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床に放置されている赤い『偽物』を、ザーレは座り込んで見ている。
子供を模したようなもの。四等身くらいだろうか。赤い人型だ。表面の質感は、肌というよりは肉だ。
その目に眼球はなかった。二つの窪みの奥に、赤い壁が見えた。口も開いていたが、歯も舌もない。総じて赤い腔があるだけだった。頭髪はあるが、疎らで、色が白っぽい。
呆けたような笑みを浮かべて、手足をだらしなく動かしている。
「これが、『取り換え』で残される偽物です」
ルチオが言った。
元々の子供の父…アランと妻は壁際にいた。二件目の被害者の両親である。兵長は二人のそばに立ち、ザーレを見ていた。やや不安と苛立ちで不機嫌そうだ。
「アランさんは、森の奥から何かが来るのを感じたそうです。それで、息子さんと一緒に馬で村を離れようと」
「街道へ出ようとした。森と反対方向に逃げようとしたんだ」
アランが言った。ザーレは座ったまま振り返った。
「森から何かが追ってきたのか」
「ああ」
「そいつが馬に追いついたと」
「分からんが、追い付かれたんだと思う。ずっとこっちに着いてきていたからな」
アランは窓へ目を向けた。
「速い馬だ。走らせた。それなのに…。赤いものが視えたんだ。草むらをずっとこっちに着いてきて」
「どんな形だった」
「大きな人みたいだった。赤い、人の形をした……」
アランは息を呑んで口を閉じ、しばらくしてから続けた。涙声だった。
「息子を抱えていた。前に座らせて、俺の、胸の中に居たんだ」
ルチオが代わって続けた。
「村から街道へ出る途中で、既に取り換えられていたと。他の二件では、何が来たのか、誰も見ておりません」
兵長が口を開いた。
「旅の剣士よ、こいつがなんなのか、あんたに分かるのか」
「ふむ。代償のようだな、この肉人形は」
「なんだと?」
ザーレの返事に兵長は素っ頓狂な声をあげた。
「攫った人間の子供の代わりだよ。これで交換は済んだと思っている。向こうは」
ルチオ司祭が尋ねた。
「…分かるのですか。しかし、これが代わりだと。子供達と、交換したつもりだと…一体何なのですか、これを置いて行ったものは」
「人間の都合なんか理解出来ないんだ。人間じゃないからな、あいつらは。そういうのも居る」
兵長が何か言いかけたが、先にザーレが続けた。
「この肉人形は後で殺すが、連れて行くぞ」
アランの妻が短い悲鳴を上げて夫の後ろに隠れた。ルチオ司祭が目を見開く。
「おいっ、どういう意味だ」
兵長が流石に強い口調で詰問した。
「道標になる」
ザーレは変わらず答えた。
「…」
「…」
兵長とルチオ司祭は次の言葉を待っていたが、ザーレは説明を終えたつもりのようだ。
「妖精郷に乗り込むから、その方位磁針にする、って言ってるんだ。この人口下手なんだよね」
いつの間にか部屋の上方に居たハルキンが説明した。唐突に出現した黒衣の道化のような姿を見てザーレ以外の一同が驚愕した。
「よ、妖精だと」
「『取り換え』は妖精の仕業だと言われますが、この件も…本当に妖精が?」
ハルキンが兵長と司祭の問いに答えた。
「いろんな妖精が居るからね。小人、水魔、鬼火、巨人、死を告げる者…」
兵長が堪えきれないように口をはさんだ。
「妖精、妖精か。おい、朝に捜索に向かった連中がまだ戻らない。俺の部下も一人居る。昼までには帰るって言ったのになっ」
「化かされているかもしれないね。同じところをグルグル回ったり、道が違って見えたり」
ハルキンが指摘した。兵長は虚空を罵倒している。
「クソッ、森を知ってる奴らと一緒だぞ。それでも迷うのか」
「知った道に見えるなら、猶更気付きにくい事も有るよ」
「待て、彼らは鉄を身に付けていたか」
ザーレが兵長に問いかけた。
「鉄だと。俺の部下は鎧を着ているし、斧や槍も持っていたぞ」
「なら急いだ方が良いな。妖精には鉄を嫌う者も居る。活動圏が近い状態なら敵意を向けられているかもしれない」
「六人だ」
兵長は大声で言った。
「村の者が五人と、俺の部下が一人。若い男だ。最初は俺は止めた。だが、子供を捜す連中が勝手に走り出すかもしれん。だから、ついていけと言ったんだ。深入りはさせるな、昼には戻れと」
兵長は言葉を切った。ルチオ司祭が口を開きかけたが、兵長が続けた。
「俺が行かせた」
重苦しい沈黙。アラン夫妻も、ザーレもハルキンも彼を見ていた。
が、ザーレだけさっさと動き出した。どこから取り出したのか、荒紐で赤い偽物…肉人形の首を縛る。首だけではない、手足まで。丁度吊り下げられる形に。流石にアランが口を挟んだ。
「ちょっ何を」
「言っただろう、道標だ」




