八話
続きです。
翌日――神聖歴千二百年三月十六日。
この日は快晴であった。
雲一つない天空は青々としており、中天に輝く太陽がその恵みを大地に降り注いでいる。
陽の光は妖精族が崇める神の神威ともいわれている。そんな陽光が照らすのは長大な城壁で、その中で最も開けた場所――訓練場に夜光たちは立っていた。
「……いよいよだな」
呟く夜光、彼が見つめる先には指揮台があり、その上には金髪碧眼の少女が立っている。
丁度訓練場の中央に位置する彼女を満員の兵士たちが見下ろしていた。彼らはこのバルト大要塞を守護する者たちで、司令官たるクラウス大将軍の命でこの場に集っている。会場に入れない者たちはバルト大要塞各所に設置されている魔導通信機に耳を傾け、訓練場の様子を伺っていた。
「テオドール先輩、本当にいいんですか?今からでも露台に移れますが?」
「……構わない、姫殿下がお決めになったことだからな」
指揮台の後ろに立つ夜光、彼の横に居た二人の男が言葉を発した。
先に声を発した男は金の鎧を身に纏っており、一見悪趣味にも見える。しかし男の放つ貫禄、覇気が合わさることで不思議とそのような悪感情を抱くことはない。
彼の名はクラウス・ド・レーヴェ。このバルト大要塞の司令官であり、エルミナ王国を代表する〝四騎士〟が一人〝征伐者〟の異名を持つ傑物だ。
そんな彼が問いかけた人物は問題ないと口にはしているが、表情はどこか不服そうであった。テオドール・ド・ユピター、エルミナ東方貴族をまとめ上げる大貴族の長である。
(無理もない。王家への忠誠心が厚いテオドールさんはこの状況を良しとはしないだろう)
と、夜光は彼らの会話を聞きながら指揮台の上に立つ主――エルミナ王国第三王女、シャルロット・ディア・ド・エルミナの背を見つめた。
(王族を兵士が見下ろすこの風景は本来なら極刑もの。でも当の本人がそれでいいと言っている以上、テオドールさんは臣下として従わざるを得ないわけだ)
これからシャルロットは演説を行う。それに際してもっと相応しい場所――先ほどクラウスが言ったように訓練場を見下ろす位置にある露台で行うべきなのだ、本来は。
しかしその意見をシャルロットは受け入れなかった。
『わたしは兵士の方々にお願いする立場です。それも共に死地へと赴いてくれという願い……そのようなことを頼むというのに上から命令するという真似はしたくないのです』
そう言って頑なに拒否したのだ。実にシャルロットらしいと夜光は納得したのだが、テオドールとクラウスは未だ完全には納得していない様子。これは元から国仕えであるのとそうでないのとで生まれた意識の差なのだろうかと夜光は考えた。
(あるいは世界観の差か)
元の世界〝地球〟で学生をやっていた頃を思い出す。まるで何年も前の出来事のように思える。それほどまでにこの世界での時間が濃密だったということだろうか。それとも元の世界に未練が無いのか――。
(そんなことはない……はずだ)
両親の顔を思い浮かべて首を振る。以前は口喧嘩が絶えなかったが、ある時和解してからは良好な関係と言ってよい間柄だった。いずれ再会したいとは思うが、その前にこの世界でやることが沢山あるのだ。
(シャルが目的を果たすまで守り抜かないといけない)
それに……と夜光は表情を険しくする。復讐すべき二人の男の顔が脳裏に浮かんだからだ。沸き上がる殺意と憤怒、まるで源泉のように溢れてきた。
抑えきれない殺気が夜光から放たれようとした時――それを宥めるかのように静謐な声が響き渡った。
「――皆さん、本日はお忙しい中、集まってくださりありがとうございます」
始まった――と、夜光は我に返った。シャルロットの演説が今まさに、眼の前で開始されたのだ。
「本題に入る前に、まずはわたしが何者なのかをお伝えします」
小柄な少女の声――決して大きくはない。
けれどもその声は確かにいきわたったのだろう。その証拠に私語を発していた兵士たちが全員黙り込んだ。
訓練場に集った者はシャルロットの一挙手一投足に注目している。要塞各所で中継されている魔導通信機の前に居る者たちは耳をそばだてた。
「わたしは――シャルロット・ディア・ド・エルミナと申します」
そうシャルロットが名乗った時、兵士たちから驚愕の吐息が発せられた。
当然のことだ。自らが仕える王家の第三王女の顔を見たことは無くてもその名は誰もが知っている。
〝王国の至宝〟と呼ばれる美貌を持つうら若き乙女の名をエルミナにおいて知らぬ者は赤子くらいなものだ。
しかし驚愕の次に沸き上がるのは疑問だ。何故、王城に居るはずの第三王女がこの場に居るのだろうか。果たして本物なのだろうか、と。
だが、兵士たちは瞬時に悟った。尊敬する司令官、生ける伝説クラウス大将軍が第三王女の後ろに立っている。否定はせず、それどころか頷きすら見せているではないか。ならばどうして疑えようか。そう思うほどに彼らのクラウス大将軍に対する信頼は厚いものがある。
「わたしがこうして今、この場に居る理由……皆さんに語り掛けている訳はたった一つです」
話が進み、兵士らは我に返ってシャルロットを注視した。その御姿を見逃すわけにはいかない、その玉音を聞き逃すわけにはいかないと思ったからだ。
