八十二話-上の空
「上の空だね」
リリーエに言われ、トオルは夕食中である事を思い出す。
寝ていたというよりも、頭の中が真っ白になっていた。それもこれも選考のせいである。
「すみません」
トオルは素直に謝り、魚料理に手をつける。非は自分にあると、彼自身わかっていた。
同じタイミングで食べ始め、リーリエは三分の二も食べ終えているが、トオルのものはほとんど進んでいない。
メインの魚料理は、焼き魚にソースを添えたものだった。食べ物だが、意外にもネメスのものは、地球のものと見た目も味も近い。異世界ながら、見た目から想像つかない味のものはあまりなかった。
「忙しいもの、仕方ない。小言をすまないね」
リーリエはむしろ、申し訳なさそうに目を伏せた。嫌味ではなく、純粋にそう思っているから、リリーエは眩しい。彼女は迷いなく魚を切り分け、口に運ぶ。上品な所作、顔はもちろん、動きだけでも美しい。
共に暮らすと驚くばかりだ。リリーエは本当に隙がない。
誰にだって、小さな隙や欠点ぐらいはある。ステラは足癖が悪いし、ニクルは寝言が多い、クロは汗かきだ。まだまだいくらでも上げられる。
それがリリーエにはない。完璧すぎるのが欠点と言えるぐらいだ。
「近頃、話せていないからつい声をかけてしまった。そういえば、ドレスの手配は済んだのかい?」
「経験者ですし、流れは知ってますね。パルレに頼みました。詳しいそうなので」
「そうか、私は疎いからな」
リリーエは最後の魚を口に入れ、咀嚼し終えてから口元を拭い、ごちそうさま、と笑う。
「姉に頼るかと悩んでいたんだ、うん」
「お姉さんが服に詳しいんですか。どっちのです?」
リーリエに姉が二人いる事は、トオルも知っていた。
「真ん中の姉だよ」
「すみません。先に話しておくべきでした」
「いや、あまり頼みたくはなかったから」
リーリエらしくなく、ぼそりと言った。その後、明らかに話題を変えるように明るく訊いてくる。
「ドレスはどんなものに」
リリーエは慌てて、首を横に振った。
「いや楽しみに本番を待つよ」
「お相手とですか?」
「みんな断った。応援に行く」応援してもらう事はたくさんあったけど、応援するのはあまりないからね。楽しみ
リリーエに見られるとなると、わざと負けるにせよ、負け方を考えなければならない。
トオルは悩みがさらに増えた。
「期待、いや確信してるけどね。君の美しさは私だって、あっ」
またリーリエが言いよどむ。普段、そんなことがないだけに違和感が強い。
「し、資格を得られればこれからも安泰だから」
「案じていただいてありがとうございます」
トオルが言うと、リーリエは首を傾げた。
だが、すぐに理解したようで、リーリエは顔を赤くして続ける。
「えっ、あっ、私の従者を続ける上での話を勝手に進めていたよ。そうだよな、資格があれば私の従者である必要はないか」
トオルに言っているというより、独り言のような雰囲気だった。
どういう事か尋ねる前に、リーリエが仕切り直しに手を叩いた。
「さて、腹ごなしに剣でも振るうよ。君がいないと張り合いがない。前はそうだったんだけどね。早く終わるといいな。クロ、ニクル、美味しかったよ」
リーリエが去っていくタイミングでトオルも完食した。
すると、すぐさま後片付けクロが始め、ニクルがガシッとトオルの肩を掴む。
「トオル姉さま、始めましょうか」
クロとニクルもパルレに丸め込まれた。
天使選考のための練習からは抜けられないのである。
パルレも、クロとニクルも、善意でしてくれているから質が悪い。
尤も、それを裏切るような真似をする自分が一番悪いのだが、とトオルは心の中で自嘲した。




