二話
続きです。
同時刻――エルミナ王国東方ヒュムネの町。
突如として現れた山賊による襲撃から一夜が明けた町では復興作業が行われていた。
普段は町の防備に就いている衛兵たちは既に正気に戻り、町を護れなかったことを悔いて積極的に復興作業に参加している。彼らが町の住人と協力することで復興は当初の想定よりも早く進んでいた。
そんな町の中心に位置する領主の館、その所有者であるテオドール・ド・ユピターの執務室では会議が行われていた。
「――以上が魔導通信機による王族の声明になります」
重々しい声が部屋の主――テオドールから発せられた。
彼が説明する相手は第三王女であるシャルロット・ディア・ド・エルミナと、異世界から召喚された間宮夜光である。
(……ややこしいことになってきたな)
と、〝天死〟の力によって完全に快復を終えた夜光は嘆息した。
その理由は明白――情勢が混迷を極めてきたからだ。
(第一王子だけじゃなく第二王子、第一王女まで決起するとは……)
昨夜魔導通信機によってエルミナ全土に発せられた三人の王族による声明、それが夜光の頭を悩ませているのである。
「……纏めよう。まずルイ第二王子がオーギュスト第一王子を非難し、対するオーギュスト第一王子もまたルイ第二王子を非難した。そこにアレクシア第一王女も参戦を表明した――これであってますか?」
夜光が頭痛を堪えるように額に手を当てながら言えば、テオドールが首肯する。
「概ねその認識であっている。そして彼らの大義名分だが――」
「御大層な台詞でしたけど、とどのつまり玉座が欲しいだけですよね」
「……言葉を飾らずに言えばそうだ。今回の内乱は――王位継承争いだろう」
王位継承争い。厄介なものだと夜光は思う。何時の時代だって国を滅ぼす要因の大半は内部の人間だ。権力、富、名声――欲望による暴走、巻き込まれる民はたまったものではない。
(確か現国王は六十五歳……しかも病床に臥せっているという)
つまり崩御が近いということ。故に王位継承権を持つ者たちが一斉に動き始めたのだろう。玉座というただ一人のみが座ることを許される至尊なる位を求めて。
(今回声明を出した三人以外に王位継承権を持つ者は……)
エルミナ王国において現在、王位継承権を持つ者は全部で五人。
王位継承権第一位であるオーギュスト第一王子。第二位のルイ第二王子。第三位のアレクシア第一王女。
(病弱で王城に籠り切りだというセリア第二王女は継承権第五位で、後は――)
と、夜光は先ほどから黙っている少女に眼を向けた。
金髪碧眼が美しい少女だ。悲惨な出来事を経験し、更なる問題に直面したことで表情に暗い影が差してはいるが、その美貌は損なわれていない。
第三王女シャルロット――彼女の継承権は第四位、十分に玉座に手が届く範囲にいる。
(初めはオーギュスト第一王子が行動を起こす前に止めにいく手はずだったけど、こうなってはそれも不可能になった)
ならば今後どうするのか。夜光が主である少女に視線を向け続けていると、当の本人が口を開いた。
「テオドールさま、わたしの意志は変わりません。お兄さまを止め、お父さまを助ける。今回の一件でそれにルイお兄さまとアレクシアお姉さまを止めるという目的が加わっただけです」
「だけって……それが難しいから俺たちは頭を悩ませているんじゃないか」
思わず夜光が口を挟めば、テオドールも遠慮がちに頷く。
「私もヤコウ殿と同じです、姫殿下。対処すべき相手が二人も増えたのです。しかも彼らはそれぞれ四大貴族の支援を受けているので保有戦力はかなりのものでしょう。対して我々東方貴族の戦力は限られています」
東方貴族が保有する戦力の大部分は最東端に位置するバルト大要塞に集中している。これは東方が唯一他国と国境を接しているためであり、国防上の観点から致し方ないことであった。
普段なら別にそれでも問題はない。最低限治安維持を行えるだけの戦力は残っているし、災害等が発生すれば他の領域から援軍が派遣されるからだ。
