↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐はフリマアプリで落札される ~冤罪で家族と幼馴染を奪われ海へ沈められた少年は、神となって悪人を処刑する~  作者: くじけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/51

第十五話 なすりつけ 前編


 施錠されたワゴン車の中で黒瀬莉愛は何度も何度もドアノブを引いた。


「開けて! 誰か! ここを開けなさい!」


 運転席。

 助手席。

 後部のスライドドア。


 どの鍵も下りたまま動かない。

 車内から解錠ボタンを押しても乾いた作動音が鳴るだけだった。


 莉愛はスマートフォンを取り出した。


 猿渡へ電話をかけようとする。


 しかし連絡先を開くより先に、画面が黒く染まった。


 ━━取引を開始します。


「嘘……」


 先ほど少年が見せた《エルカリ》の商品ページ。


 そこに載せられた二つの結婚指輪。


 販売価格、十三円。


 購入ボタンを押す直前、少年は言った。


『本日は、犯人役ではなくご本人に出演していただきます』


「ま、まさか……あの子がEl……」


 口にした瞬間、車内の照明が赤黒く明滅した。


 座席が軋む。

 壁が左右へ遠ざかり、低かった天井が持ち上がっていく。

 ワゴン車の内部が物理的に存在できる広さを無視して伸び始めた。

 そして床へ敷かれていた黒いマットは銀色の金属板へ変わり、窓の形が長方形に揃って天井から白い吊り革が何十本も下がった。


 莉愛が立っているのはいつの間にか一両分の電車の中だった。

 ただし、壁も床も天井も外側からは透けて見えている。

 地下駐車場の中央に透明な電車の車両だけが出現していた。


 外からは莉愛の姿も、座席も、吊り革もはっきり見える。


 だが莉愛から見える窓はすべて縦長のスマートフォン画面になっていた。


 何十というガラスの画面に自分の顔が映っている。

 正面、横顔、足元から見上げる角度。

 逃げ道を探して振り返る姿。

 車内のあらゆる場所から撮影された映像が一秒の遅延もなく並んでいた。


「撮るな……! 配信を止めなさい!」


 莉愛は最も近い画面へ手を伸ばしたが、指先が触れる前に生配信アプリが起動する。


 配信元は黒瀬莉愛の公式アカウント。

 そして配信の題名は自動的に書き換えられた。


 《女性の敵をその場で私人逮捕します》


 予定していた題名と同じだった。


 ただ一つ違うのは、サムネイルに写る犯人役だけが莉愛自身へ変わっている。


 視聴者数が一万人、十万人、百万人と一瞬で跳ね上がった。


 コメント欄へ無数の文字が流れる。


〈何これ?〉


〈莉愛が透明な電車に閉じ込められてる〉


〈Elの配信だ〉


〈さっきの痴漢捏造って本当だったの?〉


〈やばいぞ、逃げろ!〉


〈もっと近くで映して!〉


〈くしゃみ助かる〉


 莉愛は自分の顔へ両手を当てた。

 画面の映像は手のひらだけを透明に処理して莉愛の顔を映し続ける。


「顔を隠せ! ぼかしを入れろ!」


 車外から紙箱の蓋を開けるような音が聞こえて莉愛が窓を見ると、透明な車両のすぐ外に人型の黒煙が立っていた。


 黒煙には顔も服も存在しない。

 頭と肩、二本の腕だけが人間の輪郭を保ち、内部では赤黒い雷が血管のように明滅しているが、無駄に人間味があるのか右手には駅弁が載っていた。


 黒煙は焼き鮭を箸でほぐし、一口食べる。


『申し訳ありません』


 男とも女とも老人とも子供とも判別できない声が、車内放送と世界中のスマートフォンから流れた。


『被疑者の顔を隠すと、再生数が落ちるそうですので』


「え……El……」


『まもなく、公開処刑行きの列車が発車いたします』


 車内へ発車ベルが響いた。


『途中下車、動画の削除、弁護士を通したお問い合わせ、事務所を使った法的処置は一切受け付けておりません』


「ふざけないで! 私をここから出しなさい!」


『お客様』


 黒煙の中で白い歯だけが笑った。


『駆け込み乗車は危険ですが、駆け込み下車はもっと危険ですよ』


 透明な扉が、莉愛の目の前で閉じた━━。



 *      *      *



 車内の照明が消えた。


 その一秒後、明かりが戻る。

 すると誰もいなかった座席に乗客が座っていた。


 だがその乗客達は全身を黒い煙で作られた顔のない人間たちで、男も女も腰を曲げた老人も子供もいる。


 だが顔があるべき場所には配信用のカメラが一台ずつ埋め込まれていた。

 

