↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐はフリマアプリで落札される ~冤罪で家族と幼馴染を奪われ海へ沈められた少年は、神となって悪人を処刑する~  作者: くじけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/55

第五十二話 後始末 前編


 同じ頃、県警本部地下の保護室では火村が閉じた床へ片膝をついたまま動けずにいた。


 毒島の身体を呑み込んだ亀裂は跡形もなく消えている。


 銃弾の痕も、爆発物の残滓も、床材が動かされた形跡もない。残されているのは倒れた机と椅子、毒島が落とした靴の片方、そして最後まで彼女を引き上げようとした火村の右腕に刻まれた爪痕だけだった。


 厚い鋼鉄製の扉が外側からようやく開かれる。


「火村さん!」


 駆け込んできた森川恭子(もりかわきょうこ)が床へ視線を走らせたあと、火村の前で足を止めた。


「毒島は……?」


「持っていかれた」


「梁も、大使館前から消えたそうです」


「ああ。さっきまで世界中へ御丁寧に放送されていたよ」


 廊下では鑑識員が機材を運び込み、警察官たちが監視映像を確認している。


 映像には毒島の手をつかんだ火村と、何もない床へ吸い込まれていく彼女の姿が残されていた。

 亀裂も黒煙も映っているがそこからどのような力が発生し、どこへ繋がっていたのかを示す数値は一つも記録されていない。


 十二人の武装警察官。

 四台の監視カメラ。

 窓のない保護室。

 そして独立回線と非常用電源。


 警察が現時点で用意できる最大限の警護は、Elにとって扉へ貼られた立入禁止の紙ほどの意味も持たなかった。


「……守れませんでしたね」


 森川が呟く。


「そうだな」


「火村さんは最後まで手を離しませんでした」


「離さなかった結果が、これだ……」


 火村は爪痕から滲む血を左手で拭った。


「毒島沙耶が死んだことを悲しいとは思わない。あの女が子供たちへしたことを考えれば、同情する気にもなれん」


 それでも火村は床から目を逸らさなかった。


「だがあの女は警察へ助けを求め、俺たちは保護すると約束した。その人間を警察本部の中から目の前で奪われた」


「はい」


「俺たちの負けだ」


 森川は何も言えなかった。

 廊下にいた何人かの警察官も、聞こえないふりをして作業を続けている。


「だからといって、負けたまま始末書を書いて終わるつもりはない」


「公開された資料ですね」


「ああ。Elが人を殺すところへ世界中が目を奪われている間に、生きている人間がやるべきことをやるぞ」


 森川が端末を開く。


 配信終了と同時に、東亜青少年交流基金と児童支援法人〈こどもの声〉に関する証拠が警察、検察、関係省庁、報道機関へ一斉に送信されていた。


 偽造された渡航承諾書。

 候補者を容姿と家庭環境で分類した評価票。

 海外の受入団体から支払われた紹介料。

 帰国を求めた少女たちの連絡を遮断するよう命じた記録。


 それらには作成者や更新日時、承認者だけでなく削除される前の状態と改変履歴まで付されている。


 証拠能力を争う余地は十分にある。

 だがElがどのように入手したか説明できない以上、裁判でそのまま使えるとは限らない。


 だが、それらに記された場所へ警察が踏み込み、正規の手続きで同じ原本を押収することはできる。


「基金本部とこどもの声、一ノ瀬学園、それから毒島の自宅へ捜索班を出せ。証拠保全を最優先、関係者の通信記録と出入国記録も押さえる」


「令状は現在検察と裁判所へ緊急請求中です」


「児童相談所にも連絡しろ。毒島が扱った相談事例を全部洗い直す」


「三千件以上あります」


