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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
四章 堕天の雪華
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三話

続きです。

 バルト大要塞の通路は夜間であっても最低限の明かりで照らされている。

 魔導灯という周囲の魔力を自動で吸い上げ、光属性魔法に変換する魔導が等間隔で設置されているためだ。

 

(本当に凄い発明だよな)


 巡回中の兵士に敬礼を返して歩を進める夜光は感心していた。


(二百年前の偉人たちのおかげか……)


 魔力の発見、魔法の確立、魔導の発明――これらを行ったのは南大陸最大の武力を持つといわれている超大国、アインス大帝国の第五十代皇帝と当時の〝護国五天将〟の一人だという。

 彼らはその功績を称えられ、今では第五十代皇帝は〝戦女神〟として、大将軍は〝魔王〟として神格化されている。


(第五十代皇帝ルナ……アインス大帝国初の女帝か)


 この世界の君主制において女性が頂点となる事例はほとんどない。男尊女卑というわけではないが、どの国も男系継承を自然と行ってきたためにそうなっている。ようは先例がないから、というわけだ。


(でもアインス大帝国では先例が生まれた。ならエルミナ王国でも問題はないはずだ)


 既に夜光の中では次代の国王は決まっている。民の為にその身を賭すことのできるシャルロットこそが相応しい。


(政敵――他の王位継承者を排除し、優秀な部下を集めないとな)


 その目的を果たすために今回の内乱を利用させてもらう。敵を殺し、味方を増やし、やがて玉座を手にする。

 そうして全てが終わった後、初めて夜光は本来の目的に挑めるのだ。


(不倶戴天――どちらかが死ぬまで終わらない)


 胸の内に宿る暗い炎に夜光は何故か喜悦を覚えた。

 しかし――すぐに気づいて胸元を抑える。


(俺は何を……?)


 分からない。これまで怨敵のことを思い浮かべた際は必ずといっていいほど憤怒と殺意だけが姿を見せていた。けれども今回のは――。

 と、夜光が自らの変化に戸惑っていると、声がかけられた。


『これはヤコウ大将軍、こんな夜更けにいかがなされましたか?』


 どうやら思案しているうちに目的地にたどり着いていたらしい。

 衛兵が二人通路を挟むようにして立っている。その先にはシャルロットの居る離れ尖塔に続く道があった。


「お疲れ様です。明日の件につきまして姫殿下にお話ししておきたいことがありまして訪れた次第です。姫殿下はまだ起きられていますか?」

『はい、先ほど侍女の方々と共に大浴場からお戻りになられたばかりなのでおそらくは。お伝えしてまいりますか?』

「いえ、俺が直接お伺いしますよ。守護騎士ですしね」


 夜光が近衛よりも地位の高い守護騎士という地位を翳せば、衛兵はすんなりと通してくれる。守護騎士という地位はそれだけ信頼のある役職であるし、なにより夜光は大将軍でもある。衛兵が疑うことはまずないといっていい。


(問題がないといえば嘘になるけど……俺としては助かるな)


 シャルロットは仕える主であり、それ故に口頭で報告すべき場面が多々出てくる。その際にいちいち足止めをくらっては堪ったものではない。だから守護騎士と大将軍という肩書が齎す信用はありがたかった。

 複数の部屋の前を通過して歩を進めていけば、やがて目的の部屋へとたどり着く。第三王女の泊まる部屋だ。


「姫殿下、夜分遅くに失礼いたします。夜光です。明日の件につきましてお耳に入れておきたいことがありまして参った次第です」


 夜光が侍女がいる可能性を考慮して慇懃無礼に言いながら扉を叩けば、一拍置いて返事がきた。


「……ヤコーさまですか!?しょ、少々お待ちくださいっ!」


 なにやら慌てた声だ。同時にドタバタと部屋の中から聞こえてくる。

 その音に首を傾げる夜光だったが、待てと言われた以上待つしかない。

 そのまま黙って通路に突っ立っていれば、やがて眼前の扉が勢いよく開かれた。


「も、申し訳ございません、ヤコーさま!まさかこんな時間に誰かが訪ねてくるとは思っていなかったので――」

「…………」

「あ、あのヤコーさま?」


 姿を見せたシャルロットに夜光は茫然とした。

 何故なら――その姿があまりにも魅力的だったからだ。

 言葉通り誰かが訪ねてくることを想定していなかったのだろう、細身の体躯に纏うネグリジェはうっすらと透けている。おそらく常人相手ならば特に問題ないのだろうが、あいにくと夜光は超人の類だ。その視力をもってすれば薄いネグリジェの下すら見えてしまう。

 西洋人の如き白い素肌はシミ一つない。穢れを知らぬ肢体は未だ幼さを残してはいるものの、成長期特有の少女から女性へと変わりゆく過程特有の色香を放っている。

 若干上気している肌はおそらく先ほどまで風呂に入っていたからだろう。常日頃光輝く金髪は編まれておらず、大河の如く流れている。絹糸とてここまで滑らかではないだろうと思えるほどであった。

