六話
続きです。
始まりは静かなものだった。
双方にらみ合い、互いの出方を窺っている。
「…………」
「…………」
夜光はクラウスの一挙手一投足、欠片も見落とさないと注視していたが、理解できたのは全く隙がないということだけだった。
(このままじゃ埒が明かないか……)
付け入る隙を見いだせないのなら生み出すしかない。
相手の力量を探るべく、夜光は先に仕掛けることにした。
「ゼアァッ!」
地を蹴れば、耐え切れずにひび割れる。激烈な脚力は凄まじい速度を生み出し、夜光の身体をクラウスの眼前まで迫らせた。その勢いのままに右手の〝天死〟を振り下ろせば、クラウスが遂に動き出した。手にする槍を器用に回し――なんと柄で受け止めた。
〝天死〟の切れ味は所持者の夜光ですら空恐ろしくなるほど鋭く、並大抵の武具では一合すら打ち合えない。
しかしクラウスが持つ槍はあっさりとその一撃を受けとめた――ばかりか、ゆらりと受け流すと石突で夜光の腹部を狙ってくる。
受け流された夜光に防ぐ術はない――否、左手にその術はあった。蒼光を放つ〝王盾〟である。
「く……っ!?」
「ほぅ……!」
盾で防いだ――しかもテオドールから教わったやり方で、衝撃を流すように攻撃をいなしたというにも関わらず夜光の身体は吹き飛ばされてしまう。
激烈な一撃を受けた夜光だったが、空中で体勢を整えると両足で着地した。盾を前に、剣先を油断なくクラウスに向けて威嚇すれば、彼は追撃をせずにこちらを観察していた。
「ふぅむ、〝王盾〟に防がれたのは分かる。けどその剣が分からんな。俺の〝聖征〟と打ち合えるってことは神剣……いや、それはないか。じゃあ魔剣の類か、あるいは僅かに残っている神器か」
クラウスは夜光が持つ美しい白銀の剣を凝視して顎に手を当てた。その正体に考えを巡らせているのである。
自らが所持する神剣に関して彼は文献を読み漁ったことで全ての形状を知っている。故にその知識に当てはまらない白銀の剣は神剣ではないと断言した。
次に考えたのは魔剣と呼ばれるものである。これは二百年前に魔法という概念を生み出した〝魔王〟が精製方法を編み出した特殊な武器であった。所持者の魔力を流し込むことで特異な現象を引き起こすことができ、その頑丈さは神剣とも打ち合えるほどだ。クラウスとしてはこの可能性が一番高いと思っている。
残るは神器と呼ばれる武具なのだが、これは二百年前の〝解放戦争〟を経てほとんどが自壊してしまっていた。故に現代ではほとんどその姿を見かけることはなく、歴史にも度々しか顔を覗かせないほど希少である。加えてそのほとんどはアインス大帝国が保有しているとされており、エルミナ王国の歴史上にはたった三つしか登場していないことから可能性は低いと考えられた。
「まあ、どれでもいいか。重要なのはまともに俺とやりあえる奴が現れたってことだな」
と、クラウスは喜悦を滲ませて〝聖征〟を両手で構えた。
仕掛けてくる――そう考えた夜光は身構えた。
「おし、じゃあ次は――俺から行かせてもらうぜ!」
その声が聞こえた、と夜光が知覚した時には彼の視界からクラウスが消えていた。
「どこに――っ!?」
刹那、背後に鋭い殺気を感じた夜光はほぼ反射的に身体を捻った。その行動は正解で、夜光の頬を黄金の穂先が掠めていく。躱した――と安堵する暇もなく、クラウスの烈々たる蹴りが夜光の腹部を強打する。
「ごあ……っ!?」
痰を吐きながら夜光が吹き飛んでいく。必死に体勢を整えようとするも、いつの間にか飛んでいく先にクラウスが回り込んでおり、槍を上段から叩きつけるように振るってきた。
夜光は咄嗟に〝王盾〟を地面に突き立てる。それによって吹き飛ぶ速度が減少し、彼は盾が地面を抉る音を耳朶に触れさせながら〝天死〟を振るった。
次の瞬間――〝天死〟と〝聖征〟が激突した。拮抗は刹那のことで、十分に体勢が整っていた状態で放たれていたクラウスの方に軍配が上がる。
上段からの振り下ろし、その威力は尋常ではなく、加えて無理な体勢で受け止めたため――なんと〝天死〟を握っていた右腕が折れてしまった。
