表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

第10話 音楽の尖塔

古びた造りの尖塔から、別の塔へ移動した一同は先ほどと比べて見違えるほど綺麗な廊下を歩いていた。

居住区画に比べると楚々とした造りで、しかしだからこそ汚れの一切ない徹底した清潔ぶりが際立つ。



「こっちの雰囲気は全然違いますねー」

「次に行くのは、みんなで歌を歌うところよ♪」

「ああ、何か聞こえると思ったら……」

「魔女様は音楽にも通じているのですね」

「ええ♪とはいっても、他の趣味とは違ってこっちは実益上の理由も大きいのだけれど」

「じつえき?」

「うん。ちょっと静かにしててね……」



魔女は懐から小さなベルを取り出す。

振り返って少女らに向けて、口に指を当ててウインクをして見せる。

そして、静まり返ったその場の空気をそのまま纏うようにしてゆっくりと歩き始めた。


遠くから聞こえてくる歌声に合わせて小さくベルを鳴らす。

振る度に響く音はその色を変え、漏れ聞こえる唱和に溶け込んで一体化していく。

歩を進むにつれ、聞こえてくる歌が一つではないことに、少女らは気づく。

二つ、三つ、合唱練習が各所で行われており、全く異なる歌が薄く重なることで香水のように複雑な音楽を奏でているようにみえたのだ。

そして魔女はこの大規模で無秩序な合唱に、完璧な即興を合わせながら歩いていく。

手を前に掲げながら進む姿は、まるで暗い森を僅かな明かりを頼りに進む守人のようだった。


徐々に魔女の即興は発色を強めていく。

全体に合わせた穏やかなメロディが、特定の曲に合わせて存在感を増していく。

追従する少女らも自ずと、その曲を歌う組のところへ向かっているのだと理解する。

ゆっくりと、厳かに、そして静粛に、四人は無人の廊下を歩く。

そして一つの扉の前で止まり、同時にベルも懐へ仕舞われる。

合唱も、ちょうど終わりを迎えた。



「じゃあ、入りましょうか」



引戸を静かに引いていくと、そこに居たのは整然と並んだ子供たち。

魔女が背筋を伸ばして入室するのに倣い、少女らも姿勢正しく歩いていく。

特に何か言われるでもなく指揮台前に横に並ぶと、子供たちの段の脇に控えた指揮役が手を振り上げた。



「「「お帰りなさいませ。偉大にして華麗なるレディ・マジョラム」」」



コンマ一秒の乱れもなく重なった声の波が、まるで嵐の塊のように少女らを直撃した。

その圧力に何も答えられず、無暗に心臓を跳ねさせるのをよそに魔女は笑顔でやり取りをしている。



「はい、今日もみんな元気でよろしい。こちらが昨日から滞在なされている聖女様と、その護衛の方々です♪明後日の豊作謝肉祭までこの城にいるので、くれぐれも粗相を働かないように」

