第8話 割れた大理石と消えた5,000ルピ
今日は少し早めに更新します。
タイトルに話数を入れ忘れたため、再度更新しました。
……すみません。
かつて俺に複式簿記の導入を認めてくれたハーゼンは、着実に実績を重ね、主計官から財務大臣に次ぐポストである財務次官へと上り詰めていた。だが――その彼が、ある日突然、急病で物言わぬ人となる。それに伴い、38歳の俺は繰り上がりで主計官から主計局長へと昇進することになった。これには正直、驚きを隠せなかった。
これまで俺が平民として異例のスピードで昇進してこられたのは、間違いなくハーゼンの後押しがあったからだ。俺の作成する財務報告書の真価を見抜いていた彼は、手元に優秀な実務屋を置いておきたかったのだろう。そのため、その後ろ盾を失った今、平民である俺の出世もここまでだと思い込んでいたのだ。
平民としても、38歳という年齢としても、主計局長への抜擢は破格と言っていい。だが、これまでの実績ゆえか、はたまた目に見えない別の意図が働いているのか――省内からの反発や不満の声は、驚くほど聞こえてこなかった。
――主計局長となってしばらく経ったある日のこと。
「……しばらくここを訪れることができなくなるかもしれない」
俺の執務室を訪れていたシルヴィが意気消沈して告げた。ただならぬ様子に、俺が訳を尋ねると、先日、シルヴィが訓練のためにフルプレートアーマーの重装備で宮廷の廊下を歩いていた際、床の大理石が1枚、メリッと音を立てて豪快に割れてしまったという。
「どんだけ重いんですか?この脳筋」
セリアが俺にお茶を出しながら突っ込む。
俺も最初は、床が割れただけなら単なる笑い話だと思って聞いていた。
「……いや、どうやら、一部の貴族たちが『王宮の施設を破壊した』と騒ぎ出し、巨額の罰金や私の罷免を要求しているらしいのだ」
「それは……」
俺もセリアも言葉を失った。シルヴィの話では、正義感の強いシルヴィを日頃から疎ましく思っていた貴族たちがいるらしい。
――これだから、貴族ってやつは……俺は胸糞が悪くなった。
「これ以上、騎士団に迷惑はかけられない。潔く騎士の職を辞すことで責任をとるしか……」
話を聞いた俺は違和感を感じた。前世の建築資材の知識と長年の勘に照らしても、床材に使用されるような大理石であれば、相当の重さに耐えられるはずだ。重装備とはいえ人が1人乗った程度で割れるのはおかしい……と。
俺は自分の上着を手に取ると2人に告げた。
「『現地・現物・現人』だ。ともかく現場を見に行こう」
◇
俺はシルヴィとセリアを伴って、現場である宮廷の廊下を訪れた。シルヴィに案内されて現場を確認すると、50センチ四方程度の大理石の床材に大きなひびが入っている。しかも、そこだけ陥没しているようだ。俺は、割れた大理石の破片を慎重に床から取り除き始めた。
シルヴィにも手伝ってもらい床材1枚分の破片を取り除くと、その下には不自然なくぼみが広がっていた。
「やはり転圧不足だな……」
床に石材を敷く際は、下地をしっかり締め固めておかないと不等沈下が発生し、後で人が歩いたり物を置いたりした重みで石材の一部だけが沈み込んでしまう。おそらく手抜き工事によるものだろう。そこをたまたまシルヴィが歩いたために、石材が重さに耐えきれず割れてしまったのだ。
「なんだと……!?ここはつい最近、工事をしたばかりだぞ」
シルヴィの言葉に俺とセリアは顔を見合わせた。俺たちは現場を離れると、王国財務省の書庫で宮廷廊下の改修工事の伝票を調べることにした。
「あ、これではないでしょうか?3年前の決裁書に『縦50クエル×横50クエル×厚さ5クエルの最高級大理石1,000枚』と記載されています」
調べ始めてから間もなく、セリアが声を上げる。
「納入業者は?」
「ヴァルデン商会となっています。支払代金は、床材が6,000ルピ、『2頭引きの中型馬車50台分の運搬費』が2,500ルピ、『人工賃』が1,500ルピであわせて10,000ルピが金貨で支払われています」
