十三話
続きです。
この世界の気候は狂っている。否、狂ってしまったのだ。
今より千二百年も昔のことだ。当時世界全体には戦火が広がっていた。圧倒的な魔力と彼らが神と仰ぐ〝天魔王〟の庇護によって世界を支配していた〝魔族〟は他種族を迫害していた。それに対抗するべく立ち上がった〝人族〟のとある王は〝名を禁じられし王〟の力を借りて〝異世界〟から一人の少年を召喚する。
そこから始まった快進撃――飛ぶ鳥を落とす勢いで勝利を積み重ねた彼らはやがて同じく迫害を受けていた他種族――〝精霊族〟、〝妖精族〟、〝竜王族〟の支援も取り付け、本格的に〝魔族〟に対して攻勢をかけた。
後に〝世界大戦〟と表されるその大戦は結果的に四種族連合の勝利で幕を閉じる。
けれども最後の最後、終戦間際のことだ。今はなき中央大陸において〝災厄〟が発生、世界を滅ぼさんと暴れまわったという。その脅威を退けるべく種族、派閥の垣根を越えて当時の五種族の英傑と〝王〟が集結、〝災厄〟と戦った。
最終的に〝災厄〟を倒すことには成功したのだが、その代償は大きかった。集いし英傑らは戦闘が始まる前より半数以下にまで減り、〝王〟たちもまたその力を著しく減少させてしまう。
加えて凄まじい戦闘の余波は世界に多大なる被害を与えた。戦地となった中央大陸は海の底に沈み、そこから冷気が溢れ出すようになってしまう。それによって世界の気候は変動、中央大陸に近ければ近いほど寒冷になり、遠ければ遠いほど温暖、という風になってしまったのだ。
「だから南方ってこんなに暑いのか……」
現代、エルミナ王国南方国道――通称〝金の道〟、その上を往く馬車の中で一人の少年が呟いた。彼の名は一瀬勇、異世界から召喚された〝勇者〟の一人で神剣〝天霆〟の所持者である。
「その通りです、ユウ殿。まったく困った話でしてな、勤務地が南方である私としてはいい迷惑ですよ」
大らかな声音で冗談交じりの言葉を紡いだのは勇の対面に座する男だ。鎧を纏ってはいるがとても軍人とは思えない。気さくな笑みを湛えるその姿は武官よりも文官が似合うだろう。
けれども第一印象に騙されては痛い目を見る。何故なら彼は武官の最高位――〝大将軍〟の一つ下の役職である将軍位にいる人物なのだから。
「ねえねえ、モーリスさんは強いよね?」
と、唐突な発言をしたのは馬車内にいた最後の人物だ。江守明日香、彼女もまた勇者の一人だった。
「ふむ、あまり自信はありませんな。私は直接剣を振るうよりも軍を指揮して戦う方があっていまして」
突然のことだったにも関わらず朗らかな笑みを以って応じる将軍。彼の名はモーリス・ド・プラハ、エルミナ王国においては有名な人物である。同じ将軍位に坐するダヴー将軍と年が近いこともあってか、〝北のダヴー〟、〝南のモーリス〟としてその名を馳せていた。
「う~ん……でも強い。そうですよね?」
確信を持った物言いをする明日香。彼女は笑ってはいるが、その眼は獲物を捉えた猛禽類のように鋭い光を放っている。
そんな明日香に対してモーリスはどこか懐かし気に目を細める。
「はは、アスカ殿は実に好戦的ですな。つい彼のことを思い出してしまいますぞ」
「彼……というのはどなたのことでしょうか」
気になった勇が訊ねれば、モーリスは過去を思いだしてか視線を宙に彷徨わせる。
「〝四騎士〟の一人――〝征伐者〟クラウス大将軍です」
「……その人が明日香に似ていると?」
「ええ、今はある程度落ち着いたでしょうが、昔の彼はそれはもう血気盛んでしてね、出会った相手を強者だと判断した瞬間立ち合いを申し込んでおりましたよ」
かく言う私も初対面で申し込まれましてね、と苦笑を浮かべるモーリス将軍。しかしその表情に負の色はなく、ただただ懐かしいと温かいものだった。
「アスカ殿はあの頃の彼とよく似ている」
そういったモーリスだったが、内心では違うと思っていた。
(出会った時から感じているが……この娘は血気盛んという枠組みでは収まらない気がする。いや、〝人〟というよりも――)
と思案気に顎をさすっていたモーリスだったが、まだ明日香がこちらを窺っていることに気づいて苦笑した。
「……仕方がありませんな。そう熱い眼差しを向けられては立ち会わざるを得ない。私も武人の端くれですからな」
「やった!ありがとうございます、モーリスさん!」
望んだ答えを得られた明日香は気色を顕わにする。そんな仲間の様子に勇はあきれたように嘆息する。
「明日香……キミって人は、本当に……」
「うん?どうしたの勇くん。……あ、もしかして勇くんも戦いたかったの!?それならそうと言ってよ、仲間に入れてあげるから」
「どうしてそうなるんだ!?僕は嫌だからね、キミ一人でやりなよ」
「え~、つれないなぁ勇くん」
「そんなすねたような顔しても僕は参加しないからね」
