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その木の枝に、布が結んであった。


若い兵士は、その手前で足を止めた。後ろから来た男が彼にぶつかりかけ、顔を上げた。


「……まただ」


布の下には、踏み潰された草があった。六人で腰を下ろした跡だった。一人の男が木に近寄り、結び目を掴み、引っ張った。布は枝に固く結ばれていた。


兵士が槍の石突を地面についた。肩で息をしながら、木の根元を見ている。


「少し休もう」


「さっきも休んだぞ」


「歩き詰めじゃ、頭も働かん」


「休めば道が出来るのか」


兵士は顔を上げた。


マシュランの父親、ゴティエが、こちらを振り返っていた。


「何か言えよ。あんたがこっちだって言ったんだろう」


「俺は沢の音がすると言ったんだ」


「だから、来たんじゃないか」


「どこにも水場なんか無いぞ」


「やめろ」


座っていた男が二人に声をかけた。


「こんなところで体力を消耗してどうする。まずは村に帰るんだろ」


「ああ、帰りたいところだな。で、どうすればいい。どこに行っても帰り道が無い」


兵士は木々を見た。


「日を見よう」


一人が言った。


六人は空を見上げた。枝葉の隙間は明るかった。だが、太陽は見えない。


「すまん、撤回する」


「もっと開けたところへ出れば」


「それでここへ来たんだろう」


また、黙った。


年嵩の男が胸の前で手を組んだ。


「主よ……どうか、お導きを。村へお帰しください……」


ゴティエが、その隣に腰を下ろした。斧を地面に置き、両手で顔を擦った。


「…待て、何か聞こえる」


足音だ。木の葉や小枝を踏みつぶす音も。


「人だっ。獣じゃない」


「おーーーーいっ」


音の主に近づいた一同は目を疑った。


まさに、探していた子供達が、三人とも無事で、歩いている。酷く不安げな顔で。後ろに変なものが着いてきているが。


「お父さんっ」


「マシュランッ」


マシュランは父親の姿を認めると顔をくしゃくしゃ歪めて、両手を伸ばしてよたよたと駆けだした。ゴティエも屈んで抱きとめる。


「お前っ、無事だったのか。良かった、本当に良かったっ」


「あ、あの、あの人が…ここまで連れてきて…」


ゴティエはマシュランの指す方を見た。子供達の後ろに着いてきた変なもの。


木々の間に、黒いものが浮いていた。灰白色の丸い顔に、丸い目と三日月型の口。白黒の道化帽を被り、黒いマントを垂らしている。地面との間には、何もない。浮遊している。


「……何だ、こいつは。止まれっ動くなっ」


若い兵士が槍を構えた。子供たちに駆け寄っていた男たちも顔を上げた。一人が女の子の肩を掴み、自分の後ろへ引き寄せる。もう一人の男の子は、差し出された腕に自分からしがみついた。


「おい、動くなよ。そこで止まってろ」


「止まってるよ」


黒いものが答えた。


「喋ったぞ」


兵士は槍を握り直した。


「お前、何なんだ。子供達を取り換えた魔物かっ」


「逆だよ、逆。ボクはハルキン。この子たちを森からサンドランへ取り返しに来たんだ」


「取り返しに?」


男が女の子を背に庇った。


「マシュラン。あれが、連れてきてくれたのか」


父親に尋ねられて、マシュランは頷いた。


「助けて、くれたのか」


もう一度頷いたが、ハルキンの方を見ると、怯えた顔をした。


「怖い……」


兵士の顔が険しくなった。


「おい、子供達に何をした」


「起こしたんだ。三人とも眠っていたからね」


「起こした?」


「うん。あそこで眠り続けると帰れなくなるから」


一同は顔を見合わせる。


「夢を見てたら、あの人が起きろって……帰るよって……」


女の子がそう言った。男はハルキンを見た。何か言おうとしたが、言葉が出なかった。


兵士が前に立ってハルキンに詰問する。


「村へ取り戻しに来ただと?村の誰に言われて来たんだ。お前のような奴は知らないぞ」


「君たちの兵長と、ルチオ司祭だよ。朝から六人戻らないって……君のことも心配してた。昼までには帰るはずだったんだって?」


兵士の表情が変わった。


「兵長が」


ルチオ司祭の名を聞いて男たちがざわめく。


「……そうか」


ゴティエはハルキンへ向き直った。


「この子を、連れ戻してくれたんだな」


「そうだよ」


「……ありがとう」


掠れた声だった。


ハルキンは少し首を傾けた。


「どういたしまして。じゃあ、君たちも帰ろうか」


その言葉に全員が固まった。


「帰れるのか」


男が訊いた。


「そりゃあね」


ハルキンは答えた。無い肩をすくめたように見えた。


「だって、そのために来たんだよ」

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