第20話 曇りのちハレ
「マルキア様……大丈夫でしょうか……」
「あんまり頼りになりそうな感じじゃないけど、騎士団長だっていうなら大丈夫でしょ。うちのハドルおじさんと同格くらいなら」
「こいつもどうだい、お嬢さん方。重ね方で味の変わるクッキーさ」
「ジュースのおかわりもあるよ~」
パレード車の待つ広場の端、急ごしらえのテーブルに積まれたお菓子に小さな指が伸びる。
ストローが氷を鳴らし、底に残った液体は鮮やかに緑と赤を往復している。
宙に浮くリボンと日傘がそよ風に揺られてさらさらと飾りを揺らす。
いつの間にか集まった人たちと共にマルキアの帰りを待って、そこそこの時間が経過していた。
澄ました顔で紅茶に口を付けるティアラは、じっと向けられる視線に気づいてカップを置く。
「何か?」
「それ、魔術?」
「はい」
「……いやもっとなんかこう、ないの?」
「見ての通りとしか。リボンをある程度空中で動かせるだけなのだわ」
「ティアラ様も、魔術がお得意なのですね」
「この程度は嗜みなのだわ」
「お、帰って来た」
広場の入り口でざわつきが大きくなる。
次々と不安な表情を浮かべ群がる人々に泡の付いた笑みで応えるマルキア。
その腕には首を曲げて顔を隠しながら抱かれているモニカらしき姿があった。
「本当にモニカいたんだ……」
「流石はマルキア様ですね」
「ストーカーだってあんな超反応はしないのだわ」
「聖女様、皆様、申し訳ありません。勝手に置き去りにしてしまい」
マルキアはモニカと、ついでに群衆を引き連れてテーブルに戻ってきた。
その表情は申し訳なさそうに、しかしそれでも笑みを絶やさない。
腕の中の少女は拗ねたように体を丸め、相変わらず押し黙っている。
「モニカ様がご無事で何よりです。ですが、お召し物が……」
「お見苦しいところをお見せしました。すぐに着替えてくるので、もうしばらくお待ちください」
「大丈夫ですよ」
軽く頭を下げると、マルキアは近くの人に声をかけ、モニカを連れて服屋らしき建物へと入っていった。
聖女は再びテーブルに向き直り、倍近くに補充されたお菓子の山に打ちひしがれている。
二人の去った方向へ重たい視線を向ける者がいることには気づかずに。
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「ただいま戻りました」
「……」
「なんだ、あたしらみたいに着替えてこなかったんだ」
「私は仕事中ですので。モニカ様には進めたのですが……」
「……ふん」
「照れているところも可愛らしいでしょう?」
凄まじい形相で太ももをつねられるのもどこ吹く風かと、マルキアは微笑む。
前髪を降ろして表情が見えないように細工していても、その下から覗く口は屈辱に歪んでいるのが見える。
そんな俯く彼女に、聖女は歩み寄った。
「初めまして、モニカ様。浴場ではご迷惑をかけてしまったようで……」
「……別に、いい」
「よかった……魔女様から少しだけお話を聞いていたので、直接話す機会があればと思っていたのです」
「あっそ」
「愛想の一つも使えないの、あいつ?」
「機嫌が悪い時は一文字でも発音を減らしたくなるものなのだわ」
「いやまあ覚えはあるけども……」
「なんならむしろ、返事するだけ愛想を使っている方ね」
「こうして出会えたのも何かの縁。お時間があるなら、私達と一緒にお祭りを回りませんか?」
「……んん、えっ?」
聖女の提案から少し遅れて、モニカは怪訝な反応で返した。
大きく見開かれた目はすぐに眉と共にしかめられ、やがて口と共にへの字に結ばれる。
喉からは地の底から響いてくるような音が鳴り、マルキアの腿をつねっていた手は新しく降ろしたコートの裾を握りしめている。
やがて助けを求めるように、視線を自分の頭上に回す。
「……」
「モニカ様、今日はこれからご予定がありますか?」
「……ない、けど」
「でしたら外の邦のことを知る良い機会でしょう。どうです?」
「…………行けば、いいんでしょ」
「来たくなかったら来なくていいんだけど」
「喜ぶといいのだわ。その発言を聞いているのがアタシだけなことを」
「では、行きましょう、モニカ様!」