「「「はい。分かりました。レディ・マジョラム」」」

「───ご紹介に与りました。リリアル邦で聖女をしております。みなさま、どうぞよろしくお願いいたします」

「「「よろしくおねがいします」」」



───迫りくる波濤、押しつぶす音の圧、初撃で軽く意識が飛んだ聖女はそれでも背負う面子のために笑顔に戻って一歩前に出る。

声楽とは一種の肉体美である。生の身体を楽器と成し、空気を震わせ妙を象る。

求められるのは最大出力、そしてそれを制御するための更なる力。

一人一人は人形のようにか弱く見えるかもしれないが、胴回りの引き締まり方は大人顔負けの仕上がりである。



「この子たちは特別聖歌隊。わたくしに捧げる歌のために、日夜ここで勉強と練習を重ねているのよ。全部で四部隊あるうちの、第三隊ね」

「聖歌隊……リリアルにもありますが、こんなに大規模だなんて……」

「そうね。でも邦全体から集めて100人にも満たない狭き門でもあるのよ。じゃあサミュエラ、挨拶をお願い」

「畏まりました、レディ・マジョラム」



サミュエラと呼ばれた指揮者の少女が全員に練習の終わりを告げると、隊員が雛壇から溢れだし魔女の元へと殺到した。

まるで母鳥を見つけた小鳥のように、真っすぐ、純粋に、そして無邪気に彼女の元に群がる。

魔女はそんな子供たちを制しながら近くの丸椅子に腰かけて、一人一人の名前を呼び、先ほどの合唱の論評を始めた。

先ほどから呆気に取られ通しの聖女一行がその様子を眺めていると、そこへ指揮者の少女が話しかける。



「初めまして、リリアルの聖女様。第三特別聖歌隊で指揮者を務めております。サミュエラと申します」

「こんにちはサミュエラ様。ここのみなさんは、とっても息が合っていますね」

「はい、合唱では半音のズレ、半拍子のズレがノイズになりますから。みなさんにも席を用意していますので、どうぞおかけください」



練習室の隅に用意された四人分の椅子にそれぞれが座り、一息つく。

圧倒されていたケイシアとモーラも平静を取り戻しはしたが、悠然とした指揮者と別人のように凛々しくなった聖女の間で肩身狭そうに手を膝に置いている。



「聖歌隊はリリアル邦にもありますが、特別というとどこか違いがあるのでしょうか」

「はい。シティ・マジョラム以外の都市や、他の邦では聖歌隊はただ儀礼のために歌う存在ですが、私たちは違います。私たちの声は、文字通り()()()()()()()()()のです」

「お力……魔法のこと?」

「御察しの通りです。特別聖歌隊の合唱を触媒にすることで、レディはより大きな魔法をお使いになることができます」

「より……」

「大きな……?」



楽しそうに手を合わせる聖女とは対照的に、二人の表情は怪訝である。

とはいえ、初日から魔女の魔法には驚かされっぱなしであることを考えると無理もない。

そんな二人の様子を察したサミュエラは、不敵な表情を浮かべて話し出す。



「ご一行にはレディが付きっ切りでおもてなしをなされたと聞いております。リリアルには魔法どころか魔術もあまり浸透していないとのことで、さぞ驚かれたでしょう」

「あたしらまだ魔法と奇跡の違いもよく分かってないしね」

「ですがレディが日常的にお使いになる魔法は、いわばただの戯れ。優れた職人が惰性で作る量産品のようなもの。私たち特別聖歌隊を交えてお使いになる本気の魔法とは、比較にもなりません」

