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第13話 騎士と異端

魔女の開いた扉を使い、一同は居城へと戻ってきた。

疲労困憊の少女らはその場にへたり込み、その様子を魔女はあらあらと眺めている。

とはいえ、聖女以外の疲労は心的なものが大きく、少し休めばまた元気に動けるだろう。

聖女は午後の歩き詰めも響いてやや眠そうにしていた。



「魔女様ぁ……サプライズはもうちょっと穏便なのにしない?」

「……ごめんなさいね。でも、彼女らもわたくしの大事な民。貴女達に獣人の悪いところだけ知っていてほしくなかったの」

「てゆーか獣人の身体ってどうなってんの……?あんなの人間の動きじゃない……」

「そう?頑張れば何個かはできそうじゃない?あの火の輪くぐるやつとか、ナイフくるくる投げ回すやつとか」

「ジャグリングっていうのよ。こんなふうに、ね」



どこからか取り出した布製のボールを手際よく操る姿に小さく歓声が上がった。

一人だけ信じられないものを見る目で隣を見ていた者もいたが、ともかく小休止を経て少女らは元気を取り戻した。

すっかり日も暮れて、風呂に入るか食事にするか、和気藹々と歩いているとその声は聞こえてきた。



「あの、困ります……あぅ……」

「いいじゃあないか。おじさんはこれでも経験豊富だからねぇ。この煌びやかな城じゃ分からないことを教えてあげられると思うんだけど、どう?」

「はぅ~……」


「……何、あれ」

「どっちのこと?」

「どう考えてもナンパ男の方でしょ……」

「はぅ~とか箱入りお嬢様でも中々言わないから……」

「聖女様、はぅ~って言ってみて」

「おい」

「は、はぅ……?」



少女らが奇怪な光景に困惑していると、珍しく怒った様子の魔女がずかずかとそのやり取りに割り込んでいった。

近づいてくる魔女の存在に気づくと、ちょっかいをかけられていた方は逃げ出し、男の方はにやにやと笑いながらその到来を待った。



「シュド、また城の子にちょっかいかけて……本当に立入り禁止にするわよ?」

「おお怖い怖い。んじゃあ、おれは魔女様が忘れるまで隅でひっそり……おや、見ない連れですねえ」



シュド、と呼ばれた男は、見た目も口調も軽薄な男だった。

羽織った布を帯で止め、ゆったりしたズボンを履いた、連邦ではあまり見ない服装をしている。

腰には長い剣を三本帯び、左手をその柄に置いて決して離さない。

聖女ら一行が近づいてくると、徐に顎を揉んで思案を始めた。



「そういえば……お隣から客人が来るのが豊作謝肉祭の前だったっけか……?なんだか綺麗な服を着ているし、きっと貴女がそのご来賓なのでしょう。お名前を伺っても?」

「リリアル邦より参りました。聖女を仰せつかっております。プエラ・サンクタと申します」

「……ふむ?まあいい、聖女サマ。よければ今晩お食事でもご一緒に」

「…………」

「……というお誘いを目についた女性全てにしないと気が済まない質でね、おれ流の挨拶みたいなもんさ。だから魔女サマ、殺気は鎮めてくれないか?」

「いや、要するに『子供相手でも見境なしです』って言ってるだけじゃ……」

「ふむ……?」



聖女の前から立ち上がった男は、軽蔑の視線を隠さないケイシアに次の狙いを定めたのか、じろりと視線を向ける。

しかしその眼は先ほどまでとは違う、軽薄さの薄れた真剣な眼でもあった。

そんな差に気づかないケイシアは、向けられる圧の気持ち悪さにじりじり後ずさり、手近な大きめの身体を使って盾を作る。



「ねえちょっと巻き込むなって……」

「いやでもほら……」

「ああ!お嬢さんが噂の『緋色の穂先』か。言われてみれば確かに緋い髪をしている」

「誰も何も言ってないし……ていうか何その渾名……」

「いやなに、子供だてらに聖女を守って獣人相手に奮戦したとのことで」

「え、いや~大したことは……」

「力及ばず負けたとも聞いている」

「……

「まあ、男ならいざ知らず女の子じゃあ仕方ない。よく頑張った方なんじゃないかな、うん」

「はあああああ!?」



魔女が制止する間もなく、ケイシアは腕を組む男に喰ってかかった。

彼女は自分が騎士であることに誇りを持っている。

教主に拾われ、魔物への復讐を誓い、それを胸の奥に封じて日々人々の為に励み、大人の男と比べても引けを取らない働きぶりをしていると自負している。

それを、何も知らない男が鼻で笑った。


ケイシアは何やら体のあちこちをまさぐり始めた。

皆がその行動に疑問を覚え、止めるべきか迷っていると、突如彼女が腕を振った。

投げつけられるそれを、シュドは片手で受け止める。



「……ほう、古典的な作法を知っているね」

「受けるの、受けないの」

「子供とはいえ、レディからのお誘いを断るわけないだろう?」



投げつけたのは、白い手袋。

物語に伝わる、決闘の合図であった。



=====================================



居城から少し離れた騎士団の訓練施設、夜に明かりが点いているのは珍しい。

話を聞いたリリアル、ラミアルス両邦の騎士が、野次馬に集まり少しだけ賑やかになっていた。

魔女、聖女、そして侍従役のモーラ、三人はグラウンドが良く見える特等席に腰かけ、固唾を飲んで様子を見守っている。