「皆さんもご存じかと思います。先日、わたしの兄弟姉妹が発表した声明の事を。ルイ第二王子、アレクシア第一王女、オーギュスト第一王子――彼らの内、オーギュスト第一王子を除く二人の言葉は事実なのです」
そうしてシャルロットは語った。オーギュスト第一王子とアルベール大臣の企みを、そして〝勇者〟という存在が召喚されたことも。知りうる全てを語って聞かせた。
偽ることは一切しない。それこそが力を借りる相手への義理だと考えるからだ。
「オーギュスト第一王子、アルベール大臣を止めなければいけません。その上で初めてわたしとルイ第二王子、アレクシア第一王女は決めなくてはなりません。次代の王に相応しいのが誰なのかを」
シャルロットははっきりと言った。此度の争乱が王位継承争いであることを。包み隠さず真実を伝え、その上で頼みを口にする。
「ですがわたしには力がありません。他の王位継承者たちのように軍を持たないのです。これが話し合いですむ段階だったら何も問題はありませんでした。しかしながら……すでにその段階は終わってしまっています。もはや衝突は避けられないところまで来てしまっている」
だから、とシャルロットは指揮台から訓練場を見渡した。
兵士一人一人の顔を目に焼き付けるように見回し、
「どうかわたしに皆さんのお力を貸しては頂けないでしょうか。この国を、お父さま――国王陛下をお救いするために!」
言って頭を下げた。
これには驚きの声が上がる。当たり前だ、王族が一介の兵士に頭を下げるなど前代未聞、誰も聞いたことのない出来事であった。
しかし、いや、だからこそというべきか。その真摯な姿勢は多くの者の心を打った。
『……俺は姫殿下について行くぞ』
『俺も行く!国王陛下をお救いするんだ!』
『オーギュスト第一王子……いや、逆賊オーギュストとアルベールを討つぞ。俺たちの手で!』
一声、上がれば後に続くのは賛同の声である。それに合わせて第三王女の姿勢に拍手が沸き起こってたちまち場は万雷の喝采で満たされた。
そんな兵士たちの様子をシャルロットは始めは驚きの表情で見つめていたが、やがて破顔して笑みを浮かべた。ほころぶような笑み、その目元に光る涙を夜光は見逃さなかった。
(ここが出番か)
そう思って横に視線を向ければ、テオドールが頷き、クラウスが傍にやってくる。
「行くぞヤコウ、もう一押しするとしようや」
「ええ、行きましょうか」
クラウスの後に続いて歩を進め、シャルロットが立つ指揮台の前に向かう。夜光は〝天死〟を、クラウスは〝聖征〟を喚び出して手に持った。次いで片膝を突き、それぞれ得物の穂先を天に向ける。
王女に忠誠を誓う騎士のような振る舞い、その光景はまるで絵画のようであった。故に兵士たちは自然と口を噤み、注視する。
「シャルロット殿下、私クラウス・ド・レーヴェはあなた様に従いましょう。国王陛下のご命令である国境守護の任を離れるわけにはいきません故、私自身が殿下の御傍に付き従うことはできませんが、代わりに我が自慢の精兵が殿下の王道をお守り致します」
クラウスの言葉――一種の命令に異を唱える者はだれ一人としていない。むしろ誰が第三王女と共に往く栄誉を得られるか、その期待で満ち溢れている。
「シャルロット殿下、俺もクラウス大将軍と同じです。殿下に忠誠を――剣を奉げます。〝守護騎士〟として〝王盾〟に選ばれた者として、何より俺個人として。どうか受け取っては頂けないでしょうか」
次いで発せられた夜光の誓い、それに一瞬だけ眼を見開いたシャルロットは、真剣な表情を浮かべて二人を見下ろした。
「もちろん受け取ります、我が騎士よ。クラウス大将軍、あなたの忠義もまた受け取りましょう」
「はっ、ありがたき幸せ!」
クラウスが深く頭を下げれば、兵士たちも席から立ちあがり、その場で片膝をついて忠誠を示した。
誰もが付き従う姿勢を見せた――故にシャルロットは宣言する。
「エルミナ王国、第三王女として告げます。逆賊オーギュスト第一王子とアルベール大臣を討つのです!わたしも国王陛下にお仕えする一臣民として、皆さんと共に立ち上がります。――クラウス大将軍!」
「はっ!」
「これから兵を編成し、征伐軍を興しなさい。大将軍としての手腕、期待していますよ」
「御意!」
王族として、主としてクラウスに命令を下したシャルロットは次に夜光に視線を転じた。
「我が〝守護騎士〟ヤコー・マミヤ」
「は!」
「今よりあなたを大将軍として任命します。〝王盾〟に選ばれし歴代の者と同じく、〝王の盾〟の称号を与えます。〝四騎士〟の一人として、その名に恥じない働きを見せてみなさい」
「かしこまりました、姫殿下」
――この瞬間、エルミナ王国が誇る最高戦力〝四騎士〟の欠けていた最後の一枠が埋まった。
歴史的な瞬間、故に兵士たちの熱気は最高潮を迎える。
大歓声を浴びながら、二人の大将軍を従えたシャルロットは、決意の眼差しで蒼穹を見据えた。
「必ずお父さまをお救いし、民を守って見せます。だからどうか見守っていてください、お母さま」
その声を聞いた者はすぐ傍にいた大将軍たちだけであった。




