入しておきながら、よくそんな口が利けるわね」
「あっ……」
もみじの喉がヒュッと鳴った。自分が裏で周到に手を回していたことまで完全に筒抜けになっている。彼女の最大の武器は、目の前の冷徹な女の前では何の役にも立たなかった。
「あなたは最初から、成樹と組んで私を殺す気だった。悲劇のヒロインなんて仮面、私には通用しないわ。私を殺した実行役。……地獄の底から這い上がってきてあげたわよ、もみじさん」
澪の底知れぬ凄みと執念に、もみじはガタガタと歯の根を鳴らし、両手で顔を覆って崩れ落ちた。もはやどんな言い逃れも不可能だった。
最後に、澪の冷徹な眼差しが、最も近くに跪く男――湯我原匠へと向けられた。
「そして、お兄ちゃん」
匠はハッとして顔を上げた。その目は、未だに澪の首元で輝く青海野オパールのペンダントに強欲なまでに釘付けになっている。
(もうこうなったら二十億の半分でもいい。ペンダント……あれさえあれば、僕は金を手に入れられる。会社も僕の地位も助かるんだ……!)
己が死地に立たされているというのに、匠の頭の中はまだ、遺産のことで一杯だった。
「お兄ちゃん、あなたは私の殺害依頼を出して、実家の財産を独り占めしようとしたわね」
澪の言葉に、匠は弾かれたように目を剥いた。
「なっ……!ば、馬鹿なことを言うな!僕はただ、お前を殺した犯人に復讐しようと……!」
「復讐?笑わせないで」
澪は銃口を、匠の清潔感のある額にピタリと押し当てた。
冷たく無機質な金属の感触に、匠はヒッと息を止める。
「私が遺した『手帳』の偽の記述にまんまと踊らされて、もみじに近づいた。妹の死への復讐心すら、自分の罪を正当化し、二十億円のパスワードが刻まれたこのペンダントを奪い返すための嘘だったんでしょう?」
「……!」
匠の顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。
(元からペンダントの秘密を知っていた?!それに偽の記述だと……?じゃあ、僕が自分の頭で推理して辿り着いたと思っていたあの証拠は、すべてコイツが仕掛けた罠だったというのか!)
自分が完璧に隠し通していると信じていた殺害依頼の件も、父親が遺したパスワードの秘密も、すべて妹には見透かされていた。
「あなたが経営するダミー会社を通じた、暗号資産の送金履歴。すべてこちらの特命班で押さえているわ。あなたがダークウェブで、私にヒットマンを放った動かぬ証拠よ」
澪は淡々と告げ、匠の絶望をさらに深い底へと突き落としていく。
(くそっ……!くそぉぉぉっ!!僕の完璧な計画が……!)
匠は信じられない事実の連続に、頭の中が完全に真っ白になっていた。自らの計算高さと完璧な仮面に絶対の自信を持っていた彼にとって、それは死以上の屈辱だった。
「自分は優秀な若手実業家だと思い上がっていたようだけれど、結局あなたは、父親の遺産にすがるしかないちっぽけな男。自分の利益のことしか考えず、少しでも邪魔になれば実の妹すら平気で殺そうとする……」
澪は、かつて父・京次郎に向けられていたのと同じような、底知れぬ憎悪と軽蔑を込めて言い放った。
「あなたは本当に、あの忌々しい父親そっくりね。自分の利益のことしか考えない強欲モンスターめ!」
澪の冷徹な断罪の言葉が、冷たい倉庫の中に反響する。
匠、もみじ、成樹。
互いを騙し、利用し合い、自らの欲望のためだけに嘘を重ねてきた三人の仮面は、今、澪の手によって完膚なきまでに叩き割られ、その醜悪な本性が白日の下に完全に晒されたのだった。




