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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
三章 忠義の在処
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五話

続きです。

 唐突な発言、真っ先に反応したのは彼をよく知るテオドールだった。


「クラウス……まさかとは思うが、ヤコウ殿と戦いたいが故の言葉ではあるまいな」

「いんや、違いますよ。俺はただ覚悟を試したいだけなんです。けどまさか姫殿下に剣を取れなんていえませんからね」


 だから、と夜光に向ける眼差しは苛烈な光を放っていた。


「姫殿下の剣であり盾である〝守護騎士〟――つまりお前さんで試そうってわけだ。どうだ小僧、まさか臆したなんていわないよな?」

「…………」


 恐怖はない。そんなもの〝彼女〟(ガイア)を喪ったあの時以来感じていなかった。


(これは……受けるしかないな)


 クラウスの眼を見ればわかる。これは一歩も退かない奴がする眼だ。

 加えて彼はこのバルト大要塞の司令官であり、その彼を納得さえさせれば望み通り軍を出してくれる可能性が高い。


(それにさっきの妙な気配の正体を知る機会でもある)


 先ほど感じた異質な〝力〟、知りたいと本能が求めていた。

 戦う理由は十分にある。ならば後は――、


「……姫殿下、どうか戦うことをお許しいただきたい。以前に御身を危険に晒してしまった罪、ここで贖う機会を、どうか」

「ヤコーさま……」


 この話がでてからずっと逡巡しているシャルロットを説得する必要があった。

 どうにも彼女は自らの目的のために他者が傷つくのを良しとしない傾向がある。それは彼女の美点であり長所でもあるが、同時に欠点でもあった。


(良くも悪くもシャルは優しすぎる。俺が守護騎士――専属の騎士になると誓った以上、遠慮なんていらないのに)


 目的のために自らを犠牲にする覚悟はある。けれども他者を巻き込むのは避けたい――そういった心情なのだろう。平時の為政者ならば大いに結構、しかし今は戦時であり、求められているのは非情な決断を下せる清濁併せ吞むことのできる存在だ。


(まあ、それは徐々に身に着けてもらうとして……今は俺が背中を押してやるべきだろう)


 夜光はそう考えてシャルロットに頷いて見せる。

 そうすればしばし迷っていたシャルロットだったが、やがて決断したのか頷き返してきた。


「……あなたの申し出、許可致します。わたしの覚悟、あなたがクラウス大将軍に示しなさい」

「は、必ずや」


 主従の応酬――見て取ったクラウスは笑みを浮かべた。


「決まりだな。ならさっそくやろうか。場所は……訓練場でいいだろ。あそこなら十分な広さがあるし」


 なにより観客席があるからな、と立ち上がるクラウス。夜光も同様に動けば、シャルロットとテオドールも後に続いた。


「はぁ……お前は変わらんな、クラウス」

「武人たるもの言葉よりも剣で語れ――そう教えてくれたのはテオドール先輩じゃないですか」

「確かに言ったが……時と場合を考えろとも言ったはずだが?」


 軽口を叩きあう男二人の後に続いて部屋を出る夜光はふと気になって小声でシャルロットに尋ねた。


「随分と仲がよさそうだが……あの二人はどういう関係なんだ?」

「テオドールさまがまだ軍属だった頃――先代〝王の剣〟だった頃に知り合ったそうですよ。当時のお二人は〝王国の双璧〟と呼ばれるほど仲が良く、共に数多くの任務をこなしたらしいです」

「なるほど……」


 堅物なテオドールに軟派なクラウス。正反対ともいえる性格だが、それが逆に上手く行く要因になり得たりすることもある。


(良い関係なんだな)


 素直にそう思えるほど、彼らの間に漂う雰囲気は穏やかで温かなものだった。





 互いに準備があるだろうということで一時間ほど客部屋で待機することになった夜光たち。

 その間、夜光はテオドールとシャルロットからクラウスについての情報を聞いていた。


「大将軍ってことはかなり強いんですよね?」

「そうだ。十年前――私が現役だった頃でも奴には勝てなかった」

「え、ですがテオドールさまは何度もクラウス大将軍に勝利なされていたと聞き及んでいますが……?」

「それはあくまで演習――模擬戦での話です、姫殿下。もし私と彼が実戦――殺す気で戦えば、私は勝てないでしょう」


 そう告げるテオドールの態度は真面目なもので、つまりその言葉が本心からのものであるということだろう。

 だが、それが事実ならばクラウス大将軍の武力は相当なものだということになる。


(現役時代のテオドールさんは〝王剣〟の所持者だった。その彼でも勝てないとなると……)


