二話
続きです。
その日の夜。
夜光は一人、あてがわれた部屋にいた。
「〝白夜王〟……ガイア、か」
魔導灯による明かりに照らされた室内に夜光の呟きが溶け落ちる。
どこか暗い雰囲気を纏う彼が手にするのは一冊の書物。それはこの世界における〝神〟――〝王〟のことが記された歴史書である。昨日遭遇した謎の襲撃者に言われた言葉を気にした夜光がバルト大要塞の図書室から借りてきたものだ。
(〝白夜王〟に関する記述はほとんどない。あるのはその姿だけだ)
他の五柱――〝黒天王〟、〝月光王〟、〝日輪王〟、〝星辰王〟、〝天魔王〟に関する記述は長々とあるというのに、〝白夜王〟の項目だけは驚くほど少なかった。
分かったのはたった二つだけ、どの種族も崇めていないということと、その容姿だけである。
(白銀の長髪に紅の瞳を持つ幼げな少女、身に纏うは純白の衣……これはどう考えてもそういうことなんだよな)
思い起こすのは〝大絶壁〟の最下層で出会った少女のこと。この書物に書かれている容姿とその名前〝ガイア〟、そしてあの〝ソル〟という大男が口にしていた言葉をつなぎ合わせれば自ずと答えは出るというものだ。
すなわち――、
(ガイアは〝白夜王〟という神だったってことで……そうなるとソルは〝日輪王〟ってことになるけど)
夜光が愛した少女は神で、そんな彼女を殺した憎い敵もまた神の一柱ということだ。
随分と突拍子もないことだったが、夜光は自然と受け入れていた。
(あれほど強大な力を持つ人間がいてたまるかっていうのもあるけど……なんでだろうな、やっぱりかっていう思いもあるんだよな)
心のどこかでそうなんじゃないかと、無意識で思っていた。確証はない。けれども己が内に宿るナニカがそう訴えかけてくるのだ。
(だとすればガイアが俺に託した物というのは――)
と夜光が更なる深みへと思考を伸ばそうとした時だった。
こちらに近づいてくる気配を感じた彼は書物を閉じると扉に視線を向ける。
ほぼ同時に扉が叩かれ、覚えのある声が聞こえてきた。
「ヤコウ殿、居るか?少しばかり話したいことがあるのだが……」
「クロードか、入ってくれ」
そう返しながら扉を開いてやれば、見慣れた茶髪金眼の整った顔立ちを認めることができる。〝王の剣〟クロードであった。
既に時刻は深夜にほど近い。夕食は既に済んでいる。いったい何の要件か、と夜光が首を傾げながらも窓際にあったニ脚の椅子を勧めればクロードは「かたじけない」と腰を下ろす。
夜光もまた机を挟んで対面に座すれば、クロードが深々と頭を下げてきた。
「此度のこと誠に感謝致す、ヤコウ殿」
「……は?え、お、おい、何のことかさっぱりだけど頭を上げてくれ!頼むよ」
何について感謝されているのか、しかも頭を下げてまで――と慌てた夜光がそう頼むが、クロードは顔を落としたままだ。
「某の蛮行と止めてくれたこと、某に道を示してくれたこと……加えて今回の戦において某を信じてくれたことなど様々だ。本当にヤコウ殿には頭が上がらぬ」
その言葉にああ、と理解する夜光。
(シャルの誘拐を止めたことと、一緒に来いって言ったことか)
最後のは今日の軍議においての一場面のことだろう。
しかしどれも夜光自身がそうしたいと思ってやったことであり、特に感謝されたいと思ってやったわけではなかった。
故に夜光は少々照れくさくなり頭をかきながら口を開く。
「別にいいって。俺はただそうした方が良いって思ったからそうしたまでなんだ。だからクロードが気にすることはないって」
「そういうわけにはいかぬ。受けた恩義は返さねば某の矜持が許さぬ故」
クロードは夜光がこれまで出会ってきたどの人物よりも礼儀正しい……というか堅物だ。おそらくこのままでは向こうは折れないだろう。延々と平行線をたどるだけだ。
ならば、と夜光は告げる。
「じゃあいつか借りを返してくれればそれでいいよ。これからは一緒に戦うんだからさ、機会はこの先いくらでもあると思うし」
「……そういうことならば、任されよ。此度の恩義に必ずや報いよう」
やっとクロードが頭を上げてくれた。そのことに安堵しながら夜光は話題を変えた。
「それで思い出したんだけど……本気じゃなかっただろ?」
夜光が何について言及しているのか、瞬時に理解したクロードはぎこちなく頷く。
「……迷いがあったのでな。そういうヤコウ殿もそうであったろう?剣に殺意が感じられなかったぞ」
「流石、バレてたか」
二人が言っているのは昨日刃を交えた時のことだ。激突したからこそすぐにわかった。殺す気はないのだと。
「クロードのことは仲間に引き入れたいって思ってたからな。あなたならシャル――姫殿下の元で戦ってくれるって信じてたから」
クロードほど国家に、王家に忠誠心厚い人物はそうそういないと夜光は思っていた。だからこそシャルロットに危害を加えるとは考えていなかったし、実際にかすり傷一つつけていない。
加えて真実を知りたいと思っているはずだとも考えていた。誰が正しくて、誰が偽りを述べているのか。国王の病は人為的なものなのか、だとすれば本当にオーギュスト第一王子が――など、様々な事の真実を。
夜光が穏やかな視線を向ければ、その隻眼を見たクロードは同じく視線を合わせる。
