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お嬢様は恋煩い  作者: 霧原善光
15/28

第2-10話 お料理

 

 

 ――日曜日。

 俺は愛用の自転車に乗って、再び麻夕ちゃんの家に向かっていた。

 昨日もお邪魔したばかりだというのに、何故今日もまた麻夕ちゃんの家に行くのかというと、昨夜急遽琴葉さんからお呼びがかかったからだ。

 昨日自宅に帰った後、俺は例に漏れず夜遅くまで“レグナス・ファンタジー”をプレイしていた。その一方で麻夕ちゃんからのメールを待っていたのだが、返信があったのは結局もう日付が変わろうかという頃のことだった。

 メールの内容は当たり障りのないものだったが、あんな遅い時間に麻夕ちゃんからメールが送られてきたことはこれまで一度もなかった。

 だから、やっぱり何かあったのだろうかと少し心配していたのだ。

 ただ、メールの文面を見る限りでは特に変わったところもなかったので、とりあえず俺は、そのことについては気に留めるだけにしておくつもりだった。

 しかし、麻夕ちゃんのメールが届いてから数分もしないうちに、突然琴葉さんから電話がかかってきた。

 何事かと思って出てみると、琴葉さんは開口一番“明日もこちらに来ていただくことはできますか?”と訊いてきた。

 今日は夕方からバイトが入っているからその旨を伝えたのだが、“では昼食にあわせて十一時ごろこちらにいらしてください。よろしくお願いします”とだけ言われて電話はすぐに切られてしまった。

 しばらく俺は呆然としていたのだが、まあバイトに間に合いさえすれば問題ないので、琴葉さんの言に従って、今日も御影邸にお邪魔させていただくことにしたわけだ。

 あんな時間に麻夕ちゃんからメールが送られてきたことと電話における琴葉さんの話しぶりから察するに、それなりに重大な用件があるようにも思われたが、琴葉さんがあえて言わなかったということは、俺が前もって知っておく必要はないし、行けば分かるということなのだろう。

 十一時に御影邸となると、準備時間も合わせたら遅くとも九時過ぎには起床しなければならない。

 俺は昨晩一時前には“レグナス・ファンタジー”をログアウトして、すやすやと浅い眠りについた。そして九時ごろには起きだしてゆっくりと身支度を整えた後、十時前には家を出発し、今に至るというわけだ。

 御影邸に到着し、屋敷の中に入っていくと、麻夕ちゃんがわざわざ玄関で俺を出迎えてくれた。

「お邪魔します」

「いらっしゃい」

 俺が麻夕ちゃんに微笑みかけると、麻夕ちゃんも笑顔を返してくれる。だが、麻夕ちゃんの表情は昨日に比べて少し硬い。

 まあ、こういうこともあるだろうと思ったから、俺はちょっとだけ秘策を用意していた。

「はい、これ」

 俺は手に持った紙箱を麻夕ちゃんに渡す。

 中身はドーナッツの詰め合わせだ。行きがけに全国展開のチェーン店で買ってきたのだが、値段が庶民的でもおいしいものはおいしい。

 麻夕ちゃんならきっと気に入るはずだ。

「ありがとう」

 紙箱を受け取る麻夕ちゃんの顔は、心なしか少し柔らかくなったように思えた。

 それから俺は、麻夕ちゃんの後に続いて屋敷の奥へと進んでいく。

 案内された先は、御影邸のキッチンだった。キッチンでは、琴葉さんとさゆりちゃんがエプロン姿で何やら料理をしているところだった。

「お待ちしておりました、慶太様」

「お邪魔してます」

 琴葉さんに挨拶しつつ、さゆりちゃんにも笑いかける。しかしさゆりちゃんは、俺と目が合うと何故かそそくさと琴葉さんの後ろに隠れてしまった。まるで、あからさまな不審者から身を隠すかのように。

