第18話 パレードの準備
ティアラを加え四人に増えた一行は、馬車に乗って次の目的地へと向かっていた。
日は高く昇り、浮かれた雰囲気も熱を増していく。
そんな中にあっても変わらず、どこか冷めた雰囲気を保つ彼女に、聖女は臆さず話しかけていた。
「行商人というのは、一体どのような仕事をされているのですか?恥ずかしながら、初めて聞くお仕事だったので」
「都市とか村を巡って、その土地特有のものを仕入れて、それが高く売れそうなところで売るのだわ。一番分かりやすいのは、花の種とかかしら」
「あー、なるほど。あたし達がよく見てる百合の花とかを、それがあんまり咲かない場所で高く売りつけるんだ。……なんかあくどくない?」
「失礼ね。安く買いたいなら自分で仕入れたらいいのだわ。でも、そうはいかないから価値が付く。自然なことなのだわ」
「そうですよモーラさん。人のお仕事を悪く言うのはよくありません」
「うっ、ご、申し訳ありませんでした……」
先ほどの一件から、モーラはティアラに対して強く出られない。
しかし生来の無遠慮がちな性格が祟り、こうしてぼやいては聖女に窘められるという流れが、この数日で定着しつつあった。
窓の外へ視線を逃がしつつ、上手くいかないもどかしさを文字通り噛み締める傍らで、話はそこそこに弾む。
「今までどのような場所に行ってこられたのですか?」
「生まれはプロテア邦で、そこからアステラ、リリアルと来て、最近ラミアルスにやって来たのだわ。これでぐるっと一周ね」
「まあ、凄いです!私は今回が初めての外邦での滞在で……、きっと沢山のものを見てきたのでしょうね」
「よければお話してあげるのだわ。例えば、最初についたシナレアという都市は……」
「ご歓談のところ申し訳ありません。そろそろ到着するので、降りるご用意をお願いします」
「……ま、私は構わないのだわ」
それだけを口にすると、ティアラも窓の外に意識を預け、しばしの沈黙が車内を満たす。
あまりに窓の外と雰囲気が違うからか、聖女はまるで自分だけどこかに取り残されているような心地を感じていた。
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馬車から降りると、そこは先ほどにも増して激しく賑わっている。
盛り上がりの中心にあるのは、北部ルートを通るノルズのパレード車。
その高さは3階建てに及び、各層には踊り子や歌手、楽団が各々のパフォーマンスを最大限発揮できるように改造されていた。
柱には蔓草の白い花が繁茂し、その間を飾りのついた黄色のリボンが渡る。
天幕は一枚の巨大な絵画となっており、パレードに連なって楽しむ人々の様子が緻密に描きこまれていた。
そして何よりも目を引くのが、頂点に据え付けられた巨大なシンボル。
黄金のメッキで作られた円盤には頬の張った笑顔が模られ、さながらもう一つの太陽のように君臨していた。
「すっげー……」
「あ、あれが動くのですか!?近くに見える家屋より大きいですよ!?」
「ええ。あの上で演奏と踊りを披露しながら、シティを半周します」
「どうやって動いてんだあれ……幕の下で人間が引っ張ってるとか?」
「ルートに配置された担当が少しずつ魔術で動かします。結構重労働ですよ」
「で、できればもっと近くで……あら?」
華々しい出で立ちに惹かれた聖女が前へ踏み出そうとした時、二つ目の異様な光景に気が付いた。
広場に集まっているのは、準備を担っているものだけではない。
むしろ多いのはその前に並んでじっとパレード車に睨みを聞かせる者たち。
その手には紙とペンがあり、一心不乱に何かを書き留めている。
祭りの狂騒とはまた異なった種類の熱量に気づいた瞬間、聖女の脚は自然と後ずさり始めた。
「まさか、広場でウィーゼルを広げるような愚か者まで許容されるとは思わなかったのだわ」
「あっ、ティアラさん……」
「やけに静かだと思ったら」
「ま、期待していたよりは上ってところなのだわ。……とはいえ、観客には品位が足りていないようだけれど」
