八十話-採寸
休日、トオルはパルレの部屋に出向いていた。
恋人同士が休日に部屋で二人きり。絶好のシチュエーションで、時刻も昼過ぎ。けれど、トオルは楽しめなかった。
「はい、手をあげてください」
パルレはトオルの背からメジャーを回して、胸囲を測る。
何もないとわかってはいても、胸に触れるか触れないかのギリギリを攻められると、トオルは変にドキドキした。
「お、大きいんですね」
パルレは戸惑いと高揚を声音に乗せていたが、頬が少し赤みが差すだけで、懸命にメモを取る。
トオルはため息をつきたくなるのを抑え、パルレの部屋の天井を眺めた。甘い雰囲気など、すぐ霧散してしまう。パルレは真面目モードで、茶化せない。トオルに出来る事と言えば、ぼやくぐらいだった。
「思っていたより大がかりだね」
「そうですか?」
「ミスコ、選考に必要なドレスに、お金が出るんだよ?」
天使選考では、美しく、支度するのも評価の一つらしい。ドレスの費用が学園から出て、その予算内で用意する必要があった。
ドレス選びはパルレに任せることにした。トオルが選んだというよりも、パルレが息巻いていて断ることができなかっただけなのだが。
パルレは選考までのスケジュールを作ってきて、あれこれ必要なことを向こうから教えてくれる。が、彼女の熱意についていけないのが現状だ。
何せ、トオルは負けるつもりしかない。勝てば神様の前に行くこととなる。両性具有が悪魔か何かのように扱われる世界では自殺行為だ。
「予算内で勝負させるのは、平等性のためです。貴族の子供が有利になってしまいますからね。武ではなく、美が競われる。加護や家柄も影響しないとは言いませんが、まだマシな方でしょう。これ以上、有利な条件はありません」
「でも、予算内で収めたとしても、贔屓の店が安くしてくれてとかあるでしょ?」
「まずないでしょうね。誤魔化しは神様を裏切ることになるんですから」
話しながら進んでいた採寸が終わり、今度は色合わせが始まった。
一時間どころか、六時間もドレス選びに費やした。もう、外は薄暗い。
マネキンになるのも疲労感が凄まじい。おしゃれに興味があるならともかく、トオルにはない。
「じゃあ、帰るよ」
「はい? 何を言っているんです。ここからが本番ですよ?」
トオルはパルレの顔を見るが、彼女は真剣そのものだった。
「審査は二日がありますよね。一日目はお披露目と握手会のセットなので、まあ、トオルさんなら問題ないでしょう。あるとすれば二日目、ドレスを着て旗を振った後投票し、美とはを演説してまた投票。問題はドレスを着て旗を振る、これが厄介です。慣れない服で旗を綺麗に振りつつ、美しく歩く。難易度が高いのです」
「モデル歩きの練習ってことか」
「もでる? が何かは知りませんけど、歩く訓練はその通りです」
「今日は疲れたんだけど」
「でも、やりましょう」
トオルのお願いをパルレが蹴った。
普段ならあり得ない。それだけ、パルレが真剣なのだ。
他の生徒もそうだ。クロとニクルも。この選考に並々ならぬ思いを寄せている。
学園で好き同士でも、同性愛が許されないから姉妹としてカモフラージュして一緒に過ごすしかない。そんな倒錯愛か、一方的に愛し推しながら、もしもを願うのだ。もしも、神様に同性愛の許可を得られれば、と。
そのような焦がれる感情を持ったことが、トオルにはなかった。それは地球でも、ネメスでも。誰かを強く欲したことがなかった。
「厳しくいきますよ。心を鬼にします」
チンチクリンのパルレが腕組をして、鼻を鳴らす。
可愛らしいが、トオルは抱き締めたいが我慢する。ここぐらい真面目にやるさ。期待を踏みにじり、負けるしかないのだ。
「自然じゃなく、美しく歩くんです」
「はい、足を曲げすぎない」
「前に体重を乗せてから、後ろに乗せるんです」
「線を意識して、この高さのヒールでそれが出来なくてどうするんです」
「足だけじゃなく全身に気を張って。手は柔らかく、けれどだらけちゃダメ。振りは小さくして」
トオルも真剣にパルレに向き合っているが、指示が止まらない。
彼はうんざりするどころか、小さい子に本気の叱咤に、トオルの中で何かが目覚めそうだった。




