第3-6話 歓迎会
「それでは、桃香ちゃんの入社……じゃないな、入店……でいいのかな……まあいいや。乾杯!」
「乾杯!」
島田のぐだぐだした音頭とともに、コンとジョッキを打ち交わし、軽くビールに口をつけ、パチパチと拍手の音が鳴る。
桃香さんの歓迎会は、“れんげ家”という近所の居酒屋で開催された。ここは島田の行き付けで、この前俺がヤツと飲みに来たのもこの店だった。
まあ、料理はうまいし酒の種類も割かし豊富だし、値段も手頃ないい店ではある。
それにしても、意外と皆集まったな……。
今日は水曜日でブルーメが休みというのもあるだろうが、今日の歓迎会には男四人、女三人の計七人が参加していた。
座席の奥に座っている少し化粧の厚い女性が竹中さん。二十八歳独身彼氏なし。美人だが男勝りでめっぽう気が強い。コールセンターの仕事と掛け持ちしているらしい。
その向かいに座っているハンサムな彼が武田君。整った顔立ちで背も高く、性格も爽やかでおまけ高学歴の大学生。俺とは決して相容れない存在だ。
その隣に座っている童顔の女が菅原さん。小柄な体、くりくりとした目や明るい茶髪はなんとなくハムスターを連想させる。一見して分かることだが、菅原さんは武田君に惚れているようだった。今も不必要に体を接近させ、ひっきりなしに話しかけている。まあ、女は誰でも武田君のような男が好きなのだろう。しかしよくもまあ、あれほどまでにあからさまな態度を取れるものだ。俺には絶対真似できない。
菅原さんから見て、武田君とは反対側に座っている男が高橋君。結構有名な大学の院生らしい。普段は無口なのだが、島田の話によるととことん酒に弱く、また酒癖が悪いらしい。今日はどうなることやら。
誕生日席に座るのが幹事の島田。
そして高橋君の向かいに座っているのが俺で、俺と竹中さんに挟まれて桃香さんが座っている。
まだ他にもバイトメンバーはいるのだが、予定が合わなかったか興味がないかで今日は来ていないようだった。まあ、俺がこの場にいるということが一番奇跡的だと皆は思っているかもしれない。
タバコを吸うのは俺、竹中さん、高橋君、島田の四人。
竹中さんが吸い始めたのを見て、俺も桃香さんに断りを入れてタバコをくわえて火をつける。
やはり酒の席ではタバコが進む。
麻夕ちゃんや琴葉さんの前では吸えないから、俺はこの機会を逃すことなく、今日は酒とタバコの組み合わせを思う存分満喫しようと心に決めていたのだった。
「先輩って、結構ヘビースモーカーですよね」
ふと桃香さんがそんなことを言ってきた。
確かに俺は、バイト中でも休憩の時間になると必ず一服しているし、島田なんかに比べても吸う本数は多いかもしれない。
それでも一日に二箱吸う竹中さんに比べたら可愛いものだ。
竹中さんの女傑っぷりは相当のもので、酒もタバコもすでにかなりの量を摂取している。そんなんじゃあ嫁の貰い手がなくなりますよと、いつか誰かに言わせてみたかった。
「一本吸ってみる?」
冗談混じりに勧めてみるが、桃香さんは笑顔で首を横に振る。
「私のお父さんも昔は吸ってたらしいですけどね」
その話は、以前休憩中に店の裏で煙草を吸っていた時に、店長から聞いたことがあった。
店長も昔はかなりのヘビースモーカーだったらしい。しかし、奥さんと付き合い始めた頃、奥さんに言われて止めたのだそうだ。
そのことを話してくれた店長の照れた顔を見て、俺も彼女ができたらタバコを止めようと心の中で誓っていた。
「先輩も止めたらどうですか?」
「なんで?」
「だって体に悪いですし、お金かかるし、いいことないですよ? それに、女の子ウケも悪いです」
そんなことは分かっている。
分かっていて吸っているのだから別に問題はないはずだ。
……まあ、いまだに麻夕ちゃんや琴葉さんには喫煙者であることを隠している俺が言えたことじゃないかもしれないけど。
少なくとも、タバコを吸おうが吸うまいが、女の子に対する俺のウケは変わることはないだろう。
「俺も禁煙しよっかな……」
さっきからやたらとそわそわしている島田が、気にかけてほしそうにぽつりと口にした。
