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復讐はフリマアプリで落札される ~冤罪で家族と幼馴染を奪われ海へ沈められた少年は、神となって悪人を処刑する~  作者: くじけ


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第四十九話 救いと掬い 後編


「待ってよ! 私たちは何もしていない!」


『随分と意欲的な何もですね。旅券、偽造された同意書、施錠された施設、帰宅を拒否された十六歳の少女まで一台へ詰め込むとは悪虐さにも積載制限が必要でしょう』


 梁は上着の内側へ手を入れた。


 護身用の小型拳銃を抜こうとしたが、指先が触れた瞬間、金属の部品は黒い砂となって胸ポケットから零れ落ちる。砂粒は床へ着く前に集まり、赤い朱肉と学校法人の角印へ形を変えた。


『こちらの方が、皆様のお仕事には適しているかと』


「お前は、何者だ」


『本日の税関職員です。申告されていない子供が一名ございましたので保護者へ返却いたします』


 千紗の左右にいた毒島と女性職員の手が、見えない力によって座席へ縫いつけられる。


 黒煙が千紗へ片手を差し出した。


『宮原千紗さん。帰国なさいますか』


「……ここ、日本ですよね」


『行政上は』


 千紗は恐怖の中で、ほんの僅かに笑った。


「帰りたいです……お母さんのところへ」


『入国目的を確認しました』


 シートベルトが外れ、千紗の身体だけが車外へ引き出される。足元へ扉のような黒い影が開き、次の瞬間には百メートルほど離れた一般道の路肩へ立っていた。


 そこには、研修施設を監視していた所轄の捜査車両が停まっている。


 警察官が突然現れた少女へ駆け寄った。


「宮原千紗さん?」


「はい……お母さんが……」


「お母さんから保護を頼まれています。もう大丈夫です」


 その言葉を聞いた途端千紗はその場へ座り込み、学生証を胸へ抱いて泣いた。


 検査用道路の中では、毒島が黒煙を睨んでいる。


「なぜ、私を殺さないの」


『ご希望でしたか』


「これまでの標的は、その場で処刑したでしょう」


『本日は商品の購入へ伺ったのではありません』


 黒煙は車内に残された空席へ目を向ける。


『誤配送された子供を、本来の住所へ戻しただけです』


「私たちを裁く証拠がないのね」


 毒島は自分を安心させるように言った。


『いいえ』


 黒煙の顔に、笑みの形をした亀裂が不気味に浮かぶ。


『証拠はございます。まだ、祈りが届いていないだけです』


 毒島の顔から血の気が引く。


『ご安心ください。今のところ、あなたを十三円を出して欲しがる方すらいらっしゃいません』


「ふざけるな……!」


『冗談ではありません。市場から見放されるのは商品として大変深刻な問題ですので。逆に皆さん引き取り料金をもらいたいくらいなのでは?』


 梁が扉へ手を伸ばしたがネクタイがナニカによって後ろへ引かれ、座席へ身体を無理やり固定された。


「わ、私が誰か分かっているのか! 本国が黙っていないぞ!」


『肩書だけで威勢の良い人間が、結局最後に頼るのは集団とは……お一人では何も仰れないのでしょうか?』


「この行為は国際問題になる!」


『出国を拒否する少女をたった一人家に返しただけで外交問題になるのでしたら、随分と阿漕(あこぎ)で陳腐な国家事業ですね』


 黒煙が指を鳴らす。


 千紗の旅券、偽造された渡航承諾書、車内にあった七人分の候補者資料、毒島の業務用端末から抜き出された名簿が透明な袋へ収まり検査用道路の出口へ向かって滑っていく。


『それでは、警察の入国審査をお楽しみください』


 黒煙が消えると、存在しない空港の通路も同時に崩れ、ワゴン車は建設途中の道路へ戻った。


 前後の遮断機が上がる。


 正面から火村たちの車両と応援のパトカーが近づいていた。










 *      *      *









 午後四時二分。


 火村がワゴン車の扉を開けると、毒島と梁は座席へ座ったまま動けずにいた。


 二人の身体を固定するものは何もない。

