表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様は恋煩い  作者: 霧原善光
19/28

第3-4話 池内桃香(3)

 

 

 ――翌週。

 ブルーメの店内には、俺と桃香さんと島田がいた。

 それだけしかいなかった。

 夕食にはまだ早いというのもあるかもしれないが、連日続く五月雨の影響で、ここ最近は客足もすっかり遠のいていたのだ。

 店長も所用で店を空けている。

 お客さんもいないし、バイトの長い俺がいれば問題ないだろうということで、十分くらい前にどこかに出かけてしまったのだ。すぐ戻ると言っていたから、直に帰ってくると思うけど。

 島田と桃香さんは二人でレジに立って、何か他愛のないことを喋っている。

 大学の授業のこととか、サークルのこととか、恋愛のこととか、俺にとっては聞くに堪えない内容だ。

 暇な間に桃香さんにレジの打ち方を教えるという話だったのに、レジを打つ素振りも見せていない。まったく――これで本番ちゃんとできなかったら、怒るからな。

 ちなみに俺は、厨房の奥の更衣室に潜んでいる。

 なんでそんなところにいるのかと言うと、別に二人にはぶられているわけではない。

 二人のきゃぴきゃぴした会話に入っていけないわけでも、イライラしているわけでも決してない。

 単に、タバコを吸っているのである。

 この店は別に店内禁煙ではないからタバコを吸うのは構わないはずだが、さすがに店に入った途端ぼけっとタバコを吸っている店員を目にしたら、客もいい気はしないだろう。

 普段は外で吸うのだが、この雨では仕方のないことだった。

「そうだ! ねえ、今度桃香ちゃんの歓迎会やらない? まだやってなかったでしょ?」

 ふと、島田の言葉が俺の耳に届いた。

 まあ、島田にとっては歓迎会などというのはただの口実で、単に桃香さんと一緒に飲みに行きたいだけなのだろう。

 島田の魂胆なんて俺には手に取るように分かるのだが、桃香さんはどう思っているのだろうか。島田の下心に気付いているのだろうか。内心嬉しく思っているのか、それとも下世話なヤツだと思っているのか。

 ……ま、女性経験がまったくない俺には、分かるはずもないことか。

「えー、そんなのいいですよぉ」

「いいじゃん! 桃香ちゃんも早く皆に溶け込んだほうがいいと思うし」

 もう充分溶け込んでいるように思えるけどな……。

「まだここのバイトで知らない人もいるでしょ? 普段喋らない人も、お酒飲んだら饒舌になったりするし」

「たとえば、慶太さんとかですか?」

「そーそー。飲んだ時の先輩って結構面白いんだよね」

「ホントですかぁ?」

「うん、この人こんなに言葉喋れるんだってビックリする」

「――――」

 何が面白いのか、島田と桃香さんは二人して笑い転げている。

 まったく、好き勝手言いやがって……。

 俺が島田と飲みに行ったのなんて一回しかないし、それも島田が女に振られた話に付き合ってやっただけだ。

 俺の半分も飲んでないのに勝手に潰れて、連れて帰るのがどれだけ面倒だったことか。

「桃香さん、まだ未成年でしょ? お酒飲めないだろ」

 俺が口を挟むと、桃香さんは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

「あ、私一浪してますし、誕生日四月なんでもう二十歳ですよ」

 ……そ、そうだったんだ、初めて知った。

 ちょっと悪いことを聞いてしまったかもしれないが、桃香さんは気にしてない様子だし、島田は桃香さんが同い年だったことに興奮してるし、俺も軽く流すことにする。

「じゃあ今度の土曜日でいい?」

「私は大丈夫ですよぉ」

「先輩もそれでいいッスか?」

「え、俺も行くの?」

 土曜日か……残念ながら土曜日は無理だ。

 今週の土曜日、俺は再び御影邸にお呼ばれしていた。

 俺には麻夕ちゃんに会い、琴葉さんが作ったディナーを食べるという崇高な使命があるのだ。

 俺の年がら年中積乱雲の立ち込めたような真っ暗な人生における唯一の光、救い、楽しみだ。そう簡単に奪われてたまるものか。

「土曜日は無理だよ、俺」

「またまたご冗談を。先輩に用事なんてあるわけないじゃないッスか」

 いつも都合悪くなったらシフト替わってくれるのに、と続ける島田。

 こいつ……あれだけ助けてやっているというのに、何の恩義も感じていないのか。決めた、二度とこいつとはシフト替わってやらない。

「土曜日は絶対無理。俺は行かない」

「えー、慶太さん来ないなら私もいいかな……慶太さんには一番お世話になってるし、一回一緒に飲んでみたいし」

 そんな桃香さんの発言を聞いて、哀れな島田君は大慌てだ。

「え――じゃあ先輩、いつだったら行けるんスか!? 先輩に合わせますよ!」

 別に、俺は飲みに行きたくなんてないんだけどな……金ないから。

 けど、そこまで言われるとさすがに断るわけにもいかなくなる。まあ、久々に外で酒を飲むのもいいかもしれない。

 じゃあ……

「木曜の夜とかどう?」

「あ、いいですよ!」

「すみません、俺シフト入ってるッス……」

「知ってて言った」

「ひどっ!」

 大笑いする桃香ちゃんに、打ちひしがれた顔の島田。

 半分は冗談だから安心しろ。もう半分は本気だけれど。俺たちが宴会で盛り上がる中バイトに励む島田を思い浮かべると、危うく吹き出しそうだった。

「じゃあ来週の水曜日とかどうです? お店定休日だし、私その次の木曜日、午前中休講になってるんですよね!」

 そのまま木曜日決定で良かったのに、優しい桃香さんはわざわざ新しい提案を出してくれる。

 けど水曜日か、それなら俺も大丈夫かな……。

「うん、水曜日なら行けるよ」

「オッケー、水曜日決定!」

 一瞬にして島田のテンションは復活する。桃香さんの好物を聞きながら、どこに行こうかとあれこれ悩んでいる様子。

 しかし飲み会か……いつぶりのことだろうな。

 少なくとも、まともに酒を飲むのは初めて麻夕ちゃんの家に行った時以来のことだ。あの時は俺もちょっと飲みすぎた。

 今度は気を付けよう。とりあえず、気持ち控えめ、ちゃんぽんはなしの方向で。

 レジの方を見てみると、桃香さんとはたと目が合った。

 すると桃香さんは変な笑い方をして、すぐに俺から目を逸らすのだった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