前世の感覚でいうと約1億円か……。床材は宮廷の廊下に使われる高級石材の加工の手間を考えれば妥当な金額だろう。運搬費が高めなのは、長旅に伴う馬の飼料代、街道の通行税、山賊対策の護衛費用なども含まれるためか。人工賃も産地や港での積み込みを考えると、概ね妥当な金額と言えなくもない。
セリアに伝票を見せてもらうと、当時のハーゼン次官の専決事項として処理されていた。事後回議されたことを示すマルクス大臣のサインもあったが、この時俺は「王宮の工事なので大臣に報告したのだろう」程度に考えて留めていた。
俺が引っ掛かったのは大理石の厚さだった。1クエルは前世で言えば、ほぼ1センチだ。しかし、現場の破片の厚さはどう見ても5クエルもあるようには見えない。多めに見ても半分、いや2クエル程度だろう。セリアが俺に尋ねる。
「……どういうことでしょうか?」
「工事を請け負った業者が厚さ5クエルではなく2クエルの石材を納品し、さらに工事を手を抜くことで不正に差額をせしめた可能性がある……」
「!?まさか、そんなことが……?」
俺たちは、次に宮殿のゲートを守る衛兵に話を聞くことにする。中年の実直そうな衛兵は、わざわざ当時のゲートの通行記録を取り出してきて調べてくれた。
「その工事でゲートを通った馬車は、2頭引きの中型馬車が20台だな。50台?いいや、そんなに多くはなかったな。ゲートを通る者や馬車は漏れなく記録しているから間違いないさ」
「……どういうことでしょうか?」
再びセリアが俺に尋ねる。訳が分からないという顔だ。
「実際に納品時に出入りした荷馬車は20台。大理石は重量物だから、厚さ5クエルなら50台が必要という見積もりだったはずだ。厚さ2クエルだったから、半分以下の20台の馬車で運べたということだろう」
「……ということは……?」
「国庫に50台分の工事代を支払わせておいて、実際に使ったのは20台……大理石の厚さが半分以下だったことや、手抜き工事のことも考えると、ヴァルデン商会はざっと5,000ルピ以上を不当にせしめたということになる」
「!?」
「なんだと!?許せん!」
俺は財務省に戻ると、すぐさま大理石を納入したヴァルデン商会の税務監査を願い出た。しかし、待てど暮らせど財務大臣であるマルクス伯爵の決裁が下りない。
「どうしましょうか……?」
「セリアくん、反面調査だ!」
「……反面調査?」
「ヴァルデン商会の仕入先から、実際に納入した石材の価格を洗うんだよ。石材の加工には水力式石切り鋸が必要だ。王都郊外で水力式石切り鋸を持つ石材加工業者の数は限られる。そこを当たるんだ」
加工業者はすぐに判明した。
「……ああ、ヴァルデン商会から注文されたのは、最初から2クエルの石材が1,000枚だったよ。ほら、これが納品書の控えだ」
筋骨隆々とした初老の職人が指し示した書類には、「縦50クエル×横50クエル×厚さ2クエルの最高級大理石1,000枚」と書かれており、その代金は「1,200ルピ」と明記されていた。
不正の動かぬ証拠を得た俺は、すぐさま1人でマルクス財務大臣へ報告に向かった。本来なら、次官を通すべきだったかもしれないが、急ぎ決裁をもらいたいという思いが勝ったのだ。
「大臣、この通りヴァルデン商会の不正の証拠が揃いました。2クエルの大理石は下地にくぼみがあっても人が普通に歩く程度であれば持ちこたえます。そのため、彼らも『バレない』と思ったのでしょう。直ちに税務監査のご決裁をお願いいたします!」
マルクスは冷ややかな笑みを浮かべた。
「……そうか。この件を私以外に報告したか?」
「いいえ、まずは大臣のご判断をと伺いしました」
「フッ……重装備の騎士があの廊下を歩くとは、想定外だったな……」
「え……?」
「誰かいるか!こいつを捕らえろ!国家転覆および国庫横領罪だ!」
なっ……!?そうか、ヴァルデン商会の単独犯行ではない……!大臣自らが裏で糸を引いていたのか……っ!
――俺が気付いた時はもう手遅れだった。
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