四話
続きです。
翌日は打って変わって晴天であった。
気落ちするような雨音は去り、太陽が天に君臨している。青々とした空には所々雲が流れていた。
日輪が見下ろす地上――バルト大要塞、中央正門前には大軍勢が集結している。その数十万であった。
「姫殿下、出立の準備が整いました」
「そうですか、なら往くとしましょう。指揮は任せましたよ、テオドールさま」
「は、誠心誠意励ませて頂きます」
日差しに輝く金の髪を風になびかせるシャルロットがそう告げれば、車椅子を止めたテオドールが一礼して去ってゆく。
その背から視線を外したシャルロットは傍に立つ三人の男に碧眼を向ける。
「クラウス大将軍、後のことは頼みましたよ」
「はっ、お任せを!私はこの地にて姫殿下らのご武運をお祈りいたします」
神剣〝聖征〟の所持者であり、エルミナ王国国防の要バルト大要塞司令官でもあるクラウスが片膝をつく。その仕草に応じて残る二人――クロードと夜光もまた臣下の礼を取る。
「両大将軍もです。無事に務めを果たし、もう一度わたしに元気な姿を見せることを約束しなさい」
「「は、必ずや!」」
大勢の眼がある手前くだけた態度はとれない。それにそういうのは昨夜の内に済ませている。
歩み去る第三王女の足音が十分に離れてから三人は立ち上がった。
「それじゃ、お前さんらの武運を祈っとくぜ。って言ってもどうせお前さんらのことだ、けろっとした顔で再会できんだろ?」
「そうできるよう努力致そう、クラウス殿」
「かー!相変わらず堅苦しいな。お前さんもそう思うだろ、ヤコウ?」
「……まあ、否定はしませんよ。ただクラウスさんは軽すぎると思いますけどね」
「お、言うじゃねえかこの野郎」
とクラウスが夜光の肩に手をまわしてくる。
それに辟易とした表情を浮かべれば、クラウスが耳元で囁いてきた。
「クロードのこと頼んだぜ」
「ん?なんのことです?」
「昨日の軍議では気を使って誰も口に出さなかったが……クロードだって立場的にはダヴー将軍と変わらないんだ」
その言葉に夜光はクラウスが何を言わんとしているのかに気付いた。
(そうか、クロードは自身の口からどの陣営につくと明言こそしていなかったけど……)
他者からすればクロードは第一王子陣営から第三王女陣営に寝返ったように見えるわけだ。第一王子陣営から第二王子陣営に移ったダヴー将軍のように。
「みんながそう思っている――その事実にあいつ自身も気づいているだろうよ。だからこそ汚名返上って感じで頑張りすぎるはずだ」
一度ついた評価はそう簡単には消えない。消すには大きな功績がいるだろう。
(……だから昨日あんなに礼を言ってきたわけか)
言葉にこそしなかったものの、その思いがあったのだろう。でなければあそこまで頭を下げたりしないはずだ。
クラウスが心配するのも無理はない、と思うのと同時に、意外と面倒見の良い姿勢に驚いてしまう。
「……わかりました。注意してみておきますよ」
「助かる。あいつは責任感強いからどんな無茶するかわからないからな。お前さんが見てくれるならまぁ安心さ」
「まあってなんですか……」
「そりゃお前さんも無茶する性格してるからだよ」
最後の言葉はわざと大きくしてクロードの注意を引いたクラウスは、夜光の肩をつかむと身体をくるりと回してクロードの方へと向かせてきた。
「ヤコウを頼むぜクロード。こいつも無茶ばっかりするやつだからよ」
「うむ、任されよ。某がしかとみておく故、安心なされよ」
今までやってきたことを振り返ってみた夜光は……何も言えずに黙り込む。というか黙っておかねば墓穴を掘ることになりかねないと判断した。
そんな夜光の様子にそろって笑う二人。しかし大軍勢が動き始めたのを見て笑いをひっこめた。
「そろそろ我らも往かねばならぬな、ヤコウ」
