十五話
続きです。
クラウスが〝空絶〟を発動する前――ほんの少しの時間とも言えない刹那。
城壁から落下していた夜光が願えば、突如として真下の宙に一振りの剣が現出した。
神秘的な白銀の剣を踏み台にして夜光が跳躍すれば、その手に踏み台にされた剣が握られる。遺憾だと言わんばかりに発光する相棒を夜光は「ごめん」と言って両手で握りしめた。
そして――、
「ハァアッ!」
「なに――っ!?」
空間の亀裂に消えていくクラウスとシャルロットに気を取られていたクロード、その背に向かって勢いよく振り下ろした。
そんな主の危機にクロードの愛馬が反応する。主の命なしに突如として駆け出したのだ。
これによって夜光の攻撃は空振りに終わってしまう。けれどもそれはあくまでおまけ、本命であるシャルロット救出は無事に成された。
夜光が地面に着地し、クロードが馬の制御を取り戻してこちらに向き直った時には既にこの場に二人の姿はなく、先ほど夜光が立っていた胸壁上に彼らの姿はあった。
「ぬぅ……!」
悔し気に唸るクロード。そんな彼と対峙した夜光は右手に白銀の剣――〝天死〟を携え、左腕に装着していた不可思議な盾に声をかけた。
「行くぞ〝王盾〟、主を護るための戦いだ」
その声に夜光の左腕にあった短剣のような物体が動き出す。可変すると瞬く間に盾の形状を取り、蒼光を放ち始める。
〝王盾〟――シャルロットから授かった神器である。
右手に白銀の剣を、左手に蒼光を放つ盾を構えた夜光をクロードが見つめてくる。
特異な盾に目を細めた彼は静かに言ってくる。
「〝王盾〟……どうやら本物のようだな。〝王剣〟が共鳴している」
その言葉に夜光が左手を見れば確かに〝王盾〟が奇妙な反応を示していた。蒼光を明滅させている。カタカタと僅かに振動すらしている。
だが、夜光はそれには言及せずに別なことを口にした。
「クロード……あなたはこんなことをする人じゃないと思ってたのにな。がっかりだよ」
「……?貴殿、何処かで会ったことがあるか……?」
その言葉に思わず夜光は苦笑してしまう。無理もない反応――今の夜光は武骨な眼帯で顔の左半分を覆っており、加えて黒髪から白髪へと変化していた。纏う雰囲気だって別物だろう。
故に分かるはずもないか、と考えた夜光はあっさりと己が正体を明かすことを決める。堂々と勇を断罪する気でいるので別に隠す必要性を感じなかったからだ。
「ああ、会ったことならある。ベーゼ大森林地帯は世話になったな、クロード。この呼び捨てもあなたからそうしてくれと言われてのことなんだ――ここまで言えば俺が誰だかわかるか?」
その台詞にクロードは茫然とした。危機的状況にありながらも本当に一瞬、棒立ちになってしまった。
「…………ヤコウ、殿?ヤコウ殿なのか!?」
「ああ、そうだ――俺の名は間宮夜光、異世界から召喚された勇者……そのおまけさ」
自嘲を交えて言ってやれば、クロードは嬉しいような、悲しいような、何とも言えない表情を浮かべた。しかしそれは一瞬のことで、瞬き数回の間に彼はいつもの厳格な表情へと戻っていた。
「……ヤコウ殿、貴殿の身に何が起こったのか、何故〝王盾〟を持っているのか、聞きたいことは山ほどある」
がしかし、と言いながら下馬したクロードは馬を軽く叩いて自軍の元へと走らせる。次いで右手に持っていた銀色の剣――〝王剣〟を正眼に構えた。
「今はそのようなことは雑事にすぎぬ。某が貴殿に問うのはただ一つのみ」
クロードの体に〝風〟が巻き付き始めた。その奇異な現象は聞いたことがある。
(クロードが持つ固有魔法〝風神の加護〟か)
固有魔法〝風神の加護〟――その力は風属性魔法の強化というわかりやすいものである。しかしだからといって侮っていい力ではない。クロードの武威と魔力、〝王剣〟が合わさればその力は何倍にも増幅し、脅威となるのだから。
夜光が警戒を示せば、クロードは静かに言ってくる。
「貴殿は某の前を遮る者であるか?」
その台詞に、夜光は〝天死〟の切っ先を向ける。
「今の俺は〝王の盾〟にしてシャルロット殿下の〝守護騎士〟ヤコウだ。それ以上でも以下でもない。――だから主を攫おうとするあなたを看過はできない」
その答えを聞き届けたクロードは言った。
「ならば是非もなし。貴殿を倒し、シャルロット殿下を王都へとお連れする。それだけのことである」
*
一方その頃、クラウスに救助されたシャルロットは怒れるテオドールを前にしていた。
