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お嬢様は恋煩い  作者: 霧原善光
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第3-11話 襲来(1)

 

 

 朝起きた瞬間から、いや昨日麻夕ちゃんからのメールが届いた瞬間から、俺はなんとなく憂鬱な気分を拭えずにいた。

 麻夕ちゃんは本日、琴葉さんと一緒に喫茶ブルーメにやってくるらしい。

 時間はだいたい午後四時ごろの予定だそうだ。当然、俺の勤務時間と重なっている。

 いや、先週の土曜日に御影邸に行った時以来、二人はすぐにでもブルーメにやってくるのだろうなと予想はしていたのだ。

 だから心の準備はできていたはずなのに、いざその時が来てみると、やはり一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 後ろめたいことがあるわけじゃないけれど、単純に、俺と麻夕ちゃんや琴葉さんとの関係性ついて、他人から変に勘繰られたり詮索されたりするのが嫌だった。俺自身、うまく説明する自信もまったくない。

 今日のシフト、誰だったっけな……。

 ブルーメの厨房にバイトの勤務表が張ってあるのだが、あいにく俺は自分の勤務時間しか覚えていなかった。

 島田だったら面倒だな……いろいろしつこく聞いてきそうだし、二人にいらないことを吹き込みそうで怖い。

 竹内さんや菅原さんもいただけない。彼女たちは、異性間のつながりを無尽蔵の想像力と理屈付けで何でもかんでも恋愛談に置き換えてしまうピンク脳の持ち主だ。俺と琴葉さんが実は内縁の夫婦で、麻夕ちゃんという子どもがいるとか訳の分からない噂が立ちそうでならない。

 高橋君や武田君だったらまだやりやすいんだけどな……。

 今日は休ませてもらうという手もあるが、当日の勤務変更は皆に迷惑がかかるし、琴葉さんに凄惨な仕打ちを食らいかねない。なにより、せっかくブルーメに来たのに俺がいなければ、麻夕ちゃんはがっかりするだろう。メールでも、とても楽しみにしてるという文言がしっかり書かれてあったのだから。

 まあ、何をどう考えたところで、予定通りに出勤する以外に道がないことは明らかだ。

 時間になって簡単に身だしなみを整えると、俺はあからさまに大きなため息をついてから、重い足取りで家を出発するのだった。

 

 ブルーメに着くと、厨房では店長と奥さんと桃香さんが、家族で団らんしているところだった。

 なんとなく邪魔しづらい雰囲気だったが、俺が挨拶すると三人とも笑顔で挨拶を返してくれる。本当に仲の良い家族だな……石神家では考えられない光景だ。あそこの家は子どもがホントにろくでなしだからな。

 勤務表で今日のシフトを確認すると、とりあえず五時までは桃香さんと二人だった。

 桃香さんだったら大丈夫かな……少なくとも、竹内さんみたいに若者の青春を調理して肴にするような歳でもないし、菅原さんよりかは分別がありそうだし。

 知り合いが来ることを前もって店長や桃香さんに伝えておこうかと思ったのだけど、なんとなく言いそびれてしまった。

 俺と麻夕ちゃんや琴葉さんとの関係をどう説明していいものか、結局いまいち良い考えがつかないでいたのだ。

 だから俺は、内心ドキドキしながらももうなるようになれと思って、皿を洗ったり少ない客の応対をしながら二人が来るのを待っていた。

 そして時刻は四時を回り、そろそろ来るかなと思っていたところで、来客を告げる鈴が店内に涼やかな音を響かせた。

 見てみると、可愛い少女と美しい女性が並んで入り口に立っている。

 こういうお店に来るのは初めてなのか、麻夕ちゃんは少し落ち着かない様子だ。一方で琴葉さんはいつもと変わらない柔和な笑みを浮かべている。

「いらっしゃいませ」

 俺が応対に出ると、知ってる顔を見て麻夕ちゃんの不安も取り除かれたのか、ぱあっと笑顔を見せてくれた。

「二名様でよろしいですか?」

「うん……」

「こちらの席へどうぞ」

 俺は二人を空いている席に案内し、おしぼりを渡してメニューを見せる。

 とりあえず気負わず他のお客さんと同じように接すること――それが今日の方針だった。

 まあ、話しかけてくるようであれば応えるが、上手くいけば店長や桃香さんにも俺たちが知り合いであることを悟られずに済むかもしれないと、希望的観測を胸に抱いてのことだ。