思いもよらぬ辛辣な言葉は、すぐに喧噪に飲み込まれて消えていく。
しかし近くにいた聖女らには確かに届いている。
当然、傍で控えていた騎士マルキアにも。
「ふむ……。確かに、広場を絵を描くために堂々と占領している風景は、他の邦には無いかもしれませんね」
「当たり前なのだわ。他の邦でそんなことするやつは本物の気狂いか愉快犯かのどちらかよ」
「ティ、ティアラ様……?」
「私、これでも綺麗好きな方なの。秩序を乱す輩を見てると虫唾が走るのだわ」
「……流石に言いすぎ。マルキアさんだって……」
「そうですね。ティアラ様のおっしゃる通りかと」
一瞬、二人は何かを聞き間違えたのかと思った。
発言したティアラ当人すらも目を見開いて言葉を失っている。
ただ一人、マルキアだけが変わらぬ笑顔のままその場に立っていた。
「ラミアルスでは芸術が全てに優先されます。逆に言えば、芸術に馴染めぬもの、芸術に背を向けた者こそが、この都市では異端者として弾き出されることになるのです」
「……ふふっ」
笑い声。
くつくつと喉の奥で沸くのを抑えるように、ティアラは笑っていた。
その横顔は屈託なく、同性の目から見てもかわいらしい。
だというのに、どうしてか、底知れない不気味さを感じて仕方がない。
まるで咲くべきではない花が、季節外れの時期に満開になっているかのような、そんなちぐはぐな違和感を、二人は感じ取っていた。
「い……よいのだわ?仮にもラミアルスの騎士団長が、そんなことを」
「この騒ぎです。誰も聞いていないでしょう。まあ、他言されても仕方ありませんが」
「い、いえ……告げ口などするつもりは……」
「とはいえ、この広場ではウィーゼルを広げて絵を描くことそのものは秩序に反しません。どうかお気をお鎮めください」
「もういいのだわ。貴女とは案外話が合いそうだし、それに免じてあげることにするのだわ」
「ありがとうございます」
マルキアは、今度は聖女の方へ振り返る。
変わらぬ端正な顔立ち、変わらぬ凛然とした微笑み。
しかし、ティアラの時と同じように、あるいは反対に、その笑みに透けるものが見えなくなっている。
例えるのなら、慣れ親しんだ花畑が、そこで咲き誇るはずがないことを知った時のように。
「……申し訳ございません。妙な雰囲気になってしまいましたね」
「い、いいえ……」
ふっ、とマルキアの雰囲気が元のように和らいだ。
思い出したように天日の温もりが肌に染み、心の霜焼けが取れていくような気がした。
「近くまで行ってみましょうか。間近で見た時の迫力は、また格別ですよ」
「分かりました。案内をお願いします」
一行は広場の端を迂回してパレード車へと向かう。
道中、構えている屋台や通りすがる人々から、マルキアに挨拶や差し入れがしばしば入った。
先ほどのホーリーボール店の婦人の対応から見ても、彼女の人望自体は本物だ。
しかし、今しがた垣間見たマルキアの内面と照らし合わせると、どう考えたらいいものか、聖女には分からない。
彼女は、ラミアルスをどう思っているのだろうか。
「親方、見学してもよろしいですか」
「おお、マルキアさん。どうぞどうぞ。お連れの方も、自由に見ていってください」
「でっ、か……」
「確かに、壮観ですね……」
「この天幕、なかなかいい布を使っているのね」
三者三様の感想と共にパレードの支度を楽しんでいると、俄かに騒ぎが大きくなった。
それは今までの祭りの浮かれた雰囲気のものではなく、もっと切羽詰まった慌ただしいもので。
「暴れ馬だ!!!誰か止めてくれ!!!」
「モニカ様!!」
「えっなんて?」
マルキアの叫びと共に、あたりに風が吹き荒れた。
目を開けると既に彼女の姿はなく、周りからはどよめきが上がっている。
「ま、マルキア様……?」
「聖女様、上だ」
「うえ……」
「……彼女、意外と落ち着きは足りないようなのだわ」
言われるまま視線を上げると、屋根の向こうへ消えていく見慣れた白いコートの端を、一瞬だけ見ることができた。




