第21話 昼飯の流儀
馬車を降りたモニカが率先して木製のドアを押し開くと、中は既に客でにぎわっていた。
蒸された肉のいい香りが立ち込め、熱気につられて聖女の肌から汗が滲み出す。
「すいませーん!えーっと……5人でーす!」
「らっしゃーい。おや、モニカ様じゃないですか!お久しぶりですな」
初老の店員が奥から出てくると、着ているエプロンを剥ぎ取らん勢いでモニカが喰ってかかった。
飛び出した彼女を小走りで追いかけたマルキアが、追いついて彼女の脇を抱え上げた。
それでもなおばたばたと手を振りながら、彼女は叫んでいる。
「早く案内して!どうせマルキアが席取ってるんでしょ!」
「マルキア様の……ああ、確かに入っているが……」
「すみません。ちょっと人数が増えてしまって、入れそうですかね?」
「はいはい、2人追加ですな。大丈夫ですよ。2階へどうぞ」
店員の案内で階段を上っていく。
暗い色の木材で作られた狭い空間にはほのかな間接照明だけが取り付けられ、薄暗い。
そうして1階の賑やかさから遠ざかると、光と共に空間が開けていく。
広々としたその部屋には大きなテーブルが一つだけ据えられていた。
「わぁ……!ここ、一席だけしか置いていないのですか?」
「へえ。魔女様やそのお客様用の特別席ですな。すぐお持ちしますから、どうぞごゆっくり」
聖女らは順番に席に着き、食事に邪魔なベールや装備を片付ける。
1階と比べると圧倒的に静かであり、熱気も少なく涼しい。
そんな中で一人だけ、落ち着いて座っていられない少女がいた。
「ふーんふんふふーん♪」
「さっきまで不貞腐れてたのが嘘みたいねあんた……」
「落ち着きのないことなのだわ」
そうこうしているうちに、階段の方から足音が聞こえてくる。
モニカの動きはピタリと止まり、目線は音の方へと釘づけに、口はだらしなく半開きになる。
やがて先ほどの店員が竹で編まれた籠から湯気を昇らせながら現れると、モニカの顔は今にも割れそうな満面の笑みになった。
「とりあえず点心盛り合わせと、これが生姜たれですね。熱いのでゆっくりお召し上がりください」
「来た来た来たぁーっ!ほら、早く食べるわよ!」
恐ろしい早さと手際で取り皿を配り終えると、身を乗り出して蒸籠の蓋を取る。
籠っていた湯気が香りと共に室内に解き放たれ、あっという間に雰囲気を暖かなものに塗り替えた。
箱の中にはぎっしりと、半透明な皮の中にはたっぷりと中身が詰まっている。
美しさすら感じる眺めに3人が心を奪われていると、全く遠慮することなく一膳の端が点心を一個攫っていった。
「はふっ……んぐっ、んーっこれこれ!!」
「皆様もどうぞ、お替りも用意していますから、足りなくなったら言ってくださいね」
「分かったわ!」
「あんたねえ……はあ、もういいわ。食べよ、聖女様」
「ふふっ、そうですね」
一つ取って噛み締めれば、溢れるほどの肉汁と旨味が口の中に溢れだす。
味付けは最低限に、豚肉の持つ本来の味を最大限に生かす。
そんな信念が知見の浅い聖女にすら分かるほど、その一品は洗練されていた。
「おいしい……!」
「エビとは違った良さがあるね」
「悪くないのだわ」
「じゃあ今度はこっち!」
ご機嫌なモニカが何やらしたかと思うと、聖女の目の前から蒸籠が横へ逃げていった。
「えっ」
「おわっ、このテーブル動くの!?」
「あら、リリアルには回転円卓はないのだわ?」
「円卓はあるけど……」
「そしたら料理取り分けるの大変じゃない?」
「えっと……多分、私達は円卓を囲んで料理を食べることがあまり無いかと」
「言われてみれば……晩餐会も長机だったなぁ」
「ふーん。あ、その小籠包は気を付けた方がいいわ」
「これですか?」
聖女が皿に乗せて見せた物は、先ほど食べた物よりも頂点が尖っている。
皮に何か練りこまれているのか、ほんのりと橙色に色づいていた。
「小籠包は中にあっつあつのスープが一緒に入ってるのよ。下手に齧ると口の中を火傷するんだから!」
「ど、どうしてそんな料理を……?」
「おいしいからに決まってるじゃない!見てて、火傷しない食べ方ってものがあるんだから」
モニカが得意げに取り出したのは、底の深い湯匙。
その上に小籠包を乗せると、箸を器用に使い、表面の皮だけを縦に裂いた。
裂け目からは輝くスープが溢れだし、肉ダネを中心に湯匙を満たす。
皮がふわりと広がると、それはまるで池に咲く蓮のような風情を醸し出していた。
「んじゅ……はぁ、ぐ……ふん。まあこんなところよ」
「こう、切って……ちゅう……んんっ……これも、とっても美味しいですね」
「ふぅ……でしょ、って、ちょっと!丸ごと行ったら口の中を火傷するって……!」
「むぐむぐ……まあ、このくらいなら全然平気かな。いちいちそんなことするのまだるっこしいし」