「……そうだな。それじゃあ、クラウスさん、またお会いしましょう」
「おう、気を付けてな」
エルミナ王国の騎士の間では別れの言葉は簡素な方が良いとされている。理由は願掛けのようなものだ。積もる話は再会したときに――すなわち永遠の別れではなく、刹那の別れとしよう。また生きて会おうという誓いのようなものだ。
軽い態度でひらひらと手を振るクラウスに別れを告げて、二人は北へと向かう。
「……そういえばダヴー将軍のことだけど」
道中、さりげなさを装って夜光が話し始めれば、横目でクロードが見やってくる。
「彼はオーギュスト第一王子からすれば裏切ったのかもしれない。けどさ、ふと思ったんだ」
黙って続きを促してくるクロードの様子を確認しながら続ける。
「彼には彼なりの信念があったんじゃないかって。で、その信念的にルイ第二王子を認めたんじゃないかなってさ」
シャルロットら王位継承者たちがそれぞれの信念の元立ち上がったように、テオドールやクラウスが信念からシャルロットを認めて従ったように――人は自らが信じるものの為に剣を取る。
そしてそれは――、
「クロードだってそうだ。信じる者――国王陛下のために戦おうとしている。だから……あー、その、なんだ。裏切ったとかそういう風には思わなくていいんじゃないかなって俺は思うよ」
鼻頭を掻きながら言う夜光。そんな彼が何を言わんとしているのか、理解したクロードは一瞬目を見開いて――穏やかな眼差しを向けた。
「ヤコウは優しいな……」
「い、いやそんなことはないよ!ただ俺は味方になってくれたあなたに嫌な思いを抱かせたままにしたくなかっただけで……」
「かたじけない」
まさかそんな実直に感謝されるとは思っていなかった夜光がもごもごとしていれば、クロードは一言感謝を述べてきた。
その時のクロードの顔を夜光は生涯覚え続けることとなる。
凛々しくも勇ましい青年の、その微笑みは――夜光の心に強く印象づけられたのだから。
*****
五日後――神聖歴千二百年六月七日。エルミナ王国中域北部国道――通称〝雪の道〟。
二百年以上前に敷かれた歴史あるこの道は石畳であるが、奇妙なことにどこも欠けた様子がない。それは何故か、理由としては現代では解析不可能な物質――存在しないはずの石が使われているからである。
「ある学者は〝黎明期〟の遺産、だなんて主張しているけど……実際はどうなんだろうね。キミはどう思う、ヨハン?」
〝雪の道〟を往く大軍勢、その中央に位置する四頭仕立ての馬車の上で一人の青年が問いかけを発した。
細身の体躯に神秘的な銀髪銀眼を持つ彼の問いはすぐ隣に座っていた人物に向けられている。
白髪の目立つ男だ。けれども鍛え上げた筋骨隆々な身体からは隠せない覇気が発せられている。北方人特有の肉体を持つ男の名はヨハン・ド・レオーネ。エルミナ王国貴族を代表する四大貴族と呼ばれる大公家、その内の一つ、レオーネ家の現当主である。
「私にはわかりかねますな。ルイ殿下はお分かりなので?」
ヨハンが老いを感じさせる声でそう返せば、青年――ルイ・ガッラ・ド・エルミナ第二王子は肩をすくめて見せた。
「いや、ボクにもわからないさ。ただ〝神代〟の遺産、しかも石だからね。どうしても〝アレ〟を思い浮かべてしまってね」
「……〝魔石〟ですか」
魔石。
遥かなる昔から存在する特殊な鉱石の一つだ。膨大な魔力が凝縮されて形を成した物だとされている。現代では主に魔導具の核として使用されていた。
けれども過去には別の使い道があった。それは体内に取り込むというもので、使用後は膨大な魔力を手に入れることができる、というものだ。
しかしそれは――、
「そう、魔石。かつて〝魔族〟が自身の強化に使っていたものさ」
魔力を生まれた時から使えた魔族という種族だけの特権だ。魔族以外が摂取すればたいていは死ぬ。
