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復讐はフリマアプリで落札される ~冤罪で家族と幼馴染を奪われ海へ沈められた少年は、神となって悪人を処刑する~  作者: くじけ


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第十六話 なすりつけ 後編


 天井にあった吊り革がすべて消えた。


 その代わりとして二つの金色の輪が現れる。

 それは妻が出品した結婚指輪と同じ形だった。


 巨大化した二つの輪が莉愛の頭上へ並んで下がっている。


 一つの内側には〈高梨直人〉、もう一つには〈高梨沙耶〉。


 刻印されていた夫婦の名前が赤黒い光を放つ━━。


『この二つの輪は、夫婦の愛を結ぶために作られました』


「やめて……」


『あなたは再生数のために、一人を輪から無理やり切り離した』


 黒い乗客たちが莉愛の白いジャケットへ手を伸ばし、胸元にある《NO MORE CHIKAN》という穢れたピンバッジをつかむ。

 その瞬間ピンバッジの金属が溶け、黒い糸となって襟へ入り込んだ。


 ジャケットの縫い目がひとりでに解け始める。


 袖口。


 脇腹。

 

 背中。


 何百本もの白い糸が引き抜かれ空中で一本の太い布へ編み直されていき、ジャケットは形を失いながら莉愛の身体へ巻きついた。


 襟が首へ密着する。

 そして袖が背後に伸びて一本の長い拘束具となった時モノが頭上の〈高梨直人〉と刻まれた金色の輪を通る。


「いや……ぁ……首は、やめてぇ……!」


『高梨直人様は、留置施設の中で自らの衣服を使用しました』


「ぐぉっ……かっ……!」


 襟が締まり、莉愛の首に布が深く食い込んだ。


『したがって、あなたにもご自身の衣装をご利用いただきます』


「認め、る……全部私が、やった……! がはっ……!」


 莉愛は血の混じった唾を飛ばしながら叫んだ。


「杏奈に、演じさせた! 高梨を……選んだのも……私! あの人は痴漢じゃない……最初から全部仕込みだった!」


 配信画面に莉愛の告白が文字となって表示される。


「これでいいでしょう! 無実だって認めた! 早く……外してぇ……っ!」


『高梨直人様も、触っていないと何度も仰いました』


「私は死にたくない!」


『その希望は、被害者と一致しております』


 天井から伸びた二本の黒い帯が莉愛の既に砕けた両手首を持ち上げた。


 右手が〈高梨直人〉の輪へ通される。


 左手が〈高梨沙耶〉の輪へ通された。


 二つの輪が手首の周囲で縮んで金属製の手錠のように閉じ、莉愛の身体が両腕を上げた姿勢で宙に持ち上げられた。


 莉愛の足先が床から離れ砕けた手首へ全体重が掛り、折れた骨が皮膚を内側から押し上げやがて突き破った。


 白い骨の先端が血とともに露出する。


「い゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 莉愛の身体は、二つの結婚指輪だけで天井から吊られた。

 首へ巻かれた布には、まだ体重がかかっていない。


『これより、広告を再生いたします』


「何……?」


 窓の画面すべてに、莉愛の過去動画から切り取られた広告が流れた。


『痴漢を許さない社会へ』


『女性が安心して歩ける未来を』


『チャンネル登録と高評価をお願いします』


 映像の下に現在の視聴回数が表示される。


 三百八十二万回。

 数字は猛烈な速度で増えていた。


『今回の目標は二千万再生です』


「い、いやぁ……! そんなの、待てるわけ……!」


『高梨直人様を犯罪者として拡散した動画の合計再生数です』


 黒煙の中で白い歯が浮かんだ。


『ご本人にも同じ景色をご覧いただくのが公平かと。今よりもっと有名になれますよ』


「二千万まで、何をする気……?」


『何も』


 Elは駅弁の最後の一口を食べた。


『ただ、結婚指輪は一つずつ外れます━━』



 *      *      *



 視聴回数が五百万へ達した。


 〈高梨沙耶〉と刻まれた左の輪が、一センチ開いた。


 莉愛の手首が隙間から抜け落ちる。


 左腕が自由になったのではない。

 支えの半分を失った全体重が、右手首へ集中した。


 既に砕けていた左手の骨が肉を切り裂きながら輪の中を滑る。

 皮膚が手の甲から剥がれ、薄い軍手のように金色の輪へと残った。


 莉愛の身体が右側へ大きく傾く。


「や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 右肩の関節が外れ、腕が頭上へ不自然に伸びて筋肉の一部が裂ける。