 そしてなにより――こちらを見つめる碧眼は藍方石(アウイン)のような美しさを湛えていて、その表情はこちらを心配そうにしているというものだ。

 加えて体格差から下から見上げていて――思わず見惚れてしまう夜光だった。


「――ヤコーさまっ!」

「んっ!?あ、ああごめん。ちょっと考え事をしていて……」


 よもや見惚れていたなんて言えない夜光は慌てて誤魔化す。どう考えても挙動不審であったが、シャルロットは良くも悪くも純粋な一面が強いため、それが夜光の味方をしてくれた。


「そうなのですか?えっと……とにかく中へお入りください。立ち話もなんですから」

「そうさせてもらうよ」


 ガイアに対してうしろめたさを覚えながらも案内されるまま室内へと入る夜光。しかし中を見回して怪訝そうに言う。


「あれ、侍女の人たちがいるんじゃなかったのか?」

「先ほどまでは居ましたよ。もう夜も遅いのでご自分の部屋へ戻ってもらいましたけど」


 あっさりとそう答えるシャルロットに軽い頭痛を覚えてしまう。


(羞恥心とか――いや、それ以前に警戒心とかないのかよ)


 王族と従者という関係の前にまずは年頃の男女だということに思い至るべきではなかろうか。何故にこうまで無警戒でいられるのか、夜光としては信じがたいという心境だった。


(王族としての教育の結果か、あるいはそこまでの信頼を得ているのか)


 分からないが……自分が守ってやらなければと夜光は改めて思うのだった。

 部屋に置かれていたソファに腰かければ対面にシャルロットが座する。

 大丈夫だとは思うが、一応あらぬ疑いをかけられては困るので手早く済ませようと夜光は早速口を開いた。


「それでなんだが、今回の作戦で俺はシャルの傍をしばらく離れることになる。お前としてはそれでもいいのか?」

「……なんだ、そのことですか」


 シャルロットは不服と安堵がないまぜになった奇妙な表情をよぎらせてから頷きを見せた。


「問題ありませんよ。わたしは守護騎士だからといって常に傍に、なんて言いませんし、それに道中の護衛はテオドールさまを始め多くの方々が就いてくださいますから大丈夫ですし」


 それに、とシャルロットはこちらを信じ切った顔で見つめてくる。


「ヤコーさまはわたしが危ない目にあったら必ず駆けつけてくれる――わたしはそう信じていますから」

「…………あまり人を信じすぎるのは盲目的ともいえるぞ」


 全幅の信頼ともいえる言葉に何とも言えない気恥ずかしい心境になった夜光はかろうじてそう返した。

 けれどもそんな彼の様子にシャルロットはクスリと笑みを見せて。


「わたしだってだれかれ構わずこんなことを言っているわけではありません。ヤコーさまだからこそですよ」


 もはや言葉すら返せなくなって視線を逸らす夜光。

 そんな彼のことが微笑ましくてしばらく眺めていたシャルロットだったが、ふと表情を心配そうにする。


「……ヤコーさま、あなたは何か大きなものを抱えている。―――違いますか?」

「それは…………」

「いえ、いいのです。無理に聞きたいとは思っていません。いつかヤコーさまが話したくなったら話してください」


 言葉を詰まらせる夜光を制したシャルロットは、ただ、と言葉を続ける。


「覚えておいて欲しいのです。わたしはあなたに助けられて、これからも助けられるでしょう。わたし個人には何の力もありませんから」

「シャル……」

「だからこそわたしはあなたの力になりたい。少しでも背負っている重荷を分けてほしいのです。一人では背負うのに苦しい重荷でも、二人で背負えばきっと耐えられますから」


 そう言って微笑むシャルロットのことを夜光は強いと思った。大勢の人々の旗頭として重い責任を抱えているであろうに、そんな状態だというのに夜光の重荷すら背負って見せると彼女は言っている。その姿のなんと素晴らしきことか、なんと尊きことか。

 対して自分は……と夜光は太陽から眼を背ける罪人のように視線を落とした。


「シャルは……凄いな。憧れるよ」


 思わずポツリと呟いてしまってハッとする。

 しかし時すでに遅し、発した言葉は相手に届いてしまっていた。


「わたしの方こそヤコーさまに憧れを抱いているのですよ。どんなに苦しくても、どんなに絶望的な状況でも、どんなに相手が強くても、それでも――何度でも立ち上がることのできるあなたの姿に」

「……なんだよ、じゃあ俺たちはどっちも相手に憧れてるってわけか」

「ふふ、そうですね」

「……奇遇だな」

「はい、奇遇ですね」


 そのやり取りがなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまえば、シャルロットもつられて笑った。

 相手のどの部分に憧れを抱いているのかは違えども、きっと互いを尊敬しているというのは同じなんだろう。

 そう思えた時、夜光は抱えていた不安を忘れて言葉を発せられた。

 一時のことではある。けれどもこのひと時だけは――シャルロットと他愛もない話を交わしているこの時だけは、夜光は自然な笑みを浮かべられていた。そう思えた。

 

 やがて日をまたいだ頃、明日も早いからとお開きになった。じゃあまた、と部屋を出ていく夜光を見送るシャルロットの笑顔は曇り一つないもので。

 自室に戻る夜光を見かけた衛兵は同僚にこう言った。『ヤコウ大将軍があんなに楽しそうな顔をしているのは初めてみた』と。

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