そのまま地面に叩きつけられてしまい、彼の意識は一瞬飛びかける。が、次いで放たれた刺突に間一髪で反応して横に転がってなんとか立ち上がった。しかし苦痛と負った怪我からふらふらと安定しない。
「ぐ、う……」
「へぇ……なかなか根性あるじゃねえか。雑兵なら今ので終わってたぜ――ん?」
倒れない夜光に感心したといった態度のクラウスだったが、直後不可思議な現象を見て怪訝そうに眉根を寄せた。
夜光が持つ白銀の剣が発光している。それに同調するかのように負った怪我――頬の切り傷と折れた右腕が白き光に包まれた。
奇異な現象をクラウスが注視していれば、やがて光が収まって怪我をしていた部位が何事もなかったかのように元の状態に戻っていた。
凄まじい回復速度は〝天死〟の〝神権〟――〝全治〟によるものである。
しかし、それを知らないクラウスは驚愕の吐息を吐き出した。
「なんつう回復速度だよ……それがお前の持つその剣の力ってやつか?」
「……さあな。敵に塩を送る気はない。自分で考えたらどうだ」
血が混じった痰を地面に吐き捨てながら言えば、クラウスがそれもそうかと笑う。
「お前の根性とその力――面白いぜ。ほら、耳をすませよ。観客も大喜びだぜ」
「…………?」
言われて初めて気づいた。観客席を埋め尽くす兵士たちが歓声を上げていた。ちらりと視線を向ければ熱狂していることがわかる。
「そうみたいだな。まったくもって五月蠅いだけだけど」
「まあ、そう言うなよ。ここじゃあ娯楽も少なくてな、久しぶりに熱くなれる機会が訪れたんだ。許してやってくれ」
「……なるほど、観客として兵士を集めたのは息抜きをさせるためか」
それだけではない、おそらく夜光という存在を知らしめるためでもあるのだろう。
新たに〝王盾〟に選ばれた存在を――〝四騎士〟になるかもしれない存在を兵に認知させる気なのだ。
(多分、シャルの要望の件も含まれているんだろうな。彼女の〝守護騎士〟である俺という存在を強く印象付け、その後の展開を上手く運ぶために)
どうやら戦闘狂というだけではないらしい。なかなかに強かな男だと、夜光はクラウスの評価を改める。
夜光という存在を強烈に記憶させるのが目的――だとすれば。
(乗ってやるよ、その企みに)
夜光はそう考えるや否や一気に距離を蹴潰した。
僅かに眼を見開くクラウスの喉元めがけて〝天死〟を突き出せば、横合いから黄金の槍がそれを弾く。しかしそれは想定内、夜光は左手の〝王盾〟を武器として使いその先端をクラウスの腹にめり込ませた。
「おぉ!?」
「ハァアアアアッ!」
その勢いのまま体重をかけて押し倒し、器用に掌で〝天死〟を逆手に持ち替え――突き刺そうとした。
けれどもクラウスも見事に〝聖征〟を逆手に持ち替えて刺突を見舞ってきた。それを避けるべく体勢を崩してしまったことで白銀の剣はクラウスの頭横の地面に突き刺さるに留まってしまう。
「この好機――逃すわけにはっ」
「小僧……てめえ!」
しかし夜光は諦めない。再度突きを放とうとしていたクラウスの右腕を盾で抑え込み、右手を剣から放して彼の左腕も抑えた。そしてそのまま握力で彼の腕をへし折ろうとする。
されどクラウスも無抵抗なわけがない。彼も力を漲らせ腕力で夜光に抵抗してきた。
「アアアァッ!!」
「チィ……ッ!仕方ねえ、まさかこれを使う羽目になるとはな!」
「な、何を――」
「見せてやるよ、〝聖征〟の力をな!」
クラウスがそう叫んだ瞬間――彼の身体が消失した。
少なくとも夜光の眼にはそう映った。馬乗りで下敷きにしていたはずのクラウスが瞬き一つする合間に消えていたからだ。
「は……?」
一体どういうことか。
動揺する夜光、そんな彼の背後から聞こえないはずの声が発せられる。
「――こっちだぜ、小僧」
「なん――ッッ!?」
慌てて振り向いた時――夜光は腹部に衝撃を受けた。
一体何が、と視線を落とせば、黄金の槍が身体を貫いている光景が映り込んできた。
認識した途端、激しい痛みに襲われ口からは悲鳴と鮮血が溢れ出る。
