第15話 昔話
昨夜が明日への期待に胸膨らます夜だとすれば、今夜は熱気を鎮めるための涼やかな夜である。
訓練施設で解散した後、少女らは各自で入浴を終え、適当に時間を潰して部屋に戻った。
そんな状況だったが、奇遇にも顔を合わせる人間が一組。
「こんばんわ、モーラさん。湯加減はどうでしたか」
「昨日と同じ。……まあ、今日は随分広々使っちゃったけどね」
「ケイシアさんは……」
「多分もう寝た。分かりやすく引きずるタイプじゃないから、明日は元気に働いてると思うよ」
「そう、ですか……」
敗北の後、自らの弱さと喉を掠めた死に泣きじゃくっていた姿が思い浮かぶ。
教主がケイシアを回収し、聖女は魔女とモーラと共に戻ってきた。
彼が一緒だったのだからきっと上手く相談や慰めをしてくれたのだと信じたい。
しかしどういう訳か、今日ばかりはあの泣き顔が晴れている姿が、教主の力を以てしても想像できなかった。
「ケイのこと、心配?」
「……はい」
「底抜けに優しいから聖女様なのか、それとも聖女様として育ったからそんな優しいのか……」
「それは、分かりません……」
「ま、付き合いの長いあたしが保証するよ。明日になったら、そんな心配してたのがアホらしくなるってね」
「お二人は、どのくらい昔から付き合いがあられるのですか?」
「そりゃあ物心ついた時からよ」
「幼馴染だったのですね」
道理で、と聖女の目が細く笑む。
傍目から見ても二人の気の置けない態度は、ただの友人関係ではないことを伺わせる。
二人は並んで廊下を、客室へと向かい歩く。
「お二人の昔の話、聞きたいです」
「……まーいっか。隠したいことなんてそんなにないし。じゃ、聖女様の部屋で話そっか」
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二人はベッドに並んで座り、足を投げ出した。
サイドテーブルにはいつの間にか湯気の立つハーブティーが用意されており、柔らかな香りが鼻をくすぐる。
扉の隙間から逃げていった妖精のしわざだろうか、ともかく二人はそれに口を付けた。
「いい香り……ラベンダーですね」
「暗に早く寝ろって言われてるじゃん。いたずら妖精め……」
「ふふっ。では、眠たくなる前に聞けるだけ聞いておきましょう」
「はあ……、じゃあ、どこから話そっかな」
モーラは僅かな間だけ目を伏せて、記憶の世界に脚を踏み入れる。
ラベンダーの香りが混ざり合い、やがて思い出は色彩を帯びていく。
まつ毛の隙間から覗く瞳孔は、ほんのり憂鬱の色を帯びていた。
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あたしらが産まれたのはアルジャ村。実はラミアルスにあったっぽいから、ある意味これって里帰り、なのかも?
そうだったのですか!?
……ま、ぼんやりしか覚えてないけど、確か赤い花がいっぱい咲いてたんだ。花が咲き出すと、ああ、春だなーってなってた。
それで、あたしとケイはよく一緒に遊んでた。一方的に連れ出されて、満足するまで付き合わされて、それで、一緒に手を繋いで帰ったっけ。あいつは昔からいい子ちゃんで、しかも村長の娘だから、友達なんていっぱいいたのにね。村長んちの庭は広かったから、あそこでごっこ遊びやら、木に登って怒られたりやらしたなあ……。
いつか、行ってみたいです。
あー……。
どうかなさいましたか?
や、跡地しかないのに来てもしょうがないよなー……って。
跡地……?
もう無いから、あの村。
えっ、ど、どうして……。
大征伐。10年くらい前だっけ、あれで滅んだから。
……。
押し寄せた魔物に結界が破られて、全滅。あたしとケイだけ運よく生き残ったんだ。ごめんね、なんか暗くって。
い、いえ……。
あいつが騎士になったのもそれが理由なんだ。だからって、センセイに拾われてから2年ぐらいで入団するなんて思わなかったけど……。
おお……。
あたしも同じような訓練受けてるんだけどなー……。才能の差って残酷だね。
モーラさんも騎士になりたいのですか?
……まあ、多分そう。最近自信無くなって来たけど……。
どうして……。
一番身近にいるのが最年少騎士だぞ?大人騎士に一歩も退かない天才だぞ?
