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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
三章 忠義の在処
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一話

続きです。

 神聖歴千二百年三月六日。

 春の訪れを感じる頃――のはずだが、万年雪に覆われる北方ではそれを感じることはできない。

 特にここ――エルミナ王国北方の町ラヴィーネでは尚更だと、町の中心に位置する〝白狼城〟、その一室から町を眺める青年は思っていた。


「何を見ておられるのです、ルイ殿下」


 そんな青年に後ろから声をかけたのは初老の男だった。

 彼は執務机を前に座ると幾つかの書類を手にする――と、その間に窓際に佇んでいた青年が男の方へと向いた。


「町を見ていたのさ」


 簡素な返答、加えて小声ではあったが、その言葉はきちんと男に届いた。


「そうですか。何か珍しい物でもございましたか?」

「いや、何も……。それよりキミがボクの元に来たってことは何か報告があるんだろう?」

「左様でございます、殿下。……オーギュスト第一王子が動きました」


 その言葉に青年――エルミナ王国第二王子ルイ・ガッラ・ド・エルミナはその秀麗な顔に楽しげな色を浮かべた。


「動いたか。大臣の操り人形にしてはなかなかに素早い対応だね。いや、大臣が優秀というべきかな?」

「おそらく後者でありましょう。あの男は時機をきちんと見定めることのできる男ですから」


 そこで咳払いを一つ入れて、男は二つ目の書類を一瞥してからルイ第二王子を見やる。


「それともう一つご報告が。……我々が声明を発表するのとほぼ同時刻に、アレクシア第一王女も魔導通信機を用いて声明を出しております。『我らこそ真の愛国者である。故に国賊共を征伐し、国王陛下をお助けするべく決起する』と」

「ふうん……まあ、予想通りではあったね。姉上ならこの機に乗じて動くと思っていたよ」


 狐みたいな人だからね、と笑うルイに男は苦言を呈す。


「くれぐれも油断はなさらぬよう。アレクシア第一王女はあの(、、)ジルや〝潔壁〟を従えております。彼女らの動き次第ではこちらの計画にも支障がでるやもしれません」

「分かっているさ。けど兄上や姉上よりもボクはシャルの方を警戒すべきだと思っている」


 昨夜、ルイがオーギュスト第一王子を国賊だとして魔導通信機を用いてエルミナ王国全土に声明を発表した。国王を軟禁し、国政を不当に操っていると。だから彼を征伐すべく立ち上がると。

 それに対してオーギュスト第一王子は『病に臥せっている陛下に代わり国政を任されたのは王命である。故に不当と断じるのは論外であり、陛下への侮辱にもあたる。よって我らは逆賊たるルイ第二王子を征伐する』と発表した。

 更にその争いに横から加わった者がいる。エルミナ西方を支配するヴィヌス家の支持を受けているアレクシア第一王女である。

 彼女は先ほど男が述べた声明を発表し、軍を興したのだった。


 ルイ第二王子、オーギュスト第一王子、アレクシア第一王女――三者はそれぞれ大義名分を述べているが、貴族諸侯のみならず平民ですら気づいていた。これは王位継承争いによる内乱だと。

 北方はルイ第二王子、西方はアレクシア第一王女、中央と南方はオーギュスト第一王子を支持しており、この争いに否応なしに関わることになるだろう、と民は戦々恐々としている。