「ご注文がお決まりになりましたらそちらの呼び鈴でお呼び出し下さい」

 去り際に、麻夕ちゃんが何か話したそうな顔をしているのが目に入ったが、俺は軽く笑いかけて淡々と厨房に戻っていった。

「お知り合いですか?」

 厨房に戻ると、早速桃香さんが聞いてきた。

 俺としては普通の接客を心掛けていたつもりなのだが、やはり隠しきれるものではなかったか……。

「まあね」

 嘘をついても仕方がない。俺は正直かつ簡潔に答えた。

 そう言えば、桃香さんは俺が麻夕ちゃんを助けたところを見ていたらしいけど、麻夕ちゃんがあの時の女の子だって気付いているのだろうか。あの時は桃香さんも遠目に見ていただけだっただろうから、以前にも顔を合わせたことのある俺はともかくとして、麻夕ちゃんのことは覚えていないのかもしれない。

 しかし、俺にあんな知り合いがいるということを不自然に思うならば、勘付いてしまう可能性も十分にある。

 どうだろう……できれば気付かないでいてもらいたいのだけどな……。

 俺があれこれ頭を悩ませていると、ちりんと呼び鈴の音が鳴った。

 ホールに顔を出してみると、麻夕ちゃんが緊張した面持ちで鈴の上に手を置いている。琴葉さんは、そんな麻夕ちゃんにうっとりとした表情で見入っている。

「私行きます」

 俺が出て行こうとしたのだが、先に桃香さんがハンディを持って麻夕ちゃんたちのところに向かってしまった。

 厨房の陰から様子を伺っていると、麻夕ちゃんは桃香さんに対して疑わしい眼差しを向ける傍ら、きょろきょろと辺りを見回している。どうやら俺のことを探しているようだ。代わりに琴葉さんがメニューを広げて注文を行っている。

「六番様、アイスカフェオレとブレンド入りました」

 桃香さんからオーダーを受けて、俺は慣れた手つきでブレンドを淹れてカフェオレを作る。

 作業の傍ら、俺は、桃香さんはあの二人についてどういう印象を抱いたのだろうかと考えていた。

 そもそもあの二人だけでも傍目には不思議な組み合わせだ。姉妹にしては似てないし、母娘というにも無理がある。お嬢様とメイドだといえばしっくりくるが、普通はそんなことに思い至らないだろう。

 そんなふうに考えあぐねていると、ふと桃香さんと目が合ってしまった。

 すると、桃香さんは俺を見て、にっこりと悪戯っぽく笑ったのだった。

「慶太さんが来てくれなかったから、あの子不満そうでした」

 俺も麻夕ちゃんの様子を見ていて感じたのだが、桃香さんも同じように思ったらしい。麻夕ちゃんは感情が顔にすぐ出るからな。まあ、そんなところも可愛いのだけれど。

「次は俺が行くよ」

 出来上がったアイスカフェオレとブレンドを麻夕ちゃんたちのところへ届けようとすると、ふいに店長に止められた。

「慶太君、これサービスで」

 そう言って差し出されたのは、色とりどりのクッキーだった。ふんわりとした甘さが売りのブルーメ人気の商品だ。

 俺の知り合いだということで、どうやら気を遣ってくれたらしい。

「すみません、ありがとうございます」

 ドリンクとクッキーを携えて、麻夕ちゃんたちのところに向かう。

 今度は俺が出てきたことで、麻夕ちゃんも安心したように微笑んでいた。

「お待たせいたしました。アイスカフェオレとブレンド、こちらはサービスのクッキーです」

「ありがと」

「ありがとうございます」

 感謝の言葉に笑顔で答えて、俺は麻夕ちゃんの前にカフェオレを、琴葉さんの前にブレンドを、テーブルの真ん中にクッキーを置く。

 麻夕ちゃんはまたもや何か言いたそうな顔で俺を見ていたが、俺は気付かないふりをして一言断りを入れ、再び厨房に戻っていった。

 ちょっと心が痛むが、あくまで勤務中なのだからと自分に言い聞かせる。

 あんまり仲良くしすぎていると、桃香さんから変な目で見られかねない。

 麻夕ちゃんは不満かもしれないが、あとでメールでフォローしておくことにしよう。

 

 

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