「三千件以上やるんだよ」


「……はい」


「海外へ送られた二十六人だけじゃない。国内で学校へ戻され、そのまま黙らされた子供もいるはずだ。毒島が成功と記録したものから先に調べろ」


「成功事例からですか?」


「あの女にとっての成功は、子供が声を上げなくなったという意味だ」


 森川の表情が変わった。


「承知しました」


「それから、映像を見た連中が被害者を探し始める。実名も顔も晒させるな。九人の家族についても保護を━━」


 火村の言葉が止まった。


 森川の端末へ、新しい連絡が届いたからだった。


「中国側の六施設で現地当局が一斉に動きました。東南アジアの二施設についても所在国の警察が突入を開始、別荘にいた一人は……日本大使館員が身柄を保護したそうです」


「生きてるのか」


「現時点で確認された八人は、生存しています」


「残り一人は?」


「輸送中に別の場所へ移された可能性があります。Elが示した座標には衣類と旅券だけが残されていたと━━」


 報告を読んでいた森川の画面が一度だけ黒くなった。

 地図が表示され、最初の座標から北へ延びる細い赤線と、山間部を走る一台の車両が示される。


 その情報が現地当局へ送信されたことを表す表示の下に、短い文章が浮かんだ。


 ━━荷物の積み替えを確認しました。


 ━━到着前の回収を推奨します。


 火村は画面を睨んだ。


「殺す相手がいなくなっても、まだ見てやがるのか……」


「救助のために情報を送っているようです」


「善良な神様を始めるつもりなら、最初から人を挽肉にするなと言ってやりたい」


 火村は毒島の靴を証拠袋へ入れる鑑識員を見た。


「だが、今だけは利用させてもらう。現地へ最優先で伝えろ。その車を止めさせるんだ」


「はい」


 森川が廊下へ走り出す。


 火村はもう一度だけ何も残っていない床へ目を向けた。


「お前に殺させる前に……俺たちが止めるべきだった━━」


 それが毒島へ向けた言葉なのか、助けを求めていた子供たちへ向けた謝罪なのか、火村自身にも分からなかった。



 *      *      *



 午前二時を過ぎる頃には、東亜青少年交流基金の本部前へ報道陣が集まり始めていた。


 警察車両が正面玄関へ並び、捜査員が次々と建物へ入っていく。


 職員の一人は警察が来る直前まで書庫の資料をシュレッダーへかけていたが、裁断された紙片も機械の内部から回収された。

 別の職員は相談記録の入った端末を初期化しようとしたものの、その操作履歴ごと捜査員に確認されその場で任意同行を求められた。


 〈こどもの声〉の事務所からは被害を訴えた子供と家庭に対する内部評価が見つかった。


 〈虚言傾向〉。


 〈母親への依存が強い〉。


 〈指導者に対する反抗あり〉。


 〈海外環境への適応を推奨〉。


 子供が大人の指示へ従わない理由はすべて子供側の問題として書かれている。


 一方、容姿や家庭の経済状況、親との関係、警察へ相談される可能性については支援とは無関係なほど細かく記録されていた。


 警察が事務所の奥にある金庫を開けると渡航した少女たちの旅券の写しと、外国通貨で管理された裏帳簿が見つかった。


 Elが公開したものと内容は一致していた。


 今度は神が出した正体不明の資料ではない。


 裁判所が発付した令状に基づき、捜査員が保管場所から押収して誰が管理していたかまで確認できる証拠だった。


 夜明け前には基金の幹部三人と〈こどもの声〉の職員二人が任意同行を求められた。


 午前六時、一ノ瀬学園にも捜索が入った。


 まだ生徒のいない校舎へ十数人の捜査員が入り、理事長室、事務局、国際交流担当部署からパソコンと書類を運び出す。


 学校側は当初、交流事業は基金から正式に紹介されたものであり、学園は教育上必要な事務手続きを行っただけだと説明した。


