10
その木の枝に、布が結んであった。
若い兵士は、その手前で足を止めた。後ろから来た男が彼にぶつかりかけ、顔を上げた。
「……まただ」
布の下には、踏み潰された草があった。六人で腰を下ろした跡だった。一人の男が木に近寄り、結び目を掴み、引っ張った。布は枝に固く結ばれていた。
兵士が槍の石突を地面についた。肩で息をしながら、木の根元を見ている。
「少し休もう」
「さっきも休んだぞ」
「歩き詰めじゃ、頭も働かん」
「休めば道が出来るのか」
兵士は顔を上げた。
マシュランの父親、ゴティエが、こちらを振り返っていた。
「何か言えよ。あんたがこっちだって言ったんだろう」
「俺は沢の音がすると言ったんだ」
「だから、来たんじゃないか」
「どこにも水場なんか無いぞ」
「やめろ」
座っていた男が二人に声をかけた。
「こんなところで体力を消耗してどうする。まずは村に帰るんだろ」
「ああ、帰りたいところだな。で、どうすればいい。どこに行っても帰り道が無い」
兵士は木々を見た。
「日を見よう」
一人が言った。
六人は空を見上げた。枝葉の隙間は明るかった。だが、太陽は見えない。
「すまん、撤回する」
「もっと開けたところへ出れば」
「それでここへ来たんだろう」
また、黙った。
年嵩の男が胸の前で手を組んだ。
「主よ……どうか、お導きを。村へお帰しください……」
ゴティエが、その隣に腰を下ろした。斧を地面に置き、両手で顔を擦った。
「…待て、何か聞こえる」
足音だ。木の葉や小枝を踏みつぶす音も。
「人だっ。獣じゃない」
「おーーーーいっ」
音の主に近づいた一同は目を疑った。
まさに、探していた子供達が、三人とも無事で、歩いている。酷く不安げな顔で。後ろに変なものが着いてきているが。
「お父さんっ」
「マシュランッ」
マシュランは父親の姿を認めると顔をくしゃくしゃ歪めて、両手を伸ばしてよたよたと駆けだした。ゴティエも屈んで抱きとめる。
「お前っ、無事だったのか。良かった、本当に良かったっ」
「あ、あの、あの人が…ここまで連れてきて…」
ゴティエはマシュランの指す方を見た。子供達の後ろに着いてきた変なもの。
木々の間に、黒いものが浮いていた。灰白色の丸い顔に、丸い目と三日月型の口。白黒の道化帽を被り、黒いマントを垂らしている。地面との間には、何もない。浮遊している。
「……何だ、こいつは。止まれっ動くなっ」
若い兵士が槍を構えた。子供たちに駆け寄っていた男たちも顔を上げた。一人が女の子の肩を掴み、自分の後ろへ引き寄せる。もう一人の男の子は、差し出された腕に自分からしがみついた。
「おい、動くなよ。そこで止まってろ」
「止まってるよ」
黒いものが答えた。
「喋ったぞ」
兵士は槍を握り直した。
「お前、何なんだ。子供達を取り換えた魔物かっ」
「逆だよ、逆。ボクはハルキン。この子たちを森からサンドランへ取り返しに来たんだ」
「取り返しに?」
男が女の子を背に庇った。
「マシュラン。あれが、連れてきてくれたのか」
父親に尋ねられて、マシュランは頷いた。
「助けて、くれたのか」
もう一度頷いたが、ハルキンの方を見ると、怯えた顔をした。
「怖い……」
兵士の顔が険しくなった。
「おい、子供達に何をした」
「起こしたんだ。三人とも眠っていたからね」
「起こした?」
「うん。あそこで眠り続けると帰れなくなるから」
一同は顔を見合わせる。
「夢を見てたら、あの人が起きろって……帰るよって……」
女の子がそう言った。男はハルキンを見た。何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
兵士が前に立ってハルキンに詰問する。
「村へ取り戻しに来ただと?村の誰に言われて来たんだ。お前のような奴は知らないぞ」
「君たちの兵長と、ルチオ司祭だよ。朝から六人戻らないって……君のことも心配してた。昼までには帰るはずだったんだって?」
兵士の表情が変わった。
「兵長が」
ルチオ司祭の名を聞いて男たちがざわめく。
「……そうか」
ゴティエはハルキンへ向き直った。
「この子を、連れ戻してくれたんだな」
「そうだよ」
「……ありがとう」
掠れた声だった。
ハルキンは少し首を傾けた。
「どういたしまして。じゃあ、君たちも帰ろうか」
その言葉に全員が固まった。
「帰れるのか」
男が訊いた。
「そりゃあね」
ハルキンは答えた。無い肩をすくめたように見えた。
「だって、そのために来たんだよ」




