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第9話 美術の尖塔

朝食を終えた一同は、魔女の案内に従って城を遊覧することになった。

正面から見て圧倒的な荘厳さを有していた彼女の居城の、そのほとんどがアトリエとなっている。

文芸、美術、音楽、ジャンルごとに区分けされた尖塔の内部では、魔女に認められた一部の芸術家が日々研鑽を重ねている。

作品は全て魔女に捧げられ、彼女の采配によって邦の各所に展示される。

その中で最も名誉とされるのが、魔女の手元に置かれることであることは言うまでもない。



「ケファレオの聖堂にもたくさんの作品が飾ってありましたが、ここに来てからはそれが少なく感じますね……」

「ねー。どこ見ても絵か彫像か何かしら飾ってあるし」

「魔女様も絵とか描いたりするんですか?」

「描くわよ~。忙しくなった時に仕事放り投げてアトリエにこもったりとかするわよ~」

「ダメな大人だ……」



三人は魔女に連れられて廊下を歩く。

やがて一つの部屋で立ち止まり、中に少女らを招き入れた。



「……これ、部屋あってますか?」


そんな呟きが、真っ新な……というよりは何も置かないまま放置されていたような部屋に木霊した。


「わたくしたちのいるところからアトリエってちょっと歩くのよね」

「まあ、これだけ広ければ移動も大変だろうけど……」

「だからもうめんどくさいので()()()()()()()

「何を?」

「扉を」



そう言い放った彼女は、懐から筆を一本取り出した。

先端の尖った独特な形状のそれを空中に走らせていくと、迸るインクが滞留して緩やかな線を成す。

あっという間にそれらは模様となり、紋章となり、枠を得て扉の絵となった。

空中に出来上がった落書きに魔女が手をかざすと、それは独りでにぱかんと開く。

枠で切り取った薄暗い風景に文字通り足を踏み入れる姿に、三人は開いた口が塞がらなかった。



「さ、行くわよ~」

「あたし、リリアルに戻った時に変人扱いされないかな……?」

「全員同じ穴の貉だから安心しなさい……」



=====================================



先ほどまでの清潔な雰囲気とは異なり、やって来た一つ目の塔は不気味と言ってもいい雰囲気を湛えていた。

壁や床は剥き出しの板材で、埃こそ積もっていないが年季の入った色味をしている。

またいたるところに箱や画材が散乱し、清潔や絢爛といった印象とは程遠い、とても同じ城の中とは思えない状態であった。



「足元に気を付けてね。あんまり片付けることがないから」

「"魔女"ってことならこっちの方が雰囲気あってるね……」

「以外と魔女様ってずぼら?」

「ふふっ……どうだと思う?」



振り返って前にかがみウインクして見せる姿も、先ほどとは受ける印象が全く異なる。

さっきまでの彼女が優しいセレブのお姉さんなら、今の彼女は底の知れない妖艶な淑女。

次の瞬間に魔法をかけられ、マネキンにされてしまいそうな、冷え込むような恐ろしさがある。



「他の人は下で作業してるけど、あんまり防音も効かないから静かにすること。いいわね?」

「どうしてこんな作りにしたのですか……?先ほどの談話室のように作れば過ごしやすいと思うのですが……」

「それよ」

「へ?」



少女の何気ない疑問に、魔女はぴしりと指を立てる。

何がなんだか分からないといった表情の彼女に向けて魔女は目を閉じて語り出す。



「創作活動っていうのは、いわば苦しみの昇華活動。なにか美しいものを見て、それに手が届かないもどかしさが心の中に溜まっていって、どうしようもなく手元にある道具を取るの」

