↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/43

第12話 密会

 十二月。

 青海野《あみの》の街は、本格的な冬の到来を告げる冷たい海風に包まれていた。

 空は鉛色に沈み、街路樹の葉はすっかり落ちて寒々しい姿を晒している。


 私のスマートフォンに、磯嶋《いそじま》成樹《なるき》から短いメッセージが届いたのは、そんな底冷えのする日の午後だった。

『直接会って話したいことがある』

 指定されたのは、新都心のウォーターフロント区から少し離れた、海沿いの寂れた公園だった。


 私が指定された場所へ向かうと、灰色のベンチに座り、海を見つめる成樹の姿があった。

 彼はくわえタバコをふかしながら、寒そうにコートの襟を立てている。私が近づく足音に気づくと、彼はタバコを携帯灰皿に押し付け、ゆっくりと立ち上がった。


「寒い中、呼び出して悪かったな」

「いや、構わない。君から連絡をもらえて安心したよ。それで、話というのは?」


 私は彼の前に立ち、穏やかな声で問いかけた。成樹は周囲に誰もいないことを鋭い視線で確認してから、私に向き直った。


「とうとう、尻尾を掴んだ」

「……尻尾?」


 私が首を傾げると、成樹は真っ直ぐな目で私を見据えた。


「澪《みお》を殺した犯人だよ。警察の上層部と繋がっている、あの組織の核心にいる奴だ。そいつと、今夜会う手筈が整った」


 その言葉を聞いた瞬間、私は大きく息を呑んだ。

 冷たい風が私たちの間を吹き抜けていく。私は一歩前へ歩み寄り、成樹の肩を両手で強く掴んだ。


「本当かい……!君が、犯人を見つけ出してくれたのか」

「ああ。俺が警察を辞めてまで潜り込んだ甲斐があったってことだ。これでようやく、澪の無念を晴らすことができる」


「成樹くん……君のおかげだ。本当に、ありがとう」


 私は彼の手を両手で包み込むようにして強く握りしめ、すべてを託すように深く頭を下げた。目頭が熱くなり、声が自然と震えを帯びていく。


「礼を言われる筋合いはねえよ。俺にとっても、澪は大切な相棒だったんだからな」

「それでも、兄として君にどれだけ感謝しても足りない。だが、相手は危険な組織なんだろう?どうか無茶だけはしないでくれ」

「わかってる。俺も死ぬつもりはねえよ」


 成樹は軽く鼻を鳴らし、私の手を振りほどいた。

 私は安堵の溜息をつき、少しだけ躊躇うような素振りを見せてから、再び彼に視線を向けた。


「あの……一つだけ、お願いがあるんだ」

「なんだ?」

「今夜、その犯人と会った時、せめて……澪が大切にしていたペンダントだけでも返してほしいと伝えてくれないか。いや、できれば取り返してきてほしいんだ。形見として持っておきたい」


 私は切実な声で強く頼み込んだ。


「ペンダント?」

「ああ。澪がいつも身につけていたオパールのペンダントだ。警察からは返却されなかった。あれは、澪にとって何よりも大切なものだったんだ。犯人が奪ったのなら、どうしても取り戻したい」


 私の言葉に、成樹は少しだけ眉をひそめたが、やがて無言のまま力強く頷いた。


「わかった。必ず取り戻してくる」

「ありがとう。君にすべてを任せるよ」


 成樹は踵を返し、足早に公園から去っていった。私はその後ろ姿を、ただ静かに見送っていた。


 +++


 翌日の夜。

 私ともみじは、車を走らせて青海野臨海コンテナ埠頭へと向かっていた。


 車窓からは、規則正しく並んだ巨大なコンテナ群と、寒々しいオレンジ色の街灯が次々と流れていく。ヒーターの効いた車内には、重苦しい沈黙が漂っていた。

 助手席に座るもみじは、膝の上で両手をきつく組み合わせ、青ざめた顔で窓の外を見つめている。


「怖いかい、もみじ」


 私が静かに問いかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、こちらを向いた。


「……ええ。成樹が、あんな危険な連中と一人で会うなんて。もし、あの子の身に何かあったら……」

「大丈夫だ。成樹くんは元警察官で、優秀な刑事だったんだろう?彼ならきっと上手くやるさ」


 私はハンドルを片手で握りながら、もう片方の手でもみじの震える手を優しく包み込んだ。


「これで全てが終わる。澪の無念も晴れて、君を苦しめていた鎖も断ち切られるんだ。そうしたら、二人でまた平和な日々を取り戻そう」

「匠《たくみ》さん……」


 もみじは私の手を強く握り返し、涙ぐんだ瞳で私を見つめた。


「ありがとう。あなたがそばにいてくれて、本当に心強いわ」

「君との出会いは憎しみからだったけど、今は大切な人だからね。どんな時でも、君を守るよ」


 私は完璧な微笑みを向け、再び前方に視線を戻した。


 やがて車は、コンテナ埠頭の奥深くにある、人気のない指定倉庫の近くに到着した。

 エンジンを切り、車のヘッドライトを消すと、あたりは完全な暗闇と静寂に包まれた。遠くで波が防波堤に打ち付ける音だけが、低く響いている。


「行こう。音を立てないようにね」

「はい……」


 私たちは車を降り、冷たい潮風に身を縮めながら、巨大なトタン張りの倉庫へと忍び寄った。

 少しだけ開いた搬入口の隙間から、私たちは身を隠すようにして倉庫の中を覗き込んだ。


 倉庫の内部は、高い天井から吊るされた裸電球が一つだけ灯っており、薄暗い空間をぼんやりと照らしていた。埃っぽい空気が漂う中、中央の何もない空間に、成樹が一人で立っている。


 彼はポケットに両手を突っ込み、周囲を鋭く見回している。その表情には、いつもの退廃的な空気はなく、研ぎ澄まされた刃物のような緊張感がみなぎっていた。


「成樹……」


 もみじが私のコートの袖に強くしがみつき、震える声で弟の名前を呟いた。


「しっ……声を出さないで」

「でも、匠さん、私……怖いわ」

「大丈夫だ。僕が君を守る。ここで静かに見守っていよう」


 私は彼女の肩を強く抱き寄せ、その震えを抑えるように背中を優しく撫でた。もみじは私の胸に顔を押し当て、小さく頷いた。


 その時だった。

 倉庫の奥にある、さらに暗い通路の向こうから、コツ、コツ、と静かな足音が響いてきた。


 成樹の肩がピクリと動き、足音のする方向を鋭く睨みつける。私ともみじも息を呑み、その暗闇を凝視した。

 足音はゆっくりと、だが確かな足取りでこちらへと近づいてくる。


 やがて、薄暗い電球の光の境界線に、一つの人影がふらりと現れた。


 その姿が光の中に浮かび上がった瞬間、私の全身から一気に血の気が引いていくのを感じた。


 そこに立っていたのは、間違いなく私の妹だった。


 八ヶ月前に命を落としたはずの、湯我原《ゆがわら》澪《みお》その人だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。