七十九話-なれそめ
トオルが扉を締め切る前に、強く扉が開いた。そのまま扉から手が伸びてトオルの腕を掴み、中に入れる。
急な出来事でトオルは抵抗する間もなく連れ込まれてしまった。
トオルの手を掴んでいたのは、リアーロだった。彼女は細目を見開いていて、綺麗な青色の瞳が見えた。唇は濡れていて、顎の辺りも光っている。熱烈な接吻をしていたのだから、仕方ない。
見間違いではなかったか、とトオルが思ったその時、リアーロがスカートを翻し、ナイフを太ももから抜いて握った。次の瞬間には切りかかってくる。
トオルはすぐさま加速で対応する。そうせざるを得ない早業だった。隠していたナイフを取り出す動作がなければ、間に合わなかっただろう。
「へえ」
リアーロは感心したような息を吐き、二の手を繰り出そうとしたが、ジャニスに肩を掴まれ止めた。
「危ないから離れてて」
「ダメ」
天授階級の娘と平民、どうあがいても隔たりがある。けれど、ジャニスは掴んだ手を離さず、リアーロを真っ直ぐ見つめる。
「ジャニス、口封じしないと、ある事ない事、言いふらされる。こいつは新聞部の部屋にいたんだ」
「気持ちはわかるけど、それはダメだよ」
「わかった」
リアーロはナイフを柄に仕舞い、足を椅子の上に乗せスカートをたくしあげ、太ももに装着した。
「謝らないと」
ジャニスに促され、リアーロは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。煮るなり焼くなりお好きに」
リアーロは投げやりな言い方をして、椅子に座る。
ジャニスの諫め見て、トオルも察するものがあった。
リアーロの方が惚れているらしい。
「そうよ、悪い?」
リアーロは不機嫌そうに言う。トオルの顔に出ていたらしい。
「羨ましいよ」
素直な言葉だった。いつも嘘のため考えてばかりだが、今回は反射的に出ている。
「新聞部になんて言わないよ。人の恋路に何とやらだ。そこまで野暮じゃない」
リアーロとジャニスはポカンとした顔をした。
トオルは何に驚いているのかさっぱりわからない。
「貴方、敵を蹴落とせるって発想はないわけ?」
リアーロはトオルの真意を伺うように、顔を見つめる。
「二人の関係を暴露して何で蹴落とせるの?」
「決まった相手がいれば、投票されにくいじゃないですか」
穏和なジャニスでさえ呆れを含んだ声だった。
「投票?」
「そういえば、転入してきたんだっけ。天使選考は三部門の審査があって、それぞれの投票総数で勝ちが決まるのよ。投票者は選考委員と観覧の学生でね」
リアーロに言われ、ようやくトオルは理解した。
勝てば女性同士と愛を育む権利が得られる。神様が視認できる世界では、決まりは絶対だ。許可がない同性愛は、神様によって罰が下る。違反者を担ぐ者は少数だろうし、対象が自分でないなら票を入れる必要もない。
愛や恋といったものをトオルは身近に感じたことがなかった。根が非モテである。前世で恋ができると考えたこともあまりなかったからだ。望む気持ちもよくわかっていない。
ただ、女性を好きになるのに、男としか恋愛できない法律が現代であったのなら、と想像すれば選考に賭ける思いもわかる。
自分の好きな相手が資格を得れば、と望むのは当然だろう。
そんな相手に、既に意中の相手がいるのなら、確かに選ばれにくい。
「人を蹴落としてまで、なんて考えないよ。選考もそこまで真剣になれないんだ。恋愛ってのがよくわからなくてね」
トオルの誤魔化しを、二人は信用したようで追及が止まる。
相手が止まった隙に、トオルは質問を投げることで話の流れを変えることにした。
「リアーロとジャニスのなれそめを聞きたいな。黙っている、報酬にさ」
リアーロはジャニスに目配せし、ジャニスが頷くのを確認してから口を開いた。
「階級の上下に厳しい私に向かって、ジャニスは毅然とした態度で立ちはだかったの。真っ直ぐ、やり過ぎじゃないですか、と窘められた。その時、電撃が走ったわけ。そんな人はいなかったから、否が応にも意識させられた。で、接しているうちにいつの間にか好きになっていたの」
以上、と言ってリアーロが締め括る。
彼女を一見すると淀みなく堂々と話している風だったが、強がりであるとトオルにはわかった。リアーロの頬は僅かに赤らんでいるし、後半につれ話すのが速くなっていた。
「後はトオルの好きにすればいいわ」
「もう、トオルさんは話さないって言ってくれているでしょ」
ジャニスが膨れて、リアーロに文句を言った。
二人をトオルは温かい目で見つめる。身分の差など感じさせないフランクなやり取り。友人とはまた違う雰囲気が含まれていた。
ネメスでは恋愛は希少だ。女性同士が恋をし合うがそれは許されないから、恋は隠れて行われる。スラムでは恋愛などではなく、男を使った倒錯的な遊びでしかない。
「何が面白いの?」
リアーロがトオルを睨んだ。
「二人が楽しそうだから」
「よくわからない人ね。黙っているだけならまだしも、殺されそうになったのにヘラヘラしてさ」
トオルがネメスに転生してから、物騒なことは日常茶飯事だった。脅しぐらいでは一々、腹を立てることもないだけだ。
「すみません、リアーロはこう言ってますけど、本当に感謝しているんです。もちろん、私も」
「わかっているよ。ツンデレだよな」
「はあ、つんでれ、ですか」
ネメスにはない単語を繰り返し、ジャニスは小首を傾げるのだった。
大変、大変、遅くなりました。申し訳ございません。
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