「――あの馬鹿息子がっ!姫殿下に対してなんたる不敬、大逆であるぞ!」
「お、落ち着いてくださいよテオドール先輩。姫殿下の御前ですよ、怒声は謹んでくださいって」
「む、ぐぅ……だ、だが奴は!」
「わたしは大丈夫ですよ、テオドールさま。だからどうかお静まりください」
攫われかけた当の本人の発言にテオドールはなんとか怒りを押し殺すと首を垂れた。
「姫殿下、この度は我が不肖の息子の非礼、伏してお詫び申し上げます。……これより私が責任を以って奴に罪を償わせます」
「良いのです、テオドールさま」
「しかしっ!」
食い下がるテオドールに、シャルロットは微笑みを向けた。
「クロード大将軍は言っていました。罰は後ほどいかようにも、と。ですから彼の罪を罰するのはこの局面を乗り越えてからにします」
言って、視線をクラウスに向ける。
「クラウス大将軍、彼らの戦いに介入することは許しません。他の者たちにも徹底させなさい」
「……よろしいので?」
意外そうに尋ねるクラウスにシャルロット頷きを示した。
「わたしはクロード大将軍が敵であるとは思っていません。きっと彼は迷っている、だからあんな行動に出てしまったのでしょう」
そして視線を眼下へ――対峙する二人の大将軍へと注ぐ。
「我が騎士が――〝王の盾〟ヤコー大将軍が何とかしてくれます。最善の結末を齎してくれるとわたしは信じています。ですから手は出さないように」
「御意に」
確かな信頼関係を感じさせる言葉にクラウスはすんなりと引き下がった。加えて今クロードと対峙している少年は一度刃を交えて認めた相手だ。ならば信じなくてどうする――そう考えたのだ。
「テオドール、あなたもよいですね?」
王族としての口調は命令に等しい。それがわからないテオドールではない。
故に彼は頷き、シャルロットと同じく眼下を見下ろした。
「頼んだぞ、ヤコウ殿……!」
クラウスもまた部下に指示を出してから眼下を見守る。
そんな一同の様子を陰から窺う者がいたが、彼らがそれに気づくことはなかった。
*
黒天が見下ろす地上では二人の男が対峙していた。
茶髪を風に揺らす青年の瞳は金――雄々しい覇気に満ち溢れている。銀色の刀身が映える剣を両手で正眼に構えていた。
彼の身体には風が巻き付き、魔力と覇気が合わさることで凄絶な雰囲気を醸し出している。
「…………」
対するは白髪の少年。身に纏う白が基調の服と手にする白銀の剣が合わさることで浮世離れした雰囲気を放っていた。
けれども少年の顔――左側が武骨な眼帯に覆われていることで不気味さが演出され、加えて残る隻眼が深淵を宿していることで隠しようのない禍々しさをも持ち合わせている。
光と闇――相反する属性を持つ少年は左手に蒼光を放つ盾を、右手に水晶の如き透明度を誇る白銀の剣を携えて口を開いた。
「何が真の忠義か、誰にその剣を奉げるのが正しいのか……あなたなら既に分かっているはずだ」
「……無論、理解しているとも」
「なら!」
「だが――」
少年の説得を遮る青年の顔は苦渋に塗れていた。
明らかに迷っている――けれども少年に向ける剣に揺れは微塵もない。
「某は国王陛下にお仕えすると誓った身。故に国王陛下の代理であるオーギュスト殿下の命令に背くわけにはいかぬ。それはすなわち国王陛下に背くことと同義であるからな」
その言葉に嘘偽りは感じられない。だからこそ余計に腹が立って少年は吼えた。
「その命令が本当に国王陛下が発したものだとどうして言い切れる?陛下は病床に臥せっているんだぞ!?ならそれがオーギュスト第一王子が勝手に言ってることだって、どうして察せないんだよ!」
「かもしれぬ。だが、そうであるという保証はどこにもない」
「クロード……あなたのいうことだって絶対に正しいって保証はどこにもないだろ」
どちらが正しいのか、どちらも確証を提示できなかった。それ故の膠着状態だったが――、
「……これじゃ一向に埒が明かない」
ならば、どうするのか。
その答えは彼らが武人である以上、たった一つだけだ。
「……いくぞ、クロード。あなたのその固い頭をほぐしてやるよ」
「ヤコウ殿…………分かった。某も貴殿も武人、ならばこれ以上は言葉ではなく、刃を交えて語り合おうぞ」
クロードと呼ばれた青年が深く息を吐く。戦闘態勢――見て取った少年もまた腰を落として。
「……行くぞっ!」
「いざ参る!」
エルミナ王国最強の武人――〝四騎士〟である二人の大将軍は、同時に地を蹴った。