そんな勇者二人のやり取りをモーリスは微笑ましそうに眺めていたが、ふと表情を真面目なものに変えて口を開いた。
「若人の話に耳を傾ける時間も悪くないのですが……そろそろ今後の話をしましょうか」
「っ……すみません、モーリスさん」
「ん~、今後って?」
慌てて居住まいをただす勇とのほほんとした姿勢を崩さない明日香。対照的だなと思いながらもモーリスは隣に置いていた紙を手に取って広げる。それはエルミナ王国の地図で、彼は見やすいように馬車の扉に張り付けると指で示しながら説明を始めた。
「現在、我々がいるのがここ――南方中部、ユウ殿らと合流したのが北部でしたので少し南に進んだということですな」
作戦通りに南方から西方へと進撃すべく護衛の騎士たちと共に王都パラディースを出立した勇と明日香は、城門を出て一日ほどの距離で出迎えとして来ていたモーリス将軍と合流した。
それから国道を進み今日に至るわけだが、そろそろ分岐点に差し掛かろうとしていた。
「もうすぐ道が分かれていましてな、そのまま南にいけばやがて最南端の街エスターテにたどり着きます。ですが今回我々が向かうのは南ではなく西方なので、西へと進路を変えることになります」
地図をなぞる指が南から西へと移動する。
「その先にある西方との境に位置するベルンシュタイン砦には五万の軍勢が控えております。我々は彼らと合流し、中央から進撃予定のアンネ将軍と合わせて越境する。これが今後の流れになりますな」
合わせるのには砦にある魔道通信機を使う予定だ。中央と南方、二方向から攻められれば数で勝る西方とて混乱し、付け入る隙が生まれるはず。そこを上手く利用すれば数の差など覆せることだろう。
加えて――、
「作戦としては少々楽観的といいますか、机上の空論が混ざっているのは事実。ですがこちらと違って西方には名だたる将が一人しかいない。しかも彼女は神剣や神器、魔剣といった特異な武具の所持者というわけでもないので、まあ十分に対処は可能でしょうな」
「それってどんな人なんですか?」
名だたる将と聞いて目を輝かせる明日香を制するように勇が訊ねれば、モーリスは苦笑を浮かべながら応じた。
「〝四騎士〟の一人で名をエレノア・ド・ティエラといいます。性格としては生真面目で融通の利かないおてんば娘――おっと失礼」
冗談交じりに片目を瞑ってそういったモーリスに思わず勇は笑ってしまう。そんな男たちとは違って興味津々といった様子で明日香が身を乗り出した。
「それで、強いんですか?」
やはり明日香の考えることはそれか、と勇とモーリスは顔を見合わせると後者が答えた。
「私からすればまだ若いですが……曲がりなりにも大将軍の一人ですからな、それはまあ強いですよ。単純な武力で言えば私よりも上ですし」
「へえ……!それは――楽しみだなぁ」
何気なく呟かれたその言葉に男たちは思わず笑みを凍らせてしまう。当然だ、今から行おうとしているのは人が死なない試合ではなく戦争――無慈悲な命の奪い合いである。だというのに眼前の少女は楽しそうに――夢見る乙女のようにまだ見ぬ強敵に想いをはせているのだ。はっきり言って普通ではなかった。
「明日香……キミはやっぱり…………」
戦慄する勇、一方モーリスはずっと考えていたことが正しいのではないかと確信を強めていた。
(やはり……この娘は――)
――〝修羅〟の類なのか。
それはまだ明らかではない。けれどもそれがわかる時――戦争の時がまもなくやってくる。そうなれば否応にも明らかになることだろう。
三人を乗せた馬車は分かれ道を西へ進む。戦はもうすぐだった。
*****
同時刻。エルミナ王国中域西部には少数の騎馬に守られて国道を往く馬車があった。中に乗っているのは勇者の二人――宇佐新と天喰陽和、そして穏やかな雰囲気を纏う女性である。
「――それで、あなたたちは今回の戦争に参加することになったのね……」
目的地である西方との境――セーメ砦に向かう道中、その初めに合流した女性に新はここに至るまでの経緯を話していた。話題は他にもあったのだが、どうしてか気づけば身の上を語っていたのである。
それが新と陽和の対面に座る女性が放つ穏やかな雰囲気に誘われてのことなのかはわからないが……こうして今、まるで我がことのように悲し気に目じりを落とす女性の姿を見た新は少なくとも間違ってはいなかったと思った。
「……大丈夫、なんて無責任なことはいえないけれど……今回の戦争では私が必ずあなたたちを守ってあげるわ。あなたたちを勝手に召喚したエルミナ人の言葉だから信じられないとは思うけど――」
「いえ、信じますよ。少なくとも俺は」
「わ、私もですっ!アンネさんは良い人みたいですから」
「そんな、良い人だなんて……私の行為は所詮ただの偽善でしかないのよ。だからそんな風に言われる資格なんてないの」
と、自嘲する女性――アンネ・ド・ブルボン将軍は長い茶髪を揺らして首を横に振った。
