七話
続きです。
地面に激突した二人――生み出された土煙は観客たる兵士たちの視界を遮った。
けれどもそれは一分にも満たず、土煙が収まれば地面に倒れこむクラウスと夜光の姿を認めることができた。
「……生きてるか?」
「なんとか……な」
クラウスの問いに夜光が荒い呼吸を繰り返しながら応えた。〝聖征〟によって開けられた大穴は既に修復が始まっている。しかし度重なる負傷で失った血液は補充が遅く、夜光はぼんやりとする意識の中で立ち上がるクラウスの姿を見た。
「はは…………俺の負けか」
立ち上がれない、これ以上の戦闘続行は不可能であった。故に夜光は己が敗北を悟ったのだが、クラウスは彼に肩を貸して立たせると訓練場全体に轟く大声を発した。
「――お前ら、見てただろう。この男こそが〝王盾〟に選ばれし新たなる大将軍、新たなる〝四騎士〟だ!」
「なに、を……」
唐突な発言に夜光が困惑めいた視線を向けると、クラウスはいたずらが成功した悪童のような笑みを浮かべる。
「〝征伐者〟たる俺と同等の強さはまさに〝王の盾〟に相応しい――違うか?」
クラウスが発した問い――応じたのは会場を揺るがすほどの大音声。兵士たちが口々に夜光を称え、認める言葉を発していた。
『〝王の盾〟万歳!』
『新たなる大将軍の誕生に祝福を!』
『ヤコウ大将軍に喝采を!』
それらを聞いた時、夜光はクラウスの企みに気づいて苦笑を浮かべた。
「……初めからこういう展開を狙ってたわけですか」
現役の大将軍であるクラウスと戦い、互角の勝負を見せることで多くの兵士たちに夜光の実力を認めさせる。勝負が始まる前に夜光を〝王の盾〟として紹介したテオドールも一枚噛んでいるのだろう。
〝王盾〟に選ばれたことを認知させ、加えて実力も申し分ないとなれば兵士たちが夜光を否定する気にはならない。むしろ今みたいに肯定するというわけだ。
(そしてこれは布石でしかない)
夜光を大将軍として認めさせるという目的はあくまで通過点に過ぎない。真の目的はそんな大将軍を〝守護騎士〟として抱えるシャルロットの言葉を兵士たちに納得させるためであろう。
(大将軍という存在は兵士にとっては生ける伝説のようなもの。そんな奴を従えるシャルの言葉――となれば信じてもらえる可能性が高い)
そうなれば兵を出してもらえる。シャルロットの目的が達成されるというわけだ。
「初めからあなたはシャルに協力するつもりだったんですね?だからこんな一芝居を打ったってわけだ」
「まあ、そういうわけだ。とは言っても全部が嘘だったわけじゃないぜ。お前が取るに足らない男だったら協力はしていなかっただろうさ」
まったくもって食えない人物だと夜光は思う。同時にやはり好感の持てる人だとも思った。
(下準備は整ったわけだ。なら後は……)
と夜光は『なんで堅苦しい言葉遣いに戻ってんだよ』と小突いてくるクラウスに『いや、あの時は興奮してたからそうだっただけで……』と応じながら、駆け寄ってくるシャルロットの姿を視界に収めて、遂に意識を失うのだった。
*****
その日の夜は雲が晴れ、月がよく見えた。
月の光は人族の神が放つ祝福ともされている。
その光で少しでも彼の疲労が取れるなら、とシャルロットは窓にかかっていたカーテンを開けた。すると暗かった部屋に月光が差し込み、寝台で寝ている夜光を照らし出した。
「……本当にヤコーさまは無理ばかりされますね」
ポツリとそう溢したのは寝台の横に設置された椅子に座るシャルロットであった。彼女は倒れた夜光が抱え込まれた一室にずっと留まっている。他の者たちが退出した後も、こうしてずっと彼の傍に寄り添っていた。
それが――それだけが自分にできることだと思ったからだ。
「ヤコーさま、あなたの努力は決して無駄には致しません」
既にクラウス大将軍とテオドールから真相を聞かされていた。夜光が戦った意味、成し遂げた功績――それらを下地に明日、自分が果たさなければならない事を。
シャルロットは夜光の右手にそっと触れ、彼の寝顔を見つめた。
二歳年上の男性――普段は常に険があるというか、どこか昏い色を纏っているのだが、こうして寝ていると年相応の幼さが残る顔を見せてくれる。白き髪は顔の左半分を覆う無骨な眼帯と相まってどこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
ふと、シャルロットはその眼帯が気になって思わしげなため息をついた。
