第五十話 子供を売ったものに復路はない 前編
毒島沙耶は、午前一時十三分までに自分を守れる場所として警察を選んだ。
Elによる処刑予定が届いたことを弁護士へ伝え、脅迫被害を受けた民間人として保護を要求したのである。
県警本部地下の保護室には窓がなく、出入口は厚い鋼鉄製の扉一つだけだった。
廊下には武装した警察官が十二人配置され、室内の四隅では警察の独立回線へ接続された監視カメラが一秒の空白もなく毒島を記録している。
真壁誠司の処刑以降、録画機器の停止がElの介入へ繋がる可能性を警察は無視できなくなっていた。
「どうして、私だけここなの」
毒島は机を挟んで座る火村へ尋ねた。
「梁理事も同じ場所へ入れてください! 二人を同時に狙うと書かれていたでしょう!?」
「あんたたちを一か所へ集めて、まとめて持っていってくださいと頼むほど親切じゃない」
「私は犯罪者ではありません」
「今夜まではな」
火村の前には東亜青少年交流基金の車両から押収した資料と、毒島が提出した被害届が並んでいる。
「宮原千紗さんの渡航承諾書へ母親の署名を転写した。本人が帰りたいと言っても車から降ろさず、連絡手段と旅券を取り上げた。高城玲奈さんを含む複数の元留学生からも、あんたの面談を受けたあと同じ施設へ入れられたという証言が出始めている」
「すべて誤解です」
「便利な言葉だな」
「支援を必要とする子供は、家庭や学校との関係へ複雑な問題を抱えています。自分が望んだ結果にならなければ、善意で関わった大人を加害者として認識する場合もあるのです」
「子供が死ねば家庭の問題、生きて訴えれば認識の問題。あんたの事業じゃ大人だけが健康だな」
毒島は答えず、壁の時計を見た。
午前一時零分。
残り十三分。
「火村さん、私は県警へ捜査協力をしてきました。児童相談所の研修にも何度も講師として呼ばれ、国から表彰も受けています」
「それが防弾ベストの代わりになると思うか」
「私が殺されれば、警察の責任になります」
「だからここにいる」
火村は毒島をまっすぐ見た。
「俺はあんたみたいな腐った人間が大嫌いだ。それでも、今夜Elに殺させるつもりはない」
「なら、もっと人を増やしてください」
「十二人じゃ足りないか? サッカーチームは組めるぞ」
「相手は真壁警視を警察施設の中で殺したのでしょう!」
「ふっ……ようやく子供たちと同じ顔になったな」
毒島の表情が止まる。
「助けを求めても大人が本気で信じてくれないかもしれない、鍵のかかった部屋で次に何をされるか分からない。あんたが選んだ子供たちは、その恐怖を一晩じゃなく何年もの間味わった━━」
「私へ説教している場合ですか!」
「説教じゃない」
火村は拳銃の位置を確かめた。
「助けられる保証がないと、正直に伝えてるだけだよ」
毒島の唇が震えた━━。
* * *
梁国華は、在日中国大使館の敷地内へ入ろうとしていた。
日本側から任意の事情聴取を受けただけで逮捕状は出ておらず、外交官ではない梁にも移動の自由がある。
党幹部と近い基金理事がElから名指しで殺害予告を受けたことを中国側は重大な治安問題と判断し、装甲車両と武装した警護員を用意していた。
午前一時九分。
梁を乗せた車列が大使館前の交差点へ入る。
正門まで残り五十メートル。
そこで先頭車両の信号が、青から黒へ変わった。
赤でも黄でもない、光の存在しない円が三つ信号機の中から車列を見下ろしている。
「と、止まるな!」
梁が運転手の肩を叩く。
装甲車は速度を上げたが正門へ近づかず、走れば走るほど道路だけが前方へ伸びていく。
大使館の壁は窓の外へ見えているのに、車列との距離は一メートルも縮まらなかった。
「何をしている!」
「進んでいます!」
スピードメーターは既に百キロを超えているが、それでも歩道に立つ警察官の位置さえ全く変わらない。
そして車内の通信機から空港の搭乗案内を模した音が流れた。
『梁国華様、搭乗口が変更されました』
男女の区別がつかない声だった。
『お急ぎください。復路便はご用意しておりません』
「ふざけるな! 俺を大使館へ入れろ!」
『申し訳ございません。外交手荷物を自称する産業廃棄物は保護の対象外となります』
装甲車の窓が内側から黒く染まり、梁の悲鳴ごと車列は道路から消える。