 そんな中で唯一、争いに加わっていない地方があった。それが現在シャルロット第三王女が滞在しているとされるエルミナ東方である。


「シャルロット第三王女ですか?……彼女に大それたことなど出来ませんよ」

「レオーネ家当主たるヨハン――キミですらそう思うのかい?」


 ルイに問われた男――北方四大貴族レオーネ家当主、ヨハン・ド・レオーネは頷きを示した。


「以前殿下ご自身もそうおっしゃられていたはずですが……」

「そうだね。でも今は違うとボクは思っている」


 東方に忍ばせた密偵からの報告、それがルイの考えを改めさせた。


「近いうちにテオドールがシャルへの支持を表明するという報告があった」

「なんと……!?それは真ですかな」

「複数の密偵からの報告が一致していた。まず間違いないだろう」

「……だとすれば危ういのでは?」


 深刻な表情を浮かべるヨハンにルイも同意だと頷く。


「あの先代〝王の剣〟が敵に回るとなるとかなり厄介――いや、はっきり言おうか、脅威だ」


 エルミナ東方を運営する四大貴族ユピター家。その現当主であるテオドール・ド・ユピターは先代の〝王の剣〟として名をはせていた。

 息子にその座を譲ってからは一線を退いているが、未だにその力量は衰えていないと思った方がいいだろう。


「しかし殿下、かの地の軍事力のほとんどは〝バルト大要塞〟に集中しております。ですからユピター卿が軍を興すという可能性は低いかと思いますが……?」


 唯一他国と接しているエルミナ東方には国防上重要な拠点が存在する。それがバルト大要塞と呼ばれる巨大な軍事拠点である。

 エルミナ東方――最東端を縦に貫く超巨大要塞。国境である〝大絶壁〟、そこに跨る〝天の橋〟からエルミナ王国に侵入するためには必ずそこを通らなければならない。海、もしくは北方にあるベーゼ大森林地帯を通過する以外で南大陸の東西を行き来する道はそこしかないからだ。

 大軍を進攻させることのできる唯一の道である〝天の橋〟を睨むように鎮座するバルト大要塞には、他国の侵略に備えて東方の軍のほとんどが駐留している。

 故にテオドールが動かせる軍には限りがあるとヨハンは主張したわけだが、ルイの懸念はそれでも晴れなかった。

 何故なら――、


「テオドールの息子――クロード大将軍率いる〝光風騎士団〟が加われば戦力としては十分なものになるだろう」


 エルミナ王国を代表する偉大なる武将〝四騎士〟。彼らには直属の騎士団が与えられており、当代の〝王の剣〟であるクロードの元には〝光風騎士団〟と呼ばれる軽装騎馬を主体とした騎士団が存在していた。

 数にして一万程度だが、全員が精鋭と呼べるほどの強者で構成されており、もし敵対するとなれば難敵と呼べる相手になるだろう。

 しかし、それは敵対した場合である。


「殿下、お言葉ですがクロード大将軍が動くとは思えません。我らが当初から想定していた通り、彼は此度の内乱では王都から動かないでしょう」


 そう言い切るヨハンはもっともだと以前はルイも思っていた。王にのみ忠誠を奉げるクロード大将軍ならそうするだろうと考えていた。

 けれどもある二つの情報を密偵が齎したことで改めたのだ。


「シャルが王都を抜けだしてテオドールの元に向かった理由が分かったんだよ。彼女付きの侍女から聞き出したらしくてね、それによるとどうも兄上とアルベール大臣の企みを知ったかららしいんだ」

「……なんと。であればあの情報(、、、、)も?」

「おそらくは。じゃなければ臆病なあのシャルが一人で王都をでるなんで無謀をするわけがない」

「なるほど……それならば確かに納得のいくものですな」


 そしてその情報をシャルロットがテオドールに伝えたとすれば、国王への忠義厚い彼は間違いなく立ち上がるだろう。次いでそれを息子であるクロード大将軍に伝えるであろうことも明白だ。


「だから東方の動きは注視しておく必要があるとボクは考えている。まあ、当面ボクたちは静観する(、、、、)予定だから時間もあることだしね」

「……かしこまりました。密偵の数を増やしておきます」

「頼んだよ」


 そう告げれば部下に指示を出すべくヨハンが部屋から出て行った。

 その背から視線を再び窓の外へ転じたルイは、ヨハンに伝えなかったもう一つの理由を思い浮かべて目を細めた。


「……〝王盾〟の所持者を発見した、か」


 シャルロット第三王女が王城から国宝である〝王盾〟を持ちだしたことも驚きだが、それ以上にルイを驚愕させたのはその所持者が見つかった事実であった。


「〝王盾〟と〝王剣〟は惹かれあう――この伝承が正しければ〝運命〟とやらがクロード大将軍を動かすのかな」


 我ながら度し難いとルイは思いながらも、この世界には人の身では測れない超常の〝力〟があるというだけにその考えを否定できないでいた。


「この時期になって〝王盾〟の所持者が見つかったか……」


 勇者のことといい、他の王位継承者が動き出したことといい、にわかに世界が動き出したことを感じさせる報告だった。

 ルイは止まない雪を見つめながら笑みを浮かべた。


「様々な者たちが動き始めた。けれど――天を掴めるのは一人だけだ」


 曇天を見やり、右手を伸ばして何かを掴み取る仕草をする。


「――ボクが王となってエルミナ王国を護る」


 確固たる信念に満ちた言葉が部屋に響き渡るのだった。

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