しかしまれに死という終焉ではなく、膨大な魔力を得るという進化を遂げる場合があった。
けれどその場合であっても、知性を失い魔物化するという末路が待っているのだから死んだ方がマシともいわれている。そうなってしまった者たちを人々は忌み嫌い、〝なりそこない〟と呼んで討伐に乗り出した。
だが、知性をなくしているとはいえ、圧倒的な魔力を有する〝なりそこない〟の武力はあまりにも強大であった。A位階の魔物に匹敵するその力を前に村々は滅ぼされ、遂には小国が一つ滅亡するに至った。
その段階で事の深刻さを重く受け止めたアインス大帝国初代皇帝は、〝英雄王〟と彼が率いる〝天軍〟と共に討伐に乗り出す。結果的に討伐には成功し、以降魔石を魔族以外が摂取する行為は〝堕天〟と呼ばれて禁忌とされた。
そしてその討伐の際に歴史には記されなかった――公にされなかった事実が一つ存在する。〝なりそこない〟の群れはとある存在に率いられていた、というものだ。
「歴史の闇に葬られた汚点――それがまさか千年以上経って復活するなんて〝創神〟も〝軍神〟も思いもしなかっただろうね」
ルイは蒼穹を仰ぎ見て呟いた。その言葉はヨハンに向けられているようで、その実は独り言である。
そんな主の言動をよく知っているヨハンは彼と同じく空を見上げた。
「……すべては殿下の尊きご決断があってのこと。決して汚点などではございません」
「そうかい…………そうだね。キミがそう言ってくれるだけでボクは救われるよ」
そう言って顔を戻したルイの銀眼に悲壮な色がよぎる。けれどもヨハンはそれを指摘せずに話題を変えた。
「――先ほど報告がありました。シャルロット第三王女が出陣、中央に向けて進撃を開始したとのことです」
「数は?」
「十万でございます。ご報告が遅れてしまい誠に申し訳ございません」
「仕方がないさ、バルト大要塞に密偵を忍び込ませることができなかったんだからね」
バルト大要塞に密偵を忍ばせるのは困難を極める。何故ならあそこにはクラウス大将軍がいるからだ。
「神剣が敵意、悪意を感知して所持者に伝えてしまう。あれは反則だよ」
例外は同じ神剣所持者か魔剣や神器の所持者が相手という特殊な場合のみである。
「それにしても十万か、予想より少ないみたいだね」
「国境防衛を意識してのことでしょう。近頃は東側もきな臭いですからな。報告によればクラウス大将軍はバルト大要塞に残っているそうです」
「へえ、クラウス大将軍を動かさないか……ならクロード大将軍が指揮を執っているわけだ」
納得気に頷くルイであったが、ヨハンは困惑した様子で首を横に振った。
「それが……どうやらクロード大将軍の姿もないようなのです」
「え……?じゃあ指揮は誰が執ってるんだい?」
「ユピター家現当主テオドール卿とのことです。彼の傍にはシャルロット第三王女の姿もあったと」
「……それは妙だね」
ルイは秀麗な眉根を寄せて考え込む。
(クラウス大将軍を動かさないのは理解できる。けどクロード大将軍を動かさないのは意味不明だな)
考えられる可能性は三つ――動かせない状況にある、姿を隠して行軍している、別行動を取っている、である。
(一つ目は理由が考えられない。二つ目はありえる。〝王剣〟所持者である彼の存在を開戦まで秘匿しておくことは意表を突くという意味で有利だからね)
と、ここまで考えてふと頭をよぎった疑問をルイは発した。
「〝光風騎士団〟の姿はあったのかい?」
「いえ、それが……見当たらないようでして」
〝光風騎士団〟は〝王の剣〟にしか指揮権を与えられない特殊な騎士団だ。唯一の例外は国家非常事態宣言が発令された場合のみで、その時ですら国王にしか指揮できない。
そういった事情から〝光風騎士団〟は〝王の剣〟の傍から離れることはまずないと言っていい。