 それでも筋肉が命令を拒み、火村が腕をつかんで外へ引き出すまで指一本動かせなかった。


「宮原千紗さんは保護した」


 火村が告げる。


「本人は出国を拒否し、母親も渡航と施設への滞在へ同意していない。事情を聞かせてもらうぞ」


「任意ですか」


 毒島は既に、子供を守る法人代表の顔へ戻り始めていた。


「今の段階ではな」


「では、弁護士が到着するまで何も話しません」


「子供に黙秘する権利は教えなかったくせに、自分の時は存分に行使するんだな」


 火村は路上へ置かれた透明な袋を見た。


 違法な方法で取得された可能性が高い資料をそのまま裁判の証拠へ使えるとは限らない。

 だが記載された旅券番号、送金先、候補者の氏名を人間の捜査で一つずつ確認することはできる。


「火村さん」


 森川が高城玲奈の学生証を持ってきた。


「宮原さんが、施設のベッド下から見つけたそうです」


 火村は裏面の文章を読む。


〈学校はない〉


〈旅券を渡さないで〉


〈梁国華を信じないで〉


「高城玲奈を捜せ」


「六年以上前の学生証ですよ」


「だからだよ。六年間、誰にも拾われない場所へ置いてあった」


 火村はパトカーへ乗せられる梁を見た。


「生きてるなら、今度こそ話を聞く」



 *      *      *



 高城玲奈は生きていた。


 現在二十二歳。

 十六歳だった六年前、東亜青少年交流基金の第一期奨学生として中国へ渡り三か月後に現地校から失踪したことになっている。


 基金の記録では玲奈は交際相手と暮らすため自ら研修先を離れ、連絡を拒絶した問題生徒とされていた。


 だが実際には到着した翌日に旅券と携帯電話を取り上げられ、学校ではない郊外の施設へ移された。

 言葉の分からない場所を転々とさせられ、梁の関係者が開く会食へ出席することを強いられ、帰国したいと訴えるたび日本の家族は自分を見捨てたと教えられた。


 三年後、施設の清掃を請け負っていた女性の助けで逃げることに成功し、領事館を経て帰国した。


 玲奈は警察にも基金にも話したが、渡航時の同意書と自ら研修先変更を希望したという署名入りの書類を示された。長期間所在不明だったことから記憶と供述の信用性を疑われ、梁は玲奈と会ったことすらないと否定した。


 家族は娘が自分の意思で失踪したという報道を信じ、帰国後も以前と同じ関係には戻れなかった。


 玲奈は六年間、出国の日に首から下げていた交換留学生の名札だけを捨てられずにいた。


 その日の午後八時、テレビでは宮原千紗が海外研修前の施設から保護され、本人の知らない旅程変更が行われていた可能性があると報じられた。


 画面の隅に映った基金の車両。


 警察署へ入っていく梁国華。


 そして、千紗が保護された際に握っていた学生証━━。


 玲奈は画面へ近づいた。


「残ってたんだ……」


 帰国してから何度も、自分が経験したことは恐怖が作った誤解だったのではないかと思った。


 だが、同じ施設へ別の少女が入れられ六年前に隠した学生証を持って帰ってきた。


 千紗が助かったことで自分の過去も初めて現実へと戻ってきた。


 玲奈は棚から名札を取り出し、フリーマーケットアプリを開いた。


 まだ出品はしない。


 午前一時十三分まで、あと五時間あった。



 *      *      *



 午後九時四十分。


 七緒は火村から呼ばれ、県警本部の面談室へ入った。


 机の向こうには火村と森川がおり、透明な袋へ入った高城玲奈の学生証、宮原千紗の渡航資料、そして和泉愛理の名前が記された候補者管理記録の写しが並んでいる。


「どうして、愛理の名前が……」


「毒島たちが管理していた名簿にあった」


 火村は、まだ外部へ公表しないことを条件に確認された事実を説明した。


 毒島は愛理の相談内容を支援のために使ったのではない。


 姉である七緒が夜まで働き、家庭から学校へ介入しにくいことを評価して容姿と年齢へ等級をつけ、国外へ送った場合に受け取る金額まで決めていた。


 教室で相談の手紙を読み上げたのも愛理の訴えを解決するためではなかった。友人や同級生との関係を壊し、学校と家庭のどちらにも居場所がないと思わせたあと、毒島だけが差し出す海外支援へ縋らせるためだった。


