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お嬢様は恋煩い  作者: 霧原善光
12/28

第2-7話 団欒の後(3)

 

 

 ――まさか、こんなことになるとは思いもしませんでした。

 

 私はその時、キッチンで洗い物をしておりました。

 お嬢様の様子が少しおかしいことにはもちろん気付いていました。夕食のためにリビングにいらっしゃった時からなんとなく拗ねた様子を見せておられましたし、食事中も口数が少なく俯きがちにしておられました。

 だからこそ私も慶太様をお引止めせずに、早々とお帰りいただいたわけでございます。

 しかし普段のお嬢様を見ておりますと、お嬢様こそが慶太様をお引止めしそうなものですが、今日に限っては別れの挨拶もほどほどに、すんなりと慶太様を見送ってしまわれました。そのことが、私には事の重大さを雄弁と物語っているように思われました。

 お嬢様はきっとさゆりにやきもちを妬いておられるのだろうと、私はすぐに理解しておりました。

 むしろどうして慶太様やさゆりが気付かないのか、私には不思議でなりません。

 まあ、慶太様は当の本人ですし、さゆりはあんな子ですから仕方ないと言えばそうなのですが。

 慶太様は、少しはお嬢様の異変を察しておられたふうではございましたが、その原因までは分かっておられなかったご様子。

 やはりここは、私がケアしておくしかありませんね。

 洗い物が終わったら、三人で一緒にお風呂にでも入りながら、ゆっくり慰めてあげることにいたしましょう。

 

 ――しかし、どうやら私も理解が足りなかったのです。

 まさかお嬢様が、ここまでやきもち妬きの寂しがり屋だったなんて――

 

「知ったふうなこと言わないでよ!」

 お嬢様の大声に私はただならぬ気配を感じ、洗い物をそのままに、急いでお嬢様の部屋に駆けていきました。

 すると、お嬢様の部屋に至る廊下の真ん中に、さゆりが一人で立ち尽くしていました。

 私が駆けよると、さゆりは顔を上げてくれましたが、その沈痛に満ちた表情は、私の胸を深々と穿ちました。

「どうしたの?」

 私が訊くと、さゆりは再び俯いてしまいました。

「分からない……けど、麻夕ちゃんに嫌われちゃった……」

 そう言うさゆりの声は震えており、見る見るうちに涙が溢れ返ってきました。

 慶太様がいらっしゃった時のお嬢様の様子と先ほどの叫び声、そしてさゆりの言葉から、二人の間に何があったのか、私は即座に理解するとともに、自分のあまりの愚かさに深い憤りを感じました。

 しかし怒りも後悔も、今は何の役にも立ちません。

 私はさゆりを抱きしめて言いました。

「そんなことないわ。麻夕ちゃんはちょっと寂しかっただけなのよ。今から麻夕ちゃんの様子見てくるから、さゆはリビングで待っててくれる?」

 さゆりはこくんと頷くと、リビングに向かってとぼとぼと歩いて行きました。

 その背中を見送ってから、私はお嬢様の部屋へと足を進めます。

 お嬢様は今まで嫉妬などという感情を抱くことなんてなかったものですから、ただ純粋に自分の大好きな人たちと一緒に休日を過ごしたいと思って、慶太様とさゆりを家に呼んだのでしょう。

 ですが、さゆりの笑顔に頬を緩ませる慶太様に、お嬢様はいたたまれない不安を覚えられたのでございましょう。

 もし慶太様がさゆりのことを好きになってしまったら……。

 もし慶太様とさゆりが付き合うようなことになってしまったら……。

 好きな人も大切な友達も自分から離れて行って、一人取り残されてしまったら……。

 ……お嬢様はきっと、そんなふうに思われたのでしょうね。

 さゆりも恋愛なんてまったく経験がありませんから、恋するお嬢様の繊細な心を感じ取れなかったのです。

 ――そしてそれは私も同じこと。

 ただ、何があったとしてもお嬢様とさゆりの絆はそう簡単に綻びるものではありません。

 お嬢様の不安がすべて杞憂であることをご理解いただければ、すぐに元の鞘に収まることでしょう。

 もちろん、そのきっかけを作って上手に収めることができるのは、私以外にはおりません。

 優しくドアをノックしてから、私は静かにお嬢様の部屋に入っていきました。

 

 

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