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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
四章 堕天の雪華
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十一話

続きです。

「何が起きた!?」


 腹の底に轟く爆発音、次いで視界に焼き付くのは火の粉と土煙を上げる大地だ。

 唐突に起きた爆発に驚愕の声をヨハンが上げれば、幕僚もまた動揺の最中にあるのか明瞭な答えを返せない様子。

 

『目標の二名が頂上から姿を消した直後に突如として丘が爆発したとしか……』

「爆発だと!?そんな馬鹿な」


 そこまで大きくないとはいえども丘を吹き飛ばせるほどの魔法を使いこなす者がいるとでも言うのだろうか。だとしたら相当不味いとヨハンは歯を軋らせる。


(戦術級の魔法使いがいるとでもいうのか?いや、そのような情報はなかった。だとしたら一体……)


 混乱の渦中にある本陣――喚き立てる人々の声にヨハンは我に返った。

 今はこの場を任されている身として為すべきことを成さなくてはいけない。

 ヨハンは椅子から立ち上がると天幕を出て声を張り上げる。


「うろたえるなっ!そのような無様な姿、ルイ殿下にお見せできるのか貴様らは!?」


 貫禄のある声――瞬く間に陣中に広がって人々は硬直した。

 それを見て取ったヨハンは命令を下した。


「全軍に後退命令を下す。同時に爆発したと思しき丘に救護部隊を派遣し負傷者の救護に当たらせよ。さあ、行け!」

『は、はっ!』


 司令官から命令を与えられたことで幕僚たちが慌てながらも行動を開始する。

 その様子を確認したヨハンは続けて待機していた魔法使いに命じて遠見の魔法を発動させた。

 宙に浮かぶ映像は先ほどまで丘があった場所を映し出す。けれども土煙が未だ収まっておらず状況を把握しきれない。

 

「ぬぅ……」


 思わずうめき声を上げるヨハン、そんな彼の元へ一人の兵士がやってきた。防具を見るに中央軍のものだった。


『ヨハン様、ダヴー将軍より言伝を預かっております』

「申せ」

『は、先ほどの衝撃は丘が爆発したことによるものであり、おそらく敵軍の仕掛けた罠であるとのことです。我が中央軍は丘から距離を空けていた為被害は軽微であるが、同士である北方軍を捨ておくわけにもいかない。直ちに救出活動を行うため敵軍を追撃することはできない――と』


 ダヴー将軍率いる中央軍が丘から距離を空けていたのはおそらくヨハンの指示に従わなかったためであろう。腹が立つといえばそうだが、しかしそれを追求しても仕方のないことだし、何よりダヴー将軍の行動は正しいものだ。

 故にヨハンは不機嫌ながらも頷いた。


「わかった。貴軍の協力に感謝すると伝えてくれ。こちらも全軍に後退命令を出し、救護に専念するとも」

『承知致しました』


 敬礼をして去ってゆく兵士の背から視線を外したヨハンは映像を見やって唸った。


「やってくれるじゃないか、テオドール!」





 一方その頃、無事に逃走に成功したテオドールとシャルロットは後退する東方軍と合流を果たしていた。


『お待ちしておりました、姫殿下、テオドール様。既に次の段階に移れますがどうなさいますか?』

「すぐにとりかかってくれ。予想よりも敵軍の動揺が少ない。体勢を整えて向かってくる可能性もあるのでな」

『はっ!』


 仕事が早い幕僚に満足したテオドールは隣へと視線を転ずる。


「姫殿下、お怪我はありませんか」

「ええ、大丈夫ですよ。あなたが守ってくださったおかげです。ありがとうございます」

「もったいなきお言葉、光栄であります。……出立までまだ時間がございます。お疲れでしょうし、幕舎にてお休みください」

「……ありがとうございます。お言葉に甘えてそうさせて頂きますね」


 そう言って護衛と共に去っていくシャルロット。気丈に振舞ってはいるが、疲労がにじみ出ていることにテオドールは気づいていた。


(無理もない。作戦上致し方のないこととはいえ矢面に立たれたのだからな)