その様子を見て新は内心納得する。
(なるほど、確かに優しい人物みたいだな)
カティアから聞いていた人物像の通り、アンネ将軍は他者の境遇に心を痛めることのできる善人だった。なるほど、これならば確かに大将軍の座を〝潔壁〟エレノアに譲ったという話も頷けるというものである。
(陽和ちゃんもアンネさんと打ち解けてきているみたいだし……彼女が司令官でよかった)
警戒心の強い陽和は他者となかなか距離を縮められない性格をしている。けれども温和かつ優しいアンネの態度はその障害をあっという間に乗り越えていた。今では新が間に挟まらなくとも会話をすることができるほどだ。
(俺たちだけと接していては駄目だからな。よかったよ)
いつ元の世界に帰れるのかが不明な現状では、この世界の人々との関係性が重要になってくる。常に新が陽和の傍にいられるとも限らない。戦争中という混沌とした情勢であれば猶更だろう。だからこそこの世界の頼れる人という存在が必要になる場面が絶対に出てくるはずだと新は考えていた。
(その時、アンネさんのような人であればきっと力になってくれる)
彼女だけではない、カティアやクロードといったこれまで出会ってきた人々もきっと助けてくれることだろう。無論、その逆もしかり。人と人との関係というのは助け合いや支えあいが基本だからだ。
「なんて、俺には似合わないな。こういうのは勇の専売特許だろう」
と、思わず呟いてしまえば、その唐突な台詞に女性陣がきょとんとした表情を向けてくる。
そんな彼女らに何でもないと片手を振った新は窓の外を見やる。流れる景色は緑に満ちていて春なんだなと思わせてくるものだった。
(これが――紅く染まるのか)
エルミナ西方は自然豊かであり、農業が盛んな地域だ。そんな場所で戦争をすれば美しい緑は瞬く間に紅く――血で染まってしまうだろう。
(それにしても内乱――自国民同士で争うとはな。訳が分からない)
否、理屈としては理解できている。複数人の王位継承者がいれば次代の王を決める戦争が起きるのは当たり前……というのは暴論であろうが、その可能性が高くなってしまうのは当然といえよう。王制の欠点ともいえる。だが、この世界の人間はそれをごく自然と受け止めていた。その感性に新は共感できないでいた。
(仕方がないんだろうな。俺が生まれ育った世界――時代は民主制の国家ばかりだった。共和制や社会主義はあるけど王制なんて廃れて久しいものだった。だからだろうな、そう思うのは)
けれどもこれからしばらくはそういった世界で生きていかなければならないのだ。ならば共感はできなくともそういうものなんだなと一定の理解は示すべきだろう。
(後は……)
新はちらりと横目で隣に座る少女を見やる。アンネと会話をしている彼女の表情は未だ暗さが残るものの確かに笑みを浮かべていた。
(陽和ちゃんが問題になってくるな。彼女は俺たち三人と違ってまだ人殺しをしていない)
それをさせたくなくて新や勇は今回の二手に分かれるという作戦に反対したのだ。四人いれば陽和を守りながら戦えて、しかも彼女に手を汚させることもないだろうと考えていたからだ。けれども現実は非情で、彼女を守る役目を担えるのは新とアンネだけ。
(でもどこまでやれるか……)
戦争となれば常に危険が伴うことだろう。いくら新とアンネが気を張っていようとも、きっと何処かで陽和が一人で対処しなければならない場面がやってくるはずだ。その際に果たして彼女は禁忌ともいえる行為を――殺人をすることができるだろうか。
(だけどこんな世界じゃ殺さなきゃ殺される。ましてや陽和ちゃんは女性だ。男である俺よりも悲惨な目にあう可能性は高い)
従軍している人々の男女比は圧倒的に男のほうに傾いている。これは至極当然な話で、暴力をふるうことに適しているのが女性よりも男性だからだ。体の造りや精神の在り方からしてそうなっている。例外は魔法使いくらいなもので、魔法使いの部隊には少数ながら女性がいる。
これは女性が男性と比べて魔力への感応性が高いことが起因している。強大な力を持つ魔法使いには女性が多い。カティアが良い例だろう。
とはいえ一般兵は男性ばかりなのだから、そんな連中に襲われた女性がどのような目に合うのかは想像に難くない。殺し合いの最中、あるいは終了直後は興奮状態にあることを考えれば尚更のことである。
(まあ、そうならないようにするのが俺の役目だけどな)
自信はあまりない。けれども新は以前夜光が言っていた言葉を思い出していた。
(できるできないじゃない、やるしかないのならやるだけだ――か)
あまりに無茶苦茶な理屈――というか屁理屈みたいなものだろう。
けれどもその言葉は新を奮起させた。
(夜光、お前の言葉を借りるぜ)
今は亡き仲間の顔を思い浮かべた新は決意の眼差しで窓の外――そこに広がる蒼穹を見つめるのだった。