「うーん、全く想像できない……」

「あ、教主様に、この邦の都市に外壁が無い理由を聞いています。なんでも魔女様がシスターと協力して結界を強化していると……」

「その通り!!特別聖歌隊を交える魔法の中でも一番有名なものが、レディの大結界です!」

「声でっか」

「こら」



手を揉んで力説するサミュエラの元へ、指導の終わった聖歌隊員が少しずつ集まって来る。

聖女の物珍しさに釣られて、あるいはその雰囲気に乗ってなんとはなしに、椅子を囲んで徐々に円が作られていく。

よく見れば部屋の外から見物している子供も散見され、いつの間にか一室が聖歌隊によって包囲されていることに彼女らは気づいた。



「みなさんは幸運ですよ!聖歌隊でもないのに間近レディの魔法を見る機会に恵まれたのですから!」

「そうなのですか?」

「豊作謝肉祭は一年の恵みを祝うお祭り……お祭りということは、聖歌隊の出番が無いはずがありません」

「あ、そこで一緒にやっちゃおうってこと?」

「その通り!!豊作謝肉祭の裏の目的はレディが大結界をかけ直すことでもあるのです!聖女様は最上級の来賓ですから、きっと特等席が用意されてるはずですよ!」

「そうよ~♪楽しみにしててね」

「レディ!お疲れ様です!」

「ありがとうねサミュエラ。はいお水」



囲む円を割るようにして、指導を終えた魔女が優雅にやって来た。

喋り通しで疲れたサミュエラに替わり、移動させた椅子に座って脚を組む。

周囲の注目は聖女からあっという間に魔女に変わり、その存在感の差をまざまざと見せつけられる。

向けられる視線は憧れから恍惚染みたものまで、幅広い色に塗れていた。



「聖歌隊のみんなの話は聞けたかしら。ほっぽりだしちゃってごめんね?」

「いいえ。とても有意義な時間でした。魔女様はやはりすごいお方なのですね」

「わたくしは趣味でお仕事することしか考えてないだけよ。すごいで言えば、リリアルの歴代教主に敵う聖人はいないもの」

「そんなことありません!レディは私たち全員の光で───」

「うふっ、みんな大好きよ♪」

「しみゅっ」



割って入ったサミュエラを、魔女は熱烈に抱きしめた。

その瞬間周囲からは黄色い悲鳴が聞こえ、雰囲気が一気にどよめき始める。

数秒じっくりハグをし、解放された後には昨晩のエビのように赤く茹で上がった子供だけが残った。

騒ぎが落ち着いたあたりで、全く別のことを考えていたらしいケイシアがあっけらかんと口を開いた。



「そういえば、聖歌隊のみんなは魔女様のことを、『レディ』って呼ぶんですね?」

「ああ、それは……メレル」



魔女は適当に近くにいた子供を指名する。

当てられた子供は伸びたサミュエラよりも顔を真っ赤にして、懸命に答え始めた。



「は、はいっ!レディの呼び方は伝統的なもので、ほ、本来は正式名称で呼ぶべきところを、『長いからレディだけでいいわよ』という寛大なお心によって今まで受け継がれてきたものなんです!」

「じゃあ、魔女じゃないのはどうして?」

「え、えっと、詳しくは伝わってないのですが、レディ・マジョラムから中途半端に抜き出すのがイヤだった説、魔法が無くてもレディは最高だから説、敬称であるレディを使うことで敬意を示す説、あとは魔女が……」

「あーうん、ありがとう。よく分かったからもういいよ……」

「は、はいっ、失礼します!」



完全燃焼し、周りの友人に肩を支えられて去る子供を見送って、魔女はにっこりと聖女らに微笑む。



「ね?みんなかわいいでしょ」

「とっても慕われているんですね」

「そろそろ耳がおかしくなりそう……」

「なら、そろそろ次に行きましょうか。みんな。午後からも頑張ってね」

「「「はいっ!」」」



いつの間にか出口まで、どころか廊下までぴしりと聖歌隊が列を成し、去り行く魔女を見送ろうと背を伸ばしている。

もはや反応する気力の残っていない二人と聖女を連れて魔女が歩き出すと、示し合わせたように即興のバラードが響き渡った。

別れを惜しむように、再び出会う機会が訪れるように。

そんな胸やけがするほど純粋な思いに背中を押されて、一同は音楽の塔を後にした。



=====================================



「サミュエラ」



一人で後片付けをするサミュエラの背から、聞き慣れた優しい声が響く。

振り向くと、部屋の隅に()()()扉から魔女がこっそり手招きしているのが見えた。



「レディ?わ、忘れものでもなさいましたか?」

「しーっ……またみんなが集まって来ちゃうから」



周囲を見回して、誰もいないことを確認すると小走りでサミュエラは扉の中に飛び込んだ。

いくつかある真っ白な部屋の一つで立ち尽くす魔女の姿に、少女は言い知れない不安感を覚える。

腕を組んで顎に手を当てる姿は相変わらず美しいが、それ以上に胸を裂かれる思いがした。



「それで……一体どうされたのですか?」

「……モニカちゃんのこと」

「あ、ああ……」

「今日は姿が見えなかったけど、最近はどう?ちゃんと練習には来てる?」

「いえ……」



モニカも聖歌隊に所属している。

第三部隊所属でサミュエラが面倒を見ていたが、ムラが大きく不参加も多い彼女に対してよい印象を持つものは少ない。

全員の調和を何よりも重んじる聖歌隊は、モニカの性格とは相性が悪い。



「……歌うのが好きだからと安易に入れてしまったけれど、惰性で続けさせるより、きっぱり除隊させるべきよね……」

「そ、そんな!モニカは私たちの、第一のみんなと比べても抜群に上手いんですよ!それなのに……」

「辞めさせたら、こうしてあなたに無理に庇わせることもないでしょう?」

「あ、うぅ……」

「ごめんなさい。私のわがままで振り回してしまって……」

「そ、ソロパート!今、第三のみんなでソロパートのある楽章を考えてて……それなら、モニカも歌えるからって……」

「……ありがとう。本当にみんな、優しいのね」



魔女が再びサミュエラを抱きしめる。

もうお互い取り乱すことも無い。



「ソロパート入りの曲は楽しみにしているわ。モニカちゃんの処遇はまた別としてね」

「はい……」

「聞かせてくれてありがとう。戻って頂戴」



サミュエラが描かれた扉に手をかける。

ドアノブが重く感じ、押しても引いても動かないようにさえ思えてくる。

なんだかとても居心地が悪くなって、どうしようもなく魔女の方を振り返った。

しかし魔女は、悲しそうに笑いながら佇んでいるだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