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第14話 決闘という現象

「始め!」



それを合図にケイシアが槍を短く持って走り出す。

対してシュドは両手を広げ、その場で受け止める構えを取る。

刀は抜かずグローブのみの徒手の構え。

そのど真ん中を目掛けて少女は突撃する。


少女が前に跳び槍を突き出す。柄の持ち替えで射程を最大限活かした騙し討ち───



「槍が伸びっ───」



観客からの驚嘆の声が届くよりも速く彼はそれを両手でいなした。

弾みで前に踏み込み手は既に腰だめに構えられている。

居合いの構え。その間わずか0.4秒。



「らぁっ!!!!」



その手を目掛け、一回転させた槍先が横殴りにせんと逆方向から迫りくる。

まるで槍に振り回されるような出鱈目な挙動だが、不意打ちに次ぐ不意打ちは攻撃前の隙を確かに捉えた。



「ぐっ……!」



掌返しで勢いを受け地面に転がり体勢を直す。

追撃の一刺しを跳んで躱し、追撃の追撃を下がって躱す。

射程を活かした猛攻撃に、侍は逃げの一手だ。



「は、速すぎます……」

「なにあのくねくねした動き……槍が当たってるんだか当たってないんだか分からん……」

「合気という技術の一つだ。かかる力に合わせて体を動かし、ダメージを最小限に抑えることができる」

「そういえば、あのグローブ見覚えが……」

「これか?」



教主がローブから取り出した手には、今もなお刺突の嵐から逃げ回る男の手と同じものがはめられていた。

掌の形をくっきりと映し出す、光沢の無い黒い手袋が。



「そうそれ!」

「防刃仕様になってる以外は普通の手袋だ。あれ無しで槍の切っ先を受けようものなら、先に指が飛ぶな」

「ひっ……」

「そんなリスク負わなくても、あの剣で戦えばよくない?」

「あの剣……刀は、あまり振り回すように設計されていないからな」



三段突き、躱した方に振りぬいて角度を合わせ叩き付ける。

寸分の隙も与えない猛攻がかれこれ30秒も続こうとしている。

一秒あたりに避け方の判断を四回。積み重なれば相応の負荷となる。

少女の視線は一度も相手から外れず、その呼吸には一切の乱れもない。


しかしさりとてそれは彼も同じこと。

強いて言えば攻撃を手で受け止める機会が増え始めていた。


(やっぱり、あの『カタナ』じゃ槍とは打ち合えないよね。長さも分かったから怖くないもん)


