第16話 ハレの日シティ・マジョラム
「いってきまーす!!!」
遠くに聞こえる元気な声が聖女の眠りを覚ました。
窓を開けば今日も天気は快晴で、鳥の声が陽光と微風を連れてくる。
顔を洗い、髪を梳き、寝間着を着替えたあたりでノックが響いた。
「どうぞ」
「おはよー聖女様、朝ご飯行こ」
「はい、今参りますね」
食堂では魔女が妖精に皿を運ばせ、湯気の立つ朝食をテーブルに並べている。
彼女は小さな足音二つに気づくと、にっこりと微笑み手招きをした。
妖精が飛び交う中テーブルに着くと、その一角は既に誰かが使用した後のように少し乱れていた。
「ケイシアちゃんはもう手伝いに出発したわ。朝ご飯もちゃんと食べてたし、昨日のことは引きずってなさそうね」
「ほら、言ったでしょ」
「良かったです……」
ほっと胸を撫でおろし、吐いた息の代わりに香ばしさが鼻をくすぐる。
視線を落とせばそこには、パンに目玉焼き、ベーコンとサラダと、オーソドックスな朝食が卓上に並んでいた。
祈りを捧げ、食事を始めてしばらくしたころ、魔女は話題を切り替えて話し出した。
「今日はわたくしは別の用事で一緒にいられないの。だから代わりの子にラミアルスを案内してもらうことになっているわ」
「分かりました。本日は都市の散策なのですね」
「でも、まだお祭りの日じゃないですよね?」
「あら……たった一日でわたくしの築いた都市を堪能できると思われてたなんて……南の魔女の名も落ちたわね……」
魔女はよよよと目元を覆い、その裏で口元はにやりと歪ませる。
聖女はおろおろと慌てふためき、モーラにフォローされるとその頬を少し膨らませた。
「とにかく、前日とはいえ雰囲気は本番さながらよ!他の都市からのお客様が来る前に、ここのみんなが楽しむ時間なんだから♪」
魔女がそう語る姿は、無邪気な自信に満ち溢れていた。
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「おはようございます!私はラミアルス護教騎士団、団長のマルキア・アントワ―ヌです!」
(……女騎士ってどいつもこいつも声がデカくないといけないの?)
思わず友人と重ねてしまいそうになる明朗な声の主は、太陽すら眩むような輝く金髪の女性だった。
切りそろえた髪を軽くなびかせ、真っ白な歯を見せて微笑む姿はさながら一つの芸術作品。
少女らの脳裏には、うきうきで彼女を騎士団長に任命する魔女の姿がありありと浮かんでいた。
「今日はよろしくお願いいたします。マルキア様」
「お任せください。短い間ですが、聖女様の大切な一時、僭越ながら私が彩らせていただきます」
(台詞の中身までうるさい)
「モーラ様も、今日はよろしくお願いいたします!」
「あっはい、よろしくお願いします……」
底抜けに明るい、自身の実力に疑いが無い。
自信で満ちた後光に焼かれ、彼女の暗い部分はより一層焦げ付いていく。
差し出された白い手袋の手を握り返しながら思わず、モーラは心の中で毒づいてしまっていた。
それを表に出さないだけの理性を残しながら。
「昨日はサーカス団に会いに行ったとのことで、今日は逆方向、準備が盛んに行われている東の方へ向かう予定です。パレードの出発地点が目的地ですね」
「パレードもあるんだ。東から西に横断するの?」
「その通り!パレードは二種類、北を通るノルズと南を通るスッズで、どちらが盛り上げられるかを競い合うんです」
「二つもあるのですか?回るのが大変そうです……」
「ははは、どちらにも脚を運ぶのは関係者か熱心な追っかけくらいですよ。ほとんどの人は展望台や気球などから遠眼鏡で眺めて楽しむんです」
「キキュウ……?」
「おや、リリアル邦には気球は存在しませんか?」
「聞いたことはあるけど、多分見たことは無い……」
騎士は着ていた白いコートから紙とペンを取り出し、さらさらと手を動かす。
淡い黒が折り重なってみるみるうちに空が広がり、布が空気を孕んで縄を張る。
