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お嬢様は恋煩い  作者: 霧原善光
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第3-7話 帰り道

 

 

 そうして時間がやってきて、楽しい歓迎会もお開きとなった。

 幹事のはずの島田はもはや機能していなかった。目を白黒させ、高橋君にもたれかかっている。その高橋君も顔を青白くさせて、かなり具合が悪そうだった。

 菅原さんは半分寝ているようだった。その隙に武田君は菅原さんから離れ、島田と高橋君を送る役を買って出た。代わりに菅原さんは、竹中さんが送っていく様子。以前バイトの際も家が近いと話していたから適役だろう。

 まったく――皆飲みすぎなんだから。

 自分の限界くらいちゃんと分かっておかないと、こうして恥ずかしい思いをすることになるのだ。そして、明日の朝起きて後悔することになる。

 しかし、竹中さんがふと「若いっていいわねぇ」なんてしみじみ言うものだから、俺も少し彼らが羨ましくなってしまった。まあ、俺は彼らとほとんど年が変わらないどころか、高橋君に至っては俺より年上なんだけどな。

 だが――となると、俺が桃香さんを送っていくことになるのだろうか。見たところ桃香さんはそれほど酔っているわけでもなさそうだが、時間も遅いし誰かが付き添うべきだということは間違いない。

 まあ、桃香さんの家は俺の帰り道の途中だし。あとで島田からぐちぐち言われそうな気はするけれども、それも含めて問題ない。

 そんなわけで俺と桃香さんは、会話もなく二人で夜道を歩いていた。

 最近暑くなってきたとはいえ、夜はまだ結構冷える。桃香さんも体を縮めて、寒さに耐えていた。

 だからさっさと帰ろうと思って、真っ直ぐ桃香さんの家に向かっていたのだが、途中で桃香さんが公園に寄って行こうと言いだした。

「寒いし、もう帰らない?」

「ちょっとだけ、酔い醒ましに付き合って下さいよ」

 そう言って、桃香さんは半ば勝手に公園の中に入っていく。

 そうなると俺としても放っておくことはできない。早く帰りたいという気持ちを抑えて、俺は桃香さんの後に続いた。

 遠見が丘中央公園――俺が麻夕ちゃんと出会った公園だ。

 自販機で温かいお茶を買って、奇しくも俺たちはあの日麻夕ちゃんが座っていたベンチに並んで腰を掛けた。

 周囲には誰もいない。家出した可愛い女の子も、ガラの悪い男たちも、人の影は見当たらなかった。

 静寂の中、俺はお茶を一口飲んでから、いたたまれない空気を誤魔化すようにタバコを吸い始める。

 夜空を見上げると、欠けた月が雲の合間から顔を覗かせていた。

 明日は雨だっけな……。

 そんなどうでもいいことを、ぼんやりと考える。

 公園に寄ろうと言いだしたのは桃香さんだ。

 なら、このいまだに始まらない会話の主導権は桃香さんにある。

 だから、俺は桃香さんが何か話し始めるのを、じっと待っていた。

 ……まあ、著しくコミュニケーション能力に欠ける俺のことだから、単に何を話していいか分からなかっただけだということは、言うまでもないかもしれないけれど。

「先輩、覚えてます?」

 ふいにようやく、この静寂も終わりを告げた。

「何が?」

 俺は真っ直ぐに問い返す。

 桃香さんに覚えてるかと訊かれたところで、思い当たる節なんてまったくない。

 ブルーメの外で会うのだって、今日が初めてなのだから。

 すると桃香さんはくすりと笑って、言葉を続けるのだった。

「一ヶ月半くらい前ですかね。先輩、この公園で女の子助けたことがありましたよね」

 酔いがすーっと醒めていくのを感じた。

「なんで知ってるの?」

 思うより先に言葉が出ていた。

 なんで桃香さんがあの時のことを知っているのか。

 あの時のことは、当人である俺や麻夕ちゃんを除いては、琴葉さんとさゆりちゃんくらいしか知らないはずだ。彼女たちの存在すら、誰かに言ったことなんてなかったのに。

 俺の怪訝な顔がおかしかったのか、桃香さんはまたくすくすと笑いだした。そして、簡潔に俺の疑問を解消してくれた。

「見てたんです。ちょうど駅から帰る途中で」

「そっか……」

 そんなことがあるのか……。

 でもまあ、あの時のことを知ってるなんて、それくらいの偶然がなければ説明のつかないことだった。

 一瞬、桃香さんは琴葉さんのスパイなのかもなんて思ってしまったが、そういうわけではなさそうだったのでひとまずホッとしたところだ。

「恥ずかしいところを見られちゃったな」

「どうしてですか?」

「どうしてって……」

 訊かれてもな……。

「私、すごいなって思いました」

 そう言う桃香さんの表情は真剣そのもので、馬鹿にしている素振りはまったくない。

「私、見てただけで助ける勇気なくて。でも先輩は迷わず女の子を助けに入って」

 いや、結構迷ったんだけどな……遠巻きに見てただけじゃ分からなかっただろうけど、声も体も震えていた。

 正直、俺にとっては単なる黒歴史でしかなく、さっさと忘れたかったのだが……。

「とてもカッコいいなって思いました」

 桃香さんは、俺の目を正面からじっと見つめてくる。

 心なしか、その瞳には涙が滲んでいるようにも見える。

 頬が少し赤いのは、遅まきながら酒が回ってきたせいだろうか。

 ――その眼差しにはどんな想いが込められているのだろうか。

 推測はできるが断定はできない。

 その推測も、所詮は女性と交際したことのない俺のことだから、きっと間違っているのだと思う。

 だから俺は、逃げるように視線を逸らすとすっと立ち上がって、

「帰ろっか」

 そう、口にした。

「はい」

 桃香さんもそれだけ言って、俺の後に続いてくる。

 結局その後、再び会話もなく夜道を辿り、無事に桃香さんを家まで送り届けて俺は一人で家に帰った。

 情けない――そんな言葉が俺の脳裏を占める。

 さきほどの熱のこもった桃香さんの顔が、俺の瞼に焼き付いていた。

 もしあそこで、何か運命づける一言を言えたのなら、今日はもっと違った一日になったのだろうか。明日以降も、まるで雲の合間から日が差したような、輝かしい人生を歩むことができたのだろうか。

 分からない――結局俺は、その選択肢を選ばずに、不変と安寧の中に逃げることにしたのだから。

 しかしとにかく、他人の気持ちに――どのような気持ちであれ――応える覚悟なんて、俺には到底できていなかった。

 

 

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