ケイシアの睨んだ通り、刀で戦う時の理想は隙をついた一撃必殺。

普段は彼女のように槍や飛び道具で牽制しながら、あわよくばそのまま敵を倒す。

しかしその武器を取り落とした、あるいは懐に入られた時、刹那の隙間を縫って致命の一太刀を浴びせる。

これが刀式の剣術。

最初から抜き身で斬り合うことなど、端から想定していない。


だが、それにしてもシュドの戦い方は異質だった。

何しろ、長物で牽制するどころか刀すら持たず、素手で相手の動きを一所懸命に受け流しているのだから。

防刃仕様とはいえ、受け止めた時の小さな振動は掌に積み重なっていく。

対してケイシアの方は、重さのハンデがあれど一方的に攻撃するだけであり、防御の際に消耗する体力を考慮する必要がない。

疲労の蓄積ペースは、明らかに侍の方が早い。



「あのナンパ男、意外と大したこと無かったのかも?」

「でも、あんなに長い間動き回っているのはすごいです……」

「まだ60秒、試合の折り返しには早いですね」

「えっ、そ、それだけしか経っていないんですか?」

「切れ目なく、最善の攻勢と最善の防衛がせめぎ合う。一見ワンサイドゲームでも、良い試合というものはあるものです」

「まあ、オッサンの方はそろそろ限界そうだけどね」



槍の嵐に絶え間なく、黒手もまた目にも留まらぬ速さで死を捌く。

突き、払い、叩き、打つ、一本の武器とは思えない多彩な攻め手が徐々に彼を追い詰めていた。

少女の攻撃をかわし、侍が小さくかがむ。

乱れ突く穂先が残像として砂を巻き上げ、少女は大きく前へのめる。

そのまま体が宙へ浮き、小さく弾んで地を擦る。

倒れ伏した者、立って刀を鞘に納める者。

勝負は決した。


「……あれ?」


倒れた少女は起き上がらない。

侍はただそれを黙って見つめている。



「見事だった、ケイシア。そして、侮ってすまなかった」



二言呟いてしばらくし、呆れたように彼は視線をシスターへ飛ばす。

そうして初めて、声が夜空に響き渡った。



「け、決着!勝者、特別顧問、シュド・ルフォール!」

「え、は?なんで……」

「……槍を引き戻した一瞬に歩を合わせて斬った。見事だな」

「はぁっ!?で、でも一発斬られたぐらいで倒れるような……」

「斬った後に心臓を突いている。そもそも、肋骨を両断されたら人間は動けない」

「…………」



決着は一瞬のうちに付いてしまった。

倒れ伏す有様を今だ受け入れられずに、聖女とモーラは呆然と立ち尽くす。

その姿を見て少し姿を消した教主が、タオルと水を持って聖女の肩を叩いた。



「差し入れてあげてください。短時間とはいえ、全力で動いたので疲れてるでしょう」

「わっ、分かりました!モーラさんも……」

「……ごめん、ちょっと、考えさせて」

「じゃあ、い、行ってきます!」



ぱたぱたと駆けだした聖女を見送り、教主は相変わらず立ち尽くすモーラを一瞥する。

彼女は倒れたケイシアに釘付けになっている、その心中を、彼はなんとなく想像できた。

一人で考える時間が必要だと判断し、彼は黙って魔女の元へと向かった。



=====================================



少女にとって、彼女は憧れだった。

魔物に故郷を滅ぼされ、才能を開花させて偉い人に拾われ、年少ながらも大人に負けず働いている。

こんな物語の主人公のような存在が、身近にいるのがどうしようもなく誇らしかった。

自分にそのような才能もない、拾われたのもおこぼれで、必死に頼み込んだから擬きのような扱いはもらえている。

いつか彼女の隣に並び立つことを夢見て、日々努力をしているつもりだった。


少女にとって、彼女は目標だった。

同じ年齢、同じ性別、同じ生まれに、同じ環境。

そこまで揃えて差異が出るのなら、それはもはや才能という単語以外に答えはない。

つまり努力ではどうしようもないと、悟るのにそう時間はかからなかった。

それでも諦めきれない心がねじれ、彼女に向ける感情はねじれていく。


少女にとって、彼女は絶対だった。

どんな大人でも、本気の彼女には勝てない。教主は例外だ。

奇跡はまだ使えないけど、いつかは団長のように使いこなすだろう。

魔物が根絶されるとすれば、それはきっと彼女の功績だ。

……そんなことを考えてしまうほどに、少女は彼女に依存していた。



だが、彼女は負けた。

完全なる優勢で進み、不正は一切ない。

ただ一瞬作ってしまった隙を突かれ、一撃で落とされた。

完膚無き、完全なる敗北。

少女(モーラ)にとって、彼女(ケイシア)は届かない憧れであった。



=====================================



聖女が一所懸命に走っている最中で、倒れ伏した赤い髪がのそりと起き上がった。