籠に収まって笑顔を浮かべる女の子は、きっと聖女を現しているのだろうと二人は思った。
「このように、温めた空気で空を飛ぶ道具です」
「お上手ですね……!」
「このくらいは嗜みですよ」
「ああ、なるほど……」
「モーラ様、何かお気づきに?」
「ここ、鳥の魔物もいないんだなって」
「……なるほど」
都市内の移動は馬車で事足りる。
都市を跨ぐ移動の場合、最大の懸念点は魔物の襲撃である。
空では身動きが取れず防戦一方、小石を投擲されるだけでも致命傷になる。
奇跡も魔術もこの不利を覆すほど万能ではない。
そうした不利を押してまで空を目指す理由は、今の人類には無い。
一部の大きな都市で遊覧用の気球が普及するのみに留まっているのにはそうした事情があった。
「心優しい魔女様のことです、きっと気球に乗る機会も用意していることでしょう。そろそろ、馬車の待合場所へ向かいましょうか」
マルキアがヒールを鳴らして歩き始めた、かと思うと急に足を止め、あらぬ方向を遠く眺め始めた。
すぐに気を取り直して歩き始めたが、その不審な挙動に二人は疑問を持たずにはいられない。
「何かありましたか、マルキア様」
「ああ、いえ……そこにモニカ様がいたような気がして」
「モニカサマ……ああ、あの浴場で絡んできたお嬢ちゃんか。気のせいじゃないの」
「いえ、私は半径100m以内なら確実に彼女を補足できます。きっと一瞬様子を見て、すぐ引き返したのでしょう」
「さらっと言ってるけど何そのキモい特技」
「モーラさん、失礼ですよ!」
「ははは、構いませんよ。愛というのは傍から見ると滑稽なものですから」
「え、えぇ……?」
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一行は手配された馬車に乗りこみ、初めの目的地である衣装店に向かう。
通り過ぎる街並みは、魔女が言っていたように既に活気に満ちていた。
来訪時には骨組みだけだった屋台には立派なのぼりが掲げられ、色とりどりの出し物が並んでいる。
大道芸や野外演奏も散見され、ケファレオで行われた戴冠式とは全く違う雰囲気を聖女は感じ取っていた。
しかしそんな光景を見ていても、なんとなく一人の少女の顔が脳裏によぎってしまう。
「……モニカ様は、どういった方なのですか?」
「モニカ様は心優しさとストイックさを兼ね備え、少し言葉がきつくなるところもあるのですが込められた思いは相手への思いやりに満ちていて私はそれに何度救われたかも分かりません。それに不機嫌そうな表情をしていることが多いのですが大好物のプディングをお召し上がりになる時の顔のほころびようはまさに神の作りたもうた」
「もう少し簡潔に」
「魔女様の後継者に相応しい方です」
「できんじゃん……」
背筋を伸ばしたまま一編も淀むことなく言い切った後、水を飲んで騎士は続ける。
「人見知りで、かつ言葉が強くなりがちなお方なので誤解されやすいのです。その様子を見るに、既に失礼な態度を取られたのだとお見受けしますが……」
「私はもう気にしていませんよ」
「聖女様が言うなら、まあ」
「……本当に、優しいお方なのです。不器用なだけで……」
そう語る騎士の顔は、初めて曇っているように見えた。
しかしすぐに元の輝きを取り戻し、また白い歯を見せて笑う。
「現在向かっているのは、豊作謝肉祭の期間中貸し出しサービスをやっている衣装店です。リリアルの衣装も素敵ですが、やはり祭りを最大限楽しむのなら、衣装も即したものを着るのがベストでしょう。沢山用意させたので、好きなものを選んでください」
「まあ、いいんですか!」
「うわーあいつかわいそー……」
「ケイシア様の分ももちろん用意しています。選ぶのは明日になってしまいますがね」
陽気な喧噪の中を、馬車が軽快に駆ける。
不満も、嘆きも、憤りも、全てを塗りつぶす饗宴の時間。
年に一度の豊作謝肉祭が幕を開く。