正門前に残ったのは、タイヤが一度も通過していない濡れたアスファルトだけだった━━。
* * *
午前一時十三分。
毒島のいる保護室で、四台の監視カメラが同時に赤いランプを消した。
「火村さん!」
「全員、扉を開けろ!」
廊下の警察官が電子錠を操作するが反応はなく、非常用の物理鍵も途中から奥へ入らない。火村が拳銃を抜いた瞬間、机の上に置かれていた毒島のスマートフォンから搭乗開始を知らせる音が鳴った。
床に黒い亀裂が走る。
「嫌……!」
毒島は火村の腕へ縋りついた。
「助けて! 私はあなたを信じてここへ来たのよ!」
「だったら手を離すな!」
火村も毒島の手首をつかんだ。
亀裂の中から吹き上がった風が保護室の机と椅子、毒島の提出した被害届を一枚ずつ呑み込んでいく。それでも火村は両足を床へ踏ん張り、毒島を引き戻そうとした。
「火村さん! お願い!」
「黙ってつかまってろ!」
毒島の指が、一本ずつ火村の腕から引き剥がされる。
人間の力ではない。
最後に残った小指へ、火村がもう片方の手を伸ばした。
だが届く直前、毒島の身体は悲鳴とともに亀裂へ落ち、黒い床に一つの赤黒い稲光が放たれた瞬間、何事もなかったように床の亀裂は閉じた。
監視カメラの赤いランプが戻る。
録画映像には毒島が誰もいない空間へ吸い込まれる様子と、火村が最後まで手を伸ばし続けた姿が残っていた。
同時に、日本中のテレビとスマートフォンへ通知が届く。
━━Elによる緊急配信が開始されました。
題名は、一行だけだった。
《東亜青少年交流基金・最終搭乗手続き》
* * *
配信映像に現れたのはどの国にも存在しない国際空港だった。
水平線など生温いほど果ての見えない出発ロビー。
天井から吊られた電光掲示板には、過去七年間に東亜青少年交流基金を通じて出国した少女たちの便名と氏名が並んでいる。
個人名の一部には黒い帯が掛けられ、現在の居場所と顔は視聴者から保護されていたが出国日、変更された研修先、基金へ支払われた金額、帰国の有無だけは隠されていない。
候補者八十四人。
実際に出国した者、二十六人。
日本へ帰国できたことが確認された者、十一人。
所在を確認できない者、九人。
残る六人は現地で本人の意思によって生活を続けているという梁側の記録しかなかった。
そんなロビー中央の搭乗手続きカウンターへ毒島と梁が並んで立たされている。
二人の手首には白い樹脂製の帯が巻かれ、そこへ商品管理番号と十三円という価格が印刷されていた。
『ようこそお越しくださいました』
カウンターの向こうには、人型の黒煙が立っている。
『子供の皆様には片道切符しかご用意しなかったと伺いましたので、本日は同等以上のおもてなしを準備いたしました』
「ふざけるなよ。これは、中国に対する攻撃だ!」
梁がカメラへ向かって叫ぶ。
「私は正式な交流基金の理事であり、党の承認を受けて活動している! 私を殺せば、国家が━━」
『お静かに』
黒煙が指を立てる。
梁の口から出ていた中国語が途中で途切れ、代わりに日本語の告白が流れ始める。
「高城玲奈の旅券を到着日に回収した。帰国したいという申出を三度握り潰し、関係者の会食へ出席させた」
梁は両手で口を塞いだ。
指の隙間から、声だけが止まらず漏れる。
「現地へ送られた二十六人のうち、少なくとも十九人の受入先を学校から民間施設へ変更した。九人の所在を、私は知っている」
電光掲示板の九つの氏名へ、現在地を示す座標が追加された。
中国国内の施設が六か所、東南アジアの関連組織が二か所、党幹部の親族企業が所有する別荘が一か所。
「や、やめろ……!」
『現在、九名の保護に必要な情報を各国の捜査機関へ送信しております』
「お前ぇ……国家機密を盗んだのか!」
『おや? 子供の監禁場所が国家機密であると認めてくださるとは、供述調書の作成が一段と捗ります。しぇいしぇい』
「っ……!」
黒煙はバカにしたような言い方を終えて梁から毒島へ顔を向けた。
『毒島沙耶さん。あなたからも事業内容をご説明ください』
「私は子供たちを支援しただけです」
『随分呑気ですね、まだ広報のお時間だと思っていらっしゃる』
カウンターへ、愛理の相談ノートと八十四人分の候補者評価票が現れた。
『では、実物を用いた研修へ移りましょう』