「あんた口の中がなめし皮で出来てるわけ……?」
運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、話も弾みながら食事は和やかに進んだ。
リリアル、ラミアルス、プロテアの三邦から集まった少女らの話題は、もっぱら各邦の違いが主になる。
聖女はリリアルの美しい街並みと技術の研鑽に励む人々の向上心を讃えた。
モニカはラミアルスの芸術に貪欲な人々の話を語ってみせた。
そして、プロテア邦からやって来たらしいティアラの話は、より刺激的なものになった。
「プロテア邦……というよりは、あの邦はほとんどロープラスという中枢都市に価値が集約されているのだわ。他に都市は無いし」
「どこかで聞いたことあるんだけど、ロープラスって教会が無いんだっけ?」
「無くはないけど、貴女達の想像するものではないのだわ。小さな家にシスターがぽつんと住んでいる、程度のものね」
「そ、それでは一体どうやって都市管理を行うのですか?」
「……都市管理機能『D.I.』と独立法に則って、公正明大に統治されているのだわ。守護天使の目は無いし、案外気楽なのだわ」
「いや~……むしろ怖くない?団長は『悪法都市』だなんて言ってたし」
「私は、ロープラスは『無神都市』と聞いておりましたが、本当に神の目が届かないというのですか……」
「まあ、何と呼ばれようと私の与り知るところでは無いのだけれど、聖女サマの認識だけは訂正しておかないといけないのだわ」
きょとんと首を傾げる聖女を、ティアラは真っすぐ見据える。
それは何か、絶対の自信があるかのような、妙に座った色の目だった。
「神の目は届かないのではなく、あえて見逃されている、ということよ。ロープラスの建立者は、神とそういう取り決めを交わしたのだわ」
「あえて……一体どうして……?」
「……アタシはなんとなく分かるよ。ずっと見られてるって思うと、なんだか息ができなくなる時があるから」
「モニカ……?」
突然、モニカがぼそりと呟いた言葉に、その場の空気が鎮まりかえる。
顔から色は失われ、石膏像のようにつるりとした表情が張り付いていた。
しかしそれは瞬きの一度の間で掻き消え、またさっきのような爛漫な顔に戻っていた。
「何してんの?食べないと冷めるよ」
「言われなくても食べるわ!」
蒸籠の中身はみるみるうちに片付いていき、後から運ばれてきたスープやサラダもぺろりと平らげられてしまった。
思う存分食べた育ち盛りの少女らは、デザート代わりに出てきたジュースを飲みながらのんびりと過ごしている。
そんな雰囲気の中で、おもむろにモニカがすくりと立ち上がった。
「そういえば思い出したけど、アンタって確かリリアル邦からのお客さんなのよね」
「はい。それがどうかされましたか?」
「お客さんってことは"オモテナシ"をした方がいいわよね!だから、今日は特別よ!」
「なんだなんだ急に……」
立ち上がったモニカは部屋の反対側、開けたスペースの中央にやって来ると、近くにあった箱から何かを取り出した。
バッジのようなそれを胸元に浸けると、おもむろに声を発する。
その声は、まるで風にあおられた布のように部屋いっぱいに響き渡った。
「あ、あー……」
「うお、伝声の奇跡!?」
「いえ、これは拡声魔術が仕込まれた増幅器ですね。もっぱらマイクと呼ばれていますね」
「ロープラスでも似たようなのは見たことあるのだわ。リリアルには無いようね」
「声を、ということは……」
「アカペラだけど我慢しなさい!この未来の歌姫様が一曲歌ってあげる!」
───モニカが深く呼吸をする。
目を閉じて体の力を抜き、自らを歌の世界へと送り込む。
開いた口からそっと、力強く、押し出すように吹き込んだ声が、深く高く響き渡る。
一瞬で場の雰囲気は声に呑まれた。
彼女はその中を、まるで蝶のように踊っている。
緩やかに腕を振り、無意識でステップを踏み、自然が導く正しい動きにそって優雅に舞う。
その声は喜びを纏っていた。
その声は悲しみを湛えていた。
その声はなおも未来への希望を謳う。
その歌は、まさしく敬虔なる祈りそのものだった。
「……『ever sing for never thing』。この曲のタイトルです」
「素敵な歌ですね……」
「モニカ様は、時折この曲を一人で歌っておられました。自分が抑えきれなくなって、周りを傷つけてしまった時。思うようにいかなくて、悔しい思いをした時。一人で」
「……」
「どうか、モニカ様と仲良くしてあげてください。彼女は、悪い子ではないんです」
「……はい」
───So, I sing…. ever sing for never thing….




