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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
三章 忠義の在処
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十四話

続きです。

 いつの間にか太陽は姿を消していた。

 夜光が天を仰げば厚雲が支配していることがわかる。


「嫌な天気だな……」


 まるでこれから起きる事象は悪いものとなる――そういわれているみたいで嫌になる。

 嘆息する夜光、そんな彼がいるのはバルト大要塞の中央正門――その胸壁上であった。

 クロード大将軍率いる〝光風騎士団〟の接近が発覚してから一刻、遂に彼らが姿を現していた。


「さっき見たバルト大要塞の軍勢も凄かったけど……こっちはこっちで圧巻だな」


 眼下に広がる光景に夜光はそう呟く。

 中央正門から一里(五百メートル)ほど離れた地点には夥しい数の騎馬が立ち並んでいた。その数一万、率いるのはエルミナ王国が誇る〝四騎士〟の一人、〝王の剣〟クロード・ペルセウス・ド・ユピター大将軍である。

 同じ国の者同士――ではあるが、王位継承戦争の真っただ中にあってそれは通用しない。故に騎馬群――〝光風騎士団〟は矢を射かけられぬように距離を空けているし、こちらも胸壁には弓兵と魔法使いが待機させている。

 物々しい雰囲気が辺りを覆いつくし、何かきっかけさえあれば戦端が開かれてしまいそうだ。

 そんな一触即発に近い状態の中、光風騎士団から一頭の軍馬が進み出てくる。それに跨る一人の青年の姿を見た時、バルト大要塞の兵士たちが息を呑んだ。

 騎士団が掲げる白地に天を貫く剣――〝王の剣〟のみが掲げることを許されている紋章旗を背に、短い茶髪を風に揺らす青年はあまりにも有名だ。史上最年少で大将軍へと上り詰めた傑物にして若き英雄、腰にはその異名の由来となった銀色の剣を吊るしている。

 そんな青年の姿を認めた夜光は思わず声を漏らしてしまう。


「クロード……」


 夜光が発した呟きには複雑な感情が込められている。彼には色々と世話になった。剣術の基礎を初め多くのことを彼から教わった。それらがなければここまで強くなれることはなかっただろう。何せ彼から教わった基礎を元に夜光は〝大絶壁〟で独自の――我流を編み出すことができたのだから。

 そんな彼の声が聞こえたわけではないだろうが、進み出てきた青年――クロードが視線をこちらに向けてきた。その金眼からは離れていても尚、伝わってくるほどの覇気が放たれている。

 夜光が見つめる中で正門前までやってきたクロードは下馬した。身に纏う銀色の鎧が金属音を奏でる。それからクロードは五歩ほど前に出ると片膝をつく。

 一体何を――と夜光が訝しんだ時、クロードが声を張り上げた。


「シャルロット・ディア・ド・エルミナ殿下!」


 大声に混じるは雄々しき覇気と――、


(迷い……?)


 そこから微かな逡巡を聞き取った夜光は眉根を寄せる。


「某の名はクロード・ペルセウス・ド・ユピター、この度は国王陛下のご下命によりシャルロット殿下を王都までお連れすべく馳せ参じました。何卒、某と共に王都へ参りますよう、お願い申し上げます」


 そう言って深々と首を垂れるクロード。その姿に兵士たちからは感嘆の吐息がこぼれた。

 無理もないことだと夜光は思った。何故なら夜光自身さえクロードの堂々たる態度に驚嘆していたからだ。そのどこまでも真っ直ぐな姿勢には尊敬すら覚える。同時にその計算高さにも驚いた。


(これだけ目撃者が多い中でそうすればこちらも不意打ちなどは出来なくなる。すれば名声は地に墜ちるだろうからな)


 堂々と、しかも一人で国王の命令だから共に来てくれ――そう言って頭まで下げたのだ。天下の大将軍が、だ。そんな彼に非礼を以って返せばこちらの評価が下がってしまう。下手すればせっかく得たバルト大要塞の支援すらなくなってしまう可能性だってあり得た。

 だから――、


(そうするしかないよな)


 夜光が見下ろす正門――それがゆっくりと開かれた。中から現れたのは金髪碧眼の見目麗しい少女。彼女もまたクロードに負けず劣らず有名だ。シャルロット・ディア・ド・エルミナ、この国の第三王女である。

 そんな彼女はたった一人でクロードの元へと歩み寄っていく。これはシャルロット自身の提案で、彼女曰く『もしクロード大将軍がお一人でいらしたのならわたしも一人で向かいます。そうすることで敬意を示したいのです』とのことだ。

 無論、これには夜光を初めテオドールやクラウスも大いに反対した。一国の王女が、いくら自国の大将軍といえども今は派閥が違うという情勢下で、一対一で対面するのはあまりに危険すぎると。

 けれどもシャルロットは頑として意思を変えることはなかった。それが自分なりの誠意の示し方だと、それが自分の王族としての在り方であると言ってきかなかったのだ。

 故にこうして対面しているというわけなのだが、それでも臣下として危険がある行為を容認するわけにもいかなかった。だから、


「……クラウスさん、準備はいいですか?」


 と夜光が背後に向かって声を投げかければ、クロードに負けないほど覇気にあふれた声が返ってくる。


「ああ、問題ないぜヤコウ。いつでもいける」

「あのクロード大将軍に限ってあり得ないとは思いますが……万が一の時が来たら合図します。その時はよろしくお願いします」

「任せとけ」


 いつでも助けに入れるように、クラウス大将軍に待機してもらうことにしたのだ。彼が持つ神剣〝聖征〟の〝神権〟ならば距離を無視して一気にシャルロットの元まで行ける。瞬間移動にも似た反則的なその力を使えば対処可能だろうという判断であった。