出発ロビーの照明が消える。
暗闇の中から、子供たちの声が一つずつ聞こえ始めた。
『先生なら、話を聞いてくれると思った』
『お母さんには言わないでください』
『帰りたいです』
『私が悪いんですか』
『私これからどうなるんですか』
『友達の前で読まないで』
『誰にも言わないでってお願いしたのに』
それは毒島の法人へ寄せられた三千件を超える相談記録のうち、本人の許可なく学校、企業、海外基金へ売られた声だった。
「止めて……」
毒島が両耳を塞ぐ。
『なぜ塞ぐ必要が? あなたは昨日、子供達の声を聞くことが使命だとテレビで仰っていたでしょう』
「こんなものは相談ではない! 私への嫌がらせよ!」
『相談者の認識と、あなたの認識をすり合わせる必要がありそうですね』
床から八十四脚の学校机が現れ、顔のない生徒たちが毒島を囲むように座った。
机の上には、相談を受けた子供たちの手紙と写真が置かれている。
『毒島先生。皆様の前で共有してください』
「嫌……」
『クラス全体で問題を解決するためです』
「やめて!」
『一方的に誰かを加害者と決めつけてはいけないのでしょう?』
愛理の相談ノートが開く。
ページから細長い紙片が無数に剥がれ、毒島の両耳へ吸い込まれるように無理やり入り込んだ。
「あっ……!」
紙は鼓膜を破り、頭蓋骨の内側へ根を伸ばすように進みながら、毒島が過去に聞き流した言葉を脳へ直接刻み込んでいく。
助けて。
読まないで。
帰りたい。
私が悪いの。
止めて。
毒島は床へ倒れ、頭を抱えて転がった。
「聞こえる……全部、聞こえる……から……!」
『おめでとうございます。相談員としてようやく正常な聴力を獲得なさいました、実績解除です』
頭蓋骨の内側へ入り込んだ紙片は毒島が忘れたつもりでいた相談者の声を一つずつ脳へ直接刻み続けた。声を上げようとするたびに毒島の口からは自分の悲鳴ではなく、利用した子供の名前と売却額が吐き出される。
「和泉愛理、容姿評価S、予定協力金━━」
「言わせないで……!」
「宮原千紗、容姿評価A、家庭介入危険度━━」
「私の口を使わないで!」
『子供たちも、同じお願いをしておりました』
黒煙がカウンターへ手を置くと毒島の衣服が首元から足先まで黒い塵となって崩れ、顔を除く全身の皮膚に赤い切取線が浮かび上がった。
「何を……するの……?」
『相談記録を作成いたします』
八十四人の顔のない生徒たちが、机から一斉に立ち上がった。
最初の一人が毒島の右手首をつかみ、切取線へ爪を差し込む。
「何をするの……! やめて……触らないで!」
黒い指が皮膚と肉の間へ入り、手袋を外すように手首から指先までの皮膚を一枚に繋げたまま引き剥がした。
爪の周囲で皮膚が裂けて細い血管と神経が何百本も糸のように伸びたあと、湿った音を立てて切れていく。
皮膚を失った右手には赤い筋肉と白い腱が剥き出しになり、毒島は自分の骨が動く様子まで見せつけられた。
「あああああっ! 戻して! 私の手を戻して!」
『皮膚を剥がしただけです。手はまだお持ちでしょうに』
剥がされた皮膚は教室の机へ広げられ、黒い生徒が定規で四角く引き伸ばす。血と脂肪に濡れていた組織は、毒島が見ている前で白い相談用紙へ変わったが、表面には指紋と毛穴が薄く残り、元が自分の身体だったことだけは隠されなかった。
用紙の上へ、毒島自身の血で文字が記入される。
〈相談者━━和泉愛理〉
〈相談内容━━学級内でのいじめ〉
〈実施措置━━相談文の公開、本人への謝罪強要、孤立化〉
〈選定評価━━容姿S、協力金最高額〉
「嫌……そんなもの、書かないで……!」
『記録を残すことは、支援事業において大変重要です』
二人目と三人目の生徒が、毒島の左右の足首へ爪を入れた。
「か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛━━!」
皮膚は踵から膝、太腿へ向かってゆっくり裏返され、両脚を覆っていたものが長い靴下のように剥ぎ取られる。露出した筋肉へ空港の冷気が触れるだけで全身を焼かれるような痛みが走り、床へ血溜まりが広がったがElは失血による意識の消失もショック死も許さなかった。
「ぁぁ……殺して……もう殺して……っ!」