女好きでだらしのない島田だが、こんなふうに初心なところを見ていると、今回はこいつなりに本気なのかもしれない。まあ、確かに桃香さんは可愛い。良い子だし、島田が好きになるのも十分に理解できる。ちょっと応援してやりたくなるくらいだ。
「そうだ! 先輩、一緒に止めましょうよ!」
だが、だからと言って禁煙に付き合ってやる義理はまったくない。
無視する俺に、島田はしつこく禁煙を迫ってくる。
「ほら! タバコ止めたら先輩にも彼女できるかもしれないッスよ!」
そういうことは自分が実際にタバコを止めて、彼女ができたら言ってもらいたい。そうしたら考えてやる。考えるだけだけどな。
「先輩、彼女いないんですか?」
“先輩”という言葉に、俺以外の誰かに話しかけているのかとも思ったが、桃香さんは真っ直ぐ俺のことを見据えている。
もちろんいない。いたこともない。絶対に盛り上がらない話だからできれば回避したかったのだけど、桃香さんはずっと俺の方を見ているものだから、どうやら答えなければならなさそうだった。
「先輩に彼女なんているわけないじゃん!」
俺が答える前に、親切にも島田が口を挟んでくれた。
その言い方には腹も立つが、言ってることは事実だから何も言い返せない。
そうだよな……俺なんかに彼女ができるわけないんだよな……。
「えー、先輩って結構モテそうな気しますけど」
お世辞のつもり……なんだろうか。
人生で女性から好意を抱かれた経験なんて一度もない俺からすれば、皮肉にしか聞こえないが。
まあ、あんまり深く考えるのは止めておこう。何でもかんでも穿って裏を勘繰ったところで、いいことなんてありはしない。
「いやいや、ウチの先輩を舐めてもらっちゃ困りますよ。この人彼女いないどころか、人生で彼女できたことないんだから」
うそー、と驚いた顔を見せる桃香さん。
怒りと悲しみが俺の胸を満たしていく。
彼女ができないことが何だというのだ。俺には麻夕ちゃんがいる。琴葉さんやさゆりちゃんもいる。さゆりちゃんには何故か避けられているけれど……でもまあ、それでいいじゃないか。
そう言い聞かせて、俺は冷酒をぐいっと飲み干した。
「先輩、お酒強いですね!」
俺の飲みっぷりを見て、桃香さんは拍手している。
言うほどでもないけれど……琴葉さんに比べたら全然だし、隣では竹中さんがすさまじい勢いで何杯ものビールジョッキを空にしていた。
そして桃香さんの賞賛が羨ましかったのか、俺のお猪口を奪い取って一気に冷酒を飲み干す馬鹿が一人。
「島田、止めとけ。お前、そんなに強くないんだから」
しかし、俺が制止する甲斐もなく、桃香さんに褒められて気を良くしたのか、島田はまたもや冷酒を飲み下している。
「店員さーん、冷酒五合! あとお猪口もう一つ!」
「そろそろ止めとけって……」
だがいよいよ盛り上がりを見せる中で、冷静な俺の声など届くはずもなかった。
向こうでは酔って制御を失った菅原さんが、べったり体をくっつけて武田君に迫っている。武田君は困り果てた様子で周りを見回しているが、助けてくれそうな人はいなかった。
普段無口な高橋君も、島田と下世話な話に興じている。
竹中さんはまだほろ酔いといった様子で、桃香さんと女子トークを繰り広げている。
こういう場は、やはり少し苦手だった。
皆それぞれ、普段の日常生活であったことや昔の思い出なんかを楽しそうに語っているが、俺にはそんな他人に話せるようなことなんてない。
せいぜいが、空気を壊さないように相槌を打ち、隅で大人しくしているくらいが関の山だ。
「ほら、先輩。お猪口が空ですよ」
目ざとく気を利かせた桃香さんが、俺のお猪口にお酒を注いでくれる。
――苦手ではあるけれど、そこまで嫌いというわけでもなかった。
もう俺には、青春なんて来ないままに過ぎ去ったかもしれないけれども。ブルーメでのアルバイトは、それなりに楽しいものだった。
だから、明日も頑張ろう。
それなりにアルコールが回ってきた頭で、俺はそんなふうに思うのだった。