(その〝光風騎士団〟の姿が見えないということは……三つめか)
結論付けたルイは思考の渦から意識をヨハンに向ける。
「斥候を東方へ――いや北方にも出すんだ。〝王の剣〟が別行動を取っている可能性がある」
「その必要はありません、ルイ殿下」
そう返事をしたのはヨハン――ではなく、眼下の人物だった。
ルイとヨハンが視線を地上へと向ければ、一人の男が馬上からこちらへ顔を向けている様子を認めることができる。
「ダヴー将軍、それは一体どういうことでしょうか」
鋭い眼光をヨハンが向ければ、禿頭が目立つその男――ジョルジュ・ド・ダヴー将軍は無機質な眼を返してくる。
「私が北方と東方の境に配置しました部隊から先ほど報告がありました。クロード大将軍率いる〝光風騎士団〟が北方へと向かってきていると」
「な――」
絶句するヨハンをおいてルイが眼を細めた。
「へえ、随分と手際がいいじゃないか、ダヴー将軍。こうなることを見越してのことか、それともボクたちに奇襲をしかけるためかはわからないけど」
勝手な真似をした部下へのけん制をしてから、
「まあ、結果的にボクの役に立ったからいいさ。――ヨハン」
「は、はっ!」
「例の部隊……一部は北方に置いてきたはずだけど、すぐに実戦に投入できる状態かい?」
「問題はありません、殿下」
「なら近くの街に使者を送るんだ。その街にある魔道通信機で北方に連絡。例の部隊を投入し、その間に防備を固めよ。敵はあの〝王の剣〟だ、油断はするなとね」
「御意」
馬車の上から兵を呼びつけるヨハンに、ルイが何でもないことのように付け加える。
「ああ、そうだ。それからもう一つ――ボクが向かうまで例の部隊以外は交戦をしないようにと伝えてくれるかい?」
「は……は?お、お待ちください!殿下御自ら向かうおつもりなのですか!?」
「もちろんさ。東方軍においてボクたちの障害となりうるのはクラウスとクロードの両大将軍だけ。前者はバルト大要塞から動かないみたいだから無視していいけど、後者は無視できない」
「しかし殿下のお手を煩わせる必要は――」
「相手は〝王剣〟の所持者だ。生半可な戦力じゃ止められない。せめてボクくらいじゃないとね。それに――ボクにはコレがある」
立ち上がったルイの腰にはいつの間にか奇妙な剣が吊るされていた。青く透き通った神秘的な剣――されど発しているのは禍々しい魔力である。
ルイは剣柄に手を置いてヨハンとダヴーを睥睨した。
「第二王子として命じる。レオーネ家当主ヨハン、キミは今から副司令官として軍を率いてこのまま南下するんだ。立ちふさがる者を排除し、王都におられる国王陛下をお救いしてほしい。ダヴー将軍、キミにはそんなヨハンの補助をしてもらいたい。ヨハンに実戦経験があるとはいえ、キミには及ばないだろう。将軍としての軍略を以って彼を補ってほしい。二人とも、できるね?」
そう言われてしまっては反論など口にできようはずもない。
ヨハンとダヴーはそろって低頭するとそれぞれ了承の意を示した。
そんな部下たちにルイは微笑みを浮かべた。
「兵は現地に待機させているのを使う。キミたちはこのまま三十万を以って蹂躙するといい」
軽い口調でそう告げたルイは口笛を吹く。すると一頭の白馬が馬車に近寄ってきた。
「ボクも〝王の剣〟を始末したら合流する。その時には吉報を報告してほしい。――期待しているよ」
片手を上げてからトンッ、と床を蹴って飛び降り、愛馬である白馬に乗り移る。白馬はルイの体重がまるで紙と同じであるといわんばかりに微動だにしなかった。
そんな愛馬を優しく撫でたルイは鮮烈な笑みを浮かべる。
「相手は〝王の剣〟……不足はない。存分に暴れようじゃないか〝悪喰〟」
好戦的な彼の言葉に、腰に差した剣が発光した。




