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騙してキスして蕩かして  作者: 真杉圭
三章-天使選考
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八十二話-上の空

「上の空だね」


 リリーエに言われ、トオルは夕食中である事を思い出す。

 寝ていたというよりも、頭の中が真っ白になっていた。それもこれも選考のせいである。


「すみません」


 トオルは素直に謝り、魚料理に手をつける。非は自分にあると、彼自身わかっていた。

 同じタイミングで食べ始め、リーリエは三分の二も食べ終えているが、トオルのものはほとんど進んでいない。

 メインの魚料理は、焼き魚にソースを添えたものだった。食べ物だが、意外にもネメスのものは、地球のものと見た目も味も近い。異世界ながら、見た目から想像つかない味のものはあまりなかった。


「忙しいもの、仕方ない。小言をすまないね」


 リーリエはむしろ、申し訳なさそうに目を伏せた。嫌味ではなく、純粋にそう思っているから、リリーエは眩しい。彼女は迷いなく魚を切り分け、口に運ぶ。上品な所作、顔はもちろん、動きだけでも美しい。

 共に暮らすと驚くばかりだ。リリーエは本当に隙がない。

 誰にだって、小さな隙や欠点ぐらいはある。ステラは足癖が悪いし、ニクルは寝言が多い、クロは汗かきだ。まだまだいくらでも上げられる。

 それがリリーエにはない。完璧すぎるのが欠点と言えるぐらいだ。


「近頃、話せていないからつい声をかけてしまった。そういえば、ドレスの手配は済んだのかい?」

「経験者ですし、流れは知ってますね。パルレに頼みました。詳しいそうなので」

「そうか、私は疎いからな」


 リリーエは最後の魚を口に入れ、咀嚼し終えてから口元を拭い、ごちそうさま、と笑う。


「姉に頼るかと悩んでいたんだ、うん」

「お姉さんが服に詳しいんですか。どっちのです?」


 リーリエに姉が二人いる事は、トオルも知っていた。


「真ん中の姉だよ」

「すみません。先に話しておくべきでした」

「いや、あまり頼みたくはなかったから」


 リーリエらしくなく、ぼそりと言った。その後、明らかに話題を変えるように明るく訊いてくる。


「ドレスはどんなものに」


 リリーエは慌てて、首を横に振った。


「いや楽しみに本番を待つよ」

「お相手とですか?」

「みんな断った。応援に行く」応援してもらう事はたくさんあったけど、応援するのはあまりないからね。楽しみ


 リリーエに見られるとなると、わざと負けるにせよ、負け方を考えなければならない。

 トオルは悩みがさらに増えた。


「期待、いや確信してるけどね。君の美しさは私だって、あっ」


 またリーリエが言いよどむ。普段、そんなことがないだけに違和感が強い。


「し、資格を得られればこれからも安泰だから」

「案じていただいてありがとうございます」


 トオルが言うと、リーリエは首を傾げた。

 だが、すぐに理解したようで、リーリエは顔を赤くして続ける。


「えっ、あっ、私の従者を続ける上での話を勝手に進めていたよ。そうだよな、資格があれば私の従者である必要はないか」


 トオルに言っているというより、独り言のような雰囲気だった。

 どういう事か尋ねる前に、リーリエが仕切り直しに手を叩いた。


「さて、腹ごなしに剣でも振るうよ。君がいないと張り合いがない。前はそうだったんだけどね。早く終わるといいな。クロ、ニクル、美味しかったよ」


 リーリエが去っていくタイミングでトオルも完食した。

 すると、すぐさま後片付けクロが始め、ニクルがガシッとトオルの肩を掴む。


「トオル姉さま、始めましょうか」


 クロとニクルもパルレに丸め込まれた。

 天使選考のための練習からは抜けられないのである。

 パルレも、クロとニクルも、善意でしてくれているから質が悪い。

 尤も、それを裏切るような真似をする自分が一番悪いのだが、とトオルは心の中で自嘲した。

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