「あ――ガァアアアアッ!?」
「そんなに喚くなよ。お前には高速回復があるからこれくらいなんてことはないだろう?」
そんなわけあるか――という抗議は言葉にならない。口からは激痛が齎す悲鳴が漏れるだけ。いくら〝天死〟の加護や〝神権〟があるといえども苦痛はそのままだし、流れた血は傷と違って中々再生しないのだ。
それに武器が刺さったままでは何時まで経っても修復されない。夜光は必死に両手を動かして〝聖征〟を掴むと、覚悟を決めて一気に引き抜いた。
「ガァアア……あぐ、ぅ…………」
そんなことをすれば当然激痛が奔る。けれど、夜光は耐えに耐えて無理やり身体を動かし後方へ下がった。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
「おい大丈夫か?……もしかしてやっちまったか?」
中々収まらない出血に対戦相手のクラウスが心配そうな眼を向けてくる。
しかし夜光は首を振って左手を突き出した。
「だ、大丈夫だ。これ、くらい……どうってことない」
既に高速回復は始まっていた。徐々に退く痛みが夜光の思考に考える余裕を持たせてくれる。
(さっきのはなんなんだ?〝聖征〟の〝神権〟なんだろうが……)
眼の前から唐突に消えたこと、次いでいきなり背後に現れたこと。この二つから推測するに……。
「瞬間移動、か……?」
「……まあ、概ねあってるぜ小僧。正確には違うんだけどな」
と言って、クラウスは不思議そうに首を傾げる。
「テオドール先輩、もしくは姫殿下からなんも聞いてないのか?」
「……ああ、公平さに欠けるからってな」
「なるほど、先輩らしい。姫殿下も俺が感じた通りの御方ってわけだ」
剛毅な笑い声を上げたクラウスは右手に持つ黄金の槍に視線を向けた。
「とはいえ俺の相棒の力は広く知れ渡っている。歴史上に所持者が何人もいたせいでな。知らないのはエルミナ育ちじゃないお前くらいだろうよ」
「……なんで俺がエルミナの民じゃないって断言できるんだ?」
正体に通ずる発言を見過ごすことができなかった夜光が尋ねれば、クラウスはうーんと唸った。
「なんとなく、だな。若い頃はあちこち巡り歩いたからな。その時に他国の商人とかと酒を飲んだりしたこともあるんだが、そいつらとエルミナ生まれの奴は明らかに雰囲気が違った。お前からもそういった気配を感じるんだよ」
漠然とそう感じたということだろう。勘の鋭さに驚くと共に警戒心が生まれるが、今はそれどころではないと夜光は首を振った。
「なら、教えてくれよ。俺の力は既に見て理解しただろ。エルミナ国民の常識ならどのみち後でわかることだし」
どうせ教えてはくれないだろう。わざわざ敵に塩を送る真似をする利点がないからだ。
けれどもそんな夜光の考えをあっさりとクラウスは超えてきた。
「おういいぜ。この槍の〝神権〟はな、空間を切り裂くんだよ」
「…………空間を?」
「そうだ。だからさっきのは俺の背後の空間を裂いてそこに飛び込み、空間の狭間を抜けてお前の背後の空間を切り裂いて現れたってわけだ。どうだ、凄いだろ?」
まるで特技を自慢する子供のように笑うクラウス。明らかな敵対関係だったなら嘲笑を投げるだろうが、味方に近い存在であり、加えて先ほどは夜光の身を案じたほどだ。故に夜光は彼のその豪胆さ、快活さを好ましく思った。
「……いい奴だな、お前――いや、クラウス大将軍」
「お前もな。その根性、気に入ったぜ小僧――いや、ヤコウ」
言葉ではなく、刃を交えて初めて分かり合えることもある。
今この時、夜光とクラウスは互いを理解し、尊敬の念を抱いていた。
「そろそろ終いにしようや。お前の事もよくわかったからな。姫殿下の守護騎士に相応しい男だと納得したぜ」
「……そういう意図もあったのか」
まあな、と頭をかくクラウスに感心の眼を向けながら夜光は立ち上がる。既に腹部の傷は癒えていた。これならば問題ないだろう。夜光は手元に〝天死〟を喚びだし、左手の〝王盾〟を正面に向けて突撃の構えを取った。
するとクラウスもまた〝聖征〟を構えて深く腰を落とした。
