↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
似たもの夫婦の恋日和 ~堅物騎士団長は深窓のアホ令嬢を読解してみせます!~   作者: 上園 千紗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/28

第5話 感情の名前(前編)

 アルマンの襲来から一週間ほど経ったある日、クラウスの出張が決まった。


 行先は、王都の北に位置するノールヴァルという小さな地方都市だ。

 先日山崩れがあり、北の駐屯地の騎士たちが対応にあたっていた。

 しかし人手が足りず、クラウスたち本部の騎士も手伝いに向かうことになった。


 出発の日を迎え、エーレンベルク邸では使用人たちが朝から準備に追われていた。


「クラウスさま、そろそろ荷馬車の用意が完了します。一週間後に追加の物資をお送りしますので、必要なものがあればお手紙をください」

「わかった。二週間で帰る予定だが、状況が変わったら連絡する」

「お着替えが済んだら、すぐに出られますか?」

「ああ」


 ジェラールにカフスを留めてもらいながら、クラウスは答えた。


「おや」


 不意にジェラールの手元から何かが落ちた。

 カフスについていた緑色の石が、台座から外れたようだった。


 ジェラールはすぐに引き出しを開けて、別のカフスを探し始めた。

 クラウスはその間に石を拾いあげ、壊れたカフスと一緒にデスクの上に置いた。


「あとは自分でやる。下の準備を手伝ってやれ」

「承知いたしました」


 代わりのものを受け取って、クラウスはジェラールを下がらせた。

 着替え終えるとデスクに歩み寄り、引き出しから小さな袋を取り出した。


 中には、壊れたカフスがジャラジャラと入っていた。

 何となく捨てられずに取っておいたものだ。


 先ほど壊れたカフスも袋に入れて、クラウスは寝室に向かった。


 ベッドでは、まだエレオノーラが眠っていた。

 枕の上に足が乗っていた。


 クラウスは身を屈めて、エレオノーラの頬をそっと撫でた。


「ん……クラウスさま?」

「すまない、起こしたか」


 エレオノーラがのそのそと身体を起こした。

 昨夜も舞踏会を楽しんだようで、髪がおおいに爆発していた。


「昨日も伝えたが、しばらく留守にする。何かあったらジェラールに言うんだぞ」

「はい」

「それから……」


 クラウスは手に持っている袋を見た。

 少し迷ってから、袋の口を広げてエレオノーラに見せた。

 中を見た瞬間、エレオノーラが吸い込まれるように顔を近づけた。


「ほしい宝石があったら、好きに持っていけ。俺が持っていても使い道がない」

「カフスですか?」

「壊れたやつだ。いらなかったら捨てろ」

「ありがとうございます。嬉しいです」


 エレオノーラは両手で抱きしめるようにして、クラウスから袋を受け取った。


「じゃあ、行ってくる。寒いから見送りはいい。ちゃんと温かくするんだぞ」

「はい、いってらっしゃいませ」


 エレオノーラを毛布で包んで、クラウスは部屋をあとにした。


*    *    *


 クラウスが発って一週間ほどした頃、久しぶりに積もるほどの雪が降った。

 庭は一面真っ白に染まり、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。


 エレオノーラは自室の窓辺に置かれたソファーに座って、庭を見下ろしていた。

 その手には、小さな磨き布と宝石がついたカフスが握られていた。


「奥さま、紅茶はいかがですか?」

「ありがとう、アンナ。いただくわ」


 アンナと呼ばれる若い女性は、マノンと一緒にエレオノーラの身の回りの世話をしている侍女だ。


 アルマンの件以降、使用人たちはよくエレオノーラに声をかけるようになった。


「また宝石を磨かれているのですか?」


 アンナは、お茶を用意しながらエレオノーラに問いかけた。

 エレオノーラのそばに控えていたマノンも、その準備に加わった。


「ええ」

「それ、カフスですか? もしかしてクラウスさまから?」


 クラウスの名前に、エレオノーラの手がピタリと止まった。


「奥さま?」

「……ええ。クラウスさまからいただいたの」


 エレオノーラはそう言って、宝石磨きを再開した。

 アンナがお茶を注いでいると、エレオノーラが再び口を開いた。


「私、実家で犬を飼っていたの」

「犬を?」


 突拍子のない話に、アンナは少し驚いた。

 しかし、普段無口なエレオノーラが自分から話をしてくれたことが嬉しかった。


「アレクサンドルがまだ子犬だった時、初めて見た雪に興奮して、そのまま庭を飛び出して行ってしまったの」

「まあ」

「それで、三日ほど家に帰ってこなくて」

「大変でしたね。それで、アレクサンドルちゃんは――」

「なんだかよくわからないけど、最近ずっと、その時と同じように胸がソワソワしていて」


 アンナを遮るように、エレオノーラは言った。

 困ったような表情でアンナを見ると、そのまま続けて問いかけた。


「私は、アレクサンドルに会いたくなってしまったのかしら?」


 目をぱちくりとさせながらも、アンナはどうすればよいか懸命に考えた。

 いつもならマノンに助けを求めるところだが、せっかくエレオノーラが自分に話しかけてくれたのだ。


 エレオノーラの前にティーカップを置くと、アンナはゆっくりと伝えた。


「奥さま、一回アレクサンドルちゃんのことは忘れましょう」


 アンナは小さなスツールを持ってきて、エレオノーラのそばに座った。


「そのソワソワはいつからですか?」

「一週間ぐらい前かしら」

「旦那さまが出張に行かれてから、ということですか?」


 エレオノーラは考えた。


 クラウスと最後に会った朝を思い出した。

 もらったカフスが嬉しくて、三日ほどは宝石磨きに夢中だった。

 しかし磨くものがなくなってくると、段々とソワソワが大きくなっていった。


「奥さまは、お寂しいのではないですか?」


 俯いて難しい顔をしているエレオノーラの顔を、アンナは覗き込んだ。


「寂しい? どうして?」

「だって今まで毎日一緒にいたのに、一週間も旦那さまと会えていないんですよ? 誰だって寂しいです」

「でも、屋敷にはアンナもマノンも、たくさん人がいるわ」

「何人いるか、じゃないんです。誰がいるか、なんです」


 アンナの言葉は、エレオノーラには少し難しかった。

 眉間に寄ったシワを見て、アンナはさらに説明しようとしたが、マノンに肩を叩かれた。

 マノンは何も言わず、静かに横に首を振った。


「奥さま。明日、旦那さまのいる街へ追加の物資を届ける馬車が出ます」


 マノンはエレオノーラのそばに屈んで言った。


「ご一緒されますか?」


 エレオノーラは、しばらく何も答えずテーブルに置かれたカフスを眺めていた。

 マノンがじっと答えを待っていると、やがて小さくその首が縦に揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。