 血が脇から伝って床に落ちた。

 莉愛は剥き出しの左手で首の布を必死に外そうとするが、それを阻止するように黒いコメントの帯が指へ巻きついた。


〈逃げるな〉


〈反省しろ〉


〈被害者の気持ちを考えろ〉


 帯が一本ずつ指を逆方向へ引っ張る。


 小指。


 薬指。


 中指。


 関節が外れて皮膚が裂け、最後には親指まで手の甲の方に折り畳まれた。

 その瞬間、莉愛はもう二度と首に触れることすらできなくなった。


 視聴回数、一千万突破。

 右手首を閉じていた〈高梨直人〉の輪にも亀裂が入る。


「ま、待って……これが外れたら、私……!」


『ご安心ください』


 Elが空になった弁当箱を閉じる。


『首の衣装が支えてくださいます』


「ダメぇ……それじゃ、死んじゃう……!」


『芸術家は死んでから評価されるそうです。やりましたね』


 一千二百万。


 輪の亀裂が広がる。


 一千五百万。


 右手首の皮膚が金属の縁で削られ、骨だけが輪に引っかかっている。


 一千八百万。


 残った骨が限界を超えて砕けた。


 莉愛の右腕が輪から抜ける。


 その直後、身体が勢いよく落下した。

 首へ巻かれた白いジャケットが金色の輪を通して全体重を受け止める。


 鈍い音が車内に響く……それは頸椎が完璧に折れた音だった。


 莉愛の身体が宙で大きく跳ねて両脚を激しく動かす。

 折れた首は右へ傾いて顔と胴体の向きがずれているがそれでも意識は失われなかった……いや、失わせてくれなかった。


 神の力が死亡する直前の状態に身体を固定している。


「がっ……ぁ゛……!」


 喉が潰れて声にならない空気だけが漏れ、首へ食い込んだ布の隙間からは血が細く流れた。


 顔は鬱血し、眼球が前へ押し出される。

 舌が口からだらしなく垂れて裂かれた口角から赤い泡が落ちた。


『まだご存命です』


 Elが配信画面へ説明する。


『死んで逃げた、と誤解されてはいけませんので』


「ぃ゛……ぃ゛ゃ゛ぁ……」


 莉愛の瞳から血の涙が一筋流れた━━。



 *      *      *



 《ミモザ》のソファ席で、沙耶は配信を見ていた。


 莉愛が直人の無実を認めるところまでは目を逸らさなかった。


『あの人は痴漢じゃない! 最初から全部仕込みだった!』


 その言葉が何度も画面へ表示される。


 沙耶は口元を押さえた。


 二か月間、誰も信じてくれなかった……。

 警察も会社も近所の人間も、そして画面の向こうにいる何百万もの人間も━━。


 直人本人の言葉よりも黒瀬莉愛の編集された映像を誰もが信じた。


「なおと……」


 涙が配信画面に落ちる。


「やっと……やっと、証明されたよ……っ……」


 莉愛の処刑が始まると、七緒が沙耶の手からスマートフォンを静かに下ろした。


「もう、見なくていいと思います」


「でも……」


「黒瀬がどんな死に方をしても、旦那さんの無実は変わりません」


 隣で眠っていた花音が目を覚ました。


「ママ……?」


 沙耶は娘を抱き締める。


「どうしたの?」


「パパはね」


 声が震えた。


「悪い人じゃなかったよ……っ……」


 花音は眠そうな目で母親を見る。


「知ってるよ」


 沙耶の涙が止まった。


「パパ、悪いことしないもん」


「……うん」


「じゃあ、帰ってくる?」


 沙耶はすぐに答えられなかった。


 娘の髪を何度も撫でる。


「ううん……」


「どうして?」


「遠いところへ……行っちゃったから」


「会えないの?」


「今は……会えない……っ……会えないの……」


 沙耶は娘を強く抱き締めた。


「でも、もう誰にもパパを悪い人だなんて言わせないから……」


 花音は母親の胸元で小さく頷いた━━。



 *      *      *



 視聴回数……一千九百九十九万。


 透明な電車が動き始めた。

 外から見れば車両は地下駐車場の同じ場所に停止している、だが車内の窓には暗いトンネルを猛烈な速度で走る景色が流れていた。


 吊られた莉愛の身体が強烈な加速の慣性によって後方へと傾く。

 首を固定している白い布がさらに締まり、傷口へ深く沈んだ。


 皮膚の下で、既に折れた頸椎が何度も擦れる。


 一千九百九十九万九千九百九十七。


 一千九百九十九万九千九百九十八。


 画面の数字が一桁ずつ増える。


 火村は斧を捨て、透明な壁へ両手をついた。


「やめろ! もう十分だっ!」


 莉愛の残った意識が火村へ向く。


 口が小さく動いた。


 たすけて……。


 だが声は出ない。


『高梨直人様も、最後まで同じ言葉を訴えていました』


 Elは車両へ背を向けた。


