第3-5話 土曜日
土曜日、それは一週間のうちで最も素晴らしい曜日。
顕著な輪を持つ美しい惑星の曜日。
一切の労働を禁じられた、安息の曜日。
今日もお休み、明日もお休み。
世の中の多くの労働者は、人によりけりとは言えど土曜日という日を心安らかに過ごしているに違いない。
もっとも、休み云々というのはフリーターの俺にはあまり関係ない。
俺が土曜日を至高とするのは、ひとえにこうして麻夕ちゃんの家で夕食をご馳走になることができるが故である。
今日も今日とて、麻夕ちゃんは可愛い。琴葉さんは美しい。世はすべてこともなし。
「それで、今度の水曜日にバイト先の飲み会行くことになりました」
雑談がてら、俺はこの前のバイトでのちょっとした出来事を二人に話していた。
年齢の割に人生経験の薄い俺が二人に語って聞かせることなんてあまりない。しかし庶民の生活実態について、こちらのお嬢様方はそれなりに興味があるようだった。硬貨なんて見たこともなさそうな二人にとっては、時給で小銭を稼ぐことがさぞ珍妙に感じられたに違いない。
「飲み会ですか?」
琴葉さんの目がきらっと輝くのを、俺は見逃さなかった。
「はい。バイト先に新しい子が入ったんで、その子の歓迎会をやることになりまして」
「あら、そうなんですか。私も行きたいですねぇ」
そう言って琴葉さんは、うっとりとした表情を浮かべている。
しかし、残念ながら琴葉さんをお招きすることは不可能だ。何故って、バイトの飲み会だからとか言う前に、死体処理班が足りないからだ。ブルーメのバイトメンバーの中で琴葉さんの相手が務まりそうなのは、俺も含めて一人か二人といったところだろう。
まあ、島田を二度と酒が飲めないようにしてやるのもいいかもしれないが。
「私も行きたい!」
麻夕ちゃんも可愛い声でせがんでくる。俺や琴葉さんがおいしそうにお酒を飲むのを見て、麻夕ちゃんもお酒に興味が出てきたようだった。
しかしまだ早い。お酒を飲むのももちろんだし、下品な人間が酔っ払ってさらに下品になったところを見せるのも、純粋培養のお嬢様にはいささか性急すぎることだろう。
「麻夕ちゃんが大人になったら、一緒にお酒飲もうね」
「うん……」
麻夕ちゃんは琴葉さんと親戚関係になるのだから、やっぱりお酒は強いのだろうか。
なんとなく、あんまり強そうには思えない。偏見だけど、なんだかすぐに寝てしまいそうな気がする。
……まあ、さゆりちゃんは間違いなくザルだろうけどな。
「私、慶太が働いてるお店行ってみたいな」
ふと、麻夕ちゃんがそんなことを言い出した。
俺が働いている店に行ってみたいと言われたことはこれまでにも何度かあったのだが、その度に俺は断っていた。レストランカフェだということは言っていたが、具体的な店名までは教えていなかった。
プライベートの知り合いに働いているところを見られるなんて、俺にはちょっと恥ずかしすぎる。それが麻夕ちゃんともなればなおさらだ。
「では今度一緒に行ってみましょうか」
琴葉さんはさらりと言う。
「でも……お二人とも俺のバイト先ご存じじゃないですよね?」
恐る恐る聞いてみる。しかし、俺の不安は見事に的中した。
「大通り沿いにあるブルーメっていう喫茶店ですよね?」
……何故、何故なんだ。どうして知られているんだ。
正直、普通に怖いんですけど。
「慶太様の概ねの勤務時間も把握しております。お嬢様とのメールのやり取りから推測しました」
「メール見てるんですか!?」
あまりの驚きに思わず声が裏返るが、そんなことを気にする余裕すら俺にはなかった。
もし麻夕ちゃんとのメールを誰かに見られたりしたら、俺は恥ずかしすぎてもう二度と日の下を大手を振って歩けなくなる。たとえそれが琴葉さんであってもだ。
「見せてないよ!」
良かった……見られてるわけじゃないのか。
それで少しは安心したものの、油断は禁物だ。ちょっと麻夕ちゃんとの連絡の取り方を、真剣に考えた方がいいかもしれない。
「そうです。お嬢様のプライベートを侵害するようなことは何もしてません。ただ、お嬢様が話してもいいと思われたこと、例えば慶太様がレストランカフェで働いておられること、お店が慶太様の家から徒歩十分くらいであること、お店のメニューの内容など、断片的な情報からから推察しただけです。それから、お嬢様があまり携帯電話を気にされていない時間帯が慶太様の勤務時間ですので、割り出すのは簡単です」
いや、確かにその気になれば店を特定することはできるのかもしれないけれどもさ。
甘かった……琴葉さんの洞察力を見くびっていた……。
「では、今度お店に伺いますからそのつもりでお願いしますね」
そう言って、琴葉さんはため息が出るほど美しい笑顔を見せてくれるのだった。
麻夕ちゃんの方を見てみると、俺のバイト先に来るのがそんなに楽しみなのか、やたらとうきうきしている様子だった。
こうなったら仕方ないか……。
もはや、二人が俺の店に訪れることは止めようもなさそうだった。
ならばせめて、店に来てもらう日時くらいは俺の方で決めさせてもらうとしようか。例えば島田がいるときに二人に来られて話しかけられたりすると、後でしつこい追究をくらいかねないから。
少々憂鬱ではあるが、それでもまあ、麻夕ちゃんがこんなに楽しみにしてくれるんだったらいいことにするか。
ブルーメの料理は、二人も気に入ってくれることだろう。
楽しい時間は緩やかに過ぎていき、夜もだんだん更けてくる。
遅くなりすぎないうちに俺は御影邸を後にした。来週もまた来てねと、麻夕ちゃんに見送られて。
そうして俺は次の希望を胸に抱き、また一週間頑張ろうと決意を新たにするのだった。