『まだ相談票が不足しております。残り……
八十一人分━━』
次の生徒たちは毒島をうつ伏せに押さえ、首の下から背中へ切取線を入れた。
肩甲骨の間へ黒い指を差し込み、背中の皮膚を腰まで一気に引き下ろす。毒島の身体が反り返り、喉から声にならない空気が漏れた。続いて胸、腹部、両腕の皮膚も端からつまみ上げられ、薄い布を壁紙から剥がすように肉から引き離されていく。
途中で皮膚が千切れれば黒い生徒は残った端へ爪を入れ直した。
何度も、何度でも、毒島が痛みを理解し直すたびにもう一枚を作るように━━。
剥ぎ取られた皮膚は机の上で引き伸ばされ、一枚ずつ白い相談票へ加工された。
愛理、玲奈、千紗、そして毒島が値段をつけた子供たちの名前、相談内容、家庭の弱み、提示された金額が本人の血によって表と裏へ隙間なく書き込まれていく。
数分後、毒島の身体には顔の皮膚と頭髪だけが残されていた。
首から下は赤い筋肉、黄色い脂肪、白い腱と血管が剥き出しになり、呼吸するだけで胸部の組織が直接伸び縮みする。
顔だけが以前の形を保っているため視聴者は毒島の恐怖も涙も、自分の身体から作られた相談票を見つめる目も最後まで確認できた。
『大変よくできました』
Elは八十四枚の相談票を揃え、毒島へ見せる。
『あなたが免許の更新以外で初めて、事実どおりに作成した書類です』
毒島の背後へ、一辺40cm程の白い箱が現れる。
側面には〈相談事例保管用〉と印刷されていた。
皮膚を相談票へ変えた顔のない生徒たちが、剥き出しになった毒島の腕と脚を直接つかむ。黒い指が筋肉へ食い込み、握られた箇所から血が溢れた。
「き゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛! い゛や゛ぁ゛ぁぁっ! 入れないでぇ……!」
『感情だけで判断してはいけません』
「助け、て……誰か、私の話を聞いて……ぇ……!」
『大変結構です。クラスの皆様へ共有しましょう』
毒島の訴えが、空港内のすべてのスピーカーから繰り返し流された。
『毒島さんは箱へ入りたくないそうです。反対の方は手を挙げてください』
八十四人の生徒は、誰一人として手を挙げなかった。
「どうして……!」
『名乗り出る方がいないため、あなたの思い込みとして処理いたします』
白い箱の内側には、毒島の皮膚から作られた八十四枚の相談票が貼られていた。
毒島の身体が箱へ押し込まれると剥き出しの肉が自分の皮膚だった紙へ触れ、相談票へ記された文字の一つ一つが焼けた針のように筋肉へ食い込んだ。
大人一人が入るには、箱はあまりに小さい。
箱の蓋が数センチ下がっただけで両肩の骨が内側へ折れ、鎖骨が肺へ突き刺さった。
皮膚がないため、砕けた骨は肉を突き破ることもなく直接箱の内壁へ押しつけられ、毒島が血を吐くと黒煙は片手を上げて心臓と意識だけを維持する。
『研修は、まだ始まったばかりですよ』
蓋がさらに下がる。
背骨が一本ずつ砕け、肋骨が内臓を包む檻から、肉へ食い込む刃へ変わった。膝は逆方向へ曲がり、折れた大腿骨が腹部を内側から押し上げても、箱の外へ血の一滴も逃げられない。
「ごろ……じで……ぇ……」
『子供を死なせたことは失敗だと記録なさったでしょう』
Elは毒島の顔だけが見える隙間を残した。
『従って、事業評価が終わるまでは生かして差し上げます』
箱は空港の手荷物検査機へ運ばれた。
透視画面には折り畳まれた骨と潰れた臓器を、本人の皮膚から作られた相談票が一枚ずつ挟み込み、毒島の身体そのものが一冊の広辞苑よりも分厚い報告書へ製本されていく様子が映る。
検査機の出口には、学校法人で使われていた形だがそれにしては大きすぎる巨大な公印が待っていた。
〈事業評価〉
〈成功〉
「やめ……て……それだけは……ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」
『ご自身が、六年間守り続けた結論です』
公印が最初に両脚を押し潰し、次に腹部、胸部と一ページずつ上へ進んだ。箱の中身は赤黒い紙の束へ圧縮され、最後に残った毒島の顔だけが、自分へ下りてくる〈成功〉の二文字を見上げている。
「愛、理さん……ごめんなさ━━」
『謝罪は相談者が生きている間にお使いください』