 しかし、押収された公印使用簿には一ノ瀬理事長が偽造された渡航承諾書の不備を指摘されたあとも、処理を進めるよう命じた記録が残されていた。


『保護者の理解は後から得ればよい』


『本人が家庭へ戻ることを拒否している形に整えろ』


『交流事業の継続を優先すること』


 その指示の下には、一ノ瀬理事長の署名があった。


「教育の場に、これほど大勢で踏み込む必要があるのですか……?」


 出勤してきた学園幹部が抗議すると、捜索へ立ち会っていた火村は運び出される段ボール箱へ目を向けた。


「子供を国外へ運び出すときには、随分と小さな車で足りたようですがね」


「学園が人身取引へ関与したと決まったわけではありません」


「ええ、ですから決めるために調べています。あんたたちが得意な“子供から事情を聞く前に結論を出す方法”は、警察では採用していませんので」


 幹部は口を閉じた。


「理事長はどこです」


「連絡が取れていません」


「自宅にもいなかったそうですが」


「私どもには何も……」


「昨夜の配信が始まる一時間前、理事長室から複数の保管箱が運び出されています。誰の指示ですか」


「存じません」


「では、思い出すまでここでお待ちください」


 火村が森川へ目配せすると幹部は別室へ案内された。

 理事長室の机には、東亜青少年交流基金の資料だけが不自然なほど綺麗に残されていなかった。


 その代わりに壁際の書棚には海外の宗教史や古代文明、神話研究に関する書籍が何冊も並んでいる。


 森川が一冊を抜き取ろうとすると、火村が止めた。


「触るな。全部、位置を撮影してから押収しろ」


「基金の捜査に必要ですか?」


「今夜逃げた人間が、何を恐れていたかは知っておいた方がいい」


 机の引き出しからは一枚の生徒写真が見つかった。


 天羽祈━━。


 学校へ復帰した際に撮影されたものだった。

 写真の裏には理事長の筆跡で短い文章が記されている。


 〈要観察〉。


 その下には、二文字のアルファベットがあった。


 〈El〉。


「火村さん……」


「写真と書籍も押収しろ。ただし、この情報は外へ出すな」


「祈くんがElだと思っているのでしょうか」


「少なくとも、あの理事長は何かを知っている」


 火村は写真へ触れずに見下ろした。


「そして知ったうえで、逃げる準備をしていたようだ」



 *      *      *



 朝のニュース番組は、通常の放送予定をすべて変更した。


 毒島と梁の処刑映像には厳しい制限が設けられ、人間の身体が破壊される場面は放送されなかったものの二人が口にした供述と公開された内部資料は一日中繰り返し報じられた。


 スタジオへ並んだ専門家はElの行為を残虐な私刑だと批判した。


 別の出演者は、法治国家として決して容認できないと述べた。


 司会者がそれでは被害を訴えていた子供たちをなぜ警察も学校も救えなかったのかと尋ねると、誰もすぐには答えられなかった。


 画面の下には、次々と新しい速報が流れる。


 ━━政府、東亜青少年交流基金へ業務停止命令。


 ━━〈こどもの声〉に対する指定法人認定を取り消す方針。


 ━━毒島沙耶氏に授与された内閣府特別表彰を撤回。


 ━━児童相談記録の不正提供について、全国規模で調査開始。


 ━━所在不明となっていた九人全員の生存を確認。


 最後の速報が表示された瞬間、放送中のアナウンサーは言葉を詰まらせた。


 用意された原稿へ視線を落とし、一度だけ深く息を吸う。


「先ほど、外務省から発表がありました。東亜青少年交流基金を通じて出国したあと所在を確認できなくなっていた九人全員が、現地当局または日本大使館によって保護されたということです」