あ、ああ……。
……シュドとかいうやつには負けたけど、あんなんで折れるやつじゃないから。
そうですね。きっとすぐ、立ち直りますよね。
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静かになったティーカップの中身を飲み干すと、その場にしばし静寂が立ち込めた。
打ち明けられた暗い過去を安易に慰めることも憚られ、明るく振舞っても嫌味になるだろう。
どうにも喉に引っかかるものが、更に唇を淡く縫い付ける。
だから再び口を開くのは、打ち明けた方からになるのは自然なことだった。
「じゃ、次は聖女様の番ね」
「私ですか?」
「聖女様の知られざる過去とかさ、ほれほれ言うてみ~」
下卑た笑み、うねつく指先、そんな茶化した態度に聖女は一応笑みを取り戻す。
苦笑いもそこそこに、彼女は顎に指を当てて自身の短い半生を振り返った。
「うーん……とはいえ、あまり面白い話はできないと思います」
「いいからいいから、なんでもいいから」
「えっと……私が育ったのは孤児院で、お父様やお母様の顔は知らないんです」
「わお、いきなり重め」
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自分の両親がどんな人だったのか、知りたい気持ちもありましたが、マザーも、孤児院のみんなも優しかったので、それでよかったと思っています。
マザーって?
元シスターで、引退なされた後に呼ぶときはマザーと呼ぶんですよ。マザー・ヒルデは優しく強い方でした。
ふーん……。センセイとはいつ知り会ったの?
かなり昔から……多分、私が産まれた頃から孤児院に定期的に来ていたんだと思います。
マジでぇ?あの人クソ忙しいはずなのにどこにそんな時間あるんだか……。
昔の無知な頃は、時折お菓子を差し入れてくれる優しいおじいさんという印象でした。マザー・ヒルデからお話を聞いて、少しずつその凄さが分かっていったのを覚えています。
まあ、何も知らない子供からしたら顔が怖いだけのおじいさんか……。
5歳の頃に、私が聖女として選ばれたことを告げられ、アイリスバレーで修業を積むことが決まりました。
5歳ぃ!?あたしその頃花の蜜吸って腹壊してた頃なんだけど!?
あはは……修行とは言っても、聖女としての立ち振る舞いが主で、座学は多くありませんでしたね。
確かに、歩いても座ってもめっちゃ綺麗だよね、聖女様。
ありがとうございます。あとは、同じようにアイリスバレーで修業しているシスターの皆さまと一緒に勉強させていただいたりしました。
ふーん。アイリスバレーってどんなところ?
山の上にある大聖堂で、廊下が凄く綺麗なんですよ。あまりあちこち見て回ったことがないので、私も詳しくは無いのですが……。
そっか。たまに名前を聞くから有名だとは思うんだけどなーんも知らんのよね。
いつか行く機会があるかもしれませんね。
教主様とは、その頃から顔を合わせる機会が増えましたね。座学の時間は、いつも教主様が教鞭を取っていらしました。
アイリスバレーって山の上でしょ?定期的に登ったり降りたりしてたってわけ……?
……それだけ、『聖女』という存在に期待していたということなのだと思います。アイリスバレーから、ケファレオにやって来て、いかに自分が幼く弱いかを思い知りました。私は、もっと聖女に相応しくならないと……
ああいやごめんごめんごめん。追い詰めるつもりは無かったんだよー……。
こほん……。ともかく、私の話せる昔の話はこのくらいだと思います。面白い話ではなかったでしょう?
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「いやあそんなこと無いよ。マジ爆笑、そりゃ違うか」
「もう……」
「はあ、何かいい時間になっちゃったし。あたしはそろそろ寝るね」
「はい、おやすみなさい」
モーラが退室し、一人になった部屋で彼女は静かに歯を磨いていた。
顎に心地よい振動を感じながら、先ほど聞いた話を反芻する。
平和な村で、幼馴染が二人。
それが一夜にして地獄へ落ち、騎士という決して楽ではない道を歩むことになる。
ケイシアは既に騎士として一人前、モーラもきっと時間の問題だろう。
花の咲き乱れる庭ではしゃぐ二人の姿、村長と共に村の人気者をしているケイシア。
魔物への復讐に燃え、教主の下で過酷な訓練に励む姿を思い浮かべる。
(あれ……)
そこまで考え、湧いてきた違和感を口の中の泡と共に吐き出した。
「モーラさん自身の話は、あまり聞いていない……?」
泡と疑問は、深く暗い穴へと吸い込まれていった。