そこに、一つ大きな影がやって来た。



「……面倒なことになりましたね」

「教主様!」

「おかえり。……ごめんなさい、わたくしが付いていながら」

「鉢合わせないとは思っていたのですが、仕方がありません。あれとケイシアは相性が悪い」

「教主様は、シュド様のことをご存じなのですか?」



聖女の問いに、教主の視線は遠くを向く。

グラウンドの中央、腕を組んで悠然と立ち構えるシュドと、空の手を握りしめて対面を睨むケイシアの姿がある。

遅れて届いた武器の数々から、さっさと槍を掴んだケイシアは、軽く振り回して手触りを確かめていた。



「……昔、軽く手ほどきをしたことがあります。騎士の装備を使うにはあれの身体は柔らかすぎたので、変わり種の剣術を教えてみたのですが……」

「ですが?」

「実力と一緒に自意識まで肥大化してしまい……もっと細かく見てやれば違ったのでしょうが、異邦に長く留まるわけにもいかなかったのです」

「そんなに強いの?あいつ」

「強いが、まあ見る方が早い」


「あんた、武器はその腰に付けてる剣?」

「ああ。だからその槍で牽制されると届かなくて困ってしまうな」

「見せて」

「応よ」



ケイシアが槍を置くと当時に、シュドが腰の剣を二振り、帯から外して彼女に渡す。

柄には縄が巻かれ、鞘はつるりと磨かれて軽く反った独特の形状をしていた。

少女が手に力を込めると、ぱきんと音がして鈍色の刃が篝火を照り返す。



「片刃の刃、転じてカタナと呼ぶそうだ。よく切れるが、打ち合いをするとすぐ欠ける」

(……確かに、刃のところがすごく薄い。こんなので魔物と戦えるの?)



刀。

一本の鋼を叩いて鍛え、芸術品に匹敵する繊細な刃渡りを実現した特殊な刀剣。

技術こそ早期に発見されていたが、その難解さ、量産性の低さからあまり普及することは無かった武器。

特に人間よりもはるかに強靭で素早い魔物を相手にする場合は、刀の脆さは致命的だ。

その特性が最大限生きるのが対人の殺傷であることも、忌避されやすい原因である。



(鞘からの滑り出しは普通の剣よりスムーズかも。多分抜刀した瞬間が一番速いから、その時に腕の届くところにいるのが最悪かな。切れるは切れるみたいだけど、それ自体は()()()()()()()()()

「そんなにじっくり眺めたところで、仕掛けも何もないのだがね」

(二本あるのは多分リーチの違いだよね、剣と槍の二本持ちみたいな。……てことは、刺突も考えた方がいい?先端が尖ってるし、踏み込んでこう、みたいな)



鞘を置き、長刀を握って軽く構え、踏み込んで腕を前に突き出す。

踏み込みを考えると射程は2m弱。

槍は2mを少し超える長さのため有利こそ取っているが、油断すれば一撃で致命傷を負えるような距離感。

逆に言えば、油断しなければ一方的に勝てる、幼い騎士はそう踏んだ。


それを見つめる相手の剣士の目が、険しいものになったことにも気づかず。



「───はい、返す。ありがと」

「……あ、ああ。ふむ、特に細工はしていないな」

「するわけないでしょ」



少女は置いていた槍を拾い、剣士に背を向ける。

剣士もまた、呼吸を入れてから定位置へと引き返した。

その間に、魔女が連れてきた立ち合いのシスターが立つ。



「……御両方、位置に着きました」

「いいわ。許可します」

「───匿霊四梯(シア・デルタ)、レディ・マジョラムの名を借りて、ここに決闘の開始を宣言します」



指定奇跡・決闘宣言。

騎士の模擬戦の際に用いられ、その範囲内では()()()()()()()()()()()()()

受けるのは武器と肉体が触れあい、貫いた時に生じる痛みと衝撃のみ。

心臓、脳、内臓、四肢、それらが破壊される感覚のみを残し、生じる結果を取り除く。

あるのは技術の切磋、信念の衝突。

慈悲深き神の膝元にて、命よりも重い誇りを持つことが許されていた。



「御両方、宣誓を」

「───リリアル護教騎士、ケイシア・パクスプレビア。あたしが勝ったら、二度と女の子にちょっかいかけないで」

「───ラミアルス護教騎士団特別顧問。シュド・ルフォール。……しまったな、別に何も欲しくはないのだが……」



決闘の作法として、名乗りの後に相手への要求を述べるというものがある。

この要求に強制力はないが、決闘がそもそも名誉をかけて行う以上、基本的には遵守される。

軽薄に見える彼、シュドであっても例外ではなく、衆目に晒された中で受け入れた以上、負ければ生涯女を口説くことはなくなるのだろう。


逆に、何も要求しない決闘というものも成立しない。

それは勝ちへのこだわり、すなわち互いの勝敗の正当性を放棄することに他ならないからだ。

負けてもいい、なんて状態で臨まれる決闘に、神が手を貸すことは無い。

しばらく頭を捻って唸り、ケイシアの苛立ちが吹きこぼれそうになったその瞬間、シュドは手を叩いて言った。



「よし、おれが勝ったら明日騎士団の仕事を手伝え。祭り前で人手はいくらあっても足りん」

「分かった」

「……宣誓成立。御両方、構えてください」



少女が槍を握りしめ、体勢を大きく下げる。

男は懐から手袋を取り出し、両手に嵌めて腕を組んだ。



「始め!」

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