「そん……な……じにだぐない……いゃ……い゛や゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ━━!」
巨大な印面が断末魔の叫びを上げた毒島の頭部へ落ちた。
頭蓋骨が破裂する音とともに箱の厚みは数ミリまで縮まり、側面から溢れた血液が〈成功〉の文字を鮮明な赤へ染める。
毒島沙耶という人間は、最期に自分自身が作った事業報告書の一部となった。
画面へ処理結果が表示される。
〈執行対象 毒島沙耶〉
〈死因━━全身皮膚剥離、全身圧挫および頭蓋骨破砕〉
〈相談者の声━━公開済み〉
〈事業評価━━失敗〉
* * *
梁国華は、毒島の死に様を見ながら情け無い格好で床へと尿を漏らしていた。
「わ、わわ私は……あの女に名簿を作らせただけだ」
『随分と控えめな自己評価ですね』
「実際に選んだのは毒島だ! 学校の書類を整えたのは一ノ瀬だ! 私は現地の団体を紹介しただけで━━」
『なるほど。子供を売る事業では、責任だけが無料で国外へ亡命できるのですね』
Elが搭乗カウンターのボタンを押す。
梁の足元から、空港で使われる手荷物用の金属枠がせり上がった。
〈機内持込手荷物〉
〈規定寸法 縦五十五、横四十、奥行き二十五センチ以内〉
『お荷物の大きさを確認いたします』
「ま、待ってくれ……私は荷物ではない!」
『少女たちも商品ではありませんでした』
金属枠が梁の身体へ近づく。
「金なら払う! いくら欲しい!」
『販売価格は既に十三円で確定しております。値下げ交渉はご遠慮ください』
梁は逃げようとしたが両脚が床に固定され、金属枠だけが前方から身体へ通される。
ただし、肩幅が枠の規定を超えていた。
枠の左右が縮まり、上腕骨と肩甲骨を同時に砕く。
「ぎゃあああっ!」
『規定を超過しております』
胸部も入らない。
肋骨が一本ずつ内側へ折り畳まれ、肺から押し出された空気と血が口から噴き出す。
腹部は金属枠の形へ削られ、砕けた骨と臓器が皮膚一枚の内側で混ざっても梁は倒れることも気を失うことも許されない。
『なお、人格については最初から規定内です。ほとんど存在しませんので』
「たす、け……国家が……私を……」
『その国家へ、現在お問い合わせしております』
梁の前に九人分の旅券が現れた。
帰国できていない少女たちから取り上げられ、梁の管理施設に保管されていたものだった。
旅券のページが一枚ずつ剥がれ、紙とは思えない鋭さで梁の皮膚へ入っていく。
一枚目は右手の指を切り離した。
二枚目は左耳を削ぎ、三枚目は膝の腱を断った。
残りのページは何百枚もの薄い刃となって梁の身体を輪切りにしながら切断した肉と骨の間へ出国印、受入先変更印、帰国拒否の記録を挟み込んでいく。
神の力が血流を止め、切り離されたすべての神経を意識へ繋いだままにしたため、梁は自分の身体が数百の貨物へと麻酔無しで分けられる痛みを一つも失わず感じ続けた。
「や゛め゛っ……あ゛あ゛あ゛ぁ゛……!」
『入国審査には時間がかかります。長年事業へ携わった方なら、ご理解いただけるかと』
切り分けられた梁の身体が、銀色の大型スーツケースへ詰め込まれる。
眼球は透明な液体物用の袋へ、唇は申告書の上へ、折り畳まれた手足と内臓は隙間がなくなるまで押し込まれ、最後に頭部だけが蓋から半分外へ出た。
「入ら……ない……」
『ご安心ください。追加料金は発生いたしません』
スーツケースの蓋が閉じる。
梁の頭蓋骨は留め具に挟まれ、下顎から順に割れながら内部へ押し込まれた。
歯が何本も外へ落ちるとElはそれを拾い、紛失防止用のタグとして持ち手へ結びつける。
『お客様のお荷物として識別しやすくなりました』
スーツケースがベルトコンベアへ載せられる。
行き先表示は〈闇底〉。
復路はない。
梁は閉じたケースの内側から声にならない声で叫んでいたが、空港のスピーカーには肉と金属が擦れる音しか届かない。
コンベアの先で、旅客機のものとは比較にならない巨大なタービンが回転を始めた。
「ひゃめろぉぉ! わはしは党のためにはたらいた! 上のめーれーだった! わたひだけをごろすなぁぁ!」
『大変重要な供述です』
スーツケースがタービンの直前で止まる。
『では、上の方々にもご覧いただきましょう』