 七緒は、資料の文字を一行ずつ読んだ。


 容姿評価━━S。


 受入先協力金━━最高額。


 候補者管理━━相談内容の公開による孤立化。


 取引結果━━対象者死亡により中止。


 事業評価━━成功。


「愛理は、いじめられたからあの人へ相談したんです……」


 七緒の声は、ほとんど音にならなかった。


「助けてほしかっただけなのに……最初から、助けるつもりなんかなかったの?」


 火村は答えなかった。


 否定できる証拠が一つもなかった。


「愛理が死んだあとも、毒島は同じことを続けてたんですよね」


「今日、一人は助けられた」


「毒島と梁は?」


「任意で話を聞いている。今夜中の逮捕は難しい」


「どうして……!」


「現場にあった書類だけでは、本人たちは正式な留学手続きを行っていたと主張できる。宮原さんへ暴力を振るった痕跡もなく、母親の署名が使われた経緯も鑑定が必要だ。押収した端末と送金記録を調べ、ほかの被害者の証言を集めて必ず立件する」


「その間に、逃げたら?」


「出国しないよう手配する」


「誰かが、また証拠を消したら?」


「今度は消させない」


 火村の言葉に嘘はなかった。


 だだ六年前にも警察と学校は調べると言い、結局は愛理のノートより毒島が作った報告書を信じた。


「七緒さん」


 火村は、机の上で強く握られた七緒の手を見た。


「今夜は一人で帰らないで。森川に送らせる」


「……はい」


「エルカリのことは考えないでくれ」


 七緒の目が動く。


「毒島たちが裁かれるまで、俺が追う」


「信じています」


 七緒はそう答えた。


 だが信じることと、自分の祈りを捨てることは同じではなかった━━。



 *      *      *



 午後十一時五十分。


 毒島沙耶と梁国華は、弁護士と一ノ瀬理事長に付き添われて県警本部から出てきた。


 報道陣から宮原千紗への監禁と渡航承諾書の偽造について質問が飛ぶ。


「事実ではありません」


 毒島はカメラの前で立ち止まり、疲れた支援者の顔を作った。


「宮原さんは出国を前に不安定な状態となり、予定されていた研修を誤解しました。私たちは本人の意思を尊重して留学を中止しております」


『本人は、車内で帰りたいと訴えたと話しています』


「思春期の子供は、不安から大人の言葉を悪意として受け取ることがあります。どうか一方的な情報で関係者を傷つけないでください」


『高城玲奈さんの学生証が、施設から発見されたことについては?』


 梁が答える。


「六年前に自ら研修先を離脱した方です。今回の件とは何の関係もありません」


『学校はない、あなたを信じるなと書かれていました』


「精神的に不安定だった少女の落書きへ、国際交流事業全体を左右する価値があるとは思いません」


 その言葉は、生中継を見ていた高城玲奈の部屋にも届いた。


 《ミモザ》の二階では、七緒が愛理の相談ノートを缶から取り出していた。


 二人の女性は互いを知らない。


 失った時間も、差し出そうとしているものも異なる。


 ただ、助けを求めた少女の言葉を価値がないと切り捨てた人間が同じ時刻に画面の中で平然と笑っていた。



 *      *      *



 午前一時十三分。


 高城玲奈は、六年前の交換留学生用名札を十三円で出品した。


 商品名━━帰る学校がなかった留学生の名札。


 商品の状態━━全体的に状態が悪い。


 説明欄には、帰国してから一度も最後まで書けなかった文章を入力した。


『十六歳のとき、学校へ行けると聞いて海を渡りました』


『梁国華は、到着した日に私の旅券を取り上げました』


『帰りたいと言うたび、家族は私を捨てたと教えられました』


『私が自分で失踪したという記録を消してください』


『今度は、次の子が帰りたいと言った声を聞いてください』


 同じ瞬間、七緒も妹の相談ノートを出品した。


 昨夜入力した商品名と価格は同じだった。


 商品名━━妹が助けを求めたノート。


 販売価格━━十三円。


 ただし、説明欄は空白ではない。


『妹は、毒島沙耶なら話を聞いてくれると思って相談しました』


『毒島はその言葉を教室で読み、妹を独りにしました』