 と、ここで夜光は事前に聞いていたある情報を思い出して表情を曇らせた。


「そうか、確かクラウス大将軍は神剣の所持者だったはず……確か〝聖征〟って銘の」

「その通りだ、ヤコウ殿。クラウスは神剣〝聖征〟に選ばれし者なのだ」


 神剣〝聖征〟(ロンギヌス)

 二百年前に人族が崇める神〝月光王〟が創り出した五振りの宝剣――その内の一振りだ。

〝王剣〟や〝王盾〟と同様、所持者を選ぶという特性を持つが、それらとは異なる点として意志を持つとされている。意志疎通ができるほどではないらしいが、それでも神器よりも強大な力を持っているとされていた。


「決闘に水を差すことになりかねないので詳しいことは言えないが……一言だけ言っておこう。距離に気をつけるのだ(、、、、、、、、、、)

「距離……?」


 一体どういうことだろうか。

 形状が槍であるからその範囲は剣よりも長いことは明らかだろう。しかしテオドールが言っているのはそういうことではない気がする。


(神剣である以上、何かしらの能力があるはずだ)


 夜光は神剣所持者と直接対峙したことはないが、文献から超常の力を宿した武器だという情報は得ていた。『その圧倒的な力は天地を引き裂き、その絶大な力は三千世界に轟く』と文献には記されている。


(まあ、それは誇張だろうが……それでも何かしらの特殊能力があるってことだ)


 固有魔法に匹敵――あるいはそれ以上の何かがあるとみるべきだろう。

 夜光はクラウスへの警戒心を強めて、掌に視線を落とした。


(けどこっちにだって〝力〟はある。それはクラウス大将軍だって知らないはず)


 互いに互いの知らない〝力〟を有しているのだ。いくらクラウスが歴戦の猛者だとしても付け入る隙くらいはあるはず。

 ならばその隙を見出し、喰らいつくことで勝利を手繰り寄せて見せよう。シャルロットに勝利を献上して見せようではないか。


(それが〝守護騎士〟としての責務だろうからな)


 無論、それだけが理由ではない。過去に何があったのか、聞きたいであろうに何も言わずに、それでも夜光を受け入れてくれたシャルロット。そんな彼女に対する恩返しでもあった。


(お前がくれた温もりに、少しでも報いるために)