「はあ……」

「でも人は快適な環境に置かれるとその苦しみをすぐ忘れちゃうから、こうしてあえてボロボロに仕立てているの。創作活動をするときは適度なストレスが鍵なのよ♪」

「分かった?」

「さあ……絵とか描いたことがないから……」


「いた……いた……!!」



魔女の視線が冷気を帯びる。

全員が声のした方を向けば、そこにいたのは小汚い男。

床を這いずるように駆け寄って来る腕には何かが大切に抱えられており、転ぼうとすると背中をわざと壁にぶつけてまでそれを庇っている様子が見て取れる。



「まま、っ……魔女様!どうか、どうか……!!」

「止まりなさい」



魔女は腕を広げ、少女らを背後に隠す。

そのまま数歩進み、息を切らして倒れこむ男の前にしゃがみ込む。

自らに落ちた影に気づいた彼は、必死の形相で抱えていたものを彼女に差し出した。



「これっ……これを……!」

「今日のこの時間、このフロアはお客様を案内するために立ち入り禁止のはずよ?」

「後生です……!もう僕には時間が……!」

「そうね、知っているわ。でもそれはわたくしのルールを破ってまですることかしら?」

「お願いします……お願いします……僕はまだ……何も……」

「……」



何やらのっぴきならぬ雰囲気に、少女らも肩を寄せ合って隅による。

すると魔女はすくりと立ち上がり、怯える彼女らに眩しい笑顔を見せた。



「ちょーっと野暮用が入っちゃったから、少しだけここで待っててくれる?」

「わ、私たちは大丈夫です……が……」

「異議なし」

「異論なし」

「ありがと♪……ほら立って。そこの部屋で見てあげるから」



魔女は男を促し、近くの部屋へと案内する。

ぶつぶつと感謝を述べながら男が入室し、その後に魔女が続くのを三人は固唾を飲んで見守る。

微かに声が聞こえてくるが、耳を立てる気にもなれず立ち尽くしてしばらくが経った。


軋みながら扉が開き、平然とした顔で魔女のみが部屋を退出した。

困惑する少女らを見つけるとにっこりと微笑む。



「待たせてごめんなさい。行きましょ」

「あ、あの……さっきの方は……」

「気にしちゃダメよ。どうしてもっていうなら後で話してあげる」



口ぶりは優しいが、どこか有無を言わせない雰囲気に聖女はこれ以上問い続けることができなかった。

促されるままに、三人は男がいる部屋の前を横切る。

すすり泣く声が聞こえたような気がしたが、立ち止まるには魔女の視線が痛かった。



=====================================



「あの……どこまで行くのですか?」

「うーんとね、ちょっと予定変更」



一同が廊下を歩き始めて数分が経つ。

行けども行けども陰鬱な光景が変わらず、直前にあったトラブルもあって場の雰囲気は暗い。

その中で唯一、気分を上げている魔女を見ていると、聖女はだんだん彼女のことが分からなくなっていくように感じていた。

しばらく扉すらない廊下を歩き、その最中にある扉の前で、ようやく魔女は足を止めた。



「ここよ。入りましょ」

「お邪魔しまーす……」



ひんやりした空気のカーテンを抜けると、そこは開けた空間になっている。

両脇には天井まで棚が敷き詰められ、その前に幕をかけられた何かが立ち並んでいる。

見上げるほど大きいそれは垣間見える台座から考えて、きっと彫像なのだろう。

よく見ると棚に入っているのも粘土の原型や木を削るノミの類である。



「ちょっと彫刻に凝ってた時期があってね、これはその時に作ったわたくしの傑作」



そう言って魔女は徐に、ある彫像の布を取り払った。

すかさずやって来た妖精がそれを照らし出し、薄暗い中にはっきりとその明暗が浮かび上がる。



「……これは」

「教主様?」

「でも……なんか雰囲気が怖いような……」



聳え立つのは厳格な男の像。

硬い材質にも関わらず、翻す外套は柔らかく波打って見え、掲げた槍先から伸びる形は今にも滴り落ちそうな雫そのもの。

深く掘りこまれた眼窩が目に影を落とし、暗闇の底から覗き返されているようにすら錯覚させる。



「どう?これは───」

「───三代目教主、"血染め"の名を冠し、現在の騎士団の礎を作ったとされる、戦闘において最強と名高い歴代の一人……」


聖女がくるりと魔女の方を向く。


「ですよね!!!」


その眼をこれ以上なく輝かせながら。



「さっすが♪詳しいって聞いてたから連れて来て正解ね」

「……分かった?」

「いや知らん……」

「二代目が魔物の脅威から生存圏を取り戻した後も人々が恐怖に震えていた中で彼は最も勇敢だった村の男に槍を握らせて初めて魔物を退治させたんです!それまで不死身の怪物とばかり思われていた魔物を退けられると証明し人々に最も激しい希望を灯したのが三代目とされているんですよ!その後彼は有志を募って魔物狩りの部隊を編成した……これが後の初代護教騎士団長とその仲間の朝焼隊というわけです!そして三代目は拡大する朝焼隊を率いて周囲の魔物を掃討しどんどん都市の基盤を作っていった、総面積の話でこそ四代目には劣りますが彼の時代に連邦は最も大きな拡大を果たしたと言ってよいと思います!彼の"血染め"の異名は引退するまで最前線で戦い続け返り血のみを浴びて戻って来るその強靭さを讃えて四代目の時代に編纂された名前なのですがやっぱりケイシアさんも騎士団所属であるからには彼の雄姿を一度は耳にしたことがありますよね、ねっ!」

「えっ、あー、うん、そうかも。そうかも……?」

「とりあえず一旦落ち着きなー」



小さな肩を上下させ、聖女は冷たい空気で一息つく。

それでも高揚冷めやらず、きらきらとした目で三代目の彫像を眺めていた。



「本でしか読んだことが無かったのですが、実際はこんなに威厳のある姿をしていたのですね……」

「そりゃあ、頼み込んで本人から採った型から作ってるもの!再現度はわたくしの腕ね!」

「……三代目って何年前の人?」

「ざっくり500年くらい……」



ケイシアモーラの両名は、ちらりと魔女の方を覗き見る。

聖女の教主トークに嬉々として付き合う横顔は、どう見積もっても20歳前半、あるいはもっと幼いかもしれないと思わせる。

魔女は人間ではない。

人間離れした離れ業をいくつも見てきた今となっても、その言葉には得心が行かないままだった。


一瞬目が合い、ぱちんとウインクを飛ばしてくる様は、やっぱりお茶目なお姉さんにしか見えなかった。

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