『今日、あれが指導の失敗ではなかったと知りました』


『妹を国外へ売るため、家族と友達から切り離そうとしていた』


『妹が死んだあとも成功と記録し、別の子供へ同じことを続けていました』


 七緒の指が止まる。


 祈には、人を殺さないでと言った。


 昨夜はその言葉を裏切れないと思って画面を閉じた。


 今も毒島が死ぬことを望んでよいとは思えない。

 それでも愛理の死をただの失敗事例として利用し、今日まで子供を商品のように選び続けた人間に、もう一度誰かの未来を預けることもできなかった。


『私は、妹を助けられませんでした』


『警察へも行きました。今度こそ裁いてくれると信じたいです』


『それが届かなかったら、毒島がまた子供の声を利用する前に止めてください』


『代金の代わりに必要なら、私が正しい人間だと思われる資格を差し出します』


 七緒は涙を拭わず、出品ボタンを押した━━。



 *      *      *



 隣室で、祈の黒いスマートフォンが二度震えた。


 ━━新しい商品が出品されました。


 ━━新しい商品が出品されました。


 帰る学校がなかった留学生の名札。


 妹が助けを求めたノート。


 一つは、梁国華へ奪われた三年間を取り戻す祈り。


 もう一つは、毒島沙耶によって消された妹の声を送り直す祈り。


 二つの商品ページの間へ黒い線が伸び、同じ犯罪記録へ接続される。


 ━━同一取引網に関係する二件の出品を確認しました。


 ━━各執行対象に対する購入条件は、個別に成立しています。


 ━━審理情報を結合します。


 画面には毒島と梁、それぞれの購入ボタンが並んでいた。


 どちらも灰色ではない。


 祈は七緒の部屋がある壁へ顔を向けた。


 薄い壁の向こうから、声を殺して泣く音が聞こえる。


「人を殺さないで、と仰ったでしょう」


 責める声ではなかった。


「今度は、止めてくださいと願うのですね」


 七緒は祈が聞いているとは知らない。


 まして、自分が送った商品を購入する者が壁一枚を隔てた隣にいるなど考えてもいなかった。


 祈は最初に、毒島沙耶の購入ボタンを押した。


 七緒のスマートフォンへ通知が届く。


 ━━Elが商品を購入しました。


 続いて、梁国華を購入する。


 遠く離れた高城玲奈の画面にも、同じ通知が表示された。


 ━━Elが商品を購入しました。


 二件の取引が成立した瞬間、祈の執行期限は購入済み商品に対する執行予定へ更新された。


 黒い画面へ、次の予定が記された。


 日時━━明日、午前一時十三分。


 場所━━東亜青少年交流基金・出国審査場。


 予定━━返品できなかった人間の、最終搭乗手続き。


 同じ予定表が、県警本部から出たばかりの毒島と梁のスマートフォンにも表示された。


「そんな……嫌……」


 毒島が端末を落とす。


 梁は通知を削除しようとしたが、画面には何度でも同じ搭乗券が戻ってくる。


 搭乗者━━毒島沙耶、梁国華。


 目的地━━闇底。


 復路━━なし。


 一ノ瀬理事長の端末に通知は届かなかった。


 二人がElに購入されたと理解しても自分だけはまだ商品ではない。

 だが、それは助かったという意味ではなく今夜は順番が回ってこなかっただけだった。


 子供を国外へ送り出すため何枚もの搭乗券を用意してきた三人のうち、二人分の片道切符だけが神の手によって発行された━━。


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― 新着の感想 ―
自分の家族が殺されても出品しようとしなかった人が、関係ない他人がこれ以上被害に合うのを防ぐために出品する……重い選択ですね。個人的には支持します
それで良いんだよそれで…自身の欲望を満たす為に、何も知らない他者を食い物にする人面獣心な外道に比べたら、大切なもんを奪われた事への復讐の方が遥かにマシだよ。
単にアーパーがやらかして自殺させてしまったんならまだ許せないしやるせないってとこで燻るだけで済んでたけど実はクッソ悪辣な奴隷売買システムの流れで負荷かけるラインミスって死んだわなんて知ればそりゃやるわ…
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