第11話 教会付属図書館
「魔女様おかえりー」
「忘れ物、見つかりましたか?」
「ええ、もう大丈夫よ。行きましょ」
四人が午前中の散策の最後に訪れたのは、居城の一階に敷設されている図書館。
魔女の、というよりも教会の所有物のようで、祭りの雰囲気もほとんどなしに職員が働いている。
何人かが挨拶をしてくるが、今まで見てきた人々のように、魔女に対して崇拝のような態度を取る者はいない。
「書き物をする時は、わたくしもよくここへ来るのよ。ここは静かで落ち着けるから」
「私も本を読むのは大好きです」
「あたしは本にがて~」
「あたしは、まあ、そんなには読まないけど……」
図書館は都市の教会に必ず一つは存在する重要な施設である。
アイリスバレーで解読された経典を始め、様々な情報が集積する文明の叡智そのもの。
見上げるほどの高さの書架には無数の本棚が立ち並び、ずっと奥まで続いていた。
まるで叡智そのものが、個人の自我など容易く呑んでしまえるかのように。
「ケファレオにあるものよりも作品の着想や過去の作品に関する書物が多く修蔵されているわ。あっちは技術書ばっかりで……その、面白くないのよね」
「分かる。読んでるとすぐ眠くなるから枕元に一冊置いてる」
「あんたね……。……聖女様?」
モーラは、その場で呆然と立ち尽くす聖女に気づき、声をかけた。
その視線は真っすぐ書架の奥を見つめ、微動だにしない。
駆け寄ったモーラが声をかけても、手をかざしても気づかず、肩を揺するとようやく正気に戻ったようで、たちりと大きく瞬きをした。
「……すみません、なんの話でしたか?」
「話っていうか、急に立ち止まったから何かと思ったよ」
「どうしたの、二人とも」
「聖女様疲れちゃった?」
「いえ、……多分、この部屋がどこまで続いているかに思いを馳せて、ぼーっとしてしまったのだと思います」
「あー……確かに広いもんねここ。魔女様、この図書館ってどんだけ広いんですか?」
「さあ?」
「えっ」
あまりにあっけらかんとした回答放棄にその場の全員、何かの間違いかと訂正を待つ。
しかし魔女の顔色は変わることなく、やはりあっけらかんと補足を述べる。
「図書館の建築は教主……ここの場合は二代目ね、とアステラにいる天祀長が主に携わってるわ。わたくしはそれを譲り受けただけなの」
「天祀長……って誰だっけ」
「アイリスバレーにいるめちゃくちゃ偉い人……のはず」
「連邦において唯一、神の御言葉を直接聞くことができるとされる聖人です。とてもお優しい方ですよ」
「会ったことあるんだ……」
「ていうか、神の言葉って教主様とかも聞いてるんじゃないの?」
「天祀長以外の聖人も神の言葉を直接聞けるわけではないわ。他のみんなと同じように守護天使の口伝えか、天啓による指示だけね」
「へー……」
じろり、とケイシアの視線が聖女の身体を舐める。
突然の生暖かさに身震いする姿に詰め寄り、後ずさりする肩を掴んだ。
「もしかして、聖女様が次の天祀長……!?」
「な、なんの話でしょう……」
「あー、聖女様も神の声が直接聞こえるんじゃないかってこと?」
「そう!」
「で、できたらよかったのですが……」
「いや、今はできなくても将来性があるから!聖女様まだ背が低くて声が届いてないだけかも!」
「やめろぉこのノンデリバカ!」
目を輝かせ興奮するケイシア、を羽交い絞めして引きはがすモーラ、を微笑ましく眺める魔女。
その三人を前にしても、聖女の気はそぞろである。
どうしてか分からないが、あの果ての無いように見える書架の奥に気がひかれて仕方がない。
魔女ですら全貌の分からない場所に脚を踏み入れることの恐怖が、辛うじて彼女の脚を縛っていた。
聖女は、無理やり自身に言い聞かせる。
あの奥に踏み入ったとて、この胸のざわめきを解消する答えがあるとは限らないのだ、と。
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昼食を済ませた一同は居城を飛び出し、祭りの準備で賑わう市街へと飛び出した。
しかし、その道のりは険しい。
「魔女様!ホーリーで出す新作を味見して貰えませんか!」
「ああまさかこんなところでお顔を拝むことができるなんて……」
「ねーねーまじょさまー、またあのぶわーってなるやつやってー」
「ウチの娘が提出作が書けないってずっと引きこもっているんです……。なにか一言かけてやってくれませんか……」
「うおおおおおおおおお魔女様万歳!!魔女様万歳!!魔女様万歳!!魔女様万歳!!」
…
「みんなお疲れ様。はい、ジュース貰って来たわよ」
「お疲れっていうか……魔女様が相手してるのを見てただけっていうか……」
「人ってあんな速度で捌けるんだ……」
「目が回ります……」
一同は激動の午後を乗り切った後、とある店の一角に隠れて休息を取っていた。
とはいえ、少女らが特に何かしていたというわけではなく、ひっきりなしに押し寄せる人波に抗いながら魔女の歩みに付いていっただけである。
図書館の静けさを一度経ていただけに、改めてこの邦における"魔女"という存在の影響力を、彼女らは思い知った。
日は傾き、小さな膝へ紅い光が暖かく差し込む。
「ところで、今日はあと何をなされるのでしょう。もうそろそろ夜になりそうですが……」
「目的地はもう少し先よ。この辺りはもう住んでる人も少ないから、すぐ着いちゃうと思うわ」
「逆にそんなところに何の用が……?」
「……貴女達に、どうしても見せておきたいものがあるの」
突然神妙になった魔女の声音に、少女らの背も自然と伸びる。
正面から向き合う視線はどこか後ろめたさを含んでいて、しかしそれでも何かふんきりを付けたように話し始めた。
「これから見るものは、ちょっと貴女達には刺激の強いものかもしれない。……でも、このラミアルスを治める者として、全ての民を遍く愛している。だからこそ、目を逸らしたままではいられないし、いてほしくない」
「全く話が見えない……」
「刺激の強いってどんなのですか?モーラがベッドに隠してた本くらい?」
「おめーよくもそんなありもしないことをペラペラと!!」
「……大丈夫です。魔女様」
「聖女様……」
一番小さな少女が、一番確かな意思を以て魔女に視線を返す。
自信があったわけではない。
むしろ、シデロリオで数多の凄惨を見てきた彼女にとって、魔女のいう『刺激の強い』がどのような物か、想像するに恐ろしい。
それでも、聖女は信じた。
「お優しい魔女様が、それでも私たちに見せようとするのなら、それはきっと意味のあることですから」
「……ありがとう。聖女ちゃん」
魔女はそっと歩み寄り、膝を折って聖女を抱きしめる。
次にケイシア、モーラと、同じように慈しみをもって抱擁を施した。
何の魔法も掛かっていない、愛と謝罪を込めただけの行為だった。
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「ようこそいらした皆様方!!!」
「……」
人が魔術も奇跡も無しに空を舞う。
「今宵見舞うは大奇跡!!」
炎が吹き荒れ、ナイフが飛び交う。
「人による、人のための喝采を!!」
光が彩り、トランペットが言祝ぐ空間に───
「偉大な御座へと捧げましょう!!!」
着飾った一人の獣人が、高らかに開幕を宣言していた。