聖女が屈託のない笑顔と共に、手のひらを差し出す。
自分と同じくらい白く、幼さゆえの肉付きが残る柔らかい手。
なぜだか頭上の太陽より眩しく感じるその手を、モニカはマルキアの背から出て、おずおずと取ったのだった。
「……」
「……」
「……あの、もう手離してもいい?」
「あ、ああ、はい……」
「どったの聖女様」
しばらく手をつないだまま固まっていた二人にモーラは近づいた。
しどろもどろと手を擦り合わせている聖女だったが、しばらくすると恥ずかしそうに顔を上げる。
「次、何処へ行くか聞いていなかったので……どうしたらいいか分からず……」
「まったくしまらないのだわ」
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広場から馬車に乗り、今度は北方へ。
主な通りを横切ると祭りの賑わいもやや静かになり、落ち着いた雰囲気が出てくる。
とはいえ今日がハレの日には違いなく、通りすがる店には特別セールの売り文句や浮かれた飾りが頻繁に見られた。
「そういえば、ティアラ様に相談せず勝手に決めてしまいましたが……」
「別に構わないのだわ。私はただホーリーボールをぶつけられただけの通りすがりだもの」
「むぐ……」
「へー、澄ました顔して意外とどんくさいのね」
「アナタは顔の横にも目が付いてるようで、まったく羨ましいのだわ」
「お、お二人とも……」
窓の向こうでは景気よく花火が上がったが、馬車の中は妙な冷気が漂っている。
遠慮も配慮も無いモニカと、真顔で毒を鳩尾にかますティアラ。
どちらも今のところは激昂に至っていないが、いつ吹き上がってもおかしくない一触即発の状況に、聖女はうろたえるしかない。
モーラもどうすればよいか分からずただ押し黙る、唯一平静を保っているのはマルキアだけだ。
「そろそろお昼時なので、今から昼食を食べに行きます」
「わ、わぁ~……、そうだったのですね」
「あら聖女様、先ほどお腹いっぱいお菓子を恵んでもらっていたのではなくて?」
「す、少ししか食べてないので……!大丈夫……なはず……」
「えっ、ご飯の前にお菓子食べたの?理解できないんだけど」
「す、勧められたものを断るのも申し訳なくて……」
「そこまでにしておきましょう、モニカ様」
「……はいはい、ごめんって」
隙を見せればこのようにあっという間に針の筵で簀巻きにされる。
常に外交問題一歩手前、連邦で最も冷たい火薬庫がそこにはあった。
しばらく危うい談笑を続けていると、ふとモニカが窓の外を眺め始めた。
目から首、肩を向け、とうとう窓の縁にしがみ付いて過ぎ行く景色を一心不乱に確かめている。
他のメンバーが声をかけても、振り向く素振りすらみせないほどに。
「ど、どうかされたのですか……?」
「まっ、マルキア……この道って……」
「はい。モニカ様の好きな店をチョイスしています」
「肉包飯店!!やっっ……たぁ~!!!」
「ご存じのお店なので───」
「あそこの焼売は本当においしいのよ!遠いからあんまり行けないけど……アンタたちはラッキーね!」
「肉を小麦で練った皮で包み、蒸し上げることで肉の旨味を閉じ込める、『点心』という料理を出す店なのです」
「あー……もしかしてシャージャオズー?」
「シャー……ああ、餃子も点心の一種ですね」
思い出すのは一昨日の晩餐。
あの輝くような食事の時間で、もちもちした皮に薄桃色の具が包まれたものが出されたことを二人はよく覚えている。
「あっ、あれですね!とっても美味しかったですね!」
「エビぃ~?あんなの入ったやつなんて邪道よ!豚肉と牛肉のいいとこどりした合挽肉以外ありえないわ!」
「え、ええ……」
熱く語るその姿に、モーラは引きつった顔で向かいのマルキアに囁く。
(あの……シャージャオズー?を作ったのって魔女様なんですけど……)
(モニカ様は偏食気味なので、魔女様が作ったものを食べないこともしょっちゅうあるんです)
「リリアルには無い料理ばっかりだから、アタシが食べ方の何たるかを教えてあげるわ!」
「わぁ……楽しみです!」
いつの間にかぽかぽかと暖かくなった馬車の向こうで、また花火が一つ上がった。