 夜光が決意と共に闘志を漲らせると同時に部屋の扉が叩かれ、兵士の声が聞こえてきた。


『お時間です。お三方を訓練場までご案内いたします』


 それを受けて三人は立ち上がり、部屋を出て兵士の後に続いた。

 言葉少なく歩を進めれば、やがて廊下の先に見えてくるのは外の光だ。

 その光の元に出た時――歓声が響き渡って夜光たちを驚かせた。


「これは……」

「……いかにもクラウスらしい演出だな」


 光の先に広がっていた光景――それは広々とした円状の空間であった。

 地面は土で構成されており、その上には何もない。しかし周囲を囲むように設置された観客席には大勢の兵士が座っており、彼らが歓声の主であることは疑いようもなかった。

 夜光たちが唖然として突っ立っていれば、反対側の通路から一人の男が訓練場に足を踏み入れてきた。

 茶髪灰眼――クラウス大将軍である。

 大勢の視線に晒されても物怖じしない彼が片手を挙げれば、一際大きな歓声が上がった。

 そんな彼に向けてテオドールが皮肉を口にする。


「これが訓練場か……いつから闘技場の名前が変わったのか聞いても良いか?」

「ハハ、細かいことを気にするのは相変わらずですな、テオドール先輩。そんなのどっちでもいいじゃないですか。重要なのは――戦える空間だってことですよ」


 最後の言葉は戦意と共に夜光に向けられていた。

 それを受けた夜光が前に進み出ようとすれば、服の背中部分が掴まれる。振り向けばシャルロットが申し訳なさそうに俯いていた。


「……ヤコーさま、まさかこうなるとはわたしも想定していませんでした。あなたが嫌なら今すぐにでも――」

「シャル」


 罪悪感から声を震わせるシャルロット、そんな彼女に最後まで言わせずに夜光は軽く頭を撫でた。


「気にすることはない。俺がやりたいと言ってここに居るんだ。これは俺の意志なんだよ。……まあ、まさか観客がいるとは思ってなかったけど」

「あ――」


 と、夜光が苦笑交じりに言えば、シャルロットは唇を強く噛んで言葉を失ってしまう。

 本当に優しい奴だな、と思いながら彼女の頭から手を放し、テオドールに視線を向ける。


「シャルをお願いします」

「人前で愛称は不味いと教えたはずだが……今はそれを指摘する時ではないか。ヤコウ殿、気負わせるつもりではないが――守護騎士として姫殿下に勝利を奉げるのだぞ」

「もちろんです。負ける気はありませんよ」


 力強く頷いた夜光は彼らに背を向けて訓練場の中央付近まで歩いた。

 同じ動作で距離を詰めてきたクラウス。二人は一定の距離を保って歩みを止めた。

 筋骨隆々――にじみ出る雄々しい覇気を隠そうともしないクラウスに、夜光は周囲――まるで〝コロッセウム〟のような造りの観客席を見回して言った。


「観客がいるなんて聞いてませんけど」

「ハハハ、その方が盛り上がるだろ?俺もお前も、もちろん兵士共もな」

「そうですね、けどこれからは事前に言ってもらえると助かります。俺はあなたほど豪胆な性格じゃないんで」

「嘘つくなよ小僧。お前だってやる気になってるじゃねえか」


 そうですか?と口に出す夜光の顔は確かに戦意に満ちたものだった。

 けれどもその事実に夜光自身が気づくことはなく、彼は左腕に装着している〝王盾〟(アイアス)に眼を向ける。

 すると〝王盾〟が待機状態から臨戦態勢へと移行する。盾が広がりを見せ、蒼き光を纏う。

 次いで夜光が虚空に手を伸ばせば、空間に亀裂が入った。中からゆっくりと現出するのは白銀の剣――〝天死〟(ニュクス)である。

 右手に白銀の剣、左手に蒼光を放つ盾を構える夜光の姿は神々しい。

 されどその眼を見た時、人は悟るだろう。彼は決して清い存在ではないと。


「…………」


 夜光の右眼――黒き瞳は奈落の深淵を湛えている。その奥底に眠っているのは狂気と渇望であった。

 それだけでも不気味なのに、残る左眼――眼帯に覆われし瞳が、その武骨な眼帯越しに紅い光を放っていることで禍々しさに拍車をかけている。

 光と闇――異なる性質を併せ持つ少年を前にした者は大抵気圧される。しかし、対峙する男は尋常ならざる人であった。


「ほぉ……面白い。〝王盾〟は知ってるが、その剣はしらねえな。何もない所から出てきたことといい、その雰囲気といい、なまくらじゃねえことは確かだろうな」


 猛々しい笑みを浮かべたクラウスは右手を突き出す――と、指先の空間が歪んだ。

 先ほどと同じ現象に夜光が警戒を示すように眼を細めれば、やがて空間が裂けて一本の槍が姿を現した。

 神々しい槍だ。穂先から石突まで全て黄金の輝きを放っている。これが他の物であれば悪趣味と捉えられるが、その槍だけは違った。見る者全てに畏敬を抱かせる。だから不思議と悪感情が湧いてこない。

 その槍を〝視〟た瞬間、夜光は左眼から流れてくる情報に一瞬ではあるが頭痛を覚えた。ほぼ同時に右手に握っていた〝天死〟も警戒を示すように発光する。


「なるほど……それが噂に名高い神剣ですか」

「ああ、そうだ。神剣〝聖征〟、いい槍だろ?あと敬語はいらないぜ、小僧。遠慮なんかしていて勝てる相手じゃないぜ、俺はよ」

「……なら、言葉に甘えさせてもらうぜ」


 クラウスの言う通り、確かに遠慮していて勝てる相手ではないと直感した。

 持てる力の全てを振り絞らなければ勝機はないだろう。否、それでも勝てるかどうかは怪しいところだった。


〝死眼〟(バロール)が教えてくれる勝算は……ほぼ皆無か)


 あの時――〝ソル〟という大男と対峙した時と同じだ。ほとんど勝算が〝視〟えない。しかしだからといって勝負を投げだせるわけでもない以上、どんなに低い勝算であっても挑むしか道はない。

 夜光が腰を落としたのを見て、クラウスは槍を右手に、左手を天に突き上げた。

 すると始まりを悟ってか、兵士たちが静かになった。必然、訪れる静寂――クラウスはテオドールに眼を向けた。


「テオドール先輩、立会人をお願いできますかね」

「……わかった」


 返事を返したテオドールはシャルロットを連れて訓練場の中央――その壁際に設置された席に向かった。

 そして――その時が訪れる。


「――これより〝征伐者〟クラウス・ド・レーヴェと、〝王の盾〟ヤコウ・マミヤの試合を始める。双方、構え!」


 夜光の紹介の際にテオドールが発した〝王の盾〟という言葉に兵士たちがざわつくが、対峙する二人は意に介さず互いを睨みつけている。

 高まる戦意、膨らむ覇気が訓練場に広がり、兵士たちが再び黙り込み眼下で対峙する二人を注視した。

 その瞬間――、


「――始め!」


 テオドールが勝負開始を告げた。


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