互いに互いの眼を見つめあう。そこには戦闘開始前にはなかった理解しあう、繋がりあう何かが宿っている。
そんな二人の姿に観客も決着の時を悟ったのか、歓声を収めて固唾をのんで見守る姿勢をとった。
そして――、
「往くぜ――クラウス!」
「おうよ――ヤコウ!」
二人は同時に地を蹴った。
夜光は一気に迫る真似はせず、地面を駆けて距離を詰める。
(先手は圧倒的に不利――)
空間を移動できるクラウスに先に仕掛けても先ほどと同様の結末を辿るだけだ。ならば相手の攻撃を誘って受け流し、返す刃で仕留めるしかない。夜光は後の先を狙うことを決めた。
「来いよ〝征伐者〟!!」
「〝聖征〟よ、敵を穿ちやがれッ!」
――絶天撃穿
クラウスは助走をつけて跳躍、眼下の夜光めがけて槍を投擲した。
その凄まじい一撃は衝撃波を生み出し、その激烈な一撃は音を置き去りにした。
まるで光線の如きその一撃が迫り来た時、夜光の知覚は世界を遅く見せた。
(防げるか――)
〝王盾〟を前面に構え来る衝撃に備える――が、夜光の左眼――〝死眼〟が〝視〟た光景が脳裏に流れ込んできたことで、彼は咄嗟に身を捻った。
次の瞬間、世界の速度が戻り――気づけば夜光は脇腹を抉り取られてた。まさに間一髪、〝死眼〟が教えてくれなければ胴体が分離していたに違いない。〝視〟えた光景は〝聖征〟が〝王盾〟をすり抜けてくるというものだった。故に夜光は身体を捻ることで致命傷を回避したのだ。
だが、そのような〝眼〟を夜光が持っていることなど知らなかったクラウスは驚愕の声を上げた。
「な――初見で躱すかよ!」
驚愕――されどどこか嬉しそうな声に、夜光の口角も知れず上がる。
「この戦闘狂が――墜ちろッ!」
吠えて、地を蹴って跳躍。痛みは我慢だ。傷は〝全治〟で治る。そんなことよりも今は相手を倒すことだけを考えればいい。
クラウスよりも高い位置に昇った夜光は、
「ゼァアアアアアアッ!!」
〝王盾〟を待機状態に戻し、空いた左手で〝天死〟の柄を握り――両腕を勢いよく振り下ろした。
その剛撃は吸い込まれるようにクラウスの身体に迫る。空中では回避など出来はしない――否。
「〝聖征〟、俺を飛ばせ!」
「っ、しま――」
〝聖征〟の〝神権〟――〝空絶〟
白銀の刃が届く――その直前にクラウスの身体が消えた。
そして――、
「詰めが甘いぜ、ヤコウ!」
夜光の背後の空間を切り裂いて現れたクラウスの右手には、先ほど地面に飛んで行ったはずの〝聖征〟が握られていた。そして彼は両手で槍を持つと突き刺すように振り下ろしてきた。
確殺――しかし、夜光は諦めていなかった。
「――まだだッ!」
空間を切り裂く〝聖征〟が相手では〝王盾〟による防御は無意味だ。〝王盾〟と夜光の身体の隙間の空間を裂いて攻撃を届かせることだろう。
ならば避ける――といっても空中では先ほどのように身を捻っての回避は困難だ。
防御も不可能、回避も不可能――であれば、答えは一つだけだ。
「っ……!」
「なにっ!?」
だから、夜光は甘んじて攻撃を受けた。両腕を広げ、クラウスの一撃を身体で受けとめるような体勢を取ったのだ。
当然、そのようなことをすれば神剣の強烈な一撃が夜光の身体を貫くのは自明の理。
吹き上がる鮮血、耐えがたい苦痛――それがどうした?
(どうせ治るんだ。なら――耐えることで活路は開く!)
夜光は腹を貫く黄金の槍を両手でつかむと半ばやけくそ気味に笑った。
「はは――捕まえたぞ、クラウス!これなら空間移動できないだろ!」
「おいおい……狂いすぎだぜ、ヤコウ!」
驚愕の声を上げるクラウス、されどその表情は笑みで彩られていた。夜光の行動を理性は狂気と断じているが、感情はそれでこそと歓喜を表している。
「このまま一緒に墜ちてもらうぜ、クラウス。俺は死なないだろうが、お前はどうかな?」
「ハハハッ、そうきたか!でもな、俺は腐っても大将軍、神剣所持者だぜ?この程度じゃ死なねえよ!」
「なら――試してみようぜ」
そうして笑いあう二人は落下し――訓練場の地面に激突するのだった。