 そのレンズが同時に動き、莉愛を向く。

 そして座っていた一体が急に立ち上がる。


『この女、人を殺しました!』


「ち、違う!」


 莉愛は反射的に叫んだ。


「私は誰も殺してない!」


 黒煙の乗客たちが一斉にざわめく。


〈否認した〉


〈反省していない〉


〈人殺しのくせに〉


〈家族も調べろ〉


〈勤務先を特定しろ〉


〈晒せ〉


 コメントと同じ文章が乗客たちの胸へ赤い文字となって浮かんだ。


「証拠を出して! 誰が私に殺されたっていうのよ!」


『おや、被害者が嘘をついていると仰るのですか?』


 莉愛の言葉が思わず止まった。


 それは高梨直人を捕まえた日、彼が「触っていない」と訴えるたびに自分が返した言葉だった。


「私は……あの男に触られたって言った女を信じただけ……」


『では、被害者をご紹介します』


 窓の画面に高梨直人の顔が映った。

 それは私人逮捕された直後の映像。

 黒瀬たちに腕をつかまれ、何台ものカメラを向けられている。


『俺は触っていない!』


 映像の中で直人が叫ぶ。


『映像を確認してください! 俺の話を聞いてください!』


 続いて真鍋杏奈へ送られた報酬記録が表示された。


 撮影前日の三万円、そして撮影終了後の七万円。

 摘要欄には〈出演費〉と記載されている。


 別の画面には、猿渡が作成した企画書が映る。


 題名━━《妻子持ち痴漢を私人逮捕》。


 作成日時は、事件が起きる二日前。


 出演者欄。


 被害女性役━━真鍋杏奈。


 犯人役━━当日選定。


 それを見た瞬間、莉愛の顔から血の気が一気に引いた。


「待って! ね、捏造よ! これはElが作った偽物よ!」


『画像も送金記録も偽物だと?』


「そうよ!」


『ではここで、ご本人へのインタビュー記録をお聞きください。記者側は『支持率下げるぞ』などの捏造は一切行っておりません』


 ワゴン車で祈と交わした会話が再生された━━。


『本当に痴漢である必要は?』


『ない』


 莉愛自身の声が車内へ何度も何度もハウリングのように反響する。


『ない』


『ない』


『ない』


「違う! 私はそんな意味で言ったんじゃない!」


『切り抜かれた側は皆さん一様にそう仰いますね』


 映像が途中で切られ、莉愛の『ない』という声だけが短い動画として全世界へ投稿された。


「前後を見せなさい! 悪質な切り抜きよ!」


『ご安心ください』


 Elは駅弁の卵焼きを口へ運んだ。


『その苦情は、高梨直人様からも頂戴しております━━』



 *      *      *



 県警の駅員室で杏奈のスマートフォンが勝手に生配信を開いた。


 森川が画面を見る。


「火村さん、始まりました!」


 透明な電車の中に閉じ込められた莉愛が映っており、背景の窓には地下駐車場の柱番号が見えた。


「地下二階、東側だ! 所轄と消防を回せ! 森川、お前はこいつらを見てろ!」


「私も行きます!」


「ダメだ! 真鍋が逃げたらどうする!」


 火村は杏奈へ視線を向けた。

 彼女は莉愛の配信を見ながら震えている。


 窓へ映し出された報酬記録。

 企画書。

 そして自分の名前。


 すべてを見た杏奈は、両手で顔を覆った。


「……本当です……っ……」


 森川が息を呑む。


「何が?」


「高梨さんは……触ってません」


「真鍋杏奈さん、今の発言は任意の供述として記録する。続けるなら最初から話して」


「私たちが……莉愛さんに言われて、痴漢にしました」


 猿渡が立ち上がる。


「杏奈! 余計なことを言うな!」


「高梨さんだけじゃない! 前の盗撮も酔っ払いも、全部仕込みです!」


「馬鹿野郎! 黙れ!」


 猿渡が杏奈へ詰め寄ろうとするが、森川はその腕を取って思いっきり机へ押さえつけた。


「ねぇ、公務執行妨害まで追加されたい?」


 別の警官が撮影スタッフたちを取り囲む。

 火村はそれを確認すると駅員室を飛び出した。



 *      *      *



 黒い乗客たちが座席から一斉に立ち上がり、莉愛を取り囲む。


「いやっ、近づかないで!」


 最初の一体が莉愛の抵抗を無視して莉愛の右腕をつかんだ。


 黒い指は皮膚の表面で止まらず、肉の中へ沈んでいく。

 五本の指先が前腕の筋肉を無理やり貫き、骨へ触れた。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛っ!」


 莉愛が腕を引こうとするも、指が肉を内側から掻いて細長い傷口を作った。

 その裂け目からは血がドクドクと流れ、白いジャケットの袖を赤黒く染める。


 二体目が左腕をつかむ。

 三体目と四体目は両脚へしがみついた。


 さらに背後から何本もの黒い腕が伸び、髪と肩と腰を押さえる。


「ふざけるな! これは暴行よ! 警察を呼んで!」


『私人逮捕です』


「こんなの逮捕じゃない!」


『抵抗しないでください。抵抗するとは……やましいことがあるからですか?』


「ちがっ……」


 乗客のカメラから、黒い帯が吐き出された。


 帯の表面には、配信コメントが白い文字で流れている。


〈殺人者〉


〈嘘つき〉


〈反省しろ〉


〈顔を晒せ〉


 一本目が莉愛の右手首へ巻きつあて強く締まり、皮膚を裂くような勢いで食い込んだ。


 二本目が左手首。

 三本目と四本目が、両足首。

 帯は止まらず細くなっていく。

 そして手首の骨が圧迫されて互いに擦れる。


 みしり……。


 骨が悲鳴を上げて軋む音が車内へ響いた。


「痛い! たすけてぇっ!」


 右の橈骨(とうこつ)が折れた。

 続いて尺骨が砕け、手首があり得ない角度へ曲がる。


 左手首からも同じ音がした。

 莉愛の絶叫が透明な車両の外まで届いた。


 黒い帯は砕けた骨ごと肉を締め上げ、傷口から血を噴き出させる。

 足首の骨も順番に折れ、身体を支えられなくなった莉愛が倒れようとするが、乗客たちは髪と腕を無理やりつかんで立った姿勢のまま固定した。


『現在、私人逮捕中です』


「いや……裁判を受けさせて、証拠があるなら警察に渡せばいいでしょう……!」


『裁判?』


 Elが弁当の唐揚げを一口で食べた。


『あなたの配信に、その機能はありませんでしたが。もしやプレミアム会員限定ですか?』


「わ、私は殺されるようなことをしてない……!」


『高梨直人様も、逮捕されるようなことをしておりませんでした』


「謝る! 奥さんにも娘にも謝るから! お願い助けて……!」


『配信外での謝罪は、視聴者に届きませんよ』


 黒い帯が莉愛の口角へ引っかかり、左右から唇を強く引く。


 唇の端が裂け、口裂け女のように頬へと向かって傷が伸びる。


「いひゃあああっ!」


『カメラの前で笑顔をお願いいたします』


 裂けた口が強制的に持ち上げられ、血まみれの笑顔を作った。


『人気配信者は、表情管理も仕事のうちでしょう?』



 *      *      *



 火村が地下駐車場へ到着した。


 駐車区画の中央に透明な電車が停まっている。

 車両の外には黒煙の人影。

 中では莉愛が黒い乗客たちに拘束され、血を流している。


「El!」


 火村が必死の形相で駆け寄り、透明な外壁を消防設備から外した金属製の斧で殴った。


 甲高い音が地下空間に響くが、以前と同様に傷一つつかない。


「黒瀬を解放しろ!」


『現在、女性の敵を私人逮捕しております』


「ふざけるな! たった今真鍋が自白した! 高梨直人への冤罪も過去の仕込みも認めてる!」


 莉愛が顔を上げた。


「刑事さん! 助けて! 全部話す! 機材もデータも渡すから! お願いここから出してぇぇ!!」


「El! 今聞いたな! 今度は法で裁ける!」


 黒煙は箸を止めた。


『……今度は?』


 火村は歯を食いしばる。


『十分な証拠が揃うまでの間に、高梨直人は死にました』


「分かっている!」


『今度は十分。今度は間に合う。人間というのは死体が一つ増えるたびに便利な言葉を覚えますね。ただし被害者出さないという学習はいつまでもしないようですが』


「だからって、二つ目の遺体を作る理由にはならない!」


『彼女は高梨直人さんという遺体を広告に変えました』


「お前まで同じことをするな!」


 火村はもう一度、斧を振り下ろすが透明な壁を破壊できず、衝撃だけが両腕へ返った。


 包帯の下にある以前の傷が開き、血が柄を伝う。


「黒瀬を殺せば、あいつの嘘を否定する証人まで消える!」


『その点はご心配なく』


 Elが指を鳴らすと、窓の画面に杏奈の供述が生中継で表示された。


『人間の法へ返却する証人は、既に確保されています』


「命を在庫みたいに選別するな!」


『あなた方も、被疑者と被害者という棚へ毎日在庫確認のように並べているでしょう』


「俺達は並べても殺しはしない!」


『見殺しにはしました』


 火村の動きが一瞬止まる。


 その隙に、車内の照明が金色へ変わった━━。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
『あなた方も、被疑者と被害者という棚へ毎日在庫確認のように並べているでしょう』 「俺達は並べても殺しはしない!」 『見殺しにはしました』 最高に皮肉が効いてる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。