しばし互いに見つめあって――クロードは再び感謝を口にした。
そんな彼に微笑んだ夜光は立ち上がると右手を差し出す。
「改めてよろしく、クロード。これから一緒に頑張ろうぜ」
「ヤコウ殿……うむ、こちらこそよろしく頼む」
立ち上がったクロードが握り返してくれた。互いに頷きを見せてから再び座ると夜光は苦笑した。
「あと殿、はいらないぜ。堅苦しいし、俺だけクロードを呼び捨てにするのはなんだか忍びなくてな。これからは背中を預ける仲になるんだし、頼むよ」
「む…………」
「頼むよ!」
「…………わかった。貴殿がそこまで言うのであれば善処しよう」
「善処じゃなくて絶対だ。今からな」
「むう……ヤコウ、殿」
「夜光」
「……ヤコウ」
他者に最大限の敬意を払うクロードとしては中々に受け入れがたいものだったのだろう。けれども夜光としてはこちらが呼び捨てなのに、向こうはそうではないという状況は嫌だった。故に半ば強引に説得したのだ。
「ヤコウ……は意外と強引だったのだな。いや、変わったというべきか。〝大絶壁〟に墜ちてから色々とあったのだろうな。その髪色といい、隻眼といい」
「まあ、な。……色々あったのさ、本当に……色々ね」
それだけしか言わない夜光に、きっと軽々しく聞いてはならないことだと思ったのだろう、クロードはそれ以上追及してこなかった。
(本当は知りたいだろうに……相変わらず良い奴だよ)
そんな彼相手だからこそ思う。いつか心の整理がついたら話そうと。だが今は……。
(俺自身まだわかってないことだらけだからな)
もし本当にあの奈落で出会ったのが神なのだとすれば、話は壮大になってくる。夜光が受け継いだと思しき〝力〟の正体も気になるし、復讐相手が神となれば今のままでは勝てないだろうとも考えている。
(もっと力をつける必要がある。今のままじゃ〝日輪王〟どころか勇にだって勝てないだろう)
思案気に眼帯を撫でる夜光、そんな彼にクロードが話しかけてくる。
「ヤコウ、話は変わるが……本当に良かったのか?」
「ん?何がだ」
「此度の戦の件だ。本当に姫殿下のお傍にいなくても良いのか?そなたは姫殿下の〝守護騎士〟であろう?」
クロードが言っているのは軍議で決まった今後のことである。
軍議では夜光の案が採用され、軍を二手に分けてルイ第二王子を迎撃することになった。
その際にどういう編成にするかという問題が浮上したのだが、クラウスは北へ向かうのはクロード率いる〝光風騎士団〟のみにすべきだと主張した。
これは何故かというと、現在地である東方から北方へ向かうとなるとかなりの距離を移動しなければならないのだが、ルイ第二王子率いる北方軍が南下してきている今あまり時間は残されていない。故に素早く背後を取る必要があった。
そこでクラウスが眼をつけたのは〝王の剣〟直属の騎士団である〝光風騎士団〟だった。この騎士団はすべて軽装騎馬で構成されているため行軍速度が他の部隊と比べて段違いに速い。だからこそ今回の作戦に適任だと主張したのだ。
しかしこれに一部の武官たちが反対する。いくらクロード大将軍といえどもつい先ほどまで敵対関係にあった者に作戦の要となる役目を任せるのはいかがなものかと言ってきたのだ。
その主張に夜光は呆れかえったのだが、理性では彼らの懸念はもっともだとわかっていた。だから夜光は自分が監視役として共に行くと言って説得した。
これにクロードは感謝しているわけなのだが、一方でこうも思っていた。『姫殿下の守護騎士であるヤコウ殿がその傍を離れるのは許されるのか』と。
「守護騎士とは王族一人につき一人だけ選出される栄誉ある存在。エルミナの武官――騎士であればだれもが目指す地位なのだ。だが、それだけに背負う責任は大きい。それを理解できぬヤコウではなかろう」
守護騎士は命をかけて主である王族を守らなければならない使命を持つ。だというのに離れても良いのか、とクロードは心配しているのだろう。
しかしこれについては当の本人から了承を得ている。
「姫殿下はあの場で作戦を承認してくださった。つまり大丈夫ってことじゃないか?」
と夜光が言うも、クロードの顔色は晴れない。
理解はできる。何せそういった夜光自身も確証を持ってはいなかったからだ。
(シャルは作戦を認めたわけだけど、直接離れてもいいよって言われたわけじゃないからなあ)
そう考えだすと不安になってきた。
ならばどうするか……と考えて思いつく。
(直接聞けばいいだけだな。問題はシャルがまだ起きているかってことだけど……)
思い立ったら即行動気味な夜光は席を立つとクロードに告げる。
「ちょっと姫殿下のところに言ってきいてくるよ」
「……ん!?随分と急だな」
「いや、後からやっぱり駄目でしたとか言われても困るし、それに出立は明日なんだぜ。当日はあまり話す時間とか取れないだろうし」
「しかしもう夜も遅い。姫殿下はご就寝されているのでは……」
「もし寝てたら明日にするさ」
ひらひらと手を振って部屋から出ていく夜光。
そんな彼の行動力に驚き呆れながらもクロードはうらやましそうに、彼が出て行った扉を見つめるのだった。