 名前も顔も公開されなかった。


 現在の年齢も、どのような状態で発見されたのかも本人たちの安全を理由に伏せられた。


 それでも、九人が生きていたという事実だけは世界中へ伝えられた。


 インターネット上では、毒島と梁の死を当然の報いだと歓迎する声が溢れた。


 Elこそが子供たちを救った。


 警察も行政も役に立たなかった。


 次も十三円で裁いてもらえばいい。


 その一方で、被害者の名前や家族を探し出そうとする者も現れた。


 帰国した少女の顔を公開すれば再生数が伸びると書く配信者。

 毒島へ相談した経験を名乗れば注目を集められると考える者。

 真偽の分からない名簿を作り、被害者候補として無関係の少女まで並べる者。


 正義を掲げていたが彼らが求めているのは被害者の救済ではなく、次に消費できる顔と名前だった。


 その動きを知った警察は、被害者を特定する投稿への削除要請と発信者情報の保存を始めた。


 高城玲奈も顔を隠した状態で短い声明を発表した。


『私たちは、毒島さんと梁さんが死ぬところを見せるために生きて帰ってきたのではありません』


『見つからなかった九人が、無事に家へ帰るところを見届けてください』


『私たちの顔や過去を探さないでください』


『今度こそ、私たちの言葉を勝手に誰かのものにしないでください』


 玲奈の文章は数時間で数十万回共有された。

 それでも詮索する者は消えなかったが、彼女たちを守ろうとする声も同じ速度で増えていった。


 毒島が生前出演していた番組は、過去の映像を公式サイトから削除した。


 彼女を〈子供の声を最も理解する支援者〉として紹介した雑誌は記事の検証を発表し、講師として招いていた自治体や教育委員会は謝罪会見を開いた。


 だが会見では決まって、


「当時の資料では問題を確認できなかった」

「専門家の判断を尊重した」

「今後は再発防止に努める」


 という安易な言葉が並んだ。


 だが、毒島へ相談した元生徒の一人が匿名で公開した手紙には、別の言葉が書かれていた。


『資料がなかったのではありません』


『私たちが何度出しても、資料として数えてもらえなかっただけです』


 その一文によって、行政の謝罪会見は再び批判を浴びた━━。



 *      *      *



 毒島が〈成功〉と記録した相談事例の再調査が始まると、わずか一日で十七人の元相談者から連絡が入った。


 学校へ戻されたあと、相談内容を教室で読み上げられた者。


 家庭内暴力を訴えたにもかかわらず、親子関係を修復する必要があるとして加害者と同じ家へ帰された者。

 毒島の推薦によって海外施設へ送られそうになり、空港で逃げ出した者。


 子供だった頃には信じてもらえなかった声が、毒島の死後になって初めて正式な証言として記録され始めた。


 和泉愛理の件についても教育委員会が過去の判断を撤回した。


 愛理の相談内容を教室で公開した行為。

 加害生徒と同じ場所で謝罪を強要した行為。

 その後の欠席を本人の適応能力不足として処理した記録。


 いずれも重大な人権侵害であり、毒島の対応が愛理をさらに追い詰めた可能性が高いと認められた。


 学校法人は、愛理の死と毒島の対応には直接の因果関係を確認できないという従来の説明を撤回した。


 七緒のスマートフォンにその通知が届いたのは翌朝になってからだった。

 泣き疲れて眠った七緒の手には冷めた紅茶のカップが残っている。


 祈はベッド脇の椅子へ座ったまま、カップが傾かないよう片手で支えていた。

 そして通知音で目を覚ました七緒は画面に表示された文章を何度も読み返した。


 〈和泉愛理さんから寄せられた相談は、救済を必要とする正当な訴えでした〉


 〈本人の認識や性格に問題があったとする過去の記録を撤回します〉


 〈関係機関が適切な対応を怠ったことを認め、ご本人とご遺族へ謝罪いたします〉


「……遅いよ」


 七緒の唇から、掠れた声が漏れた。


「こんなの、遅すぎるよ……」


「はい」


「愛理が生きてるときに言ってよ。あの子が何度も、自分が悪かったのかなって聞いてきたときに……違うって言ってあげてよ……!」


 祈は正しいと言わなかった。


 これで救われたとも、復讐が終わったとも言わない。


 ただ、七緒の手から滑り落ちそうになったスマートフォンを受け止めてそのまま泣き崩れた彼女の肩を支えた。


「愛理は……嘘をついてなかった」


「はい」


「我慢が足りなかったんじゃない。皆と仲良くできなかった愛理が悪いんじゃなかった……」


「はい」


「私だけが信じてても、ずっと足りないと思ってた……」


 七緒は祈のシャツをつかんだ。


「やっと……ほかの人も認めてくれた……」


 それによって愛理が帰ってくるわけではない。

 謝罪文が妹の最期の夜を消してくれるわけでもない。


 それでも、愛理へ押しつけられていた〈本人にも問題があった〉という記録はようやく公的な文書から取り除かれた。


 祈は、七緒が泣き止むまで何も言わなかった━━。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なにが法治国家ですか、放置国家の間違いでしょう。 故に罪なき被害者と、拾う神が生まれたのですよ。
もはや、行政の存在する意義が無いな。仕事の内容の大半をAIに任せた方が良いのかもしれない。 にしても、まだ逃げられると思っているのか偽善者の父親は
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。