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妖精郷と呼ばれているものは、一種の幽界領域である。
物質界とは位相のずれた世界であり、人間も霊魂の状態であれば往来は容易い。だが、肉体を持ったまま入るには、調整が必要となる。
『取り換え』は、妖精による強制的な調整と誘拐であった。
森に入ったザーレとハルキンは、意図的に調整を行おうとしていた。そのためのコンパスが、肩に担いだ三体の『偽物』だった。
村を離れてから、偽物たちはむずかる子供のように暴れ始めていた。紐に括られた手足を動かし、互いの身体を蹴り、歯のない口を開け閉めしている。その動きが、ひときわ激しくなった。
「この辺が良いか」
ザーレは立ち止まり、辺りを見渡した。
木と木の間に、先ほどはなかった木がある。その向こうにも。初めからそこに生えていたかのように、数が増えていた。
背後の道も消えていた。いつの間にか、低木が生えている。遠くに見えていた大きな高木も姿を消していた。
ザーレとハルキンが自らの位相を調整したのだ。
もはや、村に面した森の中ではなかった。魔境である。
紐が引き絞られる音がした。偽物の一体が、身体を反らせてザーレを見上げている。眼球のない眼窩が、彼女の顔へ向けられていた。他の二体も激しく身をよじっている。
ハルキンは木々の奥へ顔を向けた。
「誘拐された子供たちを助けてくるよ。人質に取られたりすると面倒だし」
「いいのか、師よ」
ザーレは、ハルキンを師と呼んだ。
「いいよ。今回はサービスさ」
ザーレは少し黙った。鞘から剣を抜いて、地面に対して垂直に立てたまま眼前に構えた。
「心して、使命を全うする」
ウォーデ派式の敬礼だった。
「じゃあ、頑張って」
そう言うと、まるで穴に被せた布を裏から引き抜くように、ハルキンの姿が一点へ吸い込まれ、消えた。
ザーレは背後を振り返る。
ねじくれた木々の間に、幾つかの気配がある。警戒と悪意だ。その内の一つは姿を顕していた。赤い布を垂らしたような、大きな人型。
ザーレは肩に担いでいた紐を手繰り、先端に縛っていた偽物を木に向けて勢いよく投げつけた。ブジュリ。三体の偽物が柘榴のように赤く弾けて、うめき声は聞こえなくなった。