 だが、その甲斐はあった。今頃敵軍は混乱していることだろう。


(あらかじめ丘のふもとに大量の爆弾を仕掛け、敵兵が丘にとりついたところで魔法使いたちに起爆させる)


 これもまた〝魔導〟の産物だった。予め起爆させる魔法使いたちの魔力を込めなくてはならないという点、十人前後の魔力を束ねなければならない点など欠点も多いが、遠距離から起動させられる爆薬というのはそれらを補って余りあるほど強力だ。

 

(それに証拠もほとんど残らない。これで敵はこちらを警戒してうかつには攻めてこないだろう)


 とはいえダヴー将軍あたりは見破ってくる可能性がある。この魔導爆薬は既に十五年ほど前から実戦投入されている代物であり、ダヴー将軍は現役の軍属だ。こちらに戦術級の魔法使いがいないことは調べがついているだろうから、いずれ答えに行き着くことだろう。


「だが――分かっていても警戒せざるを得ない状況に追い込まれたならどうだろうな」


 呟いたテオドールは一つの天幕へと向かう。幌を上げて中に入れば一人の幕僚が駆け寄ってくる。


『テオドール様、例の部隊ですが無事侵入したとのことです』

「そうか、よくやった。まあ、あれだけ混乱しているのだ、そうそう見つかることもあるまい」


 頷いたテオドールは上座に向かい、幕僚たちを見回して告げる。


「初手は上手くいった。早速次の段階へ移るぞ」

『はっ!』


 敬礼を向けてくる幕僚たちに返礼しながら、テオドールは北方にいるであろう息子たちのことを考える。


(こちらは順調だ。とはいえあまり長くはもたんだろう。……頼んだぞ)


 奇策を用いて進軍を止めたとはいえ、ダヴー将軍率いる中央軍はほぼ無傷だ。まるでこちらの罠を読んでいたかのように丘から距離を取っていたからである。

 本当に読まれていたのならば空恐ろしいことだが、今回こちらとしてはありがたい。


(さて、続けて二手打たせてもらうぞヨハン。お前が搦め手に弱いことは現役の頃から知っているのだからな)


 かつての戦友を思い浮かべたテオドールは懐かし気に眼を細めるのだった。





 その夜、混乱に一定の収集がついた時、上がってきた報告にヨハンは絶句した。


「第一陣六万の内五千が死傷……!?」


 前代未聞の出来事である。直接矛を交えたわけでもないのに五千もの被害を出してしまった。

 直接丘の爆発に巻き込まれた者、吹き飛んだ岩石に押しつぶされた者、混乱の中で馬蹄に踏み殺された者――理由は様々だが、これほどの被害が出るとは思ってなかったヨハンは唖然とした。

 それは幕僚たちも同様で、囁き声を隠せないのか天幕はざわついていた。


『げ、現在第一陣の再編を急ぎ行っている状況ですが……無事だった者も動揺から士気が著しく低下しています。それに……』


 と報告者である幕僚の男性が言葉を濁して入り口に近い椅子に座る人物をちらりと見やる。

 しかし早くしろというヨハンの視線を感じたのか、意を決して報告書を読み上げた。


『陣内では中央軍に対する不信感が高まっているようでして……その、ダヴー将軍が敵と内通しており、事前に丘の罠を知っていたから近づかなかったのでは、と』


 その言葉に幕僚たちは顔を見合わせた。

 前から懸念していたことだからだ。ルイ第二王子に従うと誓ったといっても、はたからすればオーギュスト第一王子を裏切ってルイ第二王子側に寝返ったという事実は変わらない。