「ヤコーさま、あなたは一体何者で、どういう過去をお持ちなのですか?」
ずっと気になっていたことだ。初めて出会ったあの時から知りたいと思っている。彼が何者であるのか、所持している奇妙な白銀の剣はなんなのか、その眼帯の下はどうなっているのか――聞きたいことは山ほどあった。
けれども聞けない。それを聞いてしまったが最後、彼が離れて行ってしまうのではないかと不安だったからだ。
それに彼は何も言わずともシャルロットに協力してくれている。その力は必要だ――と思ったシャルロットは首を振った。
「こんなこと、思いたくもないのですが……」
だが、第三王女としての自分がそう告げていた。夜光の力や肩書は今後において有益であると。
シャルロットはそんな自分が嫌で、何度も首を振って思考を追いやった。
「すみません、ヤコーさま。本当にすみません……」
命をかけてまで尽くしてくれた恩人に対してそのような思いを抱いてしまった己を恥じるように俯くと、シャルロットは何度も懺悔の言葉を発した。一人だから言えること、王族たる自分が軽々しく非を認める言葉を口にしてはいけない。それを分かっているからこそ、誰も聞く者がいない今、こうして吐露しているのだった。
……夜が更けていく。月光が二人を優しく包み込むように照らしていた。
いつしかシャルロットも眠気に誘われて意識を手放し、寝台に頭を乗せる形で眠っていた。
握っていた手は翌朝目が覚めるまで離れることはなかった。
*****
同時刻、夜空に輝く月光の光を浴びる者がいた。
茶の前髪が夜風に揺れ、その男の精悍な顔つきが露わになる。満月を見つめる金の瞳は雄々しい覇気で満ち溢れていた。
彼の名はクロード・ペルセウス・ド・ユピター。エルミナ王国が誇る〝四騎士〟が一人であり、人々からは若き英雄として称えられている。
「某は、何を信じれば良いのだろうか……」
クロードはエルミナ首都パラディースが誇る〝四聖壁〟――その中で最も外側にある城壁に一人で立っていた。
彼が思い悩むのは先日王族たちが発表した声明についてである。
「国王陛下の病はオーギュスト第一王子によるもの……それが真実だとすれば、某は――」
分からない、何が真実で何が虚構なのか。中央に反旗を翻した第二王子や第一王女が正しいのか、それとも単なる大義名分としての嘘なのか。オーギュスト第一王子が正しいのか。
「……この身は王家に、陛下に奉げている」
〝王剣〟に選ばれる前からそうだった。クロードの忠義はエルミナ国王、ひいては王家に奉げられている。しかし、その王家が内部抗争――王位継承戦争を始めた今となっては真に忠義を奉げるべき相手が誰なのか、分からなくなっていた。
「……明後日には王都を発つ。その前に定めなればならぬか……」
明後日、クロードは中央と北方との境に向かうことになっていた。北方で反旗を翻したルイ第二王子の侵攻を防ぐため、国王の名代であるオーギュスト第一王子がそう命令してきたからだ。
「ユウ殿らに会っておくか」
ふと思いついてクロードは呟いた。
この世界に召喚された勇者たち――ともに過ごした時間はそう長くはないが、それでもクロードにとっては忘れられない時間だ。
あの時、自らの力が及ばなかったばかりに〝彼〟を死なせてしまった。その出来事によって彼らは心に深い傷を負ったことだろう。そんなことがあったばかりだというのに、今度は戦争に駆り出される――どう考えても間違っているとクロードは思う。
けれども国王の代理人であるオーギュスト第一王子の命令に逆らうわけにもいかない。それをしてしまえばこれまで何のために仕えてきたかが分からなくなってしまう。
「だが、本来勇者に行ってもらうのは魔物の討伐だけという話であった」
にも関わらず彼らに戦争を――人殺しを強要するのはあんまりだと思う。しかし自分にはどうにもできないことだ。だからせめて出立前にもう一度会っておくべきだと考えたのだ。
それで何かが変わるわけでもなければ、何かができるわけでもない。単なる自己満足、それを自覚しているからこそクロードは自嘲気味な吐息を吐いて顔を下げた。
「〝王剣〟……そなたはこのように無力な某を許してくれるか?」
腰に吊るす銀の剣は何も答えない――否、クロードを励ますかのようにかすかに振動した。
そんな相棒に表情を緩めたクロードは誰にともなく問いかける。
「某の忠義は、剣は……どなたに奉げるべきなのだろうか」
迷いに満ちた言葉は夜風にさらわれ、誰の耳にも届くことはなかった。