 いったいどうしたというのだろう……昨日は結構仲良くなれたつもりだったのにな……。

 正直かなりのショックを受けていたのだが、そんな俺の内心を他所に、琴葉さんは俺の前に進み出ると布でできた何かを差し出した。

 受け取って広げてみると、それはシンプルな青いエプロンだった。

「今から料理するんですか?」

 俺が訊ねると、琴葉さんは笑顔で答えてくれる。

「はい、皆で昼食を作ろうかと」

 ――なるほど、そういう目的だったのか。

 振り向くと、麻夕ちゃんも猫のプリントが入った可愛らしいエプロンを身に着けているところだった。

「私とさゆりで付け合わせのサラダとスープを作りますから、慶太様とお嬢様でメインのハンバーグをお願いします」

 昨日の夕食時、俺たちは料理の話題で盛り上がったのだが、四人の中で唯一料理ができない麻夕ちゃんはその話に入ることができなくて、ちょっと拗ねた様子を見せていた。

 麻夕ちゃんにとって、料理ができないことは周りが思う以上にコンプレックスだったのかもしれない。

 ならば、こうして一緒に料理をすることで、麻夕ちゃんの自信を少しでも回復させようというのが琴葉さんの考えなのだろう。

 麻夕ちゃんのためとあらば、俺も一肌脱がざるを得ない。

 ハンバーグの材料はすでに机の上に用意されてある。それでは、早速調理に取り掛かるとしようか。

 とりあえずは、玉ねぎをみじん切りにするところから。

 玉ねぎを持つ手の指を寝かさないこととか、包丁は引くようにして切ることとか、鼻の穴にティッシュを詰めておくと目がひりひりしなくて済むこととか、いろいろな説明を加えながら麻夕ちゃんに対して玉ねぎのみじん切りを展示する。麻夕ちゃんは、こくこくと頷きながら俺の手元を熱心に見つめていた。

 途中で麻夕ちゃんに代わってみたけれど、やっぱりちょっと危なっかしい。変に力が入っていて、見ていて不安になる。まあ、野菜を切ることなんて慣れの問題でしかないから、毎日やっていればすぐに上達するだろう。

 細かくみじん切りにした玉ねぎを、油をひいて熱したフライパンに投入し、飴色になるまでじっくり炒める。

 玉ねぎが綺麗な飴色になったら、フライパンからボウルに移してしばらくの間冷蔵庫の中に入れておく。

 琴葉さんたちの方に目を向けてみると、あちらではスープを作っているところだった。底の深い鍋からゆらゆらと湯気が立ち上っている。この匂いから察するに、作っているのはコンソメスープだろうか。しかし市販のコンソメを使っている気配はなく、本格的に鶏がらや野菜を煮込んでブイヨンから作りこんでいる様子。むむ、これは負けてられないな……。

 玉ねぎが十分に冷えたのを確認して、ボウルに合いびき肉、卵黄、牛乳に浸しておいたパン粉を投入し、塩、胡椒、ナツメグを加えてぐにぐにと捏ね回す。

「はい、やってみて」

「う、うん」

 麻夕ちゃんはちょっと戸惑いながらも、小さな手でハンバーグのタネを捏ね始める。

「うう、なんか気持ち悪い……」

 手の感触に顔を顰めながらも、麻夕ちゃんは頑張って四人分のハンバーグのタネを捏ね続けてくれた。

 しばらく麻夕ちゃんにやってもらった後、もう一度交代して俺はタネに粘りが出てくるまでタネを捏ねる。

「じゃあ次は、ハンバーグの形を作るね」

 タネを四等分すると、そのうちの一つを手に取って、ころころと丸めてから両手でキャッチボールをする要領で中に含んだ空気を抜いていく。

「こんな感じで、しっかり空気を抜くんだよ。ちゃんと空気を抜いとかないと、焼いた時に表面が割れちゃって肉汁が全部出てしまうからね」

「うん」

 麻夕ちゃんも四等分されたハンバーグのタネの一つを手に取って、見よう見まねで空気抜きを手伝ってくれる。

 けど、麻夕ちゃんの動作は可愛いのだがあんまり力が入っておらず、十分に空気が抜けてはいなさそうだ。

 二人で二つずつ空気抜きを行った後、俺は麻夕ちゃんがやってくれたやつをちょっとだけ追加で空気抜きしておいた。

 それから小判型に形を整え、中央にくぼみを作っていく。

「どうしてへこますの?」

「火を通すと肉が縮んじゃって、こうしてくぼみを作っとかないと真ん中が膨らんじゃうんだよ。そうすると均一に熱が伝わらなくて、真ん中だけ生焼けになったり、表面が焦げちゃったりするんだ」

