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似たもの夫婦の恋日和 ~堅物騎士団長は深窓のアホ令嬢を読解してみせます!~   作者: 上園 千紗


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第13話 誓いの言葉(前編)

 雲一つない、よく晴れた日だった。

 初夏の日差しを受けて、石造りの尖塔の十字架がキラキラと輝いていた。


 教会の一室で、クラウスは窓辺のソファーに座っていた。

 濃紺のジャケットにあしらわれた装飾を、落ち着かない様子で何度も整えていた。


 騎士団長として、儀式の類には慣れていたクラウスだったが、今日ばかりは緊張していた。


 出された紅茶を一口すすって、テーブルの上の封筒を手に取った。

 先ほどジェラールから受け取った、式の欠席者からの手紙だった。


「兄貴……」


 順番に見ていると、兄の名前を見つけた。


 アルマンの状況については、昨日少しローランから聞かされていた。

 知らぬ間に有毒な顔料を使って、中毒症状があの攻撃的な言動を引き起こしていたらしい。


 封筒の中には、一枚の厚紙が入っていた。


 クラウスとエレオノーラの姿絵だった。


 裏返すと、汚い文字で一文だけ綴られていた。


『今度大きい絵を描いてやる』


「それだけかよ」


 クラウスはひとりごちて、小さく笑った。


 厚紙を綺麗に封筒に戻していると、扉を叩く音がした。


「どうぞ」

「やあ、クラウス。騎士団長の正装、かっこいいねえ」


 ジスランだった。

 厳かで華やかな、王族らしい衣装を身にまとっていた。 


「何しにきた」

「そんなに怖い顔しないでよ。幼馴染の緊張をほぐしにきたのに」


 言いながら、ジスランはクラウスの向かいに腰掛けた。


「奥さんのドレス姿はもう見たの?」

「いや。ガードが堅かった」

「じゃあ、この後のお楽しみだね」


 にやにやと笑いながら、ジスランは言った。

 クラウスはソファーにもたれると、そばに立てかけてあった礼装用の剣を手に取った。


「何で俺だったんだ?」


 剣の柄についたタッセルのほつれを直しながら、クラウスは問いかけた。


「何のこと?」

「とぼけるな。ノーラのことだ。父さんから聞いたぞ、国が傾きそうだったんだろ」


 ジスランはうーんと唸って、顎に手を当てた。


「まあ、信頼できる人のところにって思ったからかな。それと……」


 言葉を区切ると、ジスランはわずかにトーンを落とした。


「一番は、親友に幸せになってほしかったから」


 クラウスは手を止めて、視線だけをジスランの方へ向けた。

 いつも通りのひょうひょうとした笑顔だった。


「それに君と奥さん、上手くいきそうだと思ってたし」

「なんでだ」

「だって君たち、似たもの夫婦だから」


 ふっと笑うと、クラウスは再びタッセルに視線を戻した。


「どこがだ」

「全部だよ」


 ジスランは答えると、ソファーから腰を上げてクラウスのそばに立った。


「おめでとう、クラウス」

「どうも、キューピットさま」

「ははっ、いいねそれ」


 クラウスがわざとらしく答えると、ジスランは声を出して笑った。


「じゃあ、楽しみにしてるよ。そんなに力んでると殺気で人が死んじゃうよ」


 ポンポンとクラウスの肩を叩いて、ジスランは軽い足取りで出ていった。


 ちょうど入れ替わりで、マノンがクラウスを呼びに来た。


「旦那さま、奥さまの準備が整いました」

「わかった」


 マノンの後をついて、エレオノーラの控室に向かった。


「奥さま、旦那さまがお迎えにいらっしゃいました」

「どうぞ」


 マノンが扉に手をかけると、クラウスは小さく息をついた。

 ゆっくりと開いた扉の先に、エレオノーラの姿があった。


 窓から差し込む日差しを受けて、真っ白なドレスが柔らかく光を帯びていた。

 海色の瞳がクラウスを写し、薄桃色の唇が柔らかく弧を描いた。

 

 絵画を切り取ったようなその光景から、クラウスは目が離せなかった。


「クラウスさま」

「……きれいだ、すごく」


 名前を呼ばれて、クラウスはやっとそれだけ言えた。

 それ以外に言葉が出なかった。


 エレオノーラは目の前に歩み寄ってきて、軍服をまじまじと見た。

 しばらく眺めたあと、目を細めて言った。


「かっこいいです」


 クラウスがほっとしたように顔を綻ばせると、不意に教会の鐘の音が鳴り響いた。


「旦那さま、奥さま。そろそろお時間とのことです」


 マノンに言われて、クラウスはエレオノーラに手を差し伸べた。


「行こう、ノーラ」

「はい」


 部屋の前で待っていたシスターに案内されて、聖堂へ向かう。

 到着したのは、見上げるほど高い重厚な扉の前だった。

 腕に添えられたエレオノーラの指に力が入っていた。


「緊張してるのか?」

「はい、少し」

「俺もだ」


 二人で顔を見合わせて小さく笑うと、再び鐘が鳴った。

 オルガンの演奏が始まり、ギーッと音を立てて扉が開いた。


 祭壇へ続く赤い絨毯の上へ、一緒に一歩踏み出した。


 参列者たちは全員立ち上がり、こちらを見ていた。


 使用人代表としてジェラール、マノン、アンナ。

 騎士団を代表して副団長。


 視界の端で参列者の顔を捉えながら、前へ進んでいく。


 最前列にはそれぞれの家族とジスランがいた。

 モーリスはすでに号泣していた。


 二人が祭壇に上がると、まず司祭が前に出て簡単な挨拶を述べた。

 講壇に戻って、司祭は分厚い典礼書をめくった。


「クラウス・フォン・エーレンベルク。お前はエレオノーラを妻とし、健やかなるときも病めるときも、命ある限り愛し守ることを誓うか?」

「誓います」

「エレオノーラ・アフ・リンデン。お前はクラウスを夫とし、健やかなるときも病めるときも、命ある限り寄り添い、ともに歩むことを誓うか?」

「誓います」

「では、私に続いて誓いの言葉を復唱してください」


 司祭が読み上げた内容の通りに、二人は誓いの言葉を復唱した。

 エレオノーラは、一か月前からこれを唱え続けて丸暗記していた。


 指輪の交換もつつがなく進み、互いの石を秘めたリングがそれぞれの薬指に収まった。

 それを見届けると、司祭は典礼書に手を置いて、静かに結婚の成立を宣言した。


「それでは、誓いの口づけを」


 クラウスとエレオノーラは互いに向き合った。


 ベールをめくると、ステンドグラスの神秘的な光がエレオノーラを彩った。

 クラウスはそっとその肩に手を置いて、静かに口づけた。


「ここに、神の御前で新たな誓いが結ばれた。皆、祝福の拍手を!」


 司祭の言葉に、聖堂内に拍手が響き渡った。

 オルガンの演奏が始まり、後方の大扉がゆっくりと開いていく。


 温かな拍手に見送られながら、光の溢れる扉の向こうへと、二人はゆっくりと歩みを進めた。

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