 一度裏切った者は二度、三度繰り返す――というのは軍人の間では古来から通説のように伝わっているもの。


『……ダヴー将軍、これについて何か弁明はありますかな?』


 と、一人の幕僚が下座にいる禿頭の男――ダヴー将軍に向かって言えば、彼は軍議が始まってからずっと閉じていた眼を開けてその幕僚を見やる。


「…………私にそのような意図はない。謂れのない妄言に惑わされるか、卿らは」

『そのような言葉、信じられるか!現にあなたの指揮する中央軍だけが被害がないではないか!』

『そうだ、それにあの時ヨハン殿の命令を無視した事実も忘れたわけではあるまいな!』

『貴殿は噂通り敵と内通しているのではないのか?だから此度の罠も無傷で回避できたのではないのか?』


 一度火がつけば止まらない。もとより疑惑を呼ぶような行動をダヴー将軍は取っているのだ。十万もの軍勢を預かっておきながら寝返るなどそもそも前代未聞なのだから。

 糾弾の声を上げる幕僚たちは怒りを滲ませている。詰め寄ったりはしていないがそれも時間の問題と言えた。

 とその時、黙って成り行きを見守っていたヨハンが口を開いた。


「皆、落ち着け」

『ヨハン殿、あなたはどう思われる。ダヴー将軍が内通者であるとは考えぬのか』


 それはヨハンも考えていた。けれども只の偶然であると結論づけている。

 もし裏切っていたのであればあの局面でこちらに側面から攻撃を仕掛けるはずだ。そうすれば混乱していた北方軍は甚大な被害を負っていただろう。そうしなかったという事実、加えてこの場で糾弾される事は予測できていたはずなのに堂々と軍議に参加しているということが疑念を晴らしたのだ。

 

「私はそうは思わない。ダヴー将軍は今や我々と同じ志を持った同士――ルイ殿下にお仕えする者だ。距離を取っていたのは偶然だろうし、私からの命令を無視したのは事前の取り決めを遵守したうえでのことだ。問題はないはずだろう」


 元々ヨハン率いる北方軍とダヴー将軍率いる中央軍は別々の行動を取ると決めていた。ならばこちらの命令を聞かなくても問題はない。

 問題はないが――、


(それでも不満は残るというわけだ)


 指揮系統が二つ存在していることは幕僚たちにとって納得のいくものではないだろう。現にヨハンの言葉を受けた幕僚たちは不承不承という表情で腰を下ろしている。

 だからこそダヴー将軍を黙らせて指揮系統を一本化するためにシャルロット第三王女を狙ったわけだが……結果は御覧の通り、見事敵の罠にかかって無駄に兵を死なせてしまったというわけだった。

 ヨハンは頭痛を覚えて深く嘆息すると、続けていった。


「とにかく、ダヴー将軍もおっしゃられたように証拠もない妄言に惑わされる必要はない。これでは敵に付け入る隙を与えるだけだ。……今は第一陣の再編を最優先で行い、同時に敵の動きを調べる――これで良いな?」


 この言葉に反対は出なかった。

 それを確かめたヨハンは軍議の解散を宣言する。

 幕僚たちが出て行ったのを認めた彼は深く椅子に身を預けて瞼を下ろす。


「私も歳か……耄碌したものだ」


 かつてならば――現役時代ならばあのような罠には引っかからなかっただろう。後から冷静に考えて最高司令官が大した護衛もつけずに矢面に姿を見せること自体おかしな話ではないかと思ったのだ。

 

「だが、次は騙されんぞ」


 指揮官にとって重要なのは切り替えの早さだ。一瞬、刹那が生死を分ける戦場においてそれは何より必要となる要素である。その要素を持たぬ指揮官はただ死ぬのみだ。

 それをよく理解しているヨハンは眼を開き、立ち上がると闘志を滾らせる。

 明日からの戦へと気持ちを切り替えると睡眠をとるべく幕舎へ向かった。



――しかし、その意気込みはすぐに怒りへと変わることとなる。



 翌日、敵軍の動きを見たヨハンは怒りのあまり地面を蹴りつけた。


「ふざけおってからに!」


 視界に移りこんだのは昨日とは別の丘を使って同様の陣形を取る敵軍の姿だった。

 しかも丘はまだまだたくさんあって――これが何を意味するか、理解できない者はいない。

 すなわち――昨日のような罠を警戒して進軍しなければいけないということであり、それは確実にこちらの時間を奪うということだ。


「テオドール、貴様という奴は……っ!」


 学生時代、演習の際に様々な奇策を用いてこちら屈辱を味わわせた戦友の顔を思い浮かべたヨハンは、そう叫ぶのだった。

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