 麻夕ちゃんはなるほどと言って、感心している様子だった。

 再びフライパンに油をひいて熱し、油がなじんだらいよいよハンバーグを投入する。ハンバーグはジューッといい音を立てながら、見る見るうちに焼けていった。

 七分ほど中火で焼いた後、裏面が綺麗に焼けているのを確認し、ひっくり返して今度は蓋をして弱火で焼く。

 また七分ほどして蓋を開けて見てみると、外はしっかり焼けている。ハンバーグの真ん中に串を刺してみると、透き通った肉汁が溢れ出てきた。

 うむ、ちょうど良さそうだ。

 ハンバーグを皿に上げ、フライパンに残った肉汁にソース、ケチャップ、みりんを加えてまた一煮立ちさせるとハンバーグソースのでき上がりだ。

 皿に乗せたハンバーグに作ったばかりのソースをたっぷりかけて、はい完成。

「うわぁ、おいしそう!」

 麻夕ちゃんの歓声に、俺もつい頬を緩ませてしまう。

 我ながら会心の出来だった。食べなくても分かる。これがおいしくないわけがない。

「できましたか?」

 麻夕ちゃんの声を聞きつけて、琴葉さんがこちらの様子を確かめにきた。向こうではさゆりちゃんが、サラダの盛り付けを終わらせスープをカップに注いでいるところだった。

「はい」

「こちらも準備ができましたので、それでは食事にしましょうか」

 四人の手で、次々と料理がテーブルに並べられる。

 中央には俺と麻夕ちゃんの合作ハンバーグが鎮座し、その周囲を琴葉さんとさゆりちゃんが作ったサラダやコンソメスープが鮮やかに彩る。

 全員揃っていただきますの挨拶をすると、俺は早速ナイフとフォークでハンバーグを一口サイズに切り分け、口に運んだ。

「――うまい」

「おいしい!」

「おいしいですわね」

「おいしいね!」

 口々に零れ出る感嘆の声。

 ……うむ、うまい、すごくおいしい。

 琴葉さんが良い材料を用意してくれたからか、間違いなく今までで一番おいしいハンバーグを作ることができた。とりあえず、麻夕ちゃんたちの前で面目を失わずに済んでほっと一安心だ。

「さすがは慶太様ですね」

 料理のおいしさと琴葉さんの賞賛を前に、俺の頬は緩みっぱなしだ。

 ――こんなにおいしいハンバーグを作ることができたのは、素材が良かったから。けれどそれ以上に、一生懸命手伝おうとしてくれる麻夕ちゃんがいなければ、ここまでの味にはならなかっただろう。

「いえ、俺もこんなにうまくできたのは初めてですよ。麻夕ちゃんのおかげだね」

「そんなことないよ……」

 そうは言いながらも、麻夕ちゃんは嬉しそうに頬を染めるのだった。

 それから皆で和気藹々とおいしい昼食を頂いた後、俺が買ってきたドーナッツを食べて、洗い物まで皆でしたところで、俺はバイトがあるからとお暇させてもらった。

 麻夕ちゃんも今日はとても楽しそうだった。突然琴葉さんに呼び出された時は不安でいっぱいだったけど、とりあえず本当に良かった。

 ただ――

「さゆりちゃんもまたね」

 帰り際、先ほどのことは何かの間違いだったのではないかと思って、さゆりちゃんにも声をかけるてみたのだが、さゆりちゃんは何も答えずに再び琴葉さんの後ろに隠れてしまった。

 ああ……すごいショック……。

 俺は深く心を悩ませたまま、一人帰路についたのだった。。

 

 


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