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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
四章 堕天の雪華
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十話

続きです。

 闘志を煽る勇猛な角笛の音色は対峙する東方軍本陣まで届いていた。

 

「姫殿下、敵が動き出したようです」


 本陣中央に座していた金髪碧眼の少女――彼女はこの軍勢の御旗であるシャルロット第三王女である。

 幼さが残るといえども美しいと評される顔に真剣な色を浮かべた彼女は隣に立つ報告者へ頷きかける。


「では手はず通りに行動を開始して下さい」

「は……」


 返事を返した報告者――テオドールは控えていた部下に指示を出す。受けた部下は敬礼してから走り去った。

 その背を見送ったテオドールは正面を見やる。そこには二人の魔法使いが待機しており、遠見の魔法を発動させていた。

 この遠見の魔法というのは便利なもので、少し離れた位置の様子を空中に映像として出力できる魔法だ。発動者の力量にもよるが平均して二里(二キロメートル)先までしか映し出せない、悪天候下では映像が乱れほとんど使い物にならないなど欠点も多いが現代の戦においては重宝されている魔法であった。

 今もこちらに向かって雪崩の如く進軍してくる三十万の大軍の様子が映し出されている。


「敵陣形は……横陣か。これはまたダヴー将軍らしい」

「……ダヴー将軍らしい、ですか?」


 苦笑を浮かべたテオドールにシャルロットが不思議そうな顔をする。


「ええ、堅実さを重視するダヴー将軍らしい作戦ですよ」


 と言って映像を見やれば、平原を埋め尽くす勢いで進軍する敵軍の姿があった。

 敵は第一陣から本陣を合わせて四つに分けて向かってきている。そのどれもが部隊をすべて均等な間隔で横に並べた陣形――すなわち横陣を取っていた。

 横陣は戦術において最も基本的な陣形であり、裏を返せば真正面から捻りつぶしていやるぞという意思表示に他ならない。


「こちらがどのような策を取ろうとも、その思惑ごと粉砕してやるというわけですね。まあ、これだけ戦力差があるからこその強気というわけでしょう。私が向こうの立場であってもおそらくはこの手を選ぶと思います」


 圧倒的な戦力差、物量差を前にすれば小手先の技術など無意味。数の暴力は奇策を容易く粉砕する。

 

「それに向こうは中央軍と北方軍の混成軍ですから、息を合わせるのは至難の業でしょう。複雑な策を選んだとしても実行できない可能性が高い。なら単純に正面へ攻撃を仕掛けるだけの横陣を選択するのはある意味自然ともいえるでしょう」


 ろくに連携を取れない軍勢に複雑な作戦を実行させても混乱を招くだけだ。最悪同士討ちなんてことにもなりかねない。

 そう言った事情も考慮してダヴー将軍は横陣を選んだのだろうとテオドールは結論づけた。


(それに密偵からの報告で敵の指揮系統上、ダヴー将軍が全軍に指示を出せない立ち位置にあることは把握している)


 やはり参陣したばかりの外様という事実が大きいのだろう。歴戦のダヴー将軍といえども大きな権限は与えられなかったようだ。


(そこを突くことは此度の戦において重要なものとなるだろうな)


 それをわかっているからこそテオドールはいくつか策を講じていた。しかしその効果が表れるのはまだ先になるだろう。

 今は別の策で迎え撃つほかない。

 と思考しているテオドールの元へ先ほどの部下が駆け寄ってきた。


『準備が整いました。何時でも起動できるとのことです』

「そうか、よくやった。ならば次に移るぞ。角笛を吹け」

『はっ、直ちに』


 仕掛けていた罠の準備が完了した。ならば次の行動に移るまでだ。


「姫殿下、出立のご準備をお願い致します」

「はい、テオドール卿」


 シャルロットが立ち上がれば周囲もまたあわただしく行動を開始する。

 テオドールは万が一に備えて腰にある剣を確かめると、彼女と共に歩き始めた。





 一方、遠征軍本陣ではヨハンが敵軍の奇妙な動きを捉えていた。


「敵が後退し始めただと?」

『は、丘を挟むようにして布陣していた東方軍ですが、両翼共に後退を開始しました』


 ヨハンの正面では兵士の報告を裏付けるように遠見の魔法によってゆっくりと後退していく敵軍の姿が映し出されている。


(一体どういうつもりだ……?)


 こちらに一切攻撃を仕掛けることなく後退していく敵軍。これは何を意味するのか、ヨハンは困惑していた。


「……ダヴー将軍から何か連絡は?」

『いえ、特にはありません』

「そうか……」


 最前線にいるダヴー将軍から何の合図もないとなれば問題ないということなのだろうが……。


(だが、どういうつもりなのだろうか)


 今回の敵の動きは初めからおかしなものだった。わざわざ地の利を捨てるように丘を放置する配置、その両側に歩兵部隊を置いていた。それだけでも奇妙だというのに、今度は何もせずに後退ときた。一体敵の思惑は何なのか、ヨハンの思考は混迷を極めていた。


(何か罠を仕掛けているとしか思えん。……一旦、進軍を停止させるか?いや、しかしダヴー将軍からは何の連絡もないしな……)