 付け加えて彼が姿を見せないことでこちらの対応を悟らせないようにもしている。


(もっともクロードがそんなことするわけないけど)


 彼ほど王家に忠誠心厚い人物はそうそういないといってよいほどだ。そんな彼がいくら陣営が違うからといって第三王女たるシャルロットを傷つけるとは思えない。

 そのように夜光が考えている間にシャルロットが口を開いた。


「面を上げてください、クロード大将軍」


 その許しにクロードが頭を上げてシャルロットを見つめる。金色の瞳――最高峰の武人の気迫というべきか烈々たる光を放っていた。

 常人ならば気後れしてしまうかもしれない。けれども夜光の主はそうはならなかった。


「わたしなんかの為にここまでご足労頂きありがとうございます。あなたの忠義、しかと見せてもらいました」

「では……」


 色よい返事がもらえると思ったのだろう、クロードが言葉を発しようとした。

 しかしシャルロットはそれを片手で制して口を開く。


「ですが、わたしは参りません」

「…………何故、でございましょうか」


 流石は天下の大将軍というべきか、驚愕を押し殺して問いかけるクロード。そんな彼と視線を合わせたシャルロットは堂々たる態度で言葉を発する。


「先ほどあなたは国王陛下のご下命と言いましたが……それは本当なのでしょうか。陛下は病にお倒れになって久しく最近は言葉を発することすら困難な状態です。そんな陛下が本当にそのような命令を下したのですか?あなたが直接陛下にお会いして授かったのですか?」

「……いえ、オーギュスト第一王子を通してのことです」

「であれば尚のこと往くわけにはいきません。あなたもわたしを含めた各地にいる王族の声明を聞いたはず、違いますか?」

「聞き及んでおります」

「ならわかるはずです。オーギュスト第一王子は――いえ、逆賊オーギュストは恐れ多くも陛下を軟禁し、権力を欲しいままにしている。そんな中発せられた命令が陛下の真意であるはずもないでしょう」


 第一王子にして実の兄を逆賊と断言したシャルロットにさしものクロードも息を呑んだ。

 何も言えない彼にシャルロットは畳みかけるように告げる。


「わたしが王都に戻る時――それは逆賊オーギュストを打倒し、陛下をお救いする時にあって他なりません!」


 その言葉が発せられた時――大歓声が上がった。バルト大要塞の兵士たちが上げたものだ。彼らが信じ付き従うことを決めた主の決意に胸打たれたが故のものであった。

 湧き上がる歓声の中で、シャルロットはクロードに手を差し出した。


「クロード・ペルセウス・ド・ユピター、国王陛下にお仕えする者よ。わたしと共に来ては頂けませんか。陛下をお救いし、この国を護るための戦いに、あなたの力が必要です」


 そう告げたシャルロットはまさしく王族といってよいほど立派なものだった。威風堂々たる立ち姿、幼さの残る美貌が合わさって聖女の如き神秘性を感じさせる。

 

(さて――どうする、クロード?)


 ここからが重要だ。シャルロットの譲らぬ意思を理解したクロードが果たしてどのような道を選択するのか、夜光は彼の一挙手一投足を注視する。

 高貴に満ち溢れたシャルロットから目をそらすように俯くクロード。その心境は如何ほどのものか、しばし沈黙が訪れた。

 やがて歓声が収まった時、クロードは顔を上げた。その表情、その瞳を〝視〟た瞬間、夜光は鋭い声を発した。


「クラウスさん!」

「おうよっ!」


 夜光の合図を受けたクラウスが〝聖征〟で空間を穿とうとする。

 丁度その時、夜光の耳朶にクロードの声と驚愕するシャルロットの声が触れた。


「罰はのちほどいかようにも受けましょう――御免ッ!」

「きゃ――く、クロード大将軍!?」


 夜光の眼下――クロードが驚くシャルロットを抱きかかえて素早く連れてきていた軍馬に跨る光景があった。その時にはもう夜光は動いていた。

 胸壁に手をついて乗り越え――ためらいなく落下した。その間に空間を穿ってクロードの背後に現れたクラウスが黄金の槍で刺突を放つ。完璧な奇襲、けれどもクロードは信じがたいことに後ろを見ずに体をひねって避けると、シャルロットを支えていない右手で〝王剣〟を抜き放ち背後に向かって振るう。

 そのとんでもない芸当は普通なら対応不可能だったろう。しかしクラウスはクロードと同じく大将軍まで上り詰めた武芸者である。

 クラウスはなんとその一撃を二本の指で挟みこむことで受け止めてしまった。この絶技にはさしものクロードも驚きから目を見開く。

 

「まだまだ甘いぜ、後輩」

「くっ――」


 クラウスはこんな状況だというのに茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせると中空で身をひねり蹴りをクロードの頭めがけて放った。彼は咄嗟に上半身を反らす――それは明確な隙だった。


「返してもらうぜ、俺たちの主をよ」

「っ……させるか!」


 クラウスは体勢を崩したクロードの手からシャルロットを奪い返すと金色の槍――〝聖征〟(ロンギヌス)〝神権〟(デウス)である〝空絶〟を発動する。

 瞬間、空間に穴が開いてそこにシャルロットを抱きとめたクラウスが姿を消そうとする。

 それを止めようと馬上で体勢を整えたクロードが〝王剣〟を振るおうとして――、


「親切な先輩から助言だ――後ろを見たほうがいいぜ?」

「なに――っ!?」



――刹那、白光がクロードに襲い掛かった。


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