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似たもの夫婦の恋日和 ~堅物騎士団長は深窓のアホ令嬢を読解してみせます!~   作者: 上園 千紗


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第2話 男の責任(後編)

「エレオノーラ、少し待っていてくれ」


 そう言ってクラウスは扉を閉めた。

 隣の馬車に歩み寄り、そばにいた護衛の騎士団員に声をかけた。


「君、仕事中にすまない」

「はっ! ク、ク、クラウス騎士団長! どうされましたか!?」


 若い騎士は、顔を真っ青にしてビシッと気をつけの姿勢をした。


 普通に話しかけているだけなのに、なぜこうも人を委縮させてしまうのか。

 クラウスはため息をつきたいのを堪えた。


「その馬車に乗ってる人物に用がある。取り次いでもらえないか」

「承知いたしました! 少々お待ちください!」


 騎士は扉をノックして、馬車の中の人物と話し始めた。

 ほどなくして、騎士がこちらに目配せをした。


「許可をいただけました。中へどうぞ」


 クラウスはズカズカと馬車に乗り込むと、乱雑に扉を閉めた。

 中には、ホワイトブロンドのくせ毛の男が座っていた。


「よお、クソ王子」

「わあ怖い、強盗かと思ったよ。もしかして新婚生活がうまくいってないのかい?」


 人懐っこい笑みを浮かべる男――ジスラン王太子は、おどけた声で言った。

 クラウスにエレオノーラを推薦し、結婚まで世話を焼いた張本人だ。


 クラウスはジスランの対面に腰掛けて、グッと身を乗り出した。


「おい、あの娘はどうなってる」

「どうって?」

「なんであんなにバカなんだ!」


 ジスランはブフッと吹き出した。


「直球だねえ、クラウス」

「知っていたのか?」

「さあ」

「知っていたんだな」


 クラウスとジスランは、赤子の時からの付き合いだ。

 顔を見れば、互いに何を考えているか手に取るようにわかる。


「でも、いい子だろう?」


 クラウスは黙った。

 ジスランの言う通りだったからだ。


 エレオノーラは確かにバカだが、素直で礼儀正しい。

 加えて、他の令嬢に対して感じていた「喋らなければ」というプレッシャーがない。

 それがクラウスにとっては楽だった。


「それで、どうするの? 早速離婚かい?」

「ふざけるな、誰が離婚などするか」


 クラウスは即答した。


「俺たちはもう結婚したんだ。ノーラがどんなバカでも、彼女の人生に責任を持つ」

「ひゅう、さすがクラウス。男前」


 クラウスは無視して、扉の取っ手に触れた。


「あっ、君の奥さん、来ているんだろう? 挨拶させてよ」


 にこやかに告げたジスランに、クラウスは小さく舌打ちを返した。


*    *    *


 クラウスは自分の馬車の前に戻り、扉を開けた。


「ノーラ、待たせてすまない」

「いいえ」


 エレオノーラの手を引いて、馬車から降ろした。

 ジスランがワクワクした顔で待機している。


「エレオノーラ、こちらはジスラン王太子殿下だ」

「初めまして。エレオノーラ・フォン・エーレンベルクと申します。よろしくお願いいたします」


 エレオノーラは、そう言って優雅なカーテシーをした。


「こちらこそよろしく、エーレンベルク伯爵夫人。噂以上の美人だねえ」


 ジスランはクラウスを見てニヤニヤと笑った。


「クラウスと私は幼馴染でね。ちょっと石頭なやつだが、どうかよろしく頼むよ」

「まあ、そんなに硬い頭をお持ちですのね」


 ジスランが一瞬止まった。

 しかし、すぐさま不敵な笑みを浮かべて言った。


「ああ、騎士団でも有名な硬さだ。こいつはこの石頭で団長まで上り詰めたと言ってもいい」

「ちょっと触ってもいいでしょうか?」


 エレオノーラの細い指がクラウスの額に触れた。

 固さを確かめるように指先をグイグイと押す。


 ジスランは口元を抑えて必死に笑いを堪えていた。


「エレオノーラ、家で触らせてやるからあとにしてくれ。中に入ろう」


 この二人の組み合わせはまずい。

 凶悪すぎる。


 クラウスはそう思い、エレオノーラの手を引いた。


「では殿下、妻が身体を冷やすといけないので、また」


 震えているジスランを放置して、クラウスは会場の入り口へ向かった。


*    *    *


 二人が会場に踏み入った途端、人々は時間が止まったように硬直した。

 どこかで、ガシャーンとガラスの割れる音までした。

 皆、呆然とエレオノーラの姿を見つめている。


 人の顔の美醜に興味のないクラウスでも、エレオノーラの美しさは別格だと感じていた。


「うちの妻は時間を止める魔法が使えるようだな」


 軽口を叩くと、エレオノーラがゾッとしたような表情を浮かべた。


「私は無意識にそんな恐ろしい魔法を?」

「いや、そうじゃなくてだな……ただの例えだ」


 珍しく言ってみた冗談が斜め上の方向に投げ返されて、クラウスはうなだれた。


 主催のブラン伯爵への挨拶を終えて食事を取っていると、会場の警備にあたっていた騎士団員の一人が駆け寄ってきた。


「クラウス団長」


 騎士はクラウスの隣に座るエレオノーラを見て、口をぽかんと開けて固まった。


「どうした」

「はっ! 非番のところ、申し訳ございません。少しだけ、警備のことでご相談させていただけないでしょうか」


 クラウスはエレオノーラを一瞥した。

 慣れない場所で一人にさせたくなかった。


「私はここで食べていますので、どうぞ行ってきてください」


 クラウスは迷った。

 まだ姿を見ていないが、ブラン伯爵令嬢も来ているはずだ。

 色々と面倒な相手なので、エレオノーラに会わせたくなかった。


 目の届く範囲にブラン伯爵令嬢がいないことを確認すると、クラウスは立ち上がった。


「そこで構わないか」

「はい」


 クラウスは、近くの壁を指さした。

 人混みで見えにくいが、何かあればすぐ戻れる距離だ。


「ノーラ、すまないがここで待っていてくれ」

「はい」


 エレオノーラを残して、クラウスは騎士団員とともに席を離れた。


 クラウスの姿が人混みに紛れた途端、その時を狙っていたように一人の少女がエレオノーラの前に仁王立ちした。


「こんばんは」


 少女が笑顔で言った。

 女性と呼ぶにはまだ早い、十代半ばの年頃に見えた。


「こんばんは」


 エレオノーラはケーキを食べていた手を止めて、柔らかく微笑んだ。

 少女は、ストロベリーブロンドの髪によく似合うピンクのドレスを纏っていた。


「私はブラン伯爵家の長女、コレットと申します」

「ああ……」


 エレオノーラはポンと手を叩いた。


「危険なマカロンのお方ですね」

「は?」


 コレットの首が直角に曲がった。

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