けれども今回はそうも言ってられない。何故なら東方以外の他領域はすべて敵だからである。
(シャルの目的を達成するにはどう考えても戦力が必要だ。他の王族たちが武力に訴えてくることは確実なんだからな)
戦力の不足――それが夜光とテオドールの頭を悩ませているのである。
しかしそんな男二人の苦悩をあっさりと少女は払った。
「戦力の当てはあります。バルト大要塞から兵を借りればよいのです」
「えっ」
それいいの?、と夜光が驚きの声を上げれば、テオドールは意外にも同意を示してくる。
「……それ以外に方法はありませんな。今は他国による危機ではなく、国内による危機ですから」
「大丈夫なんですか?この機に乗じて他国が攻めてくる可能性とかあるんじゃ?」
「おそらくだが、当面は問題ないだろう。南大陸の東側は現在、戦争の最中にある。彼らにこちらに介入してくるほどの余裕があるとは思えない」
夜光が今いる南大陸は中央部に巨大な断層があり、それは北はベーゼ大森林地帯まで、南はノトス海まで貫いている。故に南大陸の東西を行き来するには、北のベーゼ大森林地帯を通るか、南のノトス海を船でいくか、中央部に存在する〝天の橋〟と呼ばれる古代の遺物を渡るしかない。
しかしベーゼ大森林地帯は魔物の住処となっており踏破は困難を極め、南のノトス海は一年のほとんどが大時化状態であるためこれまた通行は困難である。
だから商人は残る〝天の橋〟を渡って東西を行き来しているわけなのだが、それも百年ほど行われていない。
(東側は西側と違って複数の国家が存在している場所だ。確か今はその国家すべてを巻き込んだ戦争が行われているんだったかな)
「確かアインス大帝国が周辺諸国に宣戦布告して、大きな戦争が起きているって聞いたことがありますけど……」
「その通りだ、ヤコウ殿。そしてそれは今でも続いている」
二百年前の〝解放戦争〟によって東側諸国は同盟を結んだ。しかし良好だったその関係は時のアインス皇帝が死去してから悪化の一途をたどり……ついには当代の皇帝が周辺諸国に宣戦布告、侵略戦争を始めたという。
(つまり国境を守護するバルト大要塞から兵を抜いても大丈夫ってわけか)
夜光は納得し、テオドールに向けていた視線をシャルロットに移した。
「なるほど……なら当面彼らはこちらに手出しできない。だからバルト大要塞から戦力を引き抜いても問題ないと――そういうわけなんだな、シャル」
「そうです、ヤコーさま。ですので、わたしたちの当面の目標はバルト大要塞に向かうことになります」
シャルロットが頷けば、テオドールが嘆息交じりに呟く。
「ということは、あの男を相手にしなければならないということになるのか……」
「うん?あの男というのは……?」
「いや……なんでもない。行けばすぐにわかると思うぞ」
何かを思い出してのことなのか、嫌そうに表情を歪めるテオドール。
そんな彼が何を――否、誰のことを考えているのか、察したシャルロットは苦笑を浮かべた。
「ふふ、確かにあのお方は少々気難しいといいますか、対応に困るといいますか――」
「姫殿下、言葉を選ばずともよろしいかと。あの男は私が知る中でもっともだらしのない男です」
「二人とも誰のことを言っているんだ……?」
一体誰の事を言っているのか、困惑する夜光にシャルロットが答えを提示してくれた。
「今からわたしたちが向かう場所――バルト大要塞の司令官であるお方です」
「……有名な人なのか?」
「ええ、ヤコーさまも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。〝征伐者〟という名前を」
その言葉に夜光は眼を見開いた。確かに知っていたからだ。
征伐者――それは〝四騎士〟の一人であり、その異名の由来となった神剣〝聖征〟の所持者として有名な人物だった。