 判断を決めかねるヨハン、そんな彼の元へ更なる報告が届いた。


『報告致します!敵軍側の丘の上に――シャルロット第三王女の姿を確認!隣にはテオドール卿もいるとのことです!』

「――はぁ!?」


 これにはさしものヨハンも驚愕の声を出してしまう。当たり前だ、何せ敵軍の総司令官と副司令官が矢面に出張ってきたのだ。しかも護衛の兵士はいないという。

 どういうつもりなのか、と考えようとするヨハンだったが、


『ヨハン様、どういたしましょうか?第一陣はまもなく丘の下に到着しますが』


 兵士が勢いよく尋ねてきたことで思考を止めてしまう。

 ヨハンが周囲を見渡せば幕僚たちは一様に期待に満ちた表情を浮かべていた。それも当然――何故なら敵の総大将がわざわざ固い甲羅の内側から出てきてくれたのだ。打ち取る絶好の機会――この好機を見逃すなど出来はしない。

 普段のヨハンならば怪しむところであったが、立て続けに疑問ばかり投げかけられたことや周囲の高揚によって冷静さを欠いていた。


「第一陣に通達、丘の上にいるシャルロット第三王女とテオドールを仕留めよ!可能ならば生かして捕らえよとな」


 その指示を受けた北方軍第一陣は、餌を目の前に吊り下げられた獣の如く歓喜の雄たけびを上げて丘を登り始めた。

 されど、北方軍ではなく中央軍で構成された左翼だけは丘を登らず後退していく敵右翼を目指し始めている。

 その様子を確かめたヨハンは思わず怒声を吐いた。


「左翼は何をやっている!?この好機を逃すつもりかっ」

『わ、わかりません。以前としてダヴー将軍からは何の連絡も――』

「もう良いわ。我々北方軍だけで十分だ!何としてもあの二人を捕らえるのだ!」


 敵の旗頭である二人を捕らえれば戦は終わる。十万の軍勢と戦わずにすむのだ。無傷で東方軍を撃退したとなればルイ第二王子もきっと喜ぶことだろう。何せこの後には王都攻略が控えている。ここで無駄に兵力を失いたくはないのだから。


(ここであの二人を捕まえることができればダヴー将軍とて黙らざるを得ないだろう。そうなれば今後がやりやすい)


 それだけの功績を上げればダヴー将軍もこちらに従わざるを得ないだろう。そうなれば今回のように中央軍がダヴー将軍の指示しか受け付けないという状況はなくなり、こちらの指示を受け付けるようになるはずだ。


(指揮系統は一本化した方が良い。……ダヴー将軍には悪いが引っ込んでいてもらうぞ)


 魔法による映像を見つめていると、もうじき第一陣が丘の上にたどり着こうとしていた。

 来る勝利を確信したヨハンは椅子から身を乗り出して映像を凝視するのだった。





「凄い光景ですね……」


 丘の頂上に立つシャルロットは眼下から迫りくる大軍を前にそう呟いた。

 その小柄な身体は小刻みに震えている。

 それも無理のないことだ、と思いながらテオドールもまた眼下を見やった。

 地上から登ってくる敵兵の表情はどれも欲望を隠さないもので、それはシャルロットただ一人に向けられていた。

 身を護るすべを持たない王女――しかも見目麗しいとくれば兵士たちの欲を刺激してやまないことだろう。

 

「しかしそれは王族に対して不敬だぞ」


 侮蔑の視線を投げるテオドールは腰から一振りの剣を抜き放つ。

 奇妙な剣だ。刀身には一本の線が入っており、テオドールが魔力を流すとその線に沿って赤色の光が生じる。

 それを片手に持ったテオドールは残る手を恭しくシャルロットに差し出す。


「姫殿下、無礼であることは承知しておりますが――」

「いえ、大丈夫ですよ。わたしもこの作戦には同意していますから」


 シャルロットは微笑むとテオドールに身を委ねた。

 主の信頼を受けたテオドールは頷くと剣を逆手に持ち、器用にシャルロットを抱き上げる。

 そして踵を返すと――勢いよく地を蹴って跳躍した。


「きゃ――」

「しかとお摑まりください、姫殿下」


 短い悲鳴を上げるシャルロット。それは無理もないことで、テオドールは自陣営がある丘の反対側へと跳躍したのだ。丘を下るのではなく、魔力を用いて底上げされた脚力を以って一気に飛び降りたのだ。

 いくら小高いと表される丘といえどもそれなりの高さはある。頂上から一気に落下すれば通常ならば即死だろう。

 けれども今のテオドールにとっては何の問題もない。何故なら手にする〝魔剣〟による加護があるからだ。

 

「っ――フッ!」


 ダンッ、という音を響かせながら地上に降り立ったテオドールはあらかじめ準備されていた軍馬にシャルロットを乗せると、自身も跨り手綱を握った。

 

「このまま参ります、お摑まりください姫殿下!」

「は、はい――っ!?」


 勢いよく駆け出す軍馬を操りながら背後を見やれば、丘の頂上にたどり着いた敵兵の姿が視界に移りこんだ。

 敵兵はいきなり消えたテオドールたちの姿を探して混乱していたが、やがて地上を走るこちらの姿を捉えたのか勢いよく丘を下りだした。


「さながら狼の群れに追いかけられる羊といったところか……」


 そう嘯くテオドールはだが、と右手に持っていた魔剣を翳す。剣先から魔法使いなら誰でも使える簡単な魔法である火の玉を打ち出し、空中で炸裂させた。

 それは予め決めておいた合図――見て取った本陣の兵士が魔法使いの部隊へと指示を出す。

 

 

 すると次の瞬間――敵兵で溢れた丘が爆発した。

 

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