 視聴回数、二千万。


 車内に到着を知らせる音楽が流れる。


『ご乗車ありがとうございました、間もなく停車致します。お足元にご注意下さ……おや、足元は既に浮いておりましたね。では』


 透明な電車へ、急ブレーキがかかった。


 黒い乗客たちの身体は吊り革と座席へ固定されている。


「gぁっ……」


 莉愛の胴体だけが慣性によって前方へ投げ出された。


 首は白いジャケットと金色の輪へ固定されたまま、折れていた頸椎が残った筋肉と皮膚を内側から引き裂く。


 首が異常な長さにまで伸び、喉の皮膚が縦に裂けて気管と血管が露出する。


 次の瞬間━━。


 肉と腱が耐えきれず一斉に千切れ、莉愛の胴体が血の尾を引きながら車両の前方へ飛んだ。

 その胴体が座席へ激突し、肋骨と骨盤を砕きながら床へグシャグシャに転がる。


 だが頭部だけが白い布に巻かれたまま金色の吊り革から下がっていた。

 切断面からは大量の血が噴き出し、透明な窓へ扇状に広がる。


 それでも顔には一切ぼかしが入らなかった。


 鬱血した目。

 口から垂れた舌。

 そして絶望した表情のまま頬に残る血の涙。


 その惨殺された死体が黒瀬莉愛本人であると誰もが確認できる状態で配信され続けた。


 黒煙の中で、白い歯だけが笑う。


『二千万回再生、おめでとうございます』


『最後までご本人の出演が出来ました、やはり身体を張った企画が一番伸びるようです。伸びたのは首もですが』


 車内放送が最後の案内を流した。


『それでは、終点の地獄です』


『お忘れ物は良心と被害者の人生です』


 透明な電車へ無数の亀裂が走った。

 車両も黒い乗客も吊り革も、細かな黒い粒子となって綺麗に崩れていく。


 地下駐車場の床へ莉愛の胴体がドサリと落ちた。


 少し離れた場所に頭部が転がる。

 最後に二つの金色の輪が消え、元のワゴン車だけが残された。


 火村は莉愛の遺体へ駆け寄ったが、最早脈を確認する必要すらなかった。


「El……!」


 顔を上げる。


 黒煙の姿は既に消え、空になった駅弁の紙箱さえ残されていなかった━━。



 *      *      *



 莉愛の処刑から三分後。


 彼女の公式アカウントに未編集の動画が投稿された。


 高梨直人を事件前から尾行する撮影スタッフ。


 真鍋杏奈へ報酬を渡す猿渡。

 直人を犯人役として選定した企画書。

 そして莉愛がワゴン車内で自ら冤罪を認めた音声。


 さらに過去に作られた十二件の私人逮捕動画について出演者、報酬、広告収益が一覧として公開された。


 投稿の最後には赤い文字で一文だけ記されていた。


〈虚偽の告発は、真実を訴える被害者の声まで殺します〉


 県警は真鍋杏奈、猿渡聡、撮影スタッフたちの身柄を確保した。

 公開された記録へ依存せず、押収した端末と銀行記録を一から調べ直す捜査が始まる。

 黒瀬の動画によって犯人とされた人々にも警察から再確認の連絡が入った。


 そして高梨直人の勤務先は、彼に対する処分の撤回と遺族への謝罪を発表した。


 ニュースは初めて直人を「痴漢の被疑者」ではなく、「捏造動画によって犯罪者に仕立てられた男性」と呼んだ。


 《ミモザ》のソファ席で沙耶はその文章を何度も読み返した。


 隣では花音が三人家族の絵を胸へ抱いて眠っている。


 スマートフォンへ取引終了の通知が届いた。


 ━━商品が購入者へ届きました。


 ━━取引を完了しました。


 沙耶は夫の結婚指輪を握った。


 莉愛が死んでも直人は帰ってこない。

 消された二か月も、娘が投げつけられた言葉もなかったことにはならない。


 それでも、夫が最後まで守ろうとした一つの真実だけは戻ってきた。


『触っていない』


 その言葉が、ようやく世界へ届いた━━。


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― 新着の感想 ―
黒瀬莉愛も真鍋杏奈も現役の芸能人として活躍してるけど、しかも「触れたら最後」というデビューシングルを出してらっしゃる。これは偶然?必然?アウト?セーフ?そしてこの感想は怒られないかな?
黒瀬は最期まで言葉を信じてもらえて良かったね 被害者達は信じてもらえなかったんだから 火村君はElを追い掛けて遊ぶ暇があるなら一つでも被害者が泣き寝入りしてる事件を調べなよ Elの処刑は紛うことなき…
草津市長に冤罪ふっかけたクソフェミ思い出した。それよりもクソなのは「ワタシは騙された。ワタシは悪くない」とこのクソフェミの言う事を信じてたのに嘘が判明した途端にこのクソフェミだけを悪者にしたクズフェミ…
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