膝をすりむきながら駆け寄る姿を見て、乱れた髪の隙間から彼女は力なく笑って見せた。



「ごめん、聖女様。負けちゃった」

「大丈夫ですか!?怪我は、あ、これ、お水とタオルで……」

「うん。ありがと。落ち着いて?」



水を呷り、汗を拭き、髪を整えてケイシアは座り直す。

まだあちこち跳ねた髪を揺らしながら、彼女は嗤っていた。

その手は、自身の胸の辺りを撫でている。



「久しぶりにバッサリいかれちゃったなー。しかも、念入りに心臓潰すとか本気すぎ」

「斬られたんですか!?あっ、いえ、神が見守っているから大丈夫、なんでしたっけ……?」

「うん。めっちゃ痛かったよ。熱いなーって思ったらそれが流れ出してどんどん冷たくなっていく感じ?何回か受けたけど慣れないよねーあれ」



決闘による傷は発生する。

金属が皮膚を裂き、流血し、神経には激しい苦痛が走る。

だが次の瞬間には裂創は塞がり、血は補填され、残るのは傷ついた記憶のみ。

騎士の信心が深い傾向にあるのは、こういった実際に奇跡を目の当たりにする機会が多いからでもある。

だが、その奇跡が心を癒すことは無い。



「いやー、あいつ、態度悪いけど実力は本物だねー。とくべつこもん?らしいけど、まあ納得かも。魔女様もあんまり怒れないのってそういうことなのかな」

「け、ケイシアさん……」

「聖女様見てたー?あたしめっちゃ調子に乗って槍振り回してたけどさ、あれ触った瞬間に多分微妙にずらしてテンポ作ってたんだよね。気づかないうちにリード握るのすごいよねー、あたしも真似……」

「ケイシアさんっ!!!」



聖女が力いっぱいケイシアを抱きしめる。

面食らったケイシアの喋る口は止まり、ゆるく笑みに歪んでいた口がみるみるうちに真一文字に結ばれる。



「次っ……次に、勝ちましょう!」

「……あ」

「だから、今は、休んでください……!私、私……っ」

「、う、ぁ───」



光を失っていた目に潤みが満ちたかと思うと、それはすぐさま決壊した。

勝てると思った。勝ったと思った。

油断はしなかったと断言できるし、コンディションに不調も無かった。

その上で正々堂々と、真正面の反応速度勝負で負けた。


そして、死を味わった。

少なくともあの瞬間、自分は死んでいた。

他の決闘形式の模擬戦で味わったことのない絶望。

一瞬の油断が永遠の停止を招く恐怖が、改めて彼女に刻まれた。


歯がみしたくとも、声が溢れるせいで口が閉じない。

か細い力で必死に背中を抱かれ、その暖かさが余計に喉を突く。

この小さく暖かい手も、自分のせいで永遠に失われたかもしれなかった。

甘えていた。

口に広がるのは、どこまでも広がる苦みだった。



=====================================



「魔女殿」

「…………」

「魔女殿」

「……ああ、はい。どうかした?」

「顔が緩んでいますよ」



教主は魔女の前に立ちふさがり、その体に大きく影を落とす。

決闘が始まってからから一言も口を聞かず、彼女はただ試合に集中していた。

食い入るように、まるで何かの一瞬を見逃さないとするように。

それが今、ようやく正気に戻った。



「普段ならよろしいですが、今回は控えた方がよいでしょう」

「……そうね。まるでケイシアちゃんが負けて嬉しいみたいになっちゃうものね、ふぅ」

「自邦の騎士が勝って喜ばしいのは当然ですが、子供相手ですから」

「うん……でも、見た?」



魔女の顔がみるみる喜びに咲いていく。

まるで初めて戦う騎士を見た子供の様に、どこまでも無邪気な表情が開いていく。



「あの一瞬の閃き!そこに繋ぐまでの布石にも全く無駄がなかった……まあ体力が落ちてきたのは残念だけど、一振りする分にはまだまだイケるわよね!」

「ええ、以前見た時から変わらない」

「ああ……っ、いつ見てもあの時間そのものを切り裂くような繊細さと大胆さ、あれに至るまでに柄巻にどれだけの血を滲ませたか……うぅ~~~っ……」



高まる感情に体をよじり、直面した極上の一瞬を咀嚼する。

彼女にとっては命を懸けた死合ですら、人が織りなす芸術の一つでしかない。

勝ち負けに価値は無く、その過程でどれだけ美しい一瞬を切り取れるか、それこそが彼女にとっての価値。

教主の陰で無言で悶えていた魔女が平静を取り戻すころには、グラウンドはもう空になっていた。



「……素行はダメダメだけど、やっぱり手元には置いておきたいわよねぇ……どうにかできない?」

「もう少し体が動いたなら検討しましたが、すみません」

「ううん。言ってみただけだから」



決闘は終わった。

時間にして30分にも満たない現象。

しかしそのわずかな体験が、